覚醒済み、故に遁走せず、But……?

 音もなく、しかし急速におれの周囲を覆う散布型反射緩衝フィールド。無色透明の防壁は反撃の狼煙だ。


「、、???、、如きガ何だとイうのだ、、」


 訝しみながら左腕が変化した〖椒花女ショウカジョゾ天弓〗を放つ夜行ヤコ

 まるで自動火器オートマチック、もしくは機関銃マシンガンかと思えるスピードで発射される無数の矢。

 それらは何の迷いもなくおれに向かい──















 弾けるように音もなく、掻き消えた。

 フィルードを通過した瞬間、それが世の法則とでもいうかのように。

 当然おれには何のダメージもなく。


「、、⁉⁉⁉、、、、ナ、に⁉」


 その現象に激しく困惑し矢だけではなく〖清姫きよひめン火息〗、〖大蛸ォ濁砲〗、〖鬼面蟹タ皮貌〗などによる攻撃を次々と繰り出す夜行ヤコ。まるで先の現象は認めないとでもいうように、激しさを伴って。

 だが……襲来する火息、濁流、光弾。それらの運命は皆同じ。

 フィルードを通過した瞬間、弾けるように掻き消える。

 何も存在しなかったかのように。


「、、ウゥ??? ──なぜ何故だそれぞれ違う属性の攻撃なノに!」


 ほほう、その台詞とフィールドの防御効果から察するにその「属性」とやらはということらしいな。


 今しがた展開した散布型反射緩衝フィールド、通称FDS(ブレイン曰く)は敵の攻撃が非質量的かつ単一の物質で構成されている場合に効果を発揮する・オブジェクトだ。

 効果はズバリ、相手側の攻撃時に使用された物質の情報を解析・即座に任意のを創り出し相手の攻撃にぶつけることで無効化させるというもの。

 言わば反射させて消滅させるというやつである。

 もちろん非質量的、という制限が言うように例えば銃弾とか剣とか拳とか要は実体があるものには役に立たないのだが……おれは見事に賭けに勝ったということらしい。実際効くかどうか疑わしかったからな。


 結論として、夜行ヤコが繰り出す遠距離攻撃は見た目こそ多彩だがそれを構成する物質……エネルギー源と言い換えてもいい、は全て同じ物であるということになるわけだ。

 名前がないと不便なんでこの物質を怪素ドゥビアスとでも仮称することにしよう。


「、、なゼきかぬきかぬきカヌぅぅぅ、、、、もぅいい、うちが直接、直にこのテで! 殺る殺ってやる! 敵討チだぁァァァ!!!」


 何言っていやがる、今までも十分「直接的」だったろうが。

 ともかく、ここからが本番だ。

 で、遠距離攻撃を封じられたわけだから残る攻撃方法はというと。



「ゥゥウアァッッッ──!!」



 左腕の〖椒花女ショウカジョゾ天弓〗を引っ込め代わりに〖苦動明王クドウミョウオウィ連接火髪球〗となり、一直線に突っ込んできた!

 やはりな、とほくそ笑みながら両手手根骨より外方向に向けてナノブレイドを生成、迎撃すべくおれも突撃する、が。



 ガキイィィィン‼ という金属音と共に両者の得物、再び激突──せず。

 代わりに響いたのは肉を絶つ粘ついた水音と、世の法則とでもいうかのように音もなく夜行ヤコの〖苦動明王クドウミョウオウィ連接火髪球〗だった。


「「何ッ⁉」」


 この結果は両者共に予想できず。驚愕の色が一瞬鉢合わせ。そして片方の色は瞬きする間もなく喜色へと変わる。

 果たしてどちらの色が変わったのか。それはもちろん──




 ──金塊を手にしたかのように目の色を変えて(もちろん比喩だが)夜行ヤコの左肩に刺さったナノブレイドを分離パージし、新たにブレイドを生やしながら攻撃をより苛烈に左に回り込んで続行するアダン。

 その顔には本人が認めたがらない程の凶暴な喜色が浮かんでいた。


「おいおいまさかFDSが近接攻撃にも効果を発揮するとはなぁ! 予想外が過ぎるぜ!」

《そんなワケないはずなのに、一体どうして》

「そうだな──丁度いいネタばらしだ判明するさ!」


 動揺のあまり動きの精彩を欠いた夜行ヤコにおれはもちろん容赦なんてしない。さっきは楽しそうにボコスカしてくれたしな。そのお礼の意味も込め、ナノブレイドの形状に少し角度を入れた状態で左腕を、斬る。


