FRIENDLY CHAT

 手が入れば足も入る

 ――日本のことわざ。一度気を許すと次々と入り込まれることのたとえ。また、次第に深入りすることのたとえ。


 手蔓てづるを求める

 ――日本のことわざ。ある目的を果たそうとするとき、その手掛かりや手助けとなるような人との繋がりを求めること。





 「私はSHYLOCK。SHYLOCK。という識別名よ、これからよろしく」


 女――SHYLOCKはそう言って、微笑しながら右手を差し出した。きらきらと光を反射する、右手を――何の邪念も見えない、友好の印を――差し出す。

 おれは反射的にその手を左で受け取った。


 からだがやけにかるくきびんにうごけて



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――


「え」


 我ながら間抜けな声が出たと思う。だが実際に起きたこの出来事はそうさせるに十分だろう。

 

 分裂した手はおれの制御を完全に外れ、重力に従い落下。カランカランと平和な音が木霊する。

 おれの左手は輪切りにされたのだ。痛みも熱さも感じることなく。

 呆気に取られている間に事態は進行する。

 ふっ、と風が吹く。

 極細が舞う。

 もう片方の手が分裂した。

 片足が分裂した。

 もう片足が分裂した。

 左半身が分裂した。

 右半身が分裂した。

 右顔面が分裂した。

 左顔面が分裂した。

 おれは無数の輪となり、全ての輪はおれの制御から外れ、重力に従い落下。カランカランと平和な音が木霊する。

 おれの意識が呆然と前を見る。

 そこには湾曲した笑みを張り付けた細蟹ささがにがぎらつくあかあかとしためをおれのいしきにこて


――――

――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「――し? もし?」

「……ッ、う……?」

「大丈夫ですか。瞬眠フラッシュスリープをしていたようですが」


 はっ、とおれは体を跳ねさせながらまじまじと手元を見つめる。左手は無事だ。輪切りになんてされていない。当たり前だ。おれは無事だ。そう、死んでなんかいないぞ。

 安堵と同時に無意識のうちに少しだけ左手指が動く。それは結果として目の前に座るSHYLOCKの芸術を撫でまわすことになった。


「…………ん……」

「はっ、これは失礼」


 慌てて手を放す。

 「ふふふふふ、お構いなく」とスリーピースは妖艶に微笑わらう。真っ赤なアイが僅かに細まった。


瞬眠フラッシュスリープの際はよくたまごが痛くなると聞きます。お義体からだに変化はありません?」

「いや……大丈夫。大丈夫だSHYLOCK」

「ゲ――ップ……ちょっちょっと‼ 違う違うよ‼」


 妙にご満悦の表情でゲップしながらゴスロリ・ワンピース幼児が抗議の声を上げる。その際背中から真っ赤なランドセルが顔を覗かせた。ほとんど白づくめの格好故よく目立つ。


「えっと、何が違うんだ、JOCASTA

「またまたまた間違えた‼ 名前間違えるの、たがえるのダメなんだよ‼」

「もう、JOCASTA。イオカステ御姉様ったら。もっとわかりやすく説明しなくてはいけませんよ」


 曰く。

 彼女らの名前はとのこと。中々変わった名前ニックネームの法則だな……。

 そういうわけでSHYLOCKは「SHYLOCK。シャイロック」に。

 JOCASTAは「JOCASTA。イオカステ」という表記になる。


「なるほど? じゃあ一つ質問なんだが――SHYLOCK。シャイロック?」

「何でしょう」

「そのだな、『。』ってどう発音するんだ」

「そのまま『。』でいいですよ」

「ええ……」

「コツはね、コツを教えるとね‼ 心の中で、動力しんぞうの底で『WHITE-COLLAR』って言うの」

「うん……よくわからんが……本当によくわからんのだが……そうしよう」

「よろしくおねがいしますね」


 シートの背や肘掛けアームレストから湧き出る優弾性ゲルに身を包まれながらそんな会話をしていたその時。


――乗客の皆様、お待たせしました。これより本便は発車となります――


 義体アバターに強烈なG重力の感触。

 さぁ、TIME-OFF休暇の始まりだ。





「ところで」

「はい」

「おたくらは――姉妹なのか」

「?? SHYLOCK。シャイロック御姉様は御姉様だよ??」


 JOCASTAが元気よくそう答えるが。うん……わからん。だってさっきSHYLOCKは「JOCASTA御姉様」って呼んでいたんだぞ。なのにその逆も御姉様なのか……女子高?


「WHITE-COLLARはみな、互いをそう呼びますのよ」

「ふーん。そうすると『。』もそうなのか?」

「ええ。『。』は私たちWHITE-COLLARを表す記号ですから。それに――」

「それに?」

「色合いと役割も表しますから、何かと便利なのです」


 よふふふふふ、とほっそりとした指を口元に当て微笑むSHYLOCK。


「そういえばあなた方のお名前を聞いていませんでしたね」

「そういやそうだった、な。…………おれはアダンという者だ。神秘部しんぴぶ柔靭隊ハシシに所属している、レベルは4だ」


 初対面とはいえ、こういったことは隠す必要はない。なにしろ直ぐに調べられるからな。そういったことを逆に隠すとかえって怪しまれるというものだ。


「そうだんだ、きみは柔靭隊ハシシのともだちなんだね!! すごいすーっごい!!」


 オイなんかそれ妙に聞き覚えがあるぞ。なんか色々著作権大丈夫なんだろうな。内心の焦りを見越しているのかSHYLOCKの口角が少し上がった。


アダン様YOUは何しに『エトナ=カターニア』に?」

「それも色々と著作権大丈夫なんだろうな。えっと――うん。終点までじゃなくて、その、アレだ。モナコに休暇としてリラックスするためにな」


 <ホントは秘密にしたかったんですけどね(・ω<)>、とブレインがチャット欄で行き先を教えてくれる。


「1228番娯楽小基地ですか。あそこは良い場所と聞きます、是非楽しんでくださいね。でもヤケて大ガミらないように気を付けて」

「だな、ありがとう。そちらは?」

「私たちは――






 『トランサルピーナ=マルセイユ』に茸狩りに」

「マルセイユっていうと、主要第6番ノードか……茸狩り?」

「はい。潜伏しているわるーい黒トリュフ狩りに、です」

「そうそうそう!! なんかね、聞くによるとヒト型なんだって、どんな味がするのかなぁ、楽しみだね待ちきれない!!」


 彼女たちの表情に変化が表れる。それは獰猛な捕食者の顔。わずかに唇が上下に裂け、赤々と舌が出入りする。歯が艶めかしく輝く。

 そしてスリーピースとゴスロリ・ワンピースの白に黒が混じり始め、グレーへと変わっていく――その背後に細蟹ささがに蜚蠊ごきぶりの影が――

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