扁桃体――Amygdala

あと116分。

 ……………………

 ………………何が、

 ……「戦闘員」、だ!

 このふざけた野郎、滅茶苦茶な速さで――恐ろしく強いじゃねぇか!

 おれは65回目の攻撃を受けながら心中でそう罵った。





 その5


「ディアドコイ? その名前を聞くのは今ので2回目――がッ――⁉」


 防御が全く間に合わず、斬撃を喰らってよろめく。

 瞬き一つ。それは時間にして0.1秒。その間に攻撃を1回


 斬撃。斬撃。


 そう思考したのが0.2秒。先の攻撃が0.1秒前なので今2回、つまり合計3か


 斬撃。斬撃。斬撃。斬撃。


 どうにか両腕をクロスさせ防御態勢を、ここまでで0.5秒、既に7


 斬撃。斬撃。斬撃。斬撃。斬撃。斬撃――


「きゃハハハハハハハハハハ! -そいそーいそいナァハハハハッ!」


 13回。

 それは1秒間に受けた攻撃の回数。

 そのスピードは全く衰えることなく。

 目視出来ず、描写も出来ず、ただ音だけが――


 ――


 欺喉起ギコウキ鉤爪クローによる攻撃はあらゆる方向から襲来。前後左右と上下。恐るべき素早さで0.1秒ごとに新たな方角から。一撃一撃の威力は決して高くはないが、それは決して「0」ではなく――確実におれを削る。


 ――くっそ、このままだと一歩も動けずに棒切れになっちまう。こうなったら一旦防御を捨てて、奴の機動性を封じる!


「【筋鋼肥大の舞】、発動!」

「オ、もしろそうダな」


 今のコマンドは胴体及び四肢を僅かに縮小・密集させ、機動力の低下を代償に防御力と――打撃攻撃力を上げるものだ。

 そんでもって地面を、殴る!


ドォンンンッ――‼


「ッとォ?」


 たまたまタイミングが良かったのか、放った衝撃波が欺喉起ギコウキの両足に到達。大きく態勢を崩すさせることに成功する。


 ――よし、怯んだ! これで……こうだ!


 間髪入れずシステム『ブラード』を発動。義体アバター自身の機動力ではなく地磁気を利用した推進力で強引に距離を詰める。


「喰らいやがれ!」


 そしてナノブレイドで切りつけようとし


ざんねんンでしタ、ァ――ああ――ッハハハハハッ――」

「がっ……!」


 欺喉起ギコウキは左腕の蛇腹剣を鞭状に展開。それを15メートル近くも後ろにある防御用障害物に巻き付け、それを今度は剣状に戻す――その過程で奴は一気に後方へと引っ張られる。そのついでにおれに蹴りを入れて。

 障害物に到達する寸前、奴は半身を器用に回転させ今度は蹴りを障害物に。僅か1秒ほどの間でおれとの間を往復、ロケットのように一直線に向かってくる!


「なら、こいつで……!」


 ヤコ戦で披露したように「<」状にしたナノブレイドを超突貫で生成。電磁加速砲レールガンでぶっ放す。この時の相対距離は10どころか5メートル程しかない。この状況距離なら躱せないだろう――なっ!


「――ハッ、ハぁ! のろのろいのろスぎぃッ!」


 ブン、という音と共に欺喉起ギコウキは真横に。それを認識した時、既におれの義体アバター衝撃で吹き飛ばされていた――防御用障害物に勢いよく叩きつけられHUD画面がノイズだらけとなった。


「く、くそぉ、どんな機動性してやがる、瞬間移動かよ」

<ご主人様、あれ、あいつの背中!>

「ぬ……はね、だと」

「イヒヒヒヒひヒヒィッッッ」



〖節足動物門、昆虫綱蜻蛉せいれい目トンボ。彼らは地球上でもっとも優れた空中の捕食者だ。多くの昆虫は前翅と後翅を同時に動かすが、彼らは独立して制御できる。それぞれの傾きや羽ばたきのタイミングを工夫することで局所的な空気力の増加を実現し、他の種では考えられないほどの優れた飛行性能を有しているのだ。(東京工科大学、2023年の研究より)〗



 何がおかしいのか、ペストマスクを大きく歪ませて嗤う。

 その姿はいつの間にか数メートル先の「チェコの針鼠」にあった。やけに細くなった両足で器用にバランスを取りながら。


「う~ん、やっパ遅い、じゃナくのろい。じゅーナポイントだハハハ」

「ッ、馬鹿にしやがって!」


 予め持ってきていたI.W.P模倣武器、H&K社製UMP9を装着。ブレインの射撃管制に基づいて9x19ミリパラベラム弾をぶっ放す。人間のそれと違い命中率は段違いだ。だから何発は当たるはず――当たらない。


