資料⑦

 このエピソード内で登場する(注釈)の内容は、以下のURLに飛ぶことで閲覧できます。なので、別タブ等に表示させ交互に読むと楽しめるでしょう。

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 奉仕は愛情の最高表現であり、愛は受けるよりも与えることを喜ぶ。

 ──岡倉天心




 <再生開始>

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 揺れる視界。やや傾き、ふるふると震え、安定し……水平となる。ガサガサという雑音と共に木製の扉が現れる。右下には06:27、と表示が。

 静かに、そっと開ける。

 視界が前進し、薄藤うすふじのタイル、黄枯茶きがらちゃのサイドテーブル、銀鼠ぎんねずみのボトルに琥珀香コパルの線香、微かに煌めく7色のスタンド式トルコランプ、そして……ダブルベットが映された。そこには──


「──すぅ……──ぅ……す──……」

「ん、うぅ──く──……く──……」


 抱き合って気持ちよさそうに寝ている者たちが、2人。






06:28。


 片方は所々虹色に輝く白い肌、青と赤の鱗をまるで服のように纏う、爬蟲超龍リザーバグにして藩国序列2位のジェルギオス。翼や長袴膜スカート器官が縮小、格納されていること、防御用の金色の棘が格納された太い尻尾がゴムのように伸びていること、などから大変リラックスしていることが窺える(注釈1)。

 さて、そんな彼女は股下からくぐり抜けた尻尾でもって中性的な見た目の子供を緩く締め上げ、更に両腕で抱き枕のように抱きしめている(注釈2)……という格好だ。子供の頭は丁度彼女の双瘤に挟まる位置となっていて、ジェルはその頭をやさしく撫で続けている(注釈3)。


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<一時停止>




 ──てか、ぶっちゃけ羨ましい。そう思わない? というか普通に思うだ

 ──センパイの嫉妬感丸出しの感想は要らないんで、早く続きを見せて下さいってば。

 ──えぇ……はいはい。






<再生再開>

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 で、もう片方の……子供の名前はアルカマ。今年で8になる男のだ。ちなみに彼の序列は3位な。腋のあたりまで伸ばす支子くちなしの髪に対比するかのような薄墨うすずみのパジャマを着ている。今日の生体組織パーツ(注釈4)はネコ耳と馬の尻尾か。相変わらずしてるぜ。


 アルカマが微かに身じろぎをする。それに合わせてジェルも巻き付けている尻尾を緩め、寝返りにシンクロさせる。と、彼のうなじが露わになった。

 そのタイミングでジェルの目がパチッと開く。彼女の目に飛び込んできたのは。




 汗。寝汗。


 そう。滲み出て、ほんのわずかに光る……汗。寝汗。

 更に何本かの毛髪が絡み、月白げっぱくの肌に張り付く。

 呼吸に合わせ微かにその光景は上下する。


 それはとんでもなく艶かしいエッチな姿。少なくともジェルはそう感じたようで撫で続けた手は止まり、両目(注釈5)を最大限見開き、声帯を震わせ、興奮の余り頬は朱に染まり、遂には衝動的に体が動く。

 即ち起こさないようにぎゅっと抱きしめ頬擦り首元の匂いを嗅ぎついには舌を──



 ──ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリイィィィィ──


 時刻は06:30。至福の時、ここに終焉を迎え、朝が、おおやけが訪れる。


 寝室のスピーカーから流れる目覚まし音に、はっと我に返るジェル。いつの間にか口元から垂れていた涎を拭い、丁度そのタイミングでアルカマが目を覚ます。


「んぅう……あ、おはようございます、じぇるぎおすごしゅじんさま」

「~~~~っ、なんて、なんてかわいいんだこの子は!」


 あっという間に元通りになるジェル。彼を壊さないように絶妙な力加減で抱きしめ、何かしらの成分を摂取し始めた。アルカマの方ももう慣れっこなのか特に抵抗もせずに受け入れている。

 そんな毎朝の儀式めいた時間は5分もしない内に次のステージへと進む。


 ジェルがアルカマのパジャマを脱がせにかかったのだ。彼はあっという間に全裸となる。すると即座に判明する驚くべき点が2つ。


 まず、アルカマには性器──男女双方の──がなかった(注釈6)。

 更に目を引くのが体の所々に発生している黒ずみ。内出血のようにも見えるが、異様なのがそれが体中にあること。特に右腕に至っては肘より先が全て黒ずみで覆われとても痛々しい。

 それを見たジェルの顔にはそれまでの興奮さは何処にもなく、悲哀と諦観と慣れが絡み合った複雑な顔となった。

 ジェルはダブルベットの下にある収納場所を開く。中から溢れる冷たい空気と共に様々な器具や生体組織パーツが姿を見せた。


「そろそろ寿命か、後でパラケルススに追加生産を頼んでおかなくては……ええと確か腕の生体組織パーツはまだ予備があったはず……あったあった。消費期限はあと2日……なら問題ないな。それじゃ、交換しようか」

