静かなる海

第2章:いざ翠玉国へ! 


 北海若曰、井鼃不可以語於海者、拘於虚也。


 北海ほっかいじゃくいわくせいにはうみかたるべからざるは、きょかかわればなり。 

 ──『荘子』秋水 

                                                   


 空にさえずる鳥の声

 峯より落つる滝の音

 大波小波とうとうと

 響き絶やせぬ海の音


 聞けや人々面白き

 この天然の音楽を

 調べ自在に弾きたもう

 神の御手おんての尊しや

 ──唱歌『美しき天然』より





 海ってなあに?


 いつだったか、拾われて一年ほどが経ったある日に、暦さんにそう聞いたことがある。


〈私も見たことないけど、海というのは全ての生き物が生まれた、母なる場所のことだよ〉


 と教えてもらった。

 その後に見た2,300年前の資料映像には白き雲に透き通るような青い空、そして無限に広がるかのようなどこまでも青い大海原、そしてとても綺麗な光景に目を奪われた。そこに暮らしていた大勢の動物達にも。


 僕は艦の甲板に寝そべって冷めた気持ちで海を見ていた。種子島から出港してはや半日経とうとしている。その間ずっと海を見ていたのだ。

 何故かって? 本物の海は映像と比べてどの位違うのか、知りたかったからだ。


 しかし現実は非情であった。

 不可解なほどのである。

 映像にあったような青き空は鈍色の雲海に覆われ、その結果として海はどこまでも灰色に染まり、何処にも命の気配は感じられない。

 ただ穏やかに流れる波の音のみが存在していた。


 要するに今のヒロシの心情を一言で表せば、「なんか思っていたのと違う」であった。

 遂に耐え切れなくなってハァ、とため息をつく。何もない、起こらないという事がここまで退屈で辛いという事を彼は初めて知ったのだ。


 やばい。

 かなり退屈だ。

 もう下に降りようかな。

 半日も粘ったんだし、これ以上ここにいても生き物の姿を見ることはできないだろうし。

 そう考えて上体を起こし、辺りを見回すとだだっぴろい甲板が見えた。


 三次大戦中特例量産型一等輸送船せいひ級13番艦「ともづる」。

 基本排水量7000トン、全長150m、三菱社製26V42M―Aディーゼルエンジンを2基搭載、最大速力20ノット、というのが今乗っている艦のスペックだ(この情報は昨日チトセにねじ込まれたものだ)。


 今立っている整備されたグラウンドのような甲板は本来であれば様々な物資や各種輸送なる乗り物で一杯だったはず。


 でも今はこの海と同じく何もない。

 唯一あるのは四角い積み木を乗っけたように見える高さ6mほどのシンプルなデザインの艦橋だ。沢山量産されたからだろうか。

 そこから更に艦橋と同じくシンプルなアンテナがポツンと生えている。その先端は待ち針のように丸くなっていた。

 ともあれ僕は他の遣翠使けんすいしの仲間達と合流するべく艦橋に足を向かわせることにした。


 その途中、僕はふと昨日のことを思い返す。

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