贄部屋、Catacombs of the Living

「その情報を信じているのか? 現世界から離脱を試みているくせに。お前、馬鹿なのか? ……全く閣下はどうしてこんな演出を……鉄くずに話など何もない、さらばだ──〘繋死隧道烹インスタント・ムーブ〙」

「!!」


 男の台詞にあった最後の文言──明らかに、魔法が来るッ!

 おれは咄嗟にそう考え、いつものようにHFGシステムブラードを作動。どの方角から攻撃が来ても問題ないように備える。

 が。その後に起きた事は一瞬で、あっけなく、そして何よりもだった。



 まず、鉄雲母がこちらに背を向ける。

 彼(?)の背は驚くべきことに空洞であった。まるで本来はような、そんな印象を受ける。


 次に、2つになった夜子ヤコ・鉄雲母・魔人の男の足下が液化。まるで蜃気楼のように揺らめく。


 そして彼らの肉体がずぷり、と沼に引き摺り込まれるようにして下へ、下へと消えてゆく。その際、鉄雲母が一言。


「Ra Zr Mo Be Ti V Ca Hg Ta Na Na。Nb" Li Na Fr" Rh PbV Nb Na Hg Ti"」

(仮翻訳)

「した Mo Be を つ Ca ると <母音> <母音> 。で <母音> <母音> がRh って <母音> るぞ」


 以上、僅かに2秒半。

 おれが我に返った時そこにはもう誰もいなかった。先程までの激闘が嘘であったかのように……。





 助かった? いいや。その感想はだ。何故ならば。


「クソ、なんてこったまずいまずい不味い! 物的証拠が、戦果を示すモノがなくなったぞ! 帝国貢献録スコアボード評定ポイントが『C』とかになっちまう!」

《あわわわわ……どっどうどうしようご主人様、下手すると》

「強制ニューゲーム+されて……」

《ワタシ抹消デリートされちゃう!》

「おれも死んじまうぞ!」


 予想外過ぎる展開におれたちふたりは同時に叫び(傍から見ると突然頭を抱えて独り言を連発するキチガイにしか見えないだろう)パニック状態になってしまう。


 帝国臣民プレイヤー、その1人1人の存在は基本的に帝国貢献録スコアボードによって算出される給料ポイントによって維持される。

 様々な配任者フィクサーによって受け取らされた(これは義務であり、拒否は許されない)任務ミッション遂行プレイ、その総合評価が帝国貢献録スコアボードに記され……というわけ。

 この給料ポイントは自身のメンテナンス代や武器を始め、食物データ・娯楽データや義体アバターのカスタマイズ等生存する上で必要な全てにおいて必要なのだ。


 仮に任務ミッション帝国貢献録スコアボードが最低値であったり、給料ポイントを切らすとどうなるか。

 もちろん臣民キャラデータは削除され、疑似的な死を迎えるのだ。

 そしてバックアップを元に臣民キャラデータを復活させ「ニューゲーム+」となる。


 こうして第四帝国はそのウリである不死性を担保しているわけだが。現在のおれは例外中の例外だ。

 何の因果か3年前のあの日──極東でヒロシとの戦闘でブレインが目覚め、それによってとなった時、おれの不死性は失われたのだ。


 本国のバックアップデータにはブレインなんて存在しないから。

 ブレインが存在しなければおれは存在することはできないから。

 おれは死ぬことができない、許されない。おれ自身の為に。



「どうすればいい……戦闘のデータを提出して茶を濁すか?」

《そのまま提出するとフツーにワタシのことバレちゃうから、色々と改竄する必要があるね。でも……》

「でも、何だ?」

《戦闘データのうち、はもう向こうに送られちゃっているからサーバーに忍び込んで色々といじくらないと。それ以降のデータだけを改竄するとどうしても粗がちゃうと思うの》


 このというのはおれ独自の機能のことだ。例えば通常の械人かいじんには分子アセンブラなんてついていないし、HFGシステムブラードに至っては実装されていない。公式には開発中の技術ということになっている。


