空より、海より

 演説の後、僕達は一つ下の階層へ移動した。もちろん、より近くで戦闘を観戦するためだ。

 翡紅の方へ近づくと彼女と伝令兵のやり取りが聞えた。それはこんな内容だ。


キム容姫ヨンヒ大将は?」

「只今最下層にて陣頭指揮をとっていらっしゃいます」

「……そう、わかったわ。彼女に後でこちらへ来るよう伝えといて」

「はっ!」


 幸いにもティマの体調は演説の間に自力で立てるほどまで回復したので、最小限の介護でスムーズにたどり着くことができた。そして翡紅の傍まで行くが……意外にもそこまで遠くを見通せない。壁の上に堂々と立っている彼女は別だろうが。そう思ったタイミングで無形が声をかけてきた。


「遣翠使の皆さんはワタシの能力で戦場をお見せしますね。“小眼球シャォイェンチョウ”! おいで! 頼みましたよ」


 無形の身体からいくつもの「目の形をした鬼火」が出現し周囲に飛んで行く。その中には彼女の「左目」も含まれた。

 ここでようやくわかったのだが無形の左目が本来ある場所はのっぺらぼうみたいであった。

 無形は続けて「では、“神経接続”!」と唱える。すると僕の視界は真二つに割れた! 半分は自分の視界、もう半分は宙を飛んでいるので先程飛んで行った小眼球、つまり無形の視界だ。なるほど、この方法ならば場所を移動せずに戦場全体を見ることができる!

 この神経接続という能力は自身の視界などの感覚を他人と共有することができるというもので、実のところが使用可能能力だ。もちろん力道や睡蓮も。

 そして神経接続の「受信」であれば意外なことに誰でもできる。ただし「送信」に関しては人それぞれで千差万別だという。中にはこの神経接続に特化した超人もいるらしい。

 なお、僕はこの能力を使うことができない。これが超人扱いされない、もしくは半人前と蔑まれる理由の一つでもある。


 ともかく、これで金浦要塞を上空から見ることができる。その形は「U」の字を逆さにしたような形だ。無形の解説によるとUの中央にあるやたら平らな地形は金浦国際空港という施設の跡地であるという。

 そして今、要塞全体を見て先程の奇妙な柵の理由がわかった。この要塞はたぶんもっとんだ。ところが何者かに斜め上方向にされた。その結果前に進むにつれて「柵」が小さくなっていった、というわけだ。

 この場合問題となるのはどうしてそのような構造に、ではなく誰がこんな芸当をしたかということだろう。はっきり言って全く想像できない。切られた範囲は2キロ近くはあるんだぞ……!


 次いで目を引くのは要塞中央に広がる幅数百mもの長い堀だ。これはかつて漢江ハンガンと呼ばれた河川が干上がってできたものらしい。

 そこには無数の色とりどりのイキモノが地獄の沼に囚われた亡者の如く蠢いている。反射的に吐いてしまいそうな光景だ。彼らこそ混沌に「感染」した犠牲者の成れの果て、異形生命体だ。



「さぁて、行くぜぇ‼」



 背後の爆音(大声ともいう)に振り返ると呂玲が何か、妙な姿勢をしていた。

 両手は地面と接触した状態で大きく水平に広げている。その巨体は「く」の字に折り曲げられ、片足は膝を立てて、もう片方は足側の膝を地面につけて踞っている。


 ヒロシは知らなかったがこのポーズは旧時代(現代)の人間にとって馴染み深いものだろう。誰しも一度は見たことが、或いは実践したことがあるはずだ。

 それはクラウチングスタートと呼ばれている。地面に対する角を最小化し大きな推進力を走者にもたらすポーズであった。

 足に力を込めたのだろう、ミキッと地面にヒビが入った次の瞬間、ドォン! という轟音と共に呂玲がされた! 

