演説
僕はある程度回復したとはいえまだ自力で歩けないティマを支えながらゆっくりと外へと出ようとする。その時に気づいたのだが、小部屋のある一角、翡紅が開け放った扉の横になにやらボタンが規則正しく配置された操作盤を見つけた。なんか既視感があるな……?
あ、わかった。多分エレベーターの操作盤だ。ということはこの部屋は移動式の指令センターか何かだったのだろう。
さて、いざ外に出た途端にまず感じるのは周囲に満ちるのは火薬のにおい!
続いて感じるのは全身を震わす振動! 足元からズン、ズンと絶え間なく響く。
同時に鳴るのはドォン、ドォンという砲声! 複数、というレベルじゃない。最低でも100を超える砲が次々と、途切れなく砲撃をしているのだ。
辺り一面には砲撃による噴煙でやや見通しが悪い。
そんな中、一分も進まないうちに腰ほどの高さしかない柵が見える。にしても妙だ。中途半端な高さだし、前に進むほど高さが低くなっていくし、柵はやたらとギザギザしているし、とても雑な造りに見える。それはともかくここで行き止まりなのか? そう思っていると翡紅の凛とした声が要塞全体に響く。
「全部隊、砲撃止めェ‼」
その手にはいつの間にか無線式マイクが握られている。このキーンというハウリングを伴うデカい声はそのマイクを経由して要塞内の各スピーカーから流れたのだろう。
その命令通り、砲撃はぴたっと止んだ。直後に風がヒュゥゥ、と流れ辺りの光景が明らかになる。
真上には分厚い鈍色の雲。視線を真っ直ぐに向けると周囲の様子、もとい戦場を一望できる。ということは、ここは多分要塞の天辺にある監視塔なのだろう。
その要塞は高低差がある構造をしていて、例えるなら階段という所か。それぞれの階層には様々な火器が配置されている。
一番下の階層には重砲が、中ほどの階層には野砲やカノン砲が、そして一番高い階層には……ええと、さっきの感想は訂正しよう。あれ、絶対火砲じゃないでしょ。
なんだ? あの木材でできた兵器は? 戸惑いが顔に表れていたのだろう。無形が傍に寄って来て、そっと小声で教えてくれた。
「あれはカタパルト、トレビュシェットと呼ばれる兵器たちです。投げているのは石じゃなくて陶器に火薬を詰めたものですが。なんでもてつはう、というらしいですよ。これらは翡紅様によって召喚されたものだけでなく自分達で作成したものもあります」
その言葉に思い出す。翡紅も超能力者、つまり超人で過去よりランダムな物品を召喚する能力を持っていると。召喚できる物品は兵器、という単純な括りではなく文字通りあらゆるものを召喚できるという。生き物は例外らしいが。加工済みであれば問題ないらしく、例えば数日前に僕が食べたサバ缶なんかは彼女の能力で召喚されたものだ。
話を戻すとして、一番下の階層は重砲だけでなく様々な種類の機関銃が置かれている。その中には素人でもわかるほど原始的な物もあった。多分あれも召喚されたものなのだろう。(後で知ったのだが、パックルガンというらしい)最下部の階層は防壁も兼ねているようで高さ5mはありそうだ。
ところでさっきから何か衣擦れの音がしていたので何かと思い振り返ると、翡紅が着替えをしているところだった。黒色のジャケットに手を通している最中なので丁度着替えが終わるところたのだろう。
じゃなくて。え? ここで着替えていたの? 思わず呆気にとられてしまう。それを見ていた彼女はいたずらが成功したみたいにニヤッと笑った。
「どうせ誰も見てないでしょ。それにこっちの方が動きやすいし」
皇帝がそんな破天荒でいいのかと思わず失礼な感想を抱いてしまったが、周りは特に何も言わないのでこれが平常運転であるらしい(ちなみに力道だけはずっと、ずっと前を見ていた。)。
着替え終わった前へと進み翡紅はよいしょ、とか言いながら柵の上に立ち、そのまま真下へと飛び下りた。……飛び降りた⁉ ここから下の階層まで6,7mはありそうなのに⁉
ところがこれも彼女にとって平常運転らしい。僕の左腕を掴んで立っているティマがそっと耳元でささやく。
「……心配しなくても大丈夫ですよ。翡紅様は
実際その言葉通りだった。翡紅は着地寸前にその身をくるりとひねらせ見事な5点着地を披露したのだ。その体は当然のように無傷である。そのまま敬礼の姿勢で直立不動する兵士達の中へ進み、壁をよじ登り壁上に立つ。即席の演台といったところか。翡紅は直立不動で彼女を見上げる配下達を一望し、胸の上に腕を組んで演説を始めた。
「勇敢なる我らが翠玉の兵士諸君‼ 今までよくここ金浦要塞の防衛任務を果たしてくれた‼ 諸君らのおかげでこの区域一体の使えそうな資材を全て回収することができた。これらの資材は我が国の船達を大いに強化することができるだろう。知っての通り我々とって船は国土であり、財産であり、なにより諸君らが帰るべき家だ! それをより強化することができるのは諸君らの働きがあってこそのものである。ここに全国民に代わり私が礼を言おうと思う‼」
その言葉に兵士たちは一斉に握り拳を天に掲げ喜びの咆哮をあげた。嬉しさのあまり涙を流す者や互いの健闘を讃え合っている者もいる。その様子はこれまでの戦いが楽なものではなかったことを暗示させた。
それにしても翡紅は凄いな。先ほど着替えた終えた彼女の服は、黒色でファー着きの皮ジャケットと藍色のジーパン、そして茶色のブーツとその装いは全く皇帝らしくない。のだがその佇まいは堂々としていて凛々しく「人の上に立つ存在」である事を想起させる。これがカリスマというやつだろうか。そんな感想を抱いている間にも演説は続く。
「……ここでの戦いは今日が最後となるだろう‼ 敵はまだ多いが臆することはない。空に、海に、頼もしい援軍が既に駆けつけている。更にこの場にはあの呂玲もいる‼」
その言葉に兵士たちの一部が上を見上げ──呂玲は凄くデカいから良く目立つ──その姿を見つけると歓声を上げる。それに応えて呂玲も右手を振り始めた。彼女の存在は翠玉内で非常に有名なのだろう。
「これより呂玲が敵の群れに単独突撃をする。諸君らは彼女の周囲にありったけの──弾切れは心配しなくていいぞ、もうここは放棄するからな──あの異形どもに叩き付け、突撃を支援せよ‼ 今、出せる力を出し尽くせ! 我らに勝利を!」
周囲は「我らに勝利を!」の声で埋め尽くされた。
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