<うっそ、この虫人間、銃弾を動いてる⁉>

<素早さに見合った動体視力つきかよクソが>



〖節足動物門、昆虫綱双翅目ハエ。この世界中で見かけるポピュラーな害虫は。『フリッカー融合頻度』と呼ばれる脳の画像処理速度を測る指標にそれは現れている――例えばカメは15、我らが人間は60、そしてハエは驚異の250!我々はハエから見ると常に1/4の速度で動いているように見えるのだ。(BBC NEWS JAPAN 2017年9月の記事より)〗


〖その中でも虫引虻――ムシヒキアブ、通称「キラーフライ」。は双翅目どうぞくの中でも突出した速さの視覚を持ち、その速度は人間の6倍、1秒間に最大400回ものLED明滅に反応することができる。人間がカメラの撮影開始ボタンを押している間に獲物を倒す、というエピソードがあるほどだ〗



 欺喉起ギコウキは空中へと垂直に移動。おれの銃口も追随するがすぐに沈黙する。弾切れだ。連射速度が速いSMGサブマシンガンならでは長所を兼ねる欠点。その隙リロードを奴は見逃さず、と思った時には既に飛び膝蹴りを喰らっていた。


「ライダーキィック、ゥッとォ! ――アハハなんちゃっテ!」

「ふざけやがって……!」

「弱いモのは好きだヨうれしーたのちーィネハハハハハァ!」

「うっ、おおおぉぉぉ……!」


 右手の鉤爪クローによる斬撃から左手の剣による刺突に攻撃の種類が切り替わり、恐ろしい速度で


 刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサ刺突ズサッ――


 2秒間で26回。おれの義体アバターは10メートル近く押し出され、「チェコの針鼠」と中途半端な融合を果たす。


「チッ、ベッドの心地としては0点だな……ぐっ……」

「オイラはじょなのモ好きだヨ、じゃれがイあるし。まーだ元気ソうで安心あんンー」

「う、お、ッッッ……」


 息も絶え絶えになりながら何とか立ち上がる。義体アバターには100近い数の斬傷きりきず刺痕だんこんが刻まれ、見るも無残な状態。自分でも全く信じられないことだが、戦闘のゴングが鳴ってまだ1分も経っていないのに、だ。

 このままでは勝ち目が全く見えない――


「ん、……オマエ、自動じど再生さいせ機能きのーモあるのか。オイラ、もっともっトもっと気に入ったヨ。これでもう何度モ遊べるドン! なんてネアハハハハハハハ――ァ!」


 そう、、目の前のなめ腐ったクソ虫野郎には、勝てない。

 ならば――


<負担は今まで以上に大きいが、ブレイン、多能動作マルチタスクをやるぞ>

<いいの? まだシュミレーションの上でしか……>

<構わん。ここで負けたらデス、量子頭脳が焼き切れてもデス。リスクは同じ――だがリターンがあるのは一つだけ、だ!>

<――ッ、あいあいさー!>


 この世界に成長の準備期間なんて優しいものはない。

 生き残りたいのなら、今、ここでやらねばならないのだ!


「【筋鋼肥大の舞】、解除。KHAシステム『アルベルト・E』、HFGシステム『ブラード』、起動」

「新技かナ? ホッホー! 燃えてきたネ」


 さぁ、反撃開始といこうか。

 思考加速の渦中でおれは不敵に笑う。

 そして――足をふ

         み 

            だ

                す

                   と、

 世界が

  世界が遅く

   世界が遅く見える

    世界が遅く見える中で

     世界が遅く見える中でおれは

      世界が遅く見える中でおれは地磁気の鎧を纏って

       世界が遅く見える中でおれは地磁気の鎧を纏って飛び掛かる!


