まほうのあったかしょくじと召喚の儀 

 今、僕の目の前で正に奇跡魔法が起きていた。


 あれから30分ほど、手回し発電機をひたすらに、グルグルと発電していたのだが、唐突にテテドン! という名状し難い音が聞こえた。


「……あ、丁度充電が終わったようですね、こちらも調理を終えましたので、よいしょっと。今、持っていきます」


 ティマはそう言いながら何やら縦25センチ、横30センチ程の金属製の箱を持って来た。それを机の上に載せ、再びキッチンへと戻り……平べったい何かを2つ持ってくる。

 それは厚さ3センチぐらいの白いパッケージで『小笠原諸島 第6海中水田産、ヤマトウマイ米・β種使用 みんなの炊き立てごはん ~透明度が高く、清らかな青黒色の日本海流黒潮をろ過した安全な水で炊き上げました~』と宣伝文句が書かれている。

 そこから察するにお米が入っているのかな。何回か食べたことあるけど、なんだよなぁ、と思っていると。

 ティマはパッケージのフィルムを少し空けた状態で(中途半端な点線があった)箱の中に入れ、横にあるつまみを少し動かす。するとヴイイィィーン……という駆動音が聞こえ、中にあったお皿がくるくると回り始める。

 2分後。

 チーン! という音と共に独りでに蓋が開く。とっても暖かい蒸気と共にティマはパッケージを取り出して慣れた手つきでそのフィルムを剥がす。

 と、が出現した!


 同じ動作をもう一度して、その待ち時間の間に調理されたサバ……茶色のソースがかけられ、細長く切られた黄色いものが乗っかっている……を持ってきた。当然、蒸気が上がっている。

 そのに思わず声が漏れだす。


「これが、魔法というやつなのか」

「……確かに、ガネニネグスハゲリ、私の故郷にもこのような魔法はありますが、……これは、その、違いますよ?」


 続けて「電子レンジ、見るのは初めてですか?」と眉をハの字に曲げた困惑した顔のティマが遠慮がちにそう言った。



 実のところティマが作った料理というのは、私達読者の皆様がよく知る「サバの味噌煮」であり(『Let's Cook ! お手軽料理の素 白身魚の味噌煮用 切り身に掛けて10分煮込むだけ!』という商品を使った)、旧時代現代であれば特に珍しくとも何ともないのだが……。

 

 うまい! うまい! うまい! と、仮にこれが漫画の一コマであれば、こんな感じの吹き出しが表示されたであろうか。

 ともかく、ヒロシはそんな感じで箸を動かし次々と食材を口の中に投げ入れ、整理整頓咀嚼し格納摂食・嚥下していた。

 その様子にやや驚きつつも母が子を見つめるような、やさしい表情で眺めるティマ。時はゆったりと流れていく。




「こんなに美味しい料理、ありがとうございます!」

「……舌にあったようで、よかった。でも、簡単な合わせ調味料を使ったものですから、大した料理ではないですよ?」


 そうなの? でも僕にとってそんなことは重要ではなかった。だって、


「こんなにやわらかくて、あったかい食事は始めてでしたから!」


 そう。こういった「料理」の存在はある程度知っていたけど、それは記録映像2次元の中の話。今までは固いクッキーとか、冷たい缶詰とか、だけだったから。


「…………」


 その言葉にティマは何故か目を潤ませながら、静かに頷くのであった。



 食器を片付けた後、特にすることもないのでティマの種族についてあれこれと質問してみた。彼女は時たま携帯端末を使いながら、丁寧に説明してくれる。簡単に纏めるとこんな感じだ。


・種の学名は「Homoホモ Mijiikeミジイケ Miravillaミラビイラ Naturaeナトゥラエ」。これは「賢き、魔法、自然の驚異」という意味らしい。ついた通称は魔人。単に魔法が使える人の略、だそう。約20万年前に「Homoホモ heidelbergensisハイデルベルゲンシス」という種より分かれて進化したらしい。


・彼らは生まれつき体のあちこちに紋様が刻まれている(ティマの場合は右半身)。その紋様の範囲や色、形で使うことができる魔法が決定される。


・例えば彼女であれば「強力な炎と空間に作用する魔法」とのこと。それ以外の魔法を利用する場合は紋様が刻まれていない任意の箇所に使用制限があるタトゥーを刻む。ものによっては刻むのに数日間かかるものもあるらしい。