「待てよ、アイツらがあるじゃないか、切り落とした剣丙子椒林剣とかQzohghtニョグタ=Ycaekhtシアエガの死体とかが!」

《ああ! そういえば!》

「特に邪神の死体なんかは『超』が2つ、いやそれ以上ののはずだ、それを提出すれば……!」


 おれは急いで周囲を捜索する。同時に心の中で「あれほど目立つものだ、慌てる必要なんかないだろう」とも考えながら。



 しかし。


「…………あ? 何処だ、何処に……あ、れ……?」


 なかった。どこにもなかったのだ。丙子椒林剣へいししょうりんけんも、Qzohghtニョグタ=Ycaekhtシアエガの死体も。

 今いる場所は半径100メートルほどの大部屋。決して広いとは言えないこの状況下であんなものを見落とすなんて、ありえない。


「まさかさっきの連中が回収したのか? でもあの魔人は『この未熟者を回収して』と言っていたよな」

《それって多分夜子ヤコのことだよね?》

「だろうな。まさかQzohghtニョグタ=Ycaekhtシアエガが未熟者、なんてオチはないだろう……ん? 何か、おかしいぞ。あの邪神と遭遇したの初めてだよな」

《そう、だね。データベースにないし。南東・東欧・北欧失地領域のいずれにも出現記録はなかったよ》

「で、だ。初めて遭遇したのに名前を理解わからさせられるというのが邪神の特徴のはず。そして邪神は見た者に激しい恐怖心と威圧感を与えるというのが常識だ」

《でもワタシもご主人様もそんなの感じなかったよね。あれ、まさか……あの邪神って偽物?》

「仮にそうなら名前の件で矛盾するぞ。というかそもそもアイツ、本当に? 帝国軍が総力を挙げても討伐例がゼロの邪神がそう簡単にくたばる筈が──ない、よな」


 自分でそう言いながら、何かうすら寒いものが通り過ぎていくのを実感する。何だこの感覚は。違和感? 本能が発する警告? 

 脳裏に思い浮かぶは、まな板の上に乗る魚出来レースという言葉。っておい、どうしたどうした、どうしてこんな言葉が思い浮かぶんだ。そんなことあるわけないじゃないか──


 

 ポタポタと垂れる極彩色ごくさいしきの血痕。

 目的地へと向け、道しるべのように、ポタポタと。

 流れに沿うように向かえば発生するイベント。

 イベントの結果、おれは大ピンチを迎えた。


 まさか、最初から仕組まれていたのか? おれを嵌める為に? いやいや、そんなの単なる偶然のはずだ。意志ある者を都合よく操作するなんて娯楽作品じゃあるまいし、ありえない現実味がない。


 そこまで考えた時だった。

 足元から振動が聞こえてきたのは。次いで何かがバラバラに崩壊していくような音が響き始める。加速度的に大きくなっていきながら。一体これは──?


《うわっ、施設内部がどんどん崩壊していってる、このままだとこの部屋崩れちゃう!》

「さっきの戦闘で耐久が限界になったというのか⁉」


 そう叫んだ時、足元が割れた。

 下は底知れぬ空洞が広がっており、重力の手が義体アバターを掴み、星の中央へとおれは引き込まれていく──










 約20秒後。

 派手な音と共におれは底に叩きつけられる。

 HFGシステムブラードはどうしたかって? 残念ながら義体アバターにより、起動できなかった。

 相次ぐ連戦でそこら中にガタがきている。残念ながら自動修復には相応の時間がかかるからな……普通の械人かいじんならわざと死んでゲームオーバーして新しい義体アバター乗り換えればニューゲームすればいいだけなのだが。

 ったく、クソッたれが。

 不死性を失えば鉄も肉も変わんねぇってことだな。


「で、ここは何処だ?」

《ん~どうもデータベースにない場所みたいだね。秘密の部屋、ってやつ》

「ふむ」


 おれはデータベースにアクセスし、この場所についての詳細を確認する。



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現在地:中央失地領域:C地区旧チェコ共和国 戰遺都市プラハ第5002番調査基地

 プラハ城地下施設「ヨーロッパ地域防衛拠点突出部バルジ指揮センター」


概要:この場所は西暦2085年に当時の地球大半を収めていた世界統一政府……正式名称は人類生存域保護機構(Habitat Conservation Mechanism)、通称ハコメが設置した対異形生命体用の軍事拠点である。

 施設名にある通りこの施設はヨーロッパ地域最終防衛拠点(主にライン川に沿って展開される)、高架可変式軌道要塞群トイトブルクから見ると突出する形となっている(司令部はコンスタンツに置かれた)。