 ブォウ、という風圧と共に要塞の外へと向かい文字通り飛んで行く! 余りにも非現実的な光景に僕達四人は揃って口をポカンと開けてしまう。数秒後呂玲は漢江を大きく越えて要塞から2km程も離れた場所に着地した。

 その時に衝撃で大地に小規模なクレーターが出来上がる。「どんな力してるんだ……」と曲直瀬が呆れたように呟いた。


 視線の先で呂玲は背中の大太刀をゆっくりと抜き、バッ、と勢いよく前方へ刃先を向ける。そして大声で名乗りを上げた!



「オレの名は呂玲! 中央大藩国、偉大なる大王キュロス3世様に仕えるプシィティグハーン・サルダール大王直属軍団の大隊長だ‼ テメエら異形共の相手はこのオレだ! 全員纏めてかかって来いやぁ‼」


 その言葉に呼応するように堀の中の、そしていつの間にか東の方向、ソウル市より湧き出できた異形生命体が一瞬その動きを止める。

 数秒後…………一気に呂玲に目がけて突撃し始めた! その数は優に一万は超えているだろう。一斉に動き出したものだから先ほどの砲撃のような凄まじい地響きが聞こえる。

 それを見て翡紅も指令を下す。


「要塞内の各部隊はそれぞれの判断で漢江内の敵を、空と海の方は呂玲の周囲を攻撃、援護せよ!」


 空と海? その言葉に思わず空を見上げ(同時に小眼球……無形の目が京畿キョンギ湾の方角へと向けられる)視界に写ったのは、空を我が物顔で練り歩く銀翼を持つ巨鳥の群れとかつて大海原を支配した鋼鉄の乙女達だった。

 即ち爆撃機と戦艦である。


 その光景に圧倒され、僕の口からは「すげぇ……」という簡単な感想しか出て来ない。何回か神国と翠玉を往復したであろう他3人も直接の軍事力を見るのは初なのだろう。

 曲直瀬はその雄姿を値踏みするかのような目で。

 睡蓮は純粋な憧れを宿すキラキラという擬音が聞こえてきそうな目で。

 そして力道は「……あれが大昔20世紀戦争兵器ウォー・マシンですか。なかなか武骨で力強そうな見た目ですな」と僕のに比べて大分語彙があるような感想を漏らす。

 そこに無形の解説が加わった。


 それによると空の爆撃機は「ボーイングB-29スーパーフォートレス」という機体らしい。

 大昔の超大国の一柱アメリカ合衆国が製造したらしく、ほとんどの機体に青と白で彩られた星のマークがあるそうだ。何故か一部にはがあるらしいが。彼らは先ほど僕たちがいた南沙人工岛より出撃してきたという。

 一方で海に浮かんでいる艦艇群、その中で一際大きい5隻の艦は湾内を一列に沿って航行していて、前から「アーカンソー」、「ネバダ」、「ニュヨーク」、「ペンシルベニア」、そして「長門ながと」という艦名らしい。

 彼女たちは旧時代に開発されたのため、標的艦としてその運命を終える……はずだった。ところが半年前に何の因果か翡紅が纏めて「召喚」してしまったそうだ。以来翠玉海軍の中核戦力として縦横無尽の活躍をしているとのこと。


 そして──

 大空を闊歩する銀翼の巨鳥B 2 9は十数機の梯団をそれぞれ組み異形どもに向け漆黒の大雨をお見舞いすべく次々と低空から侵入を開始し始める。

 獲物を見つけ急降下をかける荒鷲のように。


 京畿湾に浮かぶ鋼鉄の乙女達はそれぞれの獲物──砲塔をゆっくりと回転させ大地の方向へと向け、砲身が仰角をかけた。敵陣目がけて突撃を敢行しようとする騎士のように。

 その動きに合わせるかのようにただ一人敵陣のど真ん中で周囲を睥睨していた呂玲も動く! 信じられないことにその顔は喜色満面に溢れていた。



「さぁて、オレの武芸をその身にとくと刻めぇ! 龍ノ型りゅうけい龍神吹雪りゅうじんふぶき!」



 その技を合図として金浦要塞防衛戦のゴングが大地に鳴り響く。

 目の前で戦争が始まった。


                               第3章 END

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