宰相登場

 戦列艦の方は「ブラック・コールドロン黒き大釜号」という名前らしい。そして今、僕達は救助されてその艦の甲板にいる。間もなく責任者が来るのでここで待っていて欲しい、と言われて。


 暫くすると、上から女の子の声が聞こえてきた。……いや、上? 上から?


「咦,你们不是都受伤了吗?」


 声の出元を探して首を上に向けると、いつの間にか上空に飛行機……あの独特な形状は確か飛行艇というのだっけか。そこから少女がパラシュート降下してきたのが見えた。なんでパラシュート? というこちらの疑問をよそにコールドロン号の甲板に綺麗に着地……この場合は着艦というべきか、をした。


 その少女の外見は大変特徴的なものだった。大体15歳ぐらいだろうか。来ている服は赤と黒を基調とするキョンシーのような服装をしている。少し前に見た「こみけ」とかいう祭りを記録した映像に、似たような服装をしていた女性の姿が複数あったので印象に残っている。

 少女の服装のうち上の方は袖が大分長くそのため両手は隠れて見えない。一方下は丈の短いスカートを履いていた。一瞬、のでは? という妙な考えが沸き上がったが、少女はスカートの下にひざ上まであるスパッツを更に履いていた。なら問題ないな!

 まあ服装はともかく、問題は少女の顔だ。


 決してブサイクとかその様な意味ではなく……ないのだ。

 左目が。

 代わりに左目の位置には鬼火を思わせる青白い炎がゆらゆらと浮かんでいる。また、彼女周囲にはいくつもの手? らしきものが浮かんでいた。その色は「左目」と同じだ。


「“小手シャォダーショゥ”,回来吧! 干得好」


 その言葉と共に周囲に浮かぶ小さな手は彼女に吸い込まれるようにして消る。あ、しまった。翻訳機をまだつけていないから言葉が分からない。僕は急いでポケットの中から小型万国共通翻訳機を取り出し、右耳につける。

 これは無線式イヤホンのような形状をしており、耳に付けるとすべての言語が翻訳できるという大変便利なシロモノだ。

 この旧時代の一品は翠玉国との国交が樹立した際に当時の皇帝からプレゼントされたものだそう。丁度装着し終えたタイミングで彼女が話始める。


「えー、皆さんお久しぶりです。そちらの方は初めまして(僕のことだろう)。翠玉にて宰相をしております無形ウーシンといいます。よろしく! あなたのお名前は?」

「えと、ヒロシっていいます」

「ああ、あなたが噂になっている人ですね? わかりました。これからどうぞよろしく♪」


 さて、と無形は改めてこちらを向いて頭を下げる。


「今回の件はこちらの掃討作戦の不備により発生したものです。そのせいで皆様の命を危険にさらしてしまい本当に申し訳ございません」

「……結果として助けてもらったので、この件はチャラとしましょう無形宰相殿。ところで、その掃討作戦というのは?」


 僕達を代表して曲直瀬が質問する。


「あの海獣、私達は「首席ショゥシー」と呼んでいるのですが、数か月前から突如としてここ東シナ海を中心として出没しだした異形生命体でして。首席ショゥシーは我々のを阻害するので討伐軍を急遽編成した……というわけです」


 ちなみに彼らは「第5哨戒隊」というんですよー、と無形は続ける。いつの間にかブラック・コールドロン号の左舷にもう一隻の艦が並走している。あちらは「ノーブル・ピルグリム尊き巡礼者号」という艦名らしい。


「事情はわかりました。では、私達はこの艦で翠玉へと向かうということですか?」


 曲直瀬が当然の疑問を口にする。それに対して無形は満面の笑みで答えた。


「ご心配なく! 皆様にはあの機体で我が国へとご招待いたします!」


 と、言って海面の一点を指差す。丁度そのタイミングで先ほどの飛行艇が着水した。後に判明したことなのだが、その機体はUS―2という救難機で、機体には日の丸の紋章と共に「海上自衛隊 9905 岩国航空基地所属」とあった。



 それから15分後。US―2 9905号機は着水とほぼ同じタイミングで現れたUボートXIV型「U488」の補給を受け、僕たち遣翠使団を乗せて離水しようとしていた。他メンバー、特に睡蓮は初めての飛行機に大はしゃぎしている。先ほど大量の水を浴びたので元気になったようだ。その元気そうな様子に取り敢えずホッとする。そして席に着き、シートベルトなどを装着する(幸いにも付け方などもチトセからぶち込まれた情報の中にあった)。


「それでは、本機はこれより離水しまーす。次の行き先は翠玉国の首都海聚府ハイジューフーです。しっかりシートベルトを締めて機長の言う言葉にはしっかりと従ってくださーい」


 無形は大昔の職業であるCA(キャビンアテンダント)のマネをしている。どうも中々ノリがいい性格らしい。睡蓮なんかは「はーい!」と大喜びである。

 その睡蓮の様子だが彼女がまとっている粘液のためシートベルトがうまく締められないのか曲直瀬が手伝っている。その様子はなんだか親子みたいだ。


「“小手シャォダーショゥ”、おいで! 出番だよ!」


 無形の掛け声と共にその体から無数の青白い手がいくつも出現し、操縦桿や各種ボタンなどに取り付く。そしてエンジンがかかり始め機体が振動し始めた。こっこれが飛行機の振動か……中々腰にくるなぁ。初めての感覚に少しワクワクしてしまう。

 そしていざ離水が始まった時、ふと翠玉についての情報を思い出す。

 チトセの情報にはこうあった。



 翠玉国。

 かつて東アジアにてもっとも繁栄した国の末裔達。

 人類史上初の遊海民、と。


                               

                               第2章 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る