第4章:2298年 10月25日
資料④
ファイル名:混沌と異形生命体について(2) 個人的メモ
作成日時 :2296年10月25日 10:47:00
作成者 :暦特務少尉
・異形生命体の特徴としてまず挙げられるのは、まずどの個体も非常に奇妙な形態をとるということである。
複数の個体が連結、複数の種としての特徴が同一個体に現れるなど、バラエティが豊富なのでいちいち表現することは残念ながらできない。
ただ、個人的に非常に衝撃を受けた形態が一つある。……どうしてあの個体は、あんな場所から、顔を生やしていたの? あんな光景、あんなモノ、早く忘れたい。早く、はやく!
・異形生命体の特徴として次に挙げられるのは、連中が引き寄せられるものだ。
結論から言えば知能が高い生き物、食物連鎖の頂点に立つもの、つまり
旧時代に行われた実験にこんなものがあった。
民間人10人と民間人100人を等間隔に配置した時、異形は真っ先に後者を襲 い、感染させた。その後、異形は生き残ったもう片方を襲い感染させた。
戦闘員10人と民間人100人を等間隔に配置した時、異形は真っ先に後者を襲い、感染させた。その後、異形は生き残ったもう片方を襲い感染させた。
戦闘員10人と戦闘員一万人程を等間隔に配置した時、異形は真っ先に後者を襲い、感染させた。その後、異形は生き残ったもう片方を襲い感染させた。
……なんて残酷な実験だろう。吐き気がする。
遺された旧時代の異形生命体を研究していた科学者の残した研究レポートを見ると、共通してある文言が確認されることに気づく。
真っ先に捨てるは倫理観。あらゆる選択肢を試せ! 犠牲を
……こんなのおかしい。狂っている!
・異形生命体の特徴として最後に挙げられるのは、連中は戦いを通してs
ここまで書いたところで部屋の扉がコンコン、と控えめにノックされる。
その音に気づいた私はモニターから顔を上げ、手元の呼び出しベルを一回、チリンと鳴らす。するとこれを合図としてドアが開かれ、男女一組が入ってくる。
「暦ちゃん、そろそろ調査隊の出発の時間だよ」
特に怒っている様子もなく、ほんわかとした表情で七癒さんがそう告げた。慌てて部屋に備え付けられている時計を見る。
……ほんとうだ。出発予定時刻まであと5分程しかない。
慌てて今まで書いていたメモを上書き保存しPCをシャットダウン。必要機材をカバンに詰め込む。
そして手持ちの小型端末を開き文章を素早く入力。そして「読み上げ」のボタンをタップする。
〈ごめんなさい。つい、資料のまとめに夢中になっちゃって。今回の目的地は確か、高浜原子力発電所及び内浦にある国立第7総合研究所、ですよね〉
大人びた情感豊かな余韻のある女の子の音声が小型スピーカーを通して軽やかに奏でられる。旧時代の音声読み上げソフトで製品のパッケージには確か紫色の髪で黒のパーカーを羽織っている、ひらがな3文字の名前をした女の子のイラストが描かれていたはず。
「うんうん、それで合ってるよ。今回の調査は全部で五日間の予定だね」
そう七癒さんが答えてくれた。よかった。こちらの勘違いとかはなさそう。
「ひ、一つ補足していくと」相変わらずの吃音と共に
「こ、今回の調査は今までのそれとち、違っているんだ。い、一週間ほど前から福井県のCCPA値が急激に下がり始めて。と、特に高浜原子力発電所の辺りはほぼゼロにな、なってしまったんだ。こっ、この原因を探るためにき、緊急に調査隊が組まれたとい、いうわけさ」
……これ一応、お礼言っておいた方がいいよね?
〈解説ありがとうございます成析君〉
「こっ、こ、この程度た、たえしたことなっいよ」
……得意げな顔をしたつもりのようだが(前髪が長すぎて上半分が見えない)めちゃくちゃ噛んでる。その様子に思わず少し笑みがこぼれ出てしまう。残念ながら声はでないけれど。
そんな反応をしたら何故か成析君は顔を真っ赤にしていた。
「はいはい、そこのお二人さーん。イチャイチャしないの~」
? どこもイチャイチャしていないと思うのだけれど。七癒さんはそうからかいながら最後の荷物である防護服を渡してくれた。
「先行している天野君や麻里ちゃんに早く追いつかないとね」
彼女のその言葉に同意、の意味を込めて頷く。そして私は防護服を素早く身に纏い始める。
この白色の防護服は、旧時代の資料にあった初期の宇宙服みたいなモノとは全く違う。その見た目は作業用つなぎ服と言えばいいだろう。それに少しばかり「
服の構成繊維は100%ネオ・アラミド防弾、防刃繊維だ。クモが使用する糸の分子構造を完全に模倣し更に強化することで生まれたこの繊維は軽く、鋼鉄以上の強度でかつ耐酸性や耐熱性も備えているという夢のようなモノだ。更に場所に合わせて自動的に展開する光学迷彩もついている。
防護服のチャックを首まで上げて、それから更に同じ繊維で構成される薄型導電性手袋を両手に嵌める。この手袋なら着用した状態で端末を操作できるし薄いので手の感覚もほぼ100%伝わる。コミュニケーションするには端末操作が必須な私にとって大変ありがたい。
最後に少し長い茶髪を適当にヘアゴムでまとめた後、フルフェイスマスクとゴーグルを被る。
これで対NBCR(生物兵器、化学兵器、核兵器、放射能兵器の4種類の英語の頭文字)だけでなく混沌にも防備できるようになった。まあ、混沌については気休め程度だけど。
CCPA値(大気中に存在する「混沌」の濃度、Concentration of "chaos" prese in the atmosphereの略)によっては普通に防護服ごと「感染」するしね。それはともかく、これで準備完了だ。
ちなみに超人である七癒さんや成析君は混沌抵抗値が生まれつき高いので防護服とかは基本的には要らない。
でも、私はそんな彼らを素直に羨ましがることはできなかった。いくら強い力を持ち、臣民から崇拝されているとはいえ、超人は生まれつき何らかの「弱点」も併せ持つからだ。
〈準備出来ました〉
「よし、じゃあ行こうか!」
七癒さんの号令と共に私達は「史料編纂室」と書かれた部屋を出る。電力不足のため薄暗い廊下を進み、突き当りにある塗料が剝がれてボロボロのエレベーターに乗りガタガタと、自分を酷使する人間に恨み言を言うかのような音を響かせながら地上を目指す。
こうして私達は「第25回汚染区域調査」に出発した。
私は、私たちは想像だにしていなかった。
あのような神秘的な生き物と遭遇するとは。
そしてその生き物の教育係になることも。
調査より帰還した後、その未知の生き物はヒロシと名付けられた。
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