わたしは Pieris japonica subsp. japonica 。

「ヴォイニッチ、写本」

「そう。それが渡した紙束に与えられた名ですよ」


 おれは改めて紙束を観察する。何故か一部内容がわかる、という点以外は単なるボロい紙切れだ。

 だが女は言った。「これを帝国の上層部に渡せばきっと解雇されずに済みますよ」と。つまり重要なのは……中に書いてある情報か。

 上層部、Führerbunker電子海の巣が欲しがるものだ。相当価値があるんだろう。ならばなぜおれに渡す?

 普通に考えれば自国に持ち帰るのが筋なはずだ。こいつら、何を企んでいる……?


「お、悩んでいるようですねー。でも、難しく考えなくていいですよ。さっきも言ったでしょ、プレゼントって。ちょっと言い方を変えるとってヤツですよー」

「何の誠意だって?」

「先程の不幸なすれ違いに対するものと、おにーさんをスカウトするってことへの」

「…………」

「それにこれはおにーさんにとっても悪い話じゃないはず。目先のピンチも、自分のも果たせる。良いことづくめでは?」

「…………そもそもどうしてそのことを知っている」


 当たり前だが、誰にも話したことないはずなのに。


「んーその理由はですねぇ──企業秘密ということで★」

「ああ? ふざけてんじゃ」





「実力、? お互いのさ」

「──ッッ」


 その威圧感は明らかに目の前の女、ハルスネィ・リーパーから放たれていた。瞬き1つする間に、雰囲気が180度変わっている。

 全く身動きがとれない。こいつも、相当な手練れ──! 動けば、殺られる。

 そしてどこにいるか見当もつかない「一位」。この状態で戦いを挑んで勝てるかどうかなんて、答えはもう出ていた。


「はぁ、わかったよ。これ写本を上層部に渡せば、そしてお前らの言うことをきけばいいんだろう?」

「そうそう。よかったぁ。じゃあ早速注文だけどね。基本的に何もしなくていいよ」

「はいは──え?」

「うん? やっぱり聴音機能に問題が? 紙に書きましょうか?」

「いやそうじゃなくて、普通は○○盗めとか、○○を暗殺しろとか」

「そんなの創作じゃあるまいし、ないない。アニメの見過ぎですよぉ」


 その言い方に反射的に殴り掛かりそうになったが、どうにか抑える。


「あ、でも然るべき時におにーさんを中央大藩国に連れていくから、そん時は流石に色々としてもらうかも」

「それは流石に理解できる」

「それはなにより。それじゃ、今日はこの辺でバイバ…………およ?」


 女は別れの挨拶を言いかけて、口を止める。

 そして左手に持つ緑色の杖を地面に叩きつけた。ある程度の規則性を持って。長さ120センチが音と共に揺れる。


 ……コンコン、コンコン…… ……コンコン、……コンコン、…… …… …… ……コンコン。


「ふむ。んん、残念ながらさっきの話はナシで、これからほんのちょっとだけ手伝ってもらいますね」


 女はニヤッとした。

 そして「こっちです、こっち」と贄部屋隠し部屋の奥へと先導し始める。

 何が起きているのか全くわからん……が、とりあえずついていくことにしよう。






 無数の柩を迂回し、進み続ける。やがて開けた空間から細い曲がりくねった一本道がひたすらに続く区間へとなっていく。

 なんだか妙な構造だな。全く合理性がないというか、余りにも雑過ぎるというか。急ごしらえな気がする。そして床にはドス黒いシミが点々と続く。

 恐らく、人間の血。なにがしかの戦闘があったのだろう。


「なぁ、初対面時の挨拶でさ、『おっはー☆』って言ったろ。なんかないか」

「え”っ」


 道中、少しでも彼らの情報を得ようと色々と話しかけてみる。なるべく友好的な調子で、軍門に下ったと思わせるように。


「ふ、古いというのはぁ~?」

「言葉に決まっているだろ。化石みたいな感じがしたぞ」

「かっ、かせ……っ」