 当然、これは意図的に配置されたものである。

 我が帝国に残された数少ない資料によると、この地に多数の異形を誘引しトイトブルクによって包囲・撃滅するという基本戦術ドクトリンがあったということが示唆されている。

 なお、トイトブルク要塞群は高架橋と可変軌間きかんを有する鉄道網を利用した移動式要塞で、その主力となったのは無数の装甲列車と列車砲である。ヨーロッパ地域全土に張り巡らされた鉄道網によって迅速に兵力・火力を前線に供給できた。また、構成素材はアカシック・レコードであることが判明している。

 現在我が帝国でも研究中の施設である。

 

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 というような読みにくい目移りしやすい文章の後に突出部バルジ指揮センターの内部構造図が表示される。

 ふむ。やはり資料中では地下28F、深度80メートルが最深部となっているな。


《現在地の深度は200メートルだって》

「つまり今いるのは隠し部屋ということか? 高さ100メートル以上とは随分と大掛かりだな。で、ここは何なんだ」


 とりあえず辺りを見渡す。光源となるものがないので、頭部のフラッシュライトをつけながら(これは械人かいじん標準装備だ)。

 真っ先に目に飛び込んできたのは……厚さ2メートルの長方形。縦横のサイズは人間1人ぶんといったところか。

 生体反応は……なし、と。近づいてみる。

 

「何だこれは」

《これは棺っていうモノだと思うよ。データ送るね》

「死んだ個体を格納する物体、ねぇ。なるほど?」


 お、小窓のようなものがある。堆積していた埃を払うと……おっと。これは棺ではなくというやつだな。ブレインが渡してくれたデータにそうあったぞ。

 小窓だけでは全体がわからないので無理やりこじ開け、検分してみる。

 中の死体は死後相当経っているように思う。かなり崩れており、底には液化した脂肪が固まっている……中途半端な生分解だな? 密閉されていたからだろうか。


 そして周囲をよーく見渡すと、山のように柩が積まれている。更に壁には無数の四角形の穴が開いており一部柩が飛び出していた。

 本来であればこれらは全て壁に格納されていたものらしい。視点を上に動かしていくと……この構造がずっと上まで続いているようだ。格納できる柩の量は万を超えるかもしれない。


「察するにこの部屋は集団墓地ということになるのか? でもどうしてこんな場所にあるんだ」







「違う違う、ここはね『贄部屋』なんだよ。異形を誘引するためのね」

「ッ、誰だ⁉」


 背後から突如発せられる声。首が捥げてしまいそうな、と錯覚するようなスピードで振り返ると。


「おにーさんも知ってるんじゃないの? 異形は知能が高い生物、つまり人間が多いところに引き付けられる生態だって。それを利用して前線を固定するために造られたカタコンベなんだよここは。まぁ収納されたのは全員生かされた死者らしいけどね? 難民とかを無理やり、みたいな感じで」


 そこにいたのは紫の髪と目元を覆う仮面を着け、赤・黒・白で彩られるゴシック風軍服に身を包む女。さらに黒のシルクハットを頭に乗っけている。

 左手には緑の杖。右には何もなく純白の手袋。

 要約すると怪しさ100パーセントの格好をしていた。


《何よこれ……0.1って一体どういうこと⁉》


 脳内でブレインがヒステリック気味に叫ぶ。なんだその、「0.1」って。見たくれは普通の人間なんだが、何か仕掛けがあるということか。

 それよりもこの女、一体どこから現れた? そして何者だ? さっきの連中とは根本的に違う気がする。

 とりあえずこの女を「人間」と仮定してみよう。するとどの国に所属しているか、これだけははっきりとわかる。選択肢なんてないからな。何故ならこの時代に普通の人間が住まう国家はだた1つなのだから。

 現在帝国と矛を交える、その名は──


「おっとその前に自己紹介だね。改めて……おっはー☆、アタシはハルスネィ。ハルスネィ・リーパーって言うんだ! 中央大藩国っていうところから来たんだけどね? キミのことは大嶽ケ丸おおたけまるから聞いているよ。今日はね──






──おにーさんをSCOUTスカウトしに来ました!」


両腕を広げ、大げさなテンション・身振りと共に目の前の女はそうのたまわった。

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