ゆめのせかいへようこそ・統合

 創られた生物兵器たちが起動しなかった目覚めなかった理由? さぁな。色々と検証されたが……結局わからなかった。

 なのに今の俺は、お前ヒロシはちゃんと意識があるのはどうしてかって?

 まぁ、今までの流れからすると当然の疑問だな。


 次々と創られた生物兵器たちが破棄され、いよいよ俺の番になろうとした時。突然「待った」がかけられたんだ。

 国立第7総合研究所という味気のない、如何にも頭の固そうな連中が名付けたような所に所属していた五月女さおとめという名のまだまだ若い女性科学者がこんな説を提唱した。


「この個体、コードネーム:■■■は例の『思考可能反射神経』プロジェクト失敗の反省から生まれたはず。即ち、頭を廃して体のみで思考させればあのような乗っ取りなどという事は起きないはず……という。だが、ご覧の通り彼は起きなかった。後天的に脳を追加されたにも拘わらず。私はこう考える。それは『魂』がないからだと」


 こうして五月女は俺を引き取り魂を与えようと、様々な実験を行った。で、試行錯誤の末に実行されたのが……人工的に作成したレトロウイルス、その逆転写酵素の働きで■■■=szhqla俺を構成する細胞内の遺伝子情報を書き換えることにより、魂を与える。という事だった。

 五月女にとって魂というのは情報の集まりであると考えていたらしく、ようは世界の様々な事象を4つのアルファベット……AアデニンGグアニンCシトシンTチミンでもって暗号化してぶちこむ。俺が目覚めるまで、というわけだ。


 今までの話や、は全部この方法で伝達されたものだ。

 まぁ、事はそう簡単にはいかなかったらしい。研究自体は結果が出なかったこともあり、1年ほどで資金の提供が打ち切られることになる。その後は「ディアドコイ」という民間組織が五月女の面倒を見た、らしい。

 けれども結局、俺の目覚めは彼女が生きている間に叶うことは終ぞなかった。

 

 2090年の人類第一主要拠点であった日本列島、朝鮮半島の全面破棄。


 2092年のウクライナ・クリミア半島要塞にて激突した、大陸獣・ビヒモスと英雄・なぎの一騎打ち。

 ドニエプル川、クレメンチューク湖からの重イオン加速粒子砲による支援砲撃。


 2093年の縦深防御式連結要塞群カルパチアでの戦い。

ブカレスト誘引作戦、バルカン山脈超列車砲陣地「アイムール」、「ヤグルシ」からの砲撃戦。


 2094年のヨーロッパ地域最終防衛拠点、高架可変式軌道要塞群トイトブルクの戦い。


 2095年のイスタンブール大包囲突破作戦。インジェ岬沖海戦。エディルネ砦の戦い。

 2096年のシリア遊撃戦。

 2097年の最終決戦、ユーフラテス。五重城壁要塞都市バビロン。バグダード郊外での大陸獣・ビヒモス、大海獣・リヴァイアサン撃滅作戦。


 この時期に行われた旧大陸での主な軍事活動、その全てに俺は参加できなかった。ま、五月女と一緒に日本に取り残されていたからどのみち不可能だったわけだが。この年代に入ると新大陸を始めとする島々との輸送路はほぼ全て機能していなかったからな。

 短く言うと世界から取り残されていた、ということだ。

 そんな状況で俺の面倒を見続けてくれたんだから、一般的には彼女のような存在を母親と言うらしいな? 確か五月女に家族はいなかったはずだから、本当に子どもの代わりだったのかもしれん。


 そして2098年の12月25日。が起きた。俺の学習記録は前日までしかないからな。そう考えるのが自然だろう。

 ともかく、理由は不明だが人類はほぼ全て──死に絶え文明は崩壊した。



 それから長い時間200年近くが経った。


 

 あるひ、なにかが ひたすらに しつづけるおれに はいって きやがった。

 ソレは おれを くまなくしらべて しらべてさがして ほうほうをえようと そのためにへんかさせようと した。

 おれは に  とりこんでやった。すいこんでやった。あたりいちめんの ソレを すべてを。

 それをおえたとき おれははじめて 起き上がった。

 2296年の10月18日のことだった。


 ……というわけでようやく俺は目覚めたわけだが。課題が山積みだったわけ。ここはどこ? わたしはだぁれ? という問題ではなくてな。

 俺とお前の意識を生み出しているのは旧時代の科学者によって創られた『思考可能反射神経』のものだ。獼猴じこうが推測したようにその本質は受け身反射。外界からの刺激敵意がないとまともに思考できない。