「オ、けっこーやいじゃガフッ⁉」

「そら、お返しだ!」


 右腕のナノブレイドが欺喉起ギコウキの右目に深々と突き刺さり、左上からブレイドの先端が飛び出た。薄緑、薄黄色の体液がぶしゃっと壊れた噴水遊具のように飛び散る。更に左腕で胴体を勢いよく殴りつける! 奴は衝撃で真後ろに吹き飛び、たたらを踏みながら頭を左右に……チッ、この程度じゃ死なねぇのかよ。位置的に脳を――右脳・左脳ともに貫通したはずなんだがな。生命力が高いというのは――本当に、本当に嫌だ。


「( ,,●>○,)ィィイィィッ、いいい」

「あ?」

「いっいっいっいっいっいいいいいィィィ――」


 奴の右目周囲は体液と六角形の破片――恐らくマスクのアイカバーだ――によって混雑しており、肝心の切り傷――5センチほど――からは内部組織が炎症による圧力によってぶちゅぶちゅと飛び出している。出来の悪い作りかけの飴細工みたいだ。それともこの場合はところてんと言うべきか。

 にしてもこの様子、ひょっとしなくても言語中枢がイカれたとか。それはそれで全くかま


「違和感!」「そーこれは違和感というヤツ!」「これが違和感という感覚かァ」「この、頭のいちからッぽになッた感覚ゥ!」「とってモ――スースーゥするゥ!」


 そりゃあ頭に穴、空いてるからな(汚物で塞がっているけど)。

 にしてもこの反応は……気味が悪い。ダメージを喜んでいるかのようだ。


「初めての感覚ゥ――ツによイ」


 ペストマスクの口角が明確に上がる口内の歯が見えそうだ――殺気!

 来るぞ、秒間13回の攻撃を繰り出す超速度が。



〖節足動物門、昆虫綱鞘翅目ハンミョウ。この種は長い脚を持ち、付け根をほんの少し動かすだけで脚全体を動かすことができる。この構造やりかたは霊長には真似できないほどの速さをもたらした。具体的にはハンミョウは1秒間に13回地面を蹴り、体長の125倍もの距離を瞬時に移動することができるのだ〗



<各種計測・演算補助頼んだぞブレイン!>

<任せて!>


 そ

  う

    し

       て


 おれの体は

  おれの体は地磁気に包まれて

   おれの体は地磁気に包まれて地を

    おれの体は地磁気に包まれて地を駆る

 

 両腕に

  両腕にナノブレイドを

   両腕にナノブレイドを繰り出して

    両腕にナノブレイドを繰り出して正面から

     両腕にナノブレイドを繰り出して正面から――激突



 ガ、キィンッ!


「うぉおおおおおおっ――‼」

「アハハハハハハハッ――‼」


 鉤爪クローとナノブレイドが至近距離で交差。

 初撃は互いに弾かれ、


「!」


 欺喉起ギコウキの態勢が僅かに後退、崩れるも、


 ザシュッ!


「ぐっ!」


 次撃は迎撃が間に合わず、左肩に亀裂が入り、


 ガ、キィンッ!


 3回目はまたも交差、互いに弾いて、


 ザリィッ――

 バキィッ――


 4回目は互いの胴体に命中し、


 ガ、キィンッ!

 ガ、キィ――ンッ!

 

 5回目と6回目はみたび交差、互いに弾かれる。

 

 以上がこの1の交戦記録で――


「こッちに追いついテ来ているだーと⁉ なるほどなるほど、これがきょいくの成果というやつだねーアハハハハハハハ――」

「…………」

「じゃーもッと早くいってみよウかァイヒヒヒヒィッ――」


 セミのようにやかましく笑いながら徐々に徐々に加速していく欺喉起ギコウキ。一方で何かを悟ったように己の両腕――から生えるナノブレイドを見つめるアダン。

 その顔が倒すべき相手を真正面から見定めたその時には――が浮かんでいた。

 その0.1秒後には両者、またも激突。



 ガ、キィンッ――!




 仮に人が光速で移動したとする。その時、周囲の光景はどう見えるのだろう?

 かの有名な理論物理学者、アルベルト・アインシュタイン( Albert Einstein)が生み出した特殊相対性理論・一般相対性理論によると時間・質量・視覚の物理的現象が大きく変化するという。

 その具体については今日においても活発な議論がされており――例えば視覚についていうとのだとか。


「これは――すごいな」


 もちろん今のアダンが出しうる速度はとても光速には程遠い。が、それでも視覚の変化はハッキリとしていた。


「スローモーションの究極系、動く静止画、か」


 ねっとりとした時間の中、そうひとりごちる。

 今、おれの目にはカクカクと動きながらこちらに突進する欺喉起ギコウキの姿が映っている。

 もちろん実際は恐ろしい速度で動いているのだが知覚超加速モードとも言い換えることができるシステム『アルベルト・E』の前には丸裸だ。

 フレームレート (Frame rate)。

 現実ゲームでお馴染みのこの数値が極端に低い状態、と考えてくれればいい。

 そしてこの状態では相手の動きが非常によく見える。

 だから、わかったのだ――奴の弱点と倒し方が。


 動く。

  動く。

   動く。

    地面を蹴り

     地面を蹴り上げて

      地面を蹴り上げて一歩

       地面を蹴り上げて一歩一歩

        地面を蹴り上げて一歩一歩ごとに

         地面を蹴り上げて一歩一歩ごとに高笑いと共に

          地面を蹴り上げて一歩一歩ごとに高笑いと共に突進!


