入室
在りし日の清涼殿は
しかし残念なことに1年程前に械国空軍による爆撃により焼失。
古来より伝わる建築法などとうに失われていた為、代わりに見よう見まねで造られたのは────無骨な地下式防空壕であった。
清涼殿の入口は二重扉になっているのだが、1つ目の扉を開けた時点で既に中の声が少し漏れている。
「……以上が比叡山中腹の
「わかりました。完全修復にかかる残りの日数は?」
「およそ20日間をと予想して……」
今、聞こえてきたのは割と重要な内容であると思うのだが、こんなにあっさりと聞こえるのでは余程壁が薄いのだろう。
……ホントに防空壕として機能するんだろうな?
宇喜多大臣は2つ目の扉を両手で開け、
「皆様。そして桜宮様。大変遅くなりました。「転生者」天野様と「勇者」ヒロシ様をお連れして私、宇喜多が参上致しました」
と口上を述べながら会議場へと入ると中央の高台に向けて恭しくお辞儀をした。兄さんと僕も続けて入り同じようにお辞儀をしようとして──
「何ということだ‼」
突如として響く男の怒鳴り声。
「恐れながら陛下。この神聖な御所へあのようなまともに能力を制御できぬ半端者が足を踏み入れるなど1度はあっても2度目なぞあってはならぬこと。即刻この場から立ち去らせることを具申申し上げます!」
席から立ち上がり、蛇か何かのような冷徹な顔を怒りで赤く染めながら大声でこちらを激しく糾弾する男の姿があった。
彼は「十干支」の1人である細川大臣だ。神国日本内の治安維持を担当する彼は過激な超人優越思想の持ち主で超人と超人を信奉する者以外は即刻処刑するべきであると考えている。そうして作られる美しい秩序がこの国を導くと信じて。
だからこの反応はとてつもなく寛大な反応だと言えた。
とはいえ彼にとって残念なことにその言葉に賛同する者はもはやどこにもおらず、それどころか最も反対されたくない人物からの𠮟責が飛んできた。
すなわち
「細川大臣! 貴方はまだそんな時代錯誤な考えに囚われているのですか! もはや超人が全てを従わすことが可能であるなどという幻想はとうに失われたのです。
彼が敬う超人達の長でありこの国の君主である
「で、ですが陛下。我らも厳格に管理された超人同士による世代交代を繰り返せばいずれは彼の技術を上回る──」
「くどい! そしてそれ以前に我らの命の恩人に対する態度としてあまりにも失礼です! 貴方のいうまともに能力を制御できぬ半端者の活躍により全滅を今も免れているという事実を認識していないのですか⁉」
「ぐっ……」
流石に君主にここまで言われては旗色が悪いと思ったのか、細川大臣は憤懣やる方ないと言った様子で自席に座った。
「さて、ヒロシさん。こちらへ」
つい数秒前までの怒りを即座に納め、僕を呼ぶ。
「は、はい……」
僕は少し急いで彼女が座る玉座の元へ駆けつけ、片膝を立てて頭を垂れる。
黒いドレスを着た彼女は席を立ちこちらへ近づき、そして黒い手袋に包まれた手をゆっくりと伸ばし、僕の右肩へと乗せる。
どこか労わるような、もしくは慈しむような所作であった。
「此度の2度に渡る活躍、大変お疲れ様でした。特に伊吹山での戦いで械国の大型電磁加速式完全自動砲台「ウルバン」の完全撃破は戦略的観点から見てとても意義あることです。もしあれが健在であれば今頃この地は月面に広がるクレーター群のようになっていたでしょう。全臣民に代わりお礼を申し上げます。
最後に
もちろん、この場での指摘は流石にしなかった。
もう1人の陛下がたまに顔を見せることがある種の不可抗力であることは皆にとって暗黙の了解だからだ。
半年前に起きた「暗殺未遂事件」以来の。
「そしてもう1つ。天野さんや七癒さんからもう聞いているかもしれませんが、伊吹山での作戦時に鈴鹿峠撤退戦時に使った能力の反動で意識を失った状態の貴方を強制的に戦場へ送り込むことを了承したのは私です。緊急時であったとはいえ人として許されざることをしたと思います。酷いことをしてしまい本当にごめんなさい」
そう言って頭を下げようとするので慌ててやや早口で返事をする。
「勿体なきお言葉ありがとうございます陛下。そのことは緊急時であることを考慮すれば陛下の判断は当然のこと。何も憂慮なさることはありません。どうか頭をあげて下さい──」
そして
「陛下のお言葉を胸に刻み、今後もこの国為に身を捧げる所存です」
と、そう締めくくった。心にもない事を言った、という気持ちを隠しながら。
「……貴方の忠誠と配慮に感謝を。もう戻って良いですよ。貴方の席はEの18番です」
「はっ」
小声で自分の席を教えてもらったので玉座から離れ移動する。会議場は玉座を半円状に囲む構造になっていて丁度半円の中央辺りのようだ。因みに細川大臣は半円の左端あたりである。
席に着く途中、グラント・麻里の前を通る。その時、今朝聞いた姉さんの言葉が頭の中に呼び起された。いつも僕に強く当たる彼女が本当に僕を回収したのだろうか?
彼女の前を通り過ぎる寸前、彼女が小声で呟く。
「お前がもっと上手く能力を扱えていれば私の妻子も死なずに済んだのだろうか」
「……!」
その言葉に思わず彼女の顔を覗き見る。透き通るような青い髪で包み込まれ、右目を眼帯で覆うその表情は怒り、悲しみ、諦観、そしてある種の同情──という幾つもの気持ちをブレンドしたとても複雑な表情であった。
いつも強気な表情と言動を見せる彼女にしては珍しい、そう考えながら僕は指定した席に座った。
辺りの様子を伺うと、いつの間にか兄さんは半円のほぼ真ん中に座っている。
その隣には姉さんもいる。そこまで確認した所で会議が再開された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます