第二部:その行動は本当に貴方の意思か?

断章:罠ハ密カニ閉ジル。

同工異曲文明が遺した異物

 〈性の言説の中への配置〉の爆発・増殖の性格

 ①proliferation(植物の如く育って大きく「繁殖」していく)

 ②multiplication(色々なものが掛け算するように沢山でてくる「多彩化」)

 ③croissance(量として拡大していく「増加・増大」)。

 ──『知への意志』より ミシェル・フーコー


 同位体【どういたい】

 原子番号が同じで質量数が異なる核種。周期表で同じ位置に入る元素という意味で,同位元素あるいはアイソトープともいう。

 (中略)

 自然界の元素の多くはいくつかの同位体からなり(中略)それらの異なる同位体の存在比と質量数とによって各元素の原子量が決まる。

 ──百科事典マイペディア(株式会社平凡社)より一部を中略した上で抜粋







 砂漠がある。かつては砂礫、今や砂鉄混じりの、砂漠だ。

 オアシスがある。かつては清浄な泉、今や高品質の機械油の泉だ。

 低木林がある。かつては表情があり、今や無表情の低木林だ。


 そこは市内全域に無表情が広がる場所であった。

 かつては表情に溢れていた場所、その事実痕跡すら感じさせないほどに。


 大量の戦争機械ウォーマシン……大型歩行兵器人型ロボット、多脚戦車、自走榴弾砲、歩兵先頭車、対空戦車、全地形対応車バギー、中型ドローン、ガンシップ、FF-15「Cumulonimbus」、「ケルヌンノス」ステルス爆撃機……その残骸を避けながらつて存在した超大国のものを復元・生産された軍用車両であるM1165ハンヴィーは進む。

  橋と中洲、再び橋。軽やかに砂礫を巻き上げ駆け抜ける。


「Ti,Tii,ダリウス様、ダリウスの姉、姉様。そろそろ着きます、目的地に着く、そう着くのです!!」

「……」

「Ku,Kuu~,姉、姉様はお眠りだ、そうと!! これはわたくしめの運転技術の賜物、そうそうそうに違いないのだ!!」


 実際は疲れているだけであった。

 西部方面隊第二種族混合機甲軍「ガウガメラ」、を率いるダリウス中将は少なくとも5日間不眠不休で陣頭指揮を執っていた。

 彼女は超能力者超人でもサイボーグでも亜人でも魔術師でもない。単なる人間だ。そして偉人でもなく、従って疲れたら寝る。当たり前のこと。ましてや五徹である。その眼鏡の下にある寝顔は指揮を執っていた時に比べ正反対の穏やかな表情、車の振動を気にするそぶりもない。


 残念なことにM1165ハンヴィーを運転する分厚いレンズのメガネをかけた齧歯人ロゥデレ、スクラチェッの小さな脳内(人間と比較して場合)にその常識は欠けていたようである。

 が、幸いにも車内に他の人物はおらず、従って指摘する者はいない。

 というわけで車内に響くはエンジン音と時折スクラチェッの自画自賛が響く。それをBGMとしてダリウスは眠る。泥のように。軍服をはじけ飛ばそうと格闘する乳房と瑞々しい桃色の髪が砂鉄道の凸凹と連動して跳ねた。







 ──暫くして。

 ジープは止まる。戦場の後処理、その喧しさに彼女は目を覚ました。目の前にはスクラチェッのネズミ顔……我々の知る小動物をそのまま巨大にしたような……があった。


「んぅ、着いたか」

「Ku,Kuu~,ダリウス様、ダリウスの姉、姉様。そうです、このわたくしめの華麗な操縦さばきによって見事に、そう見事に!!」

「……う、ふわぁ。そうか、ご苦労。スクラチェッ軍曹」

「KKi,Ku,Kuu~,ありがとうございます、ありがたいお言葉です、そう、とてもありがたき──」


 運転用補助脚を脱ぎながらキィキィと独特の音を混ぜて彼は感謝の口上を述べる。興奮の為に灰色の毛が少しばかり膨らむ。

 でこの喜びよう。大げさすぎないか、と最初は彼女もそう考えてた。が、直ぐに気づいた。これが素であり、この態度は齧歯人ロゥデレ共通のものであると。そうと気づけばあとは慣れるだけであった。


 170センチのダリウスと彼女の2歩後ろを130センチのスクラチェッが此度の作戦、「十災禍ネフィラ・ザァウ」で得られた占領地を歩み、直ぐに止まる。

 両者の手にはそれぞれ長さ18センチ程の魔法の杖……ではなくタブレット端末。画面上部には2299年の1月13日と表示されていた。

 計4つの目は上を向き、それぞれのメガネは共通のものを捉える。


「実物は初めてだけど……これは」

「Gy,Gyy~,ダリウス様、ダリウスの姉、姉様。これは肉の身である我らには受け付けぬ、そう、受け入れることができぬものです、そうそうそうに違いありません!!」


 「それ」は。ぼっかりと物言わず、穴が開いている。

 巨大な無表情の鋼鉄の要塞。それを奪取するために砲撃でもって開けられた。ただそれだけの光景なのに、妙に心がざわめく。

 果たしてその妖しさは内部に在る遺物異物によるものか。

 思わず息を飲む。飲まれかける。が、臆するわけにはいかない。そもそも自分はこの中に眠る遺物異物を見に来たのだから。


 2人は内部咥内へと足を踏み入れる。

 要塞の名前は第3号要塞。中央大藩国側の呼び名コードネームは「旋回橋」。かつてはエジプト・アラブ共和国のイスマイリアと呼ばれていた地。

 その全域に命の鼓動は無かった。





 内部にて要塞内の兵士たちに労いの言葉を駆けつつ2人は進む。突然の司令官の視察に動じることなく彼らはサンプル採取、戦闘記録、負傷者の手当て、戦死者の運び出し、などの任務をこなしている。

 その一方でダリウスらの目に飛び込むのは壁一面に残された戦場跡。赤と茶と黒が中心の血潮、ねばつく油、肉片、機械片、弾痕……床には幾つも死体、残骸。人のものは次々と運び出されるも械人かいじんは全て放置されていた。万が一にも再起動しないように徹底的に破壊した上で。


 そのような酸鼻極まる光景はある一点を通り過ぎると、ぶつりと途絶える。僅かに残る複数人の靴跡以外は全て無表情な複製の集合体が姿を現す。

 気味が悪いほど、。無機的な無表情。延々とそれが続く。ひたすら奥へ奥へと。真っ直ぐに最奥へと伸びる通路。何故だか気味が悪くなっていく。2人の足音と息遣いのみが反響する。


──ガイアンやハルスネィの仕業か。最奥まで我らがたどり着くまでに『アレ』と械人かいじんとの繋がりを絶ったサーバーダウンさせたのだろう。だから戦闘が一切起こらなかったのだろうな。


 そんな独白で心の奥底より生じる名状しがたい乱れをダリウスは誤魔化す。

 本来であればこの様な気分になるはずのない光景。その理由はこの様なデザインにした械人かいじんが狂っているからか、それともこの素材を創った同異星同位体の文明人、その感性が悪意の嗜虐に満ちた異常嗜好ばかりであったためか。実際のところ全部かもしれない。


 そうこうするうちに、一行は遂に目的地にたどり着く。事前に端末に送られてきた地図通り、目の前にはがあった。今は閉じられている。そしてその前に若い影が2つ。何やら額を近づけて会話している。


「……ん? ジョージ大佐、ドワイト大佐じゃないか」


 上官であるダリウスの姿を確認し、両大佐は敬礼。それに対し答礼を返す彼女。一瞬、空気が緊張し、礼の終わりと共に霧散した。


「ワシらもこの奥にある最大の戦利品を見に来たんですよ、姐閣下」

「で、私はジョージのお守りということです。何せこの男は常々公言している通り『アレ』を破壊しかねませんから」

「なにおう! ワシがそんなことするわけないだろう、流石にわきまえておるわ」

「さっきまで『愛銃Colt SAAでブチのめし、サーベルでギッタギタに……』って」

「ンンッン!! あれは冗談というやつだ……それより、ワシは賭けに勝ったぞ」

「はいはい、2harハルでしたね」

「……確かに。ほら、言ったろう。姐閣下は必ずお忍びで視察に来るって」

「Ti,Tii,ダリウス様、ダリウスの姉、姉様。彼らは賭け事をしていますぞ! しかも、しかも姉様をダシに、そうダシにして!」


 まるで自分が陰謀を暴いた、とでも言いたげなスクラチェッ軍曹。ダリウスにはネズミの表情について詳しいわけではないが、きっと今彼はドヤ顔している。そう感じた。


──ここで冷たい態度を取るのはあまり褒められた行動ではないな。


 そう感じたダリウスは労いの意味を込めて彼の頭をひとしきり撫で回した後(彼の長い尻尾が荒れ狂った)、2人に向き合う。


「掛金は2harハルと言ったな。確か今年の相場だと酒場30分ぐらいか。なら……いいだろう。不問に処す許してやるから感謝しな。それはさておき、もう入ることはできるのか?」


 上官の寛大な処遇に頭を下げつつ、片割れドワイトが答える。


「勿論です。用心の為にロックをしてありますが、閣下の虹彩認証によりいつでも。内部の掃除も終わり、残るは『アレ』だけとなります」

「姉将軍、音に気を付けた方がいいですぜ」


 その答えに満足し、自らの瞳でもって封印を解除する。重苦しいがゆっくりと開き、その直後奥からの声に思わず耳を塞ぐ。






 ドォン……ドォン……ドォン……ドォン……ドォン……ドォン……ドォン……



 響くは鼓動。全身を震わせ、正気を失いそうな程の、リズム正しく臓器のように蠢く。そんな物体が空間の中央に鎮座していた。

 緩やかに、血流のように七色に変化している物体は既知かつ未知の素材……生きる鋼鉄とでも言うべきもので作られた逆三角形状の心臓。いや、これは心臓ではなく別の臓器に例えることができる。それは──