「、、ギ、、アァァ──ッッ」


 肩を残し鮮血をまき散らしながら跳ね飛ぶ夜行ヤコの左腕。

 果たしてその形状は。



「何だ、こりゃぁ」

《うえっ、ゾンビ映画に出てくるクリーチャーみたいだね》


 その姿、形状は何とも奇妙なもの。

 該当する言葉が思いつかないのでとりあえず見たままを言おう。

 すなわち、夜行ヤコの左腕は──ヒトのそれに大爪と大百足と天弓と連接棍が複雑に入り混じりったものとなっていたのだ。

 果たして文章だけで上手く表現できるだろうか? 思わずそんな疑問が出てしまうほど奇妙な光景がそこにあった。


「何というか、未熟な成長途中のものを無理やり組み合わせたような感じだ──待てよ? もしかしたら」

《何かわかったの?》

「ま、仮設でしかないが今までの常軌を一脱した変化速度のカラクリがわかったかもしれん。さてと、これからはゼロ距離で殺り合うことにしようか。楽しく、な?」


 見ると夜行ヤコの左腕はまだ再生し切ってない。その機能は使用者のメンタルによるのだろうか、それとも……いずれにせよチャンスだ。

 おれはシステム『ブラード』を利用し超加速、の下準備としてまずは拳による打撃とナノブレイドによる斬撃を適宜織り交ぜた攻撃を開始する。

 それに対し夜行ヤコは全ての変化を解き、右腕の丙子椒林剣へいししょうりんけんで応戦しようとする。

 その剣技はお世辞にも上手いとは言えず、というか子供がとりあえず得物をブンブン振り回す光景にどこか似ていた。


 おれの攻撃が夜行ヤコの肉体にめり込み、刻、抉り取る。

 夜行ヤコの大刀がおれの義体アバターを叩き、削り取ろうと試みる。

 お互いにほぼゼロ距離の攻防。相手の表情がよく見える。で、相手のそれはというと……先程とはまた別の事象で混乱しているご様子。


「、、、、なんでなんでなンでだッ! どウして攻撃が上がらない⁉ 、、まさかこやつとうちはだとでもいうのか椒林しょうりんようちは認めヌ、こんな鉄ころと同じなんて認──ガァアッ⁉」

「何を喚いているか知らんが、そろそろ終わりにしようか」


 突然夜行ヤコが喚き始めたそのタイミングでおれは予め用意してあったネオ・アラミドワイヤーを左手の親指より射出。彼女の右足の踝に巻き付け、『ブラード』を左腕のみに適応させ、一気に後ろに引っ張る!

 するとワイヤーが丁度刃物と同じ役割を発揮し、夜行ヤコの右足をスパッと切断する。バランスを崩したその隙を見逃さず、右のブレイドで大刀を跳ね上げ露わになる根元を左のブレイドでこれまた切断。そして右手でもって遠くへと弾き飛ばす。

 これで一時的にせよ夜行ヤコは無防備となったワケ──仕込みは終わった。


 一瞬で戦闘能力を喪失した夜行ヤコの頭を踏み台にして後ろ向きに跳躍。更に『ブラード』を使用しもう一段階上へと二段ジャンプを決める(システム『ブラード』はこのようにわりと応用が利くのだ)。

 頭を踏んづけられた彼女は一瞬仰け反り、僅かに後ろに下がる。無防備な裸体が晒された、今!


「再生機能持ちと戦う時は短時間の内にダメージを叩き込むだけ叩き込むべし、ってのが鉄則でね……これでゲームセットだ」


 右腕より高さ1.5メートル「<」状にしたナノブレイドを生成。腕の一部を変形させ、2本のレールを生やし、その中央に矢じりを配置。カタパルトのような感じだ。同時に強力な電磁波を発生させ……電磁加速砲レールガンの要領で勢いよく射出!

 矢じりは1秒も待たずに夜行ヤコに命中、貫通。つまり真正面から縦に切り裂くということで。左右に分かれた夜行ヤコは悲鳴をあげることも叶わず。右は前向きに、左は後ろ向きに倒れ伏すのだった。

 液体まみれの肉塊がタイルに落ちる音が響く。


 一時はどうなるかと思ったが──おれの勝利だ。











《──つまり夜行ヤコの攻撃って強力な思い込みだったということです?》

「多分な。まー正確には『結果の先取り』というべきかも。そんな疑わしいことをしでかすのが怪素ドゥビアス……読んで字の如く、だ」


 何故夜行ヤコはああも多彩な変化を一瞬で繰り出せるのか。

 おれの仮説はこんな感じだ。

 夜行ヤコはまず頭の中で自分の変化をイメージする。そしてそのイメージを怪素ドゥビアスでもってひとまず実体化させる。さて、ここで重要なのは実体化の原動力が強烈な思い込みという点だ。

 自己認識を極限まで高めることでそれが恰も現実に存在するかのように振る舞う、だから物理法則を超えたスピードで変化できる。色んな変化を出してきたがそれらは全て目標に命中した時に初めて効果が出現するんだろうな。