 口をパクパクさせて数秒後。


「騙しましたね先輩! 何が『今流行りの挨拶らしいぞ』ですかぁ!!」


 と虚空に向かって怒鳴りつける。いや、その方向に「一位」がいるのだろうか。


「   ~   、   」

「悪いじゃないですよもう!」

「なぁ、哎呀妈呀とか我的天というのも……その『先輩』とやらに教えてもらったのか?」

「いえ、それは中国語ですよ」

「中国語」

「ここより遥か東の国の言葉ですよ。これはその地方から来た元皇帝のお姫様に教わったんです」

「へぇ」


 遥か東の国……神国日本のことではないな。すると、翠玉国すいぎょくのことだろうか。ということは……


 現在の国際情勢について考えをまとめていると、女の行き足が止まる。目的地に到着したようだ。

 目の前には天井まで届く巨大な楕円の1枚扉。固く閉ざされているようだ。

 これも何か妙な感じがする。なんだろうな、無理やり部屋を埋め込んだ、という漠然としたイメージが脳裏に浮かぶ。


 扉の横には2つの物体があった。

 1つは、200年以上前に死亡したと思われる人間の白骨死体。右手に何かを握りしめている。

 そしてもう1つはどことなくぼんやりとした表情の──


「ああ? もう1人?」


 つい、間抜けな声が出てしまう。

 械人かいじんの間ではぶっちゃけよく起こる事なのだ、これは。例えば仲の良い臣民キャラ同士で同じ格好をする、ペアルックとかいうやつとか。

 他にも操作が上手い奴は複数の義体アバターを動かすことができるのだが、見た目に無頓着な奴は皆同じ格好をさせる。とかそんな時だ。


 だが彼女は生身だ。そんなことは普通起きないはず。それとも双子とか?

 そう思った時、《ご主人様、生体反応0.1が2になりました》というブレインのメッセージが視界の左上に表示される。サイレントモードだ。普段はおれの義体アバターから発せられる彼女の声だが、その存在を隠したいときなどはこうしている。


 にしても0.1が2つ、ねぇ。ハルスネィは一般的な「人間」ではなく亜人、それも群体性生物の特徴を持つ、とかそんな感じなのだろうか。


 そんな彼女達はお互い無言で地面を杖で叩き合う。よく見ると、新しく登場したハルスネィは髪色が違う。今まで一緒にいたほうは紫、新しい方は緑だ。


 …… …… コンコン …… ……、…… …… ……、 コンコン …… コンコン コンコン 、…… …… ……、…… コンコン …… コンコン 。


 …… …… コンコン、…… ……。


 会話が終わったのか、紫のハルスネィがこちらを向く。


「というわけでちょっとしたお願いなんですけど。あの死体が握っているものあるじゃないですか」

「どういうわけだよ。まぁいい、それを持ってきてほしいのか?」

「ちょっと違いますね。観察した結果、あれはIDカードのようなんですよ。そのデータを読み込んで、この扉を開けて欲しいな~という」

「お安い御用だが、お前らでやればいいじゃないか」

「今手持ちにないんですよね、そういった類のモノ」

「……はぁ、わかったよ」


 なんか釈然としないが、まあいい。ここで従っておけば互いの「信用」を築く第一歩となるだろうからな。


 白骨死体に近づき、右手のIDカードを引っこ抜く。風化が進んでいるので、簡単だ。その際におれの手と白骨が接触し





────────────────────────────────────────────────────────

────────


へへ、しくじっ、たぜ……血ィ流しす、ぎたな……真っ暗、だ。

すまねぇな、○○ビちゃ、ん。こんな狭いとこ──ガフッ、ゴフ──ッに、閉じ込めてよ、ぉ。

でも安心しろ──ぉ、ここは、アイツじゃなきゃ、解けねぇから、よ。


…………手の感覚まで、耳も、か。

うっ──ゲフ、ガフッ──ッ、だからよ、はやく、帰ってこい……よ、な。よん、いち、────!!


