喰われる!
ひょっとしたらお気づきの方もいるかも知れないが、ともづるはその機能の殆どが高度なAIによって管理されており、極端な例を上げればこの艦は人間が1人でもいれば運用が可能だ。
その代わりに今のように大きな損傷があった場合ダメコン(ダメージコントロールの略。物理的な攻撃・衝撃を受けた際に、そのダメージや被害を必要最小限に留める事後処置を行うこと)要員がいないので、どうすることもできないという大きな欠点がある。
ともあれ僕たち4人は艦橋内にあったライフジャケットを着用した状態で甲板に出てきた。
「SB(特別機動船。艦同士の移動や臨検、緊急脱出時に使用される)がある右舷へ!」
先頭を走りながら曲直瀬が大声で指示する。火災による煙のせいで視界が上手く確保できない中、せき込みながらどうにかSBが格納されている場所の真上に来ることができた。
能力の性質上火や煙に弱い睡蓮は大量の汗を流しながら肩で大きく「はあっ、はあっ」と息を吐きだしており、非常に辛そうだ。首の辺りをしきりに触っている所を見ると灰やススによってエラが乾燥し傷づいているかもしれない。急いで脱出し、手当しなくては!
曲直瀬が視界を奪う煙と四苦八苦しながら端末を操作すると下からウィーン、という駆動音が聞こえてくる。艦に内蔵されているSBが上へと上がってくる音だ。後は乗り込んで脱出するだけだ!
その時、やたらと生暖かい風と共に周囲の煙が一時的に晴れた。
すると目の前に————巨大な顔が!
「ひっ——!」
その顔を見た睡蓮が声にならない叫び声を上げる。無理もない。ヌメヌメとした粘液に覆われる極彩色の顔には十数個もの大きさが異なる「目」が不規則に生えていた。その光景は生理的嫌悪、では済まされない不快感をイヤでも脳裏に刻み込む。そしてそれらすべての目がこちらを向いていた。僕らのこれから起こるであろう惨劇に恐怖し、怯えた目線と海獣の目が交差し——海獣の目がぐにゃりと「へ」の字に変形する。
まるで笑うように。
GGOOOOAAAAAAA!!
海獣は口を上げ大声を発し——いただきますとでも言っているのか——顎がこちらへと迫る。顎の内部には大量の歯が所狭しと並んでいる!
その瞬間、世界の時がゆっくりと流れ始める。僕は漠然と察した。ああ、これが走馬灯か、最後の時か、と。
曲直瀬や睡蓮の能力は戦闘向きではないし、力道の能力は近接戦闘時に発揮されるからこのような丸呑みされるような場では役に立たないだろう。
そして僕はというと、意識がある。あと数秒後には命が断たれてしまうというのに能力が発動しない、そんな状況に生まれて初めて明確に「焦り」を感じる。
どうして⁉
今の状況が分かっているのか⁉
はやく、早く発動しろよ!
このままではみんな食べられちゃうんだぞ⁉
一体何をやっているんだ僕は⁉
ところが、全く能力が発動した気配がない。最悪なことにまだ意識あるしな。能力に目覚めてからはや半年。僕はこの時ほど自身が能力を制御できないということがこれほどむなしいとは思わなかった。僕は…………何という役立たずなんだ。
あの言葉は正しかった——まともに能力を制御できぬ半端者——という細川大臣の嘲りを隠そうともしない怒鳴り声が脳内に響く。
絶望に支配されている僕達の眼前に海獣の顎が迫る。あと1秒も満たない先の未来に発生するであろう破滅を想像し思わず目をつぶる——その寸前不規則な大きさの歯が目の前にあって——
ドン! ドォン!
と、突如何かが爆発する音が聞こえ、それと同時に迫る歯が引っ込んだ。
海獣は己の同化をジャマした相手を見つけると苛立たしげに唸る。
GGGGWWWOOGG…………
「た、助かった、のか?」
腰を抜かしそうな体をどうにか踏ん張りながら僕は呟く。
「むっ! 皆さん、あれを!」
力道が何かを見つけ11時の方向を指で刺す。この艦からの距離は6000mほどだろうか。
そこには一隻の黒塗りの3本マストの大型帆船——三層甲板を備える戦列艦の姿が見えだ。
そしてこの海域で軍艦を持つ国はただ1つ。
「あれは翠玉海軍……助けが来た!」
曲直瀬が満面の笑みで叫ぶ!
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