・もしくはタトゥーが刻まれた魔道具を使用する。一般的には長さ15センチの杖の形タッチペンをしている。当然かさばるので事前のどの魔法が使える魔道具を装備するかの取捨選択が必須である。原則1本につき1回しか使えない。


・彼らは酸素の代わりに魔素マギジェンを使用しエネルギーを得る。鼻腔びくう咽頭いんとうが繋がる頭蓋骨の中にある「Mコンバーター」と呼ばれる器官で魔素を魔力と酸素に分解、同時に多量のATP(アデノシン三リン酸)を合成。酸素とATPはその後肺へと持っていかれる。その後のプロセスは人間ホモサピエンスと同じ。


・魔力は魔法を使用する際のエネルギー源だけでなく魔人の細胞を支える接着剤の役割を果たしている。なので魔力が枯渇すると、あちこち、最終的には。思い返せば金浦要塞に転移した直後のティマが正にその寸前だった、というわけ。


・魔法は魔人一人一人に宿る「精霊」にお願いする形で発動する。この「精霊」の正体は、魔人特有の細胞小器官(核やミトコンドリアのこと)の1つであり「novisノヴィス amicisアミチス」という名前がある。奇妙なお友達という意味であるそうだ。また、魔人にはミトコンドリアが存在しない。


・彼らがどこから来たのかは全くの不明である。が、一応ミトコンドリアや葉緑体と同じく外部からの訪問者がそのまま根付いたのでは? という仮説を支持する者が多い、とのこと(細胞内共生説、というらしいが僕には難しくてほとんど理解できなかった)。



 ティマの説明がちょうど一段落した時、この部屋の入口あたりでポン! という音がした。何事かと思って振り返ると──


「あら、2人ともだいぶ仲良くなったようね。喜ばしい限りだわ」


 と言いながら翡紅フェイホンが金浦要塞で演説した時と同じ、黒色でファー着きの皮ジャケットと藍色のジーパン、そして茶色のブーツという皇帝らしかぬラフな装いで入ってきた。


「……お帰りなさい陛下、いつもより早いお帰りということはこれから御力を?」

「ただいま、ティマ。その通りよ。早速準備をお願い」

「……承知しました」


 ただいま、ということは……さっきこの部屋の感想を聞かれた時に「の部屋」とティマが言っていたのは、もしかして。


「ええと、もしかして翡紅さま」

「呼び捨てでいいわよ。貴方は命の恩人のようなもの。特別に許可するわ」

「あ、ありがとうございます。それで、翡紅は──」

「そ、この部屋はティマとの2人暮らしよ。あそこ、見てなかったの?」


 命の恩人? 。それはともかく翡紅が指差す先、ベットルームを覗く。どうしてかわからないけど、見た瞬間悟った。ダブルベットがあったのだ。



 その後、ティマは何やら「扉の絵」の前にあった多数のゴミ袋を立てたり、書斎より何か袋一杯に詰め込まれたやらタオル、ゴム手袋などをその傍に置く。


「陛下、準備終えました」

「よし。じゃあ行くわよ。ヒロシも来る?」

「ええと、これから何をするんですか?」

「そんなに大したことじゃないわ。今から私の能力、『召喚』を使いに行くのよ」




 転移ワープすると、そこは陸地であった。

 潮の香りがするので海辺だろうと思い振り返ると、予想通り白い砂浜が見えた。いつの間にか夕方を迎えていたようで、辺り一面は昼間より一層と暗くなっていく。分厚い雲海のせいで昼間も暗いのは神国日本でも、ここ上海でも変わらない。