 『ソレ』、の中央部に裂け目が生じる。くぱぁ、と中から滴る機械油と共に何かが産み落とされた。べちゃり、と妙に生々しい機械にあるまじき音がする。

 現れたのは細い未熟なフレームで構成されたのっぺらぼうの人型、全身が油にまみれたよたよた歩きの人型がこちらを──銃声。更にもう二発。


「チッ、まだ産み残しがいたのか。めんどくせぇな──これは我らの怠慢、大変失礼いたしました姐閣下」

「いや、構わない。この優秀なスクラチェッ軍曹が一目散に逃げないのだから、脅威とはならないのだろう。しかしなるほど。こうして械人かいじんは産まれるのか」


 愛銃Colt SAAで鋼鉄の赤子を処分し、ミスを修正したジョージ大佐が若干の赤面を隠しつつ頭を下げる。

 スクラチェッ……齧歯人ロゥデレは皆、異常なほど危険というものに敏感で少しでも何か感じた場合、即座に逃げ出すという習性がある。その彼が逃げないから安全というのが彼女の判断であった。

 そもそもこの場が真に危険であるならば彼はM1165ハンヴィーを運転することすらしなかっただろう。


 若干のハプニングがありつつもダリウスは改めて目の前の物体を観察する。なお、この時には場にいる者全員が耳元の骨振動音声認識システムに切り替えて会話をしていた。もちろん物体が発する鼓動が五月蠅過ぎるからだ。


「閣下、本当に我々はこれを御しきれることが、第四帝国の無限を再現することができるでしょうか?」

「さぁな、それはパラケルスス殿の仕事だろう。今我々が考えるのはこの60億年前の異物、超々先史遺物シャッガイの遺物『アカシック・レコード』をどうやって持って帰るか、だ。なぁ、今こいつは我々の言うことを聞くのか? 持ち運び可能なサイズまで小さくなれ、とか」

「いいえ。どうやって支配権をこちら側へ移動させるか、全く分かっておりませんので。現状わかっているのは第四帝国との通信が遮断されたので待機状態になっていること、そして目の前の形状モードが<子宮croissance>と呼ばれていることだけです」

「なんだそのイカレたネーミングセンスは……」

「補足しておきますが私が考案したんじゃありませんからね?」


 その後、短いやり取りが続く。その間にもアカシック・レコード<子宮croissance>は一定間隔で拍動を繰り返す。心臓と子宮を掛け合わせたような形、動きで。


「にしても日本って国はよくもまぁ余計な事ばかりしますよねぇ。彼らの頭足らずのせいで近代以降は困りっぱなしですよ」

「よさないか、ジョージ。のことをどうこう言ったってどうしようもないだろう」

「そりゃそうだが。愚痴ぐらいはいいだろうドワイト。あいつらがこんなものを海の底から掘り出したせいであんな歴史に、あのクソ野郎の御しやすい面倒な械人かいじんが誕生したんだからな」

「だがそのおかげで様々な恩恵を受けることもできた、それだけは確実……そう捉えることもできるな」


 「それはそうですが」、と上官の言葉に賛意を示す男たち。

 例えば、地形改造技術。例えば、対人転送装置ワープゲート。例えば、元素変換装置。例えば、放棄された月面基地。例えば、異種族間翻訳装置。例えば、情報子の概念。

 どれもオーバーテクノロジーと言ってもよいものばかり。また、既存の技術も大いに発展することとなった。


 アカシック・レコードを創り出した文明……それは60億年前の文明。

 その文明は地球の同位体……いや、同異星というべきか。その時、星系の恒星は「THE A ZA QTHO^THU 」という名で。それを崇めていた星人、最古の人間の名は宇蟲シャッガイという。


 そんな知識をダリウスはふと思い出していた。

 中央大藩国ちゅうおうだいはんこくがこれまでに奪取・ないしは入手する予定のアカシック・レコードの数は大小含めて4。果たして使いこなせる日が来るのだろうか。


──仮に来なかった場合、我々に将来、の二文字はないかもしれないな。






 彼女の憂いはある意味的外れであった。

 彼女は、中央大藩国は気づくべきであった。

 用意周到に張り巡らされた罠の中に入ってしまったことを。





 お久しぶりです、作者のラジオ・Kです。

 今回のエピソード、なんのこっちゃ? と思われた方は、第9章の「 語るは戦争」、「 戦争はこうして始まった。」の2つを再読すれば繋がりが見えるかもしれません。

 また、第5章の「ゆめのせかいへようこそ・神話」を再読すると共通するある単語を見つけることができるでしょう。考察の材料としていただければ幸いです。

 <m(__)m>



 

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