「はい、ジェルギオス様──その、いつもごめんなさい……」

「気にしないでくれ。キミが謝る必要なんて何処にもないんだから」


 ジェルはアルカマの右腕、肘を曲げた先にあるツボ……曲池きょくちを押す。すると連結が外れる音と共に彼の右腕が外れて落ちた(注釈7)。

 連結面からはげん老緑おいみどり黄朽葉きくちばが混ざり合った粘性を帯びる液体が漏れ出てタイルを汚す。それは生体組織が内側から腐りきった証拠であった。


 何も知らない人が見たら何かしら叫んだり、口を抑える、場合によっては卒倒するような光景であるが……ジェルもアルカマも一切動じない。手際よく液体をふき取り、腐り落ちる寸前の腕を回収、袋に包み、橙色の感染性廃棄物回収箱に入れる。

 その後新しい腕をプラモのようにはめ込む。カチリ、と音がしたら成功だ。

 最後に消毒液を染み込ませた布で丁寧にアルカマの体全体を拭いてから下着、ワイシャツ、ネクタイ、タイツ、台形スカート、トレンチコートを着せて完成。



 これが彼らの朝だ。






 08:11。


 ここは首都ギガポリスクテシフォンの中心部にある諸王の王シャーハン・シャーの宮殿内にある離れ、パイリダエーザ。


 彼らはこの楽園の名を冠する館で複数人のメイドらと共に暮らしている。そしてアルカマの1日は基本的に──何かしらの任務時を除いて──この小さな楽園の中で完結している(注釈8)。


 そう、もちろん朝食から。




 「わーい!」というかわいらしい歓声と共に食事にありつくアルカマ。長机にはこの時代を象徴する数々の料理が並んでいた。

 クウェート湾上水田で栽培された白米を使用した粥。コショウとネギとショウガ、そして数滴の香味油ネギ油がまぶされ、ピータンアヒルの卵食用ヤスデアースロプレウラの姿揚げが添えられている。

 他にもウチワサボテンのサラダや養殖再生沼龍ヒュドラの刺身、インド洋産天然モノ海淵巨鱗蛇シーサーペントのつみれ汁、合成キュウリの味噌漬け、サナア大規模複合農園プランテーションズ産グァバジュースなどが並ぶ。

 

 アルカマにとって食事というのはとても重要なことだ──の片割れだから当然である。従って可愛い顔。仕草と裏腹にわりと何でも食べる(注釈9)。

 彼の消化器もそれに合わせて無機物以外であれば大抵のものを消化可能な仕様となっているので何も問題もない。


 幸せそうな蕩けた顔で次々と一品一品を頬張るアルカマ。あっという間に間食するのであった。






10:45。


 何やら話し声が聞こえる。勉強部屋マドラサと書かれたプレート付きの扉を開けると大きなスクリーンが。前にはアルカマが座っており右にペン、左にノート。回り込んで表情を確認すると……目をグルグルと回していた。




「──というわけで、『旧時代の何が原因で人類は絶滅寸前まで追い込まれたか』という疑問ね。これについては前回話した通り幾つも仮説があるんだけどー、最近有力なのがこれ、『ガンマ線バースト』が原因とする仮説ね。サイファが苦労して発掘した最新の情報ではねー、ズバリ2098年の12月25日! ちょうどくりすます、とかいう宗教的&商業的イベントの日! ……に天から膨大な量のガンマ線が降り注いで、そのせいで当時の人類はほとーんど死んでしまった、みたいな内容の仮説なんだけど。あ、提唱者もサイファね。サイファ的には中々いい線いっていると思うんだよ。物的証拠として北米&南米大陸には所によるけど計測不可能レベルの残留放射能があるって大嶽ケ丸おおたけまるの現地調査で判明したしね。あとは海洋から多くの生物が姿を消したのも多分これのせい。ただねぇ。意外と反論が多くて困ってるんだよ。その最たるものがあれは『それは天からの豊穣である』っていうものでね、主に……というかF文明人が皆口を揃えて言うんだよ。例えばさ、スクラチェッくんとか──


『Ki,Ki,Kii~この現象、この方角、このは豊穣、そう、そう! 天からの豊穣! 肉の身である我らに旧き天がふるき底より滲み出た極彩色を塗り消した……(以下同じような意味の文言が5回ほど繰り返される)』

 

──てな感じでねー。要は自分たちを救ってくれたモノがあなた方を滅ぼすとは有り得ない、というのが彼らの主張。まぁ一応ね、旧時代に残された証言みたいなものもあるんだけど──


『我ら──(解読不能)──を受け取らされ』

『──(解読不能)──イ共の謀略により大型──(解読不能)──星の制御、いや、別物にされ』

『青白(解読不能)まるで■ェレ■■■■』

『溶け──(解読不能)──全てにく、ピ──(解読不能)──沫、ぐずぐず──(解読不能)──みんなタ』


──とまぁ、こんなのしか残っていなくてね。『ガンマ線バースト』仮説の肯定も否定も何とも難しいのが現状。というかそれ以前にこんな宇宙的災害、億単位の時間差で発生するからF文明人のものと同一であると仮定した場合、頻度が高すぎっていう問題が。そして何より、F文明人の話が正しければ今から約三千万年前に『ガンマ線バースト』が発生したと仮定すると一旦は混沌ケイオス、そして異形生命体はなんだ。それなのに今回はどうして……? あーもう、どうすればいいんだ、全くわけがわからない』