 なので白い砂浜はライトを照らしているかのように輝いて見える。海と反対側の、微かに見える陸地のように極彩色でもないことが余計に「白」を自己主張させていた。

 ところで、僕達は何から出てきたのだろう。と思い辺りを見渡すとすぐに答えにたどり着く。

 青い塗装の電話ボックス。上部には「Bad Wolf」と書かれている。もちろんボックスの扉は部屋の絵と同じものだ。


「翡紅様~こちらの準備は完了です! あ、ヒロシ様もお目覚めだったのですね! ご機嫌いかがですか~?」


 ボックスの向かい側から無形ウーシンが両手(の裾を。彼女には手がない)を振り回しながら、1台のロボットと数十名の男達を連れてやって来る。

 ロボットの頭部には「Juliet・タロウ」と書かれたハチマキが巻かれ、胸部のディスプレイには「ねこVer.404」と書かれた文字が激しく点滅していた。


ねこVer.404、今日はを召喚する予定だったかしら?」

「先日が食料でしたので、本日は艦船となります(≧∀≦*)ノ」


 その胴体と足が一体化したようなロボットは、表情のない丸っこい白い頭の代わりにディスプレイに絵文字を表示させることで感情を表しつつそう答える。


「わかったわ。それじゃぁ……あの辺りでいいかしら」


 翡紅は沖合に向けて右手を伸ばし、何かを念じるように紅い双眸をつむる。伸ばされた右手はやがて何かを手繰たぐり寄せるかのようにせわしなく五指を動かし始める。


「さーて、本日の、当たりかな? な、どう思う?」

「そーだなぁ。最近は当たり続きだし、今回もイケるんじゃね?」

「それ、旧時代ではふらぐって言うらしいぜ」

「じゃあ何だ? 久しぶりにゴムボートでも来るってか?」

「いいや、ここは大穴で……」


 後ろで男達がわいわいと騒ぎ出す。それを無形が「黙りなさい! 陛下が集中できないでしょう! 全く、いつもあなた達はそうやって……」と男達よりも大きな声で叱り始める。

 と、周囲に霧が立ち込め始めて。


「来いっ‼」


 翡紅が叫ぶと同時に、何か大きな質量が音もなく現れる気配。同時に霧が晴れる!


「……どうも当たりのようですね」


 ティマは現れた艦影を見てそう呟く。その艦は僕達から見て真横を晒す形で現れたので目を凝らせば艦名がわかった。

 無数の機銃をハリネズミのように生やし、3つの砲塔を備えたその艦の名は。

 「USS Indianapolisインディアナポリス CA-35」。

 何故か少し寒気がした。




 こんにちは。最近1話ごとの文字数が多くない? と気を揉んでいる筆者のラジオ・Kです。

 今回の解説はなるべく簡潔に……したいなぁ。


・架空の臓器「Mコンバーター」について

 これですが、元ネタがあります。2020年にオランダのがん研究所の研究チームが何と今まで知られていなかった未知の臓器を発見したのです! 場所はエピソードにある通り鼻腔と咽頭がつながる部分の頭蓋骨の中です。

 この臓器は現在「管状腺」と命名されています。この単語を検索にかけるといくつか記事がヒットします。もし興味を持たれたら調べてみてくださいね!

 勿論、拙作のような働きはしない、はずです(念のため)。


Homoホモ heidelbergensisハイデルベルゲンシス、ハイデルベルク人について

 名前の由来はドイツ連邦共和国、バーデン=ヴュルテンベルク州の北西部に位置する都市、ハイデルベルクにて化石が発見されたことより。約70万年前に登場し、約20万年前まで生きていたとされる。アフリカや中国でも発見されている。

 がっしりした体型、高い眼窩上隆起などの特徴から有名なネアンデルタール人に似ていて、このことからハイデルベルク人よりネアンデルタール人とホモ=サピエンス(現生人類わたしたち)が分かれて進化したと考えられている。

 拙作ではこれにもう1つの種が加わります。すなわちHomoホモ Mijiikeミジイケ Miravillaミラビイラ Naturaeナトゥラエ、魔人です。

 


・細胞内共生説について

 簡単に言うと細胞内に存在する細胞小器官、特にミトコンドリア(生体のエネルギー通貨、とも呼ばれるATP=アデノシン三リン酸を合成する器官)等は別の生き物のように伸び縮みしたり、増殖するだけではなくDNAを持っていたりします。

 何故この様な奇妙な現象があるのか? これは元々ミトコンドリアは別の生き物で、進化の過程で我々の細胞に取り込まれ、共生する形となったのでは? という仮説です。植物の葉緑体もこれに当てはまるとされています。

 理科の授業でで習った方も多いかも。



 以上です! ここまで読んでくださりありがとうございます!

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 また次のエピソードでお会いしましょう。

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