 あの斬り飛ばした腕がおかしかったのはイメージに合わせようとだったからだろう。通りで戦闘中によく痛がっていたわけだ。あの呻き声全般が苦しみの証ということなのだろう。

 だがそれらはいわば虚構で、怪素ドゥビアスのみで成り立っている……だからFDSの効果で全て反射・消滅させられて遠近共になかったことされてしまった。

 こう表現するとなんだか弱く感じるな……例えば攻撃する寸前に気絶させて意識を奪えば当然思い込むこともできないわけだから、全ての変化が解除されるはずだし。

 ま、今回はおれとの相性が悪すぎたということにしておこう。

 それにしてもあの丙子椒林剣へいししょうりんけん、一体何だったんだ? 変化が解除されないということは確実に実体化していたということだし。これだけ他のと全く違うんだよな。

 それに変なことを喚いていたな、分類がどうのこうって。うーむ、わからん。


「こっからはおれが考えてもしょうがない、帝国工廠インペラ・アセナルの連中に任せるとするか。夜行ヤコが倒した邪神の死体という思わぬ副産物も手に入ったことだし、これでおれの帝国貢献録スコアボード上昇アップするからより内──」


 最後まで言い終えることができなかった。

 複数の不完全な咳音が聞こえたのだ。発生元を確認すると。


「これは……驚いたな、まだ生きているのか」

《すごい。生命反応が2つになってる……》


 真っ二つに分かれた夜行ヤコが息を吹き返した音だったのだ。断面の再生も緩やかに始まっておりあちこちが泡立っている。

 更に注目すべき点が、この状態でも意識があるという点だろう。前に倒れている方の目がぎょろりとこちらを見ている。瞳は切断面以上に激しく泡立っていた。


「、、、、ゥ、、イ、──ゥ、オ”ま”え”トうちが、オ”ナじぶん、るい、、、、」

「まだそのことを言ってるのか。ならおれも言わせてもらうがな、さっき言ったとおりになったろ」




って──」






〘繋死隧道烹〙





「──何⁉」


 突如として一本の剣がおれと夜行ヤコの間に降ってきたのだ! 地面に突き刺さるそれは、まるで夜行ヤコを守るかのようだ。

 っていうか待て。剣が降ってきた、そう。

 ここは地下58メートル地点だぞ、どうすれば上から降ってくるんだよ⁉

 更に驚愕は続く。

 おれの後ろから、聞こえてきたのだ。が。






「Nb"Re Cs Ra Rb Au K、Ta" Hf Zn Pt ᛋᛏᚬ ᛚᛚᛅᚢstone Mo Re Fr Nb Cr Na Ta Mn」






 そのに振り返ると……なんだ、この生物は。

 一応人の形をしている。下顎より上がない? そんなことはもうどうでもいい、重要なのはその見た目。

 だ。

 透明感のある薄い黒色の鉱石。それが横方向に幾重にも重なって人型となっているのだ。全身刃のような。というかそもそもコイツ、どこから湧いてきたんだ。


《嘘でしょう……?》

「どうした、ブレイン」

《ないの、生命反応が。どう見ても生きているのに》

「だから探知できなかったのか、それより何という種族だ。使っている言葉は何なんだ言っていることが全くわからん」

《ダメ、帝国のものと私のもの、どっちにも一切記録がない……完全に未知の生命体よ》

「なんてこった。まるで宇宙人だな」

「Ti Tc Ta Zn Rb Fr Zr Re Zr Zr" Ra Na。Zr Ra Fr Mo 6500 Rh Sn Mn Sn Rh Rb Mo Zn Na Co K Ra Zr Tc Zr" Fr Zn」

「こっちの言葉はわかるようだな、最悪じゃねえか」

「Ti Ai Nb" Re、Ba Na Tc V Ta Pd Ti Re Zr Ti K」


 その生物はゆっくりと歩き、おれの横を通って先程降ってきた剣と手(?)に取る。無骨な直刃造りの、その生物と同じ透き通った黒の薄い剣だ。

 それを構えて──刃の先をおれに向ける。彼我の距離、3メートル程。


「まさかの連戦かよっ……


 チンッ


……な、に???」


 小さな音が、した。

 おれの左側から。

 見ると、なかった。

 左肩から先が。

 少し下に目線カメラアイを動かすと。

 腕だったものが、落ちていた。

 そこまで認識して。

 刹那の内に斬られたということが、わかった。

 鈍い痛みがじんわりと駆け上がっていく中、その生物は風のように啼く。


「Fr Ai Tc Ra" PbAg Sn Fe" Cs Rb Hg Rh Nb、Ba Na Fr" ──KFe32+AlSi3O10、Fr" Cs Li Na Nb Ra Au K」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る