転移

「ティマ、準備は?」

「……完了しております、陛下」

「よし! 皆ティマの服を掴んで。どこでもいいから。無形、呂玲、同行しなさい! マズダは留守番よろしく頼むわね」

「仰せのままに」 「わかったぜ!」 「ご武運をお祈りいたします。お気を付けて」


 三者三様の返事と共にティマの傍へと集まる。それを見て僕らもおずおずとティマの方へ向かう。

 本当に彼女に触れてもよいのか、と少し戸惑っていると


「……遠慮せずに、私の服を、どこでもよいので掴んでください」


 と言われたので、僕は彼女の肩のあたりをそっとつまむことにした。


「呂玲、武器とボンベは持ってる?」 「もちろんだぜ!」


 呂玲の背中をよく見ると彼女の身長と同じ、いやそれ以上の大太刀を背負っているのが見えた。柄頭が彼女の頭より飛び出ている。そして両手に重そうなカバンを持っていた。


「準備完了ね。じゃあ、ティマ、お願いね」


 一体これから何が始まるんだろう。そうドキドキしながらティマの方をそっと見ると、意外なことにこれから起ころうとしていることに対し、彼女の動作はごくごく一般的な物だった。

 右腕を少し上げて手のひらを覗き見る。腕時計で時間を確認するように。右腕にも紋様がびっしりと描かれていて淡く光っている。

 そしてティマは一言唱えた。


「ማስተላለፍ」


 瞬間、目の前が真っ白になり──









 転移ワープした。僕達は僅か1秒にも満たない時間で金浦要塞へと瞬間移動したのだ。


 そこは見慣れない小部屋だった。壁は灰色に染まり所々ヒビが入っている。室内には大量の資料や機材が置いてあったが、全て時の流れにより用を成さなくなっていた。元は指令室か何かだったのだろう。

 そこまで観察したところで横からゼェ、ゼェという弱弱しい息遣いが聞こえてきた。ティマのものだ。一体どうしたのかと思い様子を見ると──


「…………ぐっ、ゲボッ! ……ゴフッ‼」

「⁉」


 ティマは苦しそうなうめきと共に大量の血を吐き出した! その様子を見て僕らは驚く。一体何が⁉ 只事ではない様子なのは一目瞭然なので慌てて介抱しようとし、倒れかけたその体を支える。

 いつの間にかティマの全身は汗でびっしょりと濡れておりぶるぶると震えている。目には重度の充血、鼻や口からは出血が認められ、ティマの体温は温かいというレベルから熱いというレベルへと変わっていた。40℃近くあるんじゃないか? これは。


 「透視」の能力でティマを見た曲直瀬も驚きの表情を浮かべている。


「何よこれ……彼女の内臓はボロボロ、穴だらけだわ……まるで多臓器不全だ。でもどうしてこんな急に?」


 ところがこの状況に翠玉側は全く動揺していなかった。翡紅に至っては


「このくらいの移動でもう切れちゃうのね……彼らの技術はまだまだ改善の余地があるようね」


と最初からこの事態を予想していたかのような口ぶりだ。流石にその言い方はないだろう──と言いかけるがそれよりも早く呂玲と無形が動く。


 呂玲はカバンの中から素早くボンベとそれに繋がる吸入器を取り出し無形に渡す。無形は“小手”で受け取り素早くティマの口元へと持っていく。この間、僅か2秒。それらは手慣れており、普段から行っている動作であることを示唆するようだ。


「ティマ、一気に吸い込んでくださいね」「ゴホッ、あ、りがとう……ございます」


 ティマがボンベ内の気体を2、3回吸うと奇妙な事が起き始める。彼女の顔にある紋章が輝くと共に謎の症状が急激に収まっていく。

 その様子に曲直瀬も感嘆の声を上げる。


「えっ……す、すごい! ボロボロだった内臓がもの凄い速度で再生? していく……もしかしてこれが彼女の種族の?」


 その言葉に翡紅が頷く。


「そう。ティマの種族……魔人は〟魔素マギジェン〝と呼ばれる物質がないとその肉体を維持することは出来ないの。それで魔法を使用する際に魔素を使うんだけど強い魔法ほど使用する魔素の量が増えるの。で、その後に魔素を補充出来ないと……正確には体内の魔素を使い切ってしまうと、この様な症状が出て死んでしまう。でもこうして魔素を補充してあげれば直ぐに回復するわ」


 その言葉に力道が疑問を唱える。


「その理屈ですと魔人は魔法を使うたびにこの様に瀕死の状態になってしまうのですか?」

「いいえ。この現象は外の世界でのみ発生するわ。彼のガネニ・ネグス・ハゲリには魔素が豊富に存在しているからこの症状、「魔素欠乏症」にはならないわ。まあその代わりに向こうでは酸素がほとんどないんだけどね。さて、そろそろ外に行くわよ!」


 翡紅はそう言うとつかつかと部屋の扉へと向かい一気に開け放つ。


 扉の先に待っていたのは戦場だった。

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