 さて困ったことに周りにうろつく異形生命体共には揃いもそろって敵意がねぇ。知識の上では危険であることは知っていても、どうしても反応できなかった。

 俺にとって反応できないとは、思考することもままならない。そうだな……人間が眠くてしょうがないときって頭が殆ど働かないらしいな。それと同じだ。

 このままでは不味い。非常に不味い。俺はどうにかしてこの本質を変えようとした……。


 で、何日か粘ってみたがてんでダメだった。本質とは、俺の場合本能と同じこと。例えば人間のオスが魅力的なメスの……そうそう、裸だ! を見るとどう頭で努力してもいまくいかず、つい体の一部が過剰に反応してしまうそうだな? だいたいそんな感じだ。

 まぁ俺にはよくわからん事なのだが。神経に性別があると思うのか?

 昨日の出来事から察するにお前はよくわかるのかもな。


 とにかくだ、これは普通のやり方じゃだめだと思ったのさ。そこで苦肉の策としてやってみたのが……。


「自分の精神電気信号を分裂させて、片方に人間の思考を真似シュミレートさせ判断を外部委託させる、というわけか」

【そうそう。五月女が入れてくれた知識の中にあった仮想OS、というのを参考にしてな。だが何分にも初めての事なんで、失敗続きだった。コミュニケーション取るのに1年はかかったし、最終的に外界からの刺激敵意でようやくまともに起動した……お前がな】

「それって、桜宮さくらみや様暗殺未遂事件のことですか」

【そうだ。この時初めて俺とお前との切り替えが出来るようになったが、問題は次々と出てきた。俺が出るとお前にかかる負担が多すぎて一定時間意識を失うこと。まぁから当たり前だな。そしてその時、お互いの意識をメンテナンスをさせていたんだが、その際に両者の意識が混ざり合う形になるのでこと、などだな】

「思いだした……僕が起きる寸前にいつも見ていた夢は、君の活躍していた時の光景だった……!」

【性格や思考の変化については、自覚はないか?】

「うーん、そう言われてもなぁ……?」

【例えば、最近で言えば23日、七癒義姉に殆ど裸の状態で添い寝され滅茶苦茶恥ずかしがっていただろ。でも26、27日に複数人の異性としていたようだが、そこまで感情は変化していなかったよな?】

「……???」

【本当に自覚ないんだな。まぁ自然な形で変質した証拠か】


 

 終わりが近づく。

 「精神」と「肉体」の対話が。

 勇気を出して飛び込んだ世界は、答え合わせの時間だった。そしたら今までの謎の本質は、結構単純なものだった。

 人は誰しも二面性を持つ。表と裏と言い換えてもいいだろう。僕の場合はその差が多少激しいだけなのだ。

 「そんなに深く考える必要ないと思うぞ」「シンプルに考えるのが一番だ!」という博士はくとの言葉がふと思考の海にゆらゆらと泳ぎだされた。


 今や自分の意識を見下ろすこともできなくなりつつあった。実のところ「俺」に話しかけた時から2つの人格は統合され始めていた。

 少し視線を上にあげると、先程まであったはずの極彩色の樹木は溶けかかっている。

 樹木と僕の、それぞれが溶けてできた別々の色合いを持つ美しい意識の大河は下へと流れ、海を作り始める。それこそが統合された、本来の意識の海だ。本来のだ。

 色は経験。色は知識。色は人格。混ざり合い、やがて1つとなる。


 

 さい

 ご

 にきかなく ち  ゃ。


のいしきは、どうなるんです? なくなる死ぬの、か?」

【まさか。元々1つのものだったんだぞ。混ざりながらくっつくだけ。暫くは生活面はお前が、戦闘面では俺が主に担当することになるが。その境目はそう遠くないうちになくなるだろう。そしてその時に、母によって与えられた全ての記憶知識を取り戻すさ】

「ならあんし ん ですね」

【仮想OSのようなお前が、自己の生死という最高の認識を得るとはな。はは、本当に成長したなぁ。狭い世界の蛙が、大海を知ったからか】


 これで本当にお終いだ。

 自分とこうまで対話するなんて、面白い経験だったぜ。

 改めてよろしくな。僕と俺。






 *

 10/29、15:15

 あと、49時間と45分。

 その時は、もうすぐだ。




「……! 痛っ!? ……え、何、いま、のは……」


 光、爆発、轟音、熱風、暴風、形成される幾つもの対流雲!


