寝起き

第1章 ヒロシ、左遷される~


 われわれは何かの行為をしてしまったあとで、「われ知らずに」やってしまったとか(中略)言うことがある。

 自分でしておきながら、まるで他人がしたことのように言うのも不思議なことだが、本人の実感としては、そのように表現するより仕方がないのである。 

  ──『無意識の構造 改版』 河合隼雄







 ゆめを見ていた。

 ぼくは戦っていた。

 たたかうばめんがどんどんが変わった。鈴鹿峠、伊吹山。でもやることはいっしょ。かいじんてきを倒す。

 次々と倒す。

 たたきつぶし、ひきさき、しゃさつし、くいころし、なぐり殺す。

 ゆめの中でぼくは強かった。

 ほめてもらえるとおもった。

 でも。

 みんな怖がってた。おびえていた。

 どうしてそんな目で見るの? ぼくはただ、



「…………あれ?」


 "僕"は少しばかりの頭痛と共にゆっくりと瞼を開けた。何か夢を見ていた気がするが内容は靄がかかった感じでロクに思い出せない。ええと、ここはどこ……だ?


 黒の瞳だけで辺りを探る。灰色の天井と壊れた照明器具が見える。確か蛍光灯と言うんだっけ? それとそばから甘い、リラックスする香りがする。そして自分がどうして今、ここにいるのか、それすら思い出せない。


 どうしよう。もう一度寝すればよく思い出せるかも。二度寝をするのに最適な、程よい暖かさと心地良い香りに包まれていることもその判断を加速させた。そして寝返りを打とうとしてふと気づく。

 あれ、左腕が動かない。何か物が置いてあるのか?

 そう思って左側を向いた。



 美女姉さんがいた。


 柔らかい印象を与える一目で美人だとわかる顔。腰ほどまであるロングヘアーに髪色は薄緑で先端に沿って白くなっている。気持ちよさそうに寝ているその体は白色の丈の短いネグリジェで包まれており、すらりと伸びる両脚はとても綺麗だ。そしてその小柄な体からは想像できない豊かな双丘は僕の左腕を上下に挟んでいた。

 ついでに左腕はほっそりとした両腕でがっちりとホールドされている。

 

……あまりにも刺激が強い光景なので一気に目が覚めてしまった。というか姉さん、どうして布団をはだけた状態でそんな格好を。


「……むぅ」


すりすり。ぎゅーっ。


「⁉」


 姉さんはその状態で更に密着してきた。顔を気持ちよさそうに腕に擦り付けながら。

 まさか押し付けられむにゅり、と変形した部分を直視するわけにもいかず目が泳いでしまう。

 やばい。

 こんな状態を兄さんに見られたら変な誤解をされてしまう。早く姉さんを起こさないと。

 そう思った瞬間、


「おいおい、朝チュンか? やるじゃぁないかヒロシ。」

 

 ……どうも手遅れだったようだ。


 部屋の扉を開けて楽しそうな声色と共に逆さまになった兄さんの顔がベッドを覗き込む。

 兄さんの顔は相変わらず特徴的だ。

 女性にも間違われるほどの中性的な顔もそうだが、より特徴的なのは両耳の付け根辺りより後ろ向きに生えている2本の


「あ、いや、に、兄さん。これはそうゆうことじゃなくて」

「違うのか? でも七癒なないは満