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<一時停止>





──ねぇ、センパイ? これ、何です? 画面の向こうで昆布が喋ってますけど。

──お前もそう思うのか……サイファっていうタルムード国立探究施設アカデミーに所属している考古学の引きこもり研究員だ。にしてもこれは学導師グルの人選ミスだな。あの野郎、自慢話と愚痴ばかりじゃねぇか。このナードめ。

──元々何をする予定だったんです? あとナードって何です? 食品とか?

──それを言うならラード。ナードっていうのは英語のスラングで、まぁコミ障内向的とかそんな意味だ。一応歴史の授業を頼んだはずなんだがなぁ。8歳児には情報量多すぎだぜ。

──なら他の人に頼めばいいのに。

──この日は皆会議で忙しかったんだよ。





<再生再開>

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14:06。


 鳥のさえずりが聞こえる。

 噴水の水音が聞こえる。

 芝生をこする風の音が聞こえる。


 首都ギガポリスクテシフォン全域を覆う巨大透明防護殻ドームが提供する放射線を含まない空気、清浄な色の光がやさしくパイリダエーザの庭を照らす。

 適切に保たれた温度・湿度の中に置かれる、けん玉、野球盤、スリンキー、ウォーターゲーム 、オセロ、ルービックキューブ、ハイパーヨーヨー、4Dジグゾーパズル、ハンドスピナー、VRすごろく、なりきり殲滅戦士セット、カーターン月面開拓版、善悪めんこ(注釈10)……などの玩具たち。


 それらの中心に1組の男女がいた。

 仮面を外した女の子、≪没薬もつやく≫グシュナサフが男の娘に膝枕をした上で耳かきをしている。その表情は安らぎに満ちたもの。身に着けているマントを広げ両名ごと包み込んでいるその姿はヒナを温める親鳥のようだ。その下で遊び疲れてアルカマも気持ちよさそうに転寝している。


 このグシュナサフ……ナサフちゃんは呪子ずゅど(注釈11)と呼ばれる存在でという、ある意味戦術熱核並の威力を持つ呪いをその身に宿した子だ。

 だから今まではロボトミーの糸、と呼ばれるもので無理やり目を縫い付けることで封じてきたんだが、本人の負担もさることながらあまりにも非人道的という意見があって半年ほど前にようやく解除されることとなった。

 その際に発生したアクシデントでわかったことだが、ナサフちゃんの呪いは何故かアルカマには一切効かないことがわかった。

 パラケルスス曰く「命の形状が人類と異なるためじゃないかな」とのこと。

 兎も角、これでアルカマに良い遊び相手ができたということ。残念ながら毎日というわけにはいかないが、彼女が暇なときにはこうして──


 ピリリリリリリ……ピリリリリリリ……ピリリリリリリ……


 ナサフちゃんの外した仮面から警告音が聞こえる。そして彼女の名を呼ぶ女性の声が


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<一時停止>


「あ、やべ。このままだとミカにバレる! 急いで……〖自滅符〗っと」

「あっ、消えちゃった」

「まーある意味丁度いいタイミングか。これがお前にして欲しいことだ」

「え? 寝るとか食事を食べるとか、そういったことです?」

「違ぇよ、アルカマの遊び相手だ。あの子は普段ずっと1人だからな……今、彼には友達が必要なんだ。何時でも傍にいて色々な物事を共有できる、そんな友達が」

「なるほど? よくわかりませんがこの新人メイドたるMelanostigmaメラノスティグマ、がんばりますっ!」

「そこはわかってくれよ……なぁ、ところでなんで俺のこと、センパイって呼ぶんだ? そこは他の連中と同じようにだな、リー」

「何となくピン! と来たから? それと『センパイ』の方が違和感ないじゃないですか」

「そ、そうか……最近の新人は中々違うなぁ。ま、昔からそんな伝統があるけどな。じゃ、そろそろサボるのも限界っぽいから定例会議に出席してくるわ」

「会議サボってたんですか……ガイアンセンパイ……1位なのに」

「そのくらいになると色々とめんどくさくてなぁ。まぁそんなわけでこれからよろしくな、メラ」

「はいっ!」










「あ、そうそう。話に聞くGlaucusグラウクスとかいうお前の彼氏くんはどうした?」

「グラくんですか? さっき出てきたタルムード国立探究施設アカデミーの付属図書館、スカンセンの秘書になりましたよ。中々いいharハル稼ぎができるので、色々と楽になりそうです!」






 本エピソードのギミックは「下書き共有ギミック」といい、カクヨムにて【章紋のトバサ】、化け物バックパッカ-、シリーズを執筆していらっしゃるオロボ46氏よりアイデアをお借りしました(本人から許諾を得ています)。

 簡素ですがここにお礼と感謝の意を表します。

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