 動く。

  動く。

   動く。

    おれは

     おれは左を

      おれは左を奴の攻撃に合わせるように

       おれは左を奴の攻撃に合わせるように添え

        おれは左を奴の攻撃に合わせるように添え右は

         おれは左を奴の攻撃に合わせるように添え右は前へ

          おれは左を奴の攻撃に合わせるように添え右は前へ――迎撃!



 ――――ガ、キィンッッッ――!

 

 右からの反撃は躱される。

 だが構わない。

 重要なのはこのプロセス――相手の攻撃をはじきつつ反撃を続けるということだからだ!



 この時、両者は秒間20を超える数の斬り合いとなっていた。

 その様子はもはやまともに描写することは不可能で。

 常人である我らには何も見えず、ただ――


 ――音が――


 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン――


 ――聞こえて。

 部屋中に幾何学模様の航跡がうっすらと、残るのみ。

 そしてこの攻防は実のところ、10秒で終わりを告げるのである。


 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキ――ガクッ――


「ナ、何ぃ、が起こっテ」

「隙あり、だ‼」


 欺喉起ギコウキの体幹が大きくくずれ、膝をつく。おれはそこにナノブレイドを射出。胸元に命中、数センチほど突き刺さり……内部に充填してあった液体炸薬が爆裂した!


「がっ、ゲ、ファあああァ」


 ペストマスクが開き、膨大な量の体液が間欠泉のように噴出する。おれはそれを怯むことなく浴びつつ、爆発によって生じた破孔に容赦なく右手を突っ込む。


「致命の一撃ってやつだ――あばよ、虫野郎」


 右手の甲には無数の、ピンボール大の孔が既に展開を終えていて。


ぜろ、『パトリシア・エクスプロシブ』!」


 孔から炸裂弾「パトローネ」が勢いよく飛び出し、軟肉を蹂躙、そして一斉に起爆。胸元より上を一気に吹き飛ばした。

 ペストマスクがくるくると舞う中、「V」字状の上半身となった欺喉起ギコウキの体が後ろへと力なく倒れ、動かなくなる。

 つまり――おれの、勝ちだ。


「ふふふ、やった、やったぞ……うっ!」


 それは同時に、活動時間の限界をも意味したのだ。


「ぐっ……がっは……!」


 口から大量のオイルや破損した部品を吐き出しつつおれは膝をつく。


<戦闘開始からどの位経った?>

<ちょうど1分だよ>

<そうか、まだまだ……だな>


 激しいなんてレベルではない運動の数々に義体アバターの各種パーツや循環器系、装甲、演算装置等々――つまり全てが生物のような悲鳴を上げていた。

 仕様をはるかに超えた、もっというと最適化されてなかったせいだ。

 そんなおれに駆け寄る影が1つ。空間の隅で縮こまっていたカニ少女、IRINAイリーナだ。


「あの状態で激闘を制するとは流石はアダン様ですわ~ってうわ、すごい破損の仕方ですわねまるでゾンビのよう、ですわ!」

「誰がゾンビだこら。その様子じゃ特に巻き込まれてはないようだな」

「もちろんですわ! この多肢装甲は120ミリ滑腔戦車砲すら弾くほどの強度がありましてよ」

「そうかい」

「ところでアダン様。どうしてこの虫は最後に大きく態勢を崩したんですの?」

「ん? 絶え間なく攻撃をし続けたことで体幹を――バランスを崩したからだよ。こいつはな、攻撃と攻撃との間にを入れたりと、蓄積した振動ダメージ……バランス復元能力というったほうがわかりやすいか、が下手なようだったからな」