わかるぜ、そこに、いるんだろう? うらぎりの、癌細胞の、大将さんよォ。

残念だった、なァ。てめーらの欲し、がっていた人格は、ぜったいに、わたさねー。

ひつよ、うなんだろ? アガ──ゴフゲフ──ッドの支配に3つが、よ!

だがこれで


────────

──────────────────

──────────────────────────────────────


「…………!!」


 まただ。また、流れ込んできた。多分この白骨死体の記憶が。

 クソッ、一体何なんだ。ここに来るまでにこんな事、なかったのに!


「あれ。どうかしましたか? おにーさん」

「いや、いや。何でもない」


 とりあえずこのことは秘密にしておこう。この力……取り敢えず「回視かいし」と名付けよう、は他人に知られたら不味い気がする。

 そう思いながらIDカードを手の平に載せ、スキャン。

 経年劣化により殆ど情報はなくなっていたが、幸いにも「扉のロックを解除」するのに必要なものは残っていた。


 その情報を電気信号を通して扉のセキュリティ部分に送る。

 すると「エージェント416新入りを確認。ロック解除を承認します」という音声が流れて、あっけなく扉が開いた。


「お、開きましたね。じゃぁ──はい、これ」


 紫のハルスネィが何かを投げてよこす。確認すると旧式の不揮発性記憶装置SDーカードだった。何が入っている?


「それ、チップ心づけね。おにーさんが遭遇した組織について書いてあるからあとでまぁ、見てみてよ」


 扉の奥へ消えていく2人のハルスネィ。

 その後に続く前に、もう一度手元のを見る。この中に、夜行ヤコ黒雲母や魔人の情報が? 

 ある意味今回の任務ミッションで一番の戦果かもしれんな。






「うっわ、中暗っ! 全然見えない……というかなんでライトの光がなくなるのさ」

「光、吸収、されてる? 奥、狭くなって、る?」


 騒ぐ彼女達をBGMとしながら入ると……うぉっ、本当に真っ暗だ。

 慌てずカメラアイのモードを可視光から赤外線に変えてみるか、と思ったその時。






オマチシテイマシタヨ、ズット、ズット。

ヨウ ナイヘキ 「ベンタブラック」、オールクリア。


「⁉」


 突如そんなアナウンスが響き渡り、一瞬で光が戻る。

 眩しさで目を細めるなんてことはないが流石に少し驚く。部屋内はガラスのように透明な壁、四隅には無数のコード、それらは奥に向かって収縮している。

 その先には……横倒しになっているカプセルがあった。

 部屋の構造は奥に行くつれ狭くなっているので、無理やり押し込まれたようにも見える。


 カシュゥゥゥ──


 開いた。独りでに。


 中にはおかっぱ頭の女の子がいた。全身を素材不明の何かで雁字搦めに拘束されている。指一本動かせないように。

 極東で死ぬゲームオーバー前のアスラみたいだな。

 と、女の子がピョンと立ち上がる。いや、少し浮いているようだな。

 少し体を動かし、おれの方を見る。

 そして、衝撃的なことを、言った。

 少し、微笑みながら。







「おかえりなさい、。約200年ぶりですね」






 こうしてアダン君はその女の子、アセビと出会ったというわけさ。


 



こんにちは、こんばんは。

作者のラジオ・Kです。


 今回登場した「アセビ」というキャラクターですが、実は第5章の時点で先行登場しています。最初からじっくりと読めば彼女を見つけることができるでしょう。

 ちなみにセリフつき。


 さて、偶々投稿日がクリスマスということなので。

 私からもささやかなものを読者の皆様にプレゼントしましょう。


『樹なんて大っ嫌い!~突然生えた巨大樹共のせいで地球は寒冷化したので破壊しようとしたんですけど、なんもかんもうまくいきません。ダンジョンのせいで~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330650933511581


 ……というわけで新作公開しました。

 本作よりかは遥かにマイルドな話となっているので、楽しく読めると思います。

 聖夜&年の瀬のお供に是非!


 恐らく今話で更新は最後になると思います。

 次回は視点を2回ほど変えて物語の裏が語られ、幕間→第二部第2章という流れとなります。


 それでは皆様、よいお年を。




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