Gyan-Avspar。不可視の頂に立つ者。

「今何て言った? おれをスカウトしに来た。そう、言ったのか?」

「うん、そうですよ。ちゃんと聞こえた通りで何よりだよ、聴音機能に問題がなさそうで」

「…………おれとお前の祖国は戦争中だろ。どうして」

「んん、そ・れ・は──ヘッドハンティングとかいうやつですよっ! あとアタシは『お前』じゃなくてハルスネィ・リーパーっていう名前がちゃんとあるんだけどー?あ、呼び方はフルでもファーストでもミドルでもラストでもいいからねっ」


 目の前に横ピースが現れる。

 何だコイツ、テンション高いしやけに馴れ馴れしいなというかテメェのミドルネームなんて聞いていないんだが。

 そんなことよりおれをスカウトしに来た、ねぇ。それが本当ならありがたい話だ。


 


 考えてもみろ。さっきまでの流れを。

 よくわからん妖怪女ヤコと大変貴重な邪神、Qzohghtニョグタ=Ycaekhtシアエガの死体。それを確保できたんで喜んでいたら。

 もっとよくわからん生命体黒雲母が現れ、殴り合ってたら更に絶滅したはずの魔人が表れて。何もかも台無しにして行きやがって。

 おかげで戦果を示すものが無くなったから、帝国貢献録スコアボード評定ポイントがヤバい。

 評定ポイントがヤバいと給料ポイントが出ない、そして最悪の場合見せしめとして解雇される……解雇は、「死」だ。ゲームオーバーだ。

 そしておれにニューゲーム+は許されない。

 そこにブレインはいないから。そうなると、おれも居なくなるから。


 ……という不味い状況下で。狙ったかのように救いの手が現れた。そう、都合が良すぎる。まるで狙っていたかのよう、いや。もしかして。

 全てこいつら中央大藩国が仕込んでいたとしたら? 仮にそうであればさっき思い浮かんだワードも頷ける。


 まな板の上に乗る魚出来レース





 ナメやがって……! ふざけんな、そんな簡単に人を操れると思うなよ!


 今のおれはタンパク質の体でいうところの疲労困憊というやつだが、それを意思の力でねじ伏せて──





 ──右腕にナノブレイドを。左手に粉末状にしたプラセオジム磁石、それを刃状に固定化させて。目の前の女に振るう!


「えぇ⁉ ちょちょ、ちょっとタンマ──」

「そう言われておとなしくなるわけないだろうが、この卑怯者!」

「えっええとそれ多分


 その喚きを完全に無視し、おれの双腕は舞う。

 双刃が喉を突き差し、反発する磁石のように横薙ぎ、頭を飛ばし、縦に振るい両腕を切り飛ばし、下に半円を描く、その過程で両足を腿から切断させて。最後に胴へと一撃。


 あっけなく四肢を捥がれた女は吹き飛び、地面に叩きつけられた。左手に握られていた杖が地面に落ち、カラカラと反響させる。積年の埃が試合終了を告げるように、咲き誇る。


 ごく短いだったが、それでもかなりエネルギーを使ってしまったようだ。義体アバターの疲労を少しでも減らそうと態勢を整えよう──





 ──としたが。できなかった。何故なら、目の前の光景は。驚きのもの。


哎呀妈呀うわっとっと我的天あちゃぁー、アタシが怪しいからって何も殺しにかからなくてもいいじゃないですかぁ。萎びる前にくっつくのそれなりに疲れるんだから──うんしょっと」


 うんしょ、よいしょ、よっこらせっと。

 そんな掛け声が聞こえる。先の台詞と出どころは同じ。四肢を失った胴体だ。

 それなりに実った果実が動きに合わせてふるふるふるりと揺れる。

 動きというのは、出来損ないの玩具用四足型ロボットのような。仰向けのまま、健気に残った四肢を使い歩く。つい10秒前まで繋がっていた己の手足へと。

 あまりに現実味のない光景に唖然としているおれをよそに「よいしょーっ」という掛け声。切断面がぐぐっと伸びて手足と服がくっつく。

 そして立ち上がる。トコトコと歩き、落ちた杖を拾った後に最後のパーツ……すなわち頭を手に取り、首に嵌める。歪なジグソーパズルのように。


 で、何事もなかったかのように喋りだす。


「フフン、どうです? アタシを倒したければ火炎放射器とかでバーベキューの具とかにするといいですよー。ち・な・み・に、アタシはレモン汁をかけるとおいしくなる系の女です」

「なんだよレモン汁をかけるとおいしくなる系って」


 反応の落差におれの殺気が風に乗る胞子のように吹き飛んでいく。とりあえず今までの攻防(とすら言えない気がするが)でわかったことが1つ。


 この女、絶対人間じゃねぇ!!