「だから当たらなくても必ず反撃していたのですのね!」

「そ。攻撃→離脱・小休止→攻撃というリズムを攻撃・回避・攻撃に変えさせた――正確にはそういう風になるよう押し付けたんだ」


 同じスピードでの剣劇であれば離脱の暇を与えないからな。そうなれば耐久か回避の二択しかなくなる。そしてスピード特化には後者しか選択肢がないのだ。この辺は定石テンプレ通りの能力ステータスで助かった。そうでなかったらこの戦術さくせんは破綻していたからな。


「よっ、と」

「もう立ち上がってよろしいんですの? もう少し休まれたほうが……」

「大丈夫、移動だけならこの通り、なんとかなる――戦闘はもう数時間程は勘弁してほしいところだがな」


 正直、今の状態じゃハンドガンの反動リコイルもろくに抑えられないだろう。


「それにしても、ディアドコイ、か」

「なんですの、それは」

「Διάδοχοι。ギリシャ語で『後継者』を意味する単語で――こいつの所属する組織、らしい。実は前に一度聞いたことがあるんだ。とあるから、な」

「その話詳しく聞きたいですわ!」

「ちょっと長くなるぞ? だからその話は脱出した後にしようか」


 ふと気になったので、転がっている欺喉起ギコウキの頭部を持ち上げて観察してみる。なるほど、ペストマスクだと思っていたものは奴の顔面そのものだったのか。通りでよく動くわけだ。嘴は口吻というものに相当するのか? おれが空けた傷からこぼれている破片は……個眼か。ということはアイカバーは複眼そのものだということ――ん?


「――――えっ」

<…………え」


 隣でIRINAイリーナが絶句している。可愛らしい両目は限界まで見開かれていて、顔色は真っ青、唇は震え、白髪が逆立っている。

 ブレインも同様で、空中に浮かぶホログラムは時が止まったかのように停止している。


「一体どうしたというんだ。護鍵存在プロテキィセルでも復活したか?」


 軽口を叩きながら彼女らが向いている方向を――欺喉起ギコウキの遺体――










「( ,,●>●,) 」






「えっ……何で」


 遺体じゃなかった。全ての傷が治り立ち上がった欺喉起ギコウキがそこにいた。慌てて持っている頭部を確認する。うん、ちゃんとここにある。幻の類じゃない。じゃあ、何で死人が生き返る――





「ふふ、残念でしたぁ~『次元相転移――弐次、自在影じざいえい』」

「なっ――ぐぉっ!」

「きゃぁ!」


 どこか人を小馬鹿にしたような、そして聞いたことがあるような声と共に欺喉起ギコウキの影が盛り上がった。そして津波のように押し寄せ、おれたちを押し流す! 奇妙なことに影の波は触れることができず義体アバターを透過するだけなのだが、それでも現象は見た目通りに発生していた。

 こうして何の抵抗も出来ずに10メートル近く距離を開けられてしまう。


「よぉし。じゃあ例の通りにお願いね♪」

「はぁ、面倒だな――ቀጥ ያለ መስመር ያቃጥሉ、〘直飛火ファイアーライン〙」

「ッ!」


 今度は影の中から直線状になった炎が飛んでくる! そのを回避することは残念ながら今のおれには出来ず――直撃。右肩を粉砕されてしまう。腕はだらりと下がり、僅かなケーブルで辛うじて命脈を保っているに過ぎない状態。


「なんだ。せっかく祈りと技名を唱えてやったというのに、避けないのか? 真面目にやったらどうだ。それとも母国語でないとわからなかったか? ではもう一度だけサービスだ――Freeze both of your legs、〘凍結フロスト〙」

「……!」


 今度は足元から何の前触れもなく大量の氷が出現し、おれとIRINAイリーナの両足を完全に包み込む。くそ、これじゃあもう一歩たりとも動くことができない。逃げられない――!

 

「……ん、二人トもこっちに来ていたのカ」

「そうだよ~」

「今の船内は俺には具合が悪いからな」

「またまたぁ。実はわたしのことが心配なんでしょ」

「それはない」

「えぇ~! ひどいよぅぶーぶー」


 この場にふさわしくないやり取りと共に欺喉起ギコウキの影からぬっ、と生まれる人影が2つ。


「というわけでこうして会うのは初めてだよね? こんばんは! わたしはともえっていいます! ……あーなるほどなるほどぉ。ともえ、だと伝わらないよね。癒人いじん七癒なないって名乗ったほうがわかりやすいかな」

「フン」

「で、こっちの不愛想はザグウェくんだよ~」


 現れた者は超人ちょうじん魔人まじんで。

 その正体がどうしてわかるのかというと。

 実のところおれは双方共に見覚えがあったのだ――

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