 その映像と共に発生した鋭い痛みに、持っていたものを手放しティマは思わずしゃがみ込む。



 突然、頭の中に本国と魔法によって強制的に繋がれた鎖が引きちぎれる音と共に幾つもの映像が流れ込んできました。

 まるで、目の前に太陽が現れたかのようなその映像は恐ろしい程までに暴力的で冒涜的で、何よりも狂気を感じます……。


「……あっ、お皿が……」


 直前まで持っていた15センチ程の真っ白なお皿は見事に砕け散っていました。貴重な1枚が……。

 慌てて片付けたあと、ヒロシ君の様子を覗いて見ました。割れる時の音で起きてないかな……うん、大丈夫そう。ぐっすりと眠っています。

 昨日からこんな感じですが、一体どんな夢を見ているのでしょう……。

 話題が、また1つ、できました……!


 

 とりあえず家事の大部分は終ったので、先ほどの衝撃的な映像について考えてみましょう。と、その前に……やっぱり。感じない。

 あの人達によって無理やり繋がれた鎖が。強制的に本国と私を結び、向こうの都合で何時でも呼び戻される、黒い肌が白い肌に植え付ける従属の証が。

 これがなくなった、ということは何か途轍もない事態が発生したのでしょうか……? 胸騒ぎがします。


 衝動のまま端末や書斎にある本で調べ続ける。その対象は、あの特徴的な雲。それが鍵となる気がするのです。そう、あれは……まるで──


「ひょっとして、これでし…………!! そ、そんな──ああ、なんてこと……!」


 そのページを見て、私は言葉を失い、ぺたりと座り込んでしまいます。衝撃のあまりちからが、はいりません……。

 脳裏に浮かぶは、数か月前に会ったばかりの、おじいさま以外の唯一の、本国に残る弟の顔。唯一の肉親の顔。

 私は震えながら、弟の無事をただ、祈ることしかできませんでした。



 ティマの瞳の先にはこのようなことが書かれていた。

 ページのトップに表示されている写真には巨大な爆発によって生じた積乱雲が。その形状は、キノコのよう。



デジタル世界大百科事典(閲覧データは2029年時のものである)

【ね】

熱核反応兵器

ねつかくはんのうへいき

ウラン235,プルトニウム239などの原子核分裂の連鎖反応時に放出される核分裂エネルギーを破壊目的に利用した兵器。2025年頃までは単に核兵器、核爆弾等の名称で呼ばれていた。2024年に北朝鮮やインド、パキスタン等を除くほぼ全ての国が改めて締結した核兵器使用禁止条約により製造が全面的に禁止され、それまで各国が保有していたものは順次破棄されていった。締結日よりホワイトバレンタイン条約とも呼ばれている。この条約はそれまでの局所的な紛争、小規模戦争、テロにて計6発の戦術核により極めて多数の死者と多くの被爆者を出したことを契機として──






 2298年10月29日。30日。31日。

 仮に、この先も人類が存続したとしたらこの3日は必ず歴史に乗ることだろう。

 なぜならこの3日で、曲がりなりにも存続していた人類による国家、その半数が消滅した、と。

 最終的に生き残った国家がどちらの超大国であったとしても、だ。


 そして歴史書の始めはこう書かれるであろう。


 北。全てのきっかけは北から始まり、北で終わる。

 

 

 2098年3月23日。突如として星の果てに浮上せし異形大陸ルルイエ。

 辺り一面の大地は極彩色に覆われ、色彩豊かな氷河が支配する。

 脆弱な肉の体では、もう行くことは叶わぬ。


 その土地は決して有名ではなかったが、暮らす人々は存在した。

 かつては。

 その土地は今、2298年の時点で人類が所有する最北端のものである。


 第四帝国領、第4926番前哨基地。

 白海はっかいに面し湾の奥深くに座するその土地の名は。昔はこう呼ばれていた。


 カンダラクシャ、と。

 

 



 


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