 おれの知り合いには「昇華するまでのひと時こそ絶対の美」だの「超絶無口なスナイパー」だの「上半身と浮遊装置だけというトンデモ見た目でアイドルしている奴」だのとまぁまぁ個性的なやつがいる。いるけどさぁ……ここまで奇天烈ではねぇぞ⁉

 聞くところによると大藩国には「亜人」とか言うファンタジー要素満載の連中が山ほどいるとか。この女もそういった連中の一味なのだろうか。


「というか、なんなんだその断面は。ブレインも見ただろ?」

《…………》

ぞ。なんていうか、繊維だけののっぺりとした、もしくはゴア表現規制された人体の断面みたいな。ブレイン、何か思い当たる物あるか?」

《……………………》

「? ブレイン、どうした」


 何だ、どうして応答してくれない? 深刻なエラーが起きたのか? それともハッキングでもされた……だがそんな兆候なかったぞ。

 その一方で。「あーあ」という声がするので女の方を注視すれば。


「戻って来たんですね、先輩」


「  。       、    」


「やっぱり? 一応念押しますけど殺しちゃダメですよ?」


「  。 ー              」






《………………………………逃げてご主人様そこに何かがいるッ!》

「────!」


 違和感。異物を感じる。瞬に4か所。額、発声装置、両腕の関節部。


「あ……がッ……? ……⁉ ……ッ???」


 なんだ、一体なに


 足元に衝撃。足払いを受けて義体アバターが縦に一回転。またたきを経て浮遊、地面に叩きつけられる。更に違和感。今度は膝関節に異物。


 おれは何もさせてもらえず、こうして無力化されてしまかもわからず……敵の姿を確認することかも、何処からの攻撃なのかもわからず、何を用いて攻撃したのかもわからず。かもわからずかわらずわからずwaからずwakarazu縺九b繧上°繧峨★縺九b繧上°繧峨★縺九b繧上°繧峨★縺九b繧上°繧峨★…………遞ョ縲√@縺薙∪縺帙※繧ゅiうぜwakarazu縺九b繧上°繧峨★…………


「う、ぐ、ぞが、あったMa、スパ、あく、だらけ量し頭っ脳、ヒタイのこUgeきかっっ」

《うえ、あえ、えばばあばばば》

「ちょっとねぇせんぱ? て・か・げ・ん! して下さいといったはずなんですけどー?」

「         、         。        ?」

「いや、確かに殺ってはないですけどー加減が」


 こえ、聞こえる。さいわいにもりょうめかめらあいはぶじ。すこしでもじょうほうを手に、する。してんをうえにしたに、みぎにひだりに。でも。


「なんで、なにもないんだ……! 足跡すらないってどういうことだよ」

「お、意識戻りました? じゃぁ……はいっ! アタシ右手、今何本指を立ててます?」

「…………ど真ん中に立てやがって、クソが」

「おっとこれは失礼ついほんね──ゲフンゲフン、何でもないですよー」

「おい」


 自動修復がどうにか終了し(傷自体は小さく、その代わりに全て急所だった)少しふらつきながらも立ち上がる。

 改めて周囲を睥睨するも、謎の攻撃者の姿は確認できず。この空間にいるのは2人のみ。


「どうしたんです? 辺りを見渡して」

「さっきの攻撃、お前がやったのか?」

「まさかぁ。あーんな法則を無視した動き、アタシにできるわけないじゃないですか」

「お前も大概だろ」

「そうですか? で、お探しの先輩は横に、おにーさんからみて4時方向155センチのところにいますよ」

「  、               ?」

「は? どこにいるって?」


 試しに右腕を該当する空間に突っ込んでみるも、一切手ごたえなし。HUD情報を紫外線・赤外線・X線に変更して試すも、一切収穫なし。

 そこには「無」しかなかったのだ。だが……


「        。   、  」

「この空間に何かがいる、というのは何となくだが理解できる……一体どんな化け物だよ」

「サル顔は流石に化け物ではないですよ。というかどうして先輩がいるということがわかるんです? おかしいな、械人かいじんには如何なる手段をもってしても先輩のことは認識できないはずなのに」

「  -     、          !    、         ……       」

「……今その先輩とやらは何て?」

「なんと! ほんの少しでも認識できるなんて、おにーさんはもしかして……あ、先輩は『結構本気出しているのに認識してるとか、自信なくしちゃうぜ』みたいなことを言っています」

「             、     。          」

「お、マジでやるんすね。了解でーす」

「ええと、今度は何て?」


 おれの疑問に答えるように女が右手を前へと伸ばす。するとそこに……紙束が現れた。やたと黄ばんでいて、あちこちに破れやシミを確認することができる。

 それよりも。紙束は何もない空間から現れた──いや、違うな。おれが認識できない「先輩」とやらが渡したんだ。

 その事実を認識して、改めてぞわりとした感覚が駆け抜ける。


 ──そういえば、デュークA13が言っていた。珍しく饒舌であったのでよく覚えている。大藩国の中でも最強の座、序列1位を頂くその人物は他と比べ別格の実力であると。からくりは不明だが……あらゆる手段をもってしても認識できない、そんな人物キャラクターであると。付けられた二つ名は、【命の審判者】、『王の刃』であると。まさか、女の言う『先輩』って──


 そこまで考えた時、ポンと紙束を渡される。2つに纏められているようだ。紙、のわりには触感とかが違うような。


「それ、羊皮紙っていうんですよ。初めて見るものです?」


 頷きながら中身を確認してみるが……なんじゃこりゃ。丸、半円、直線を組み合わせたような奇妙な文字群。何か天文図を書いていると思われる無数の絵。

 そして……余りにも奇妙な、人。宇宙創造ユニバース? 異宇宙からの、うずまき? ヘンゲルゲ請来太鼓? 𐱅𐰭𐰼𐰃? Erlig-un orunに在り?

 全く意味が分からない。


「その写本をおにーさんにプレゼント! しまっす! これを帝国の上層部に渡せばきっと解雇されずに済みますよ☆」

「ああ? というかこの写本? とやらはなんなんだ一体」

「そ・れ・は・ですねぇ──










 異宇宙からの写本。与えられし名はヴォイニッチ写本。その67~73ページと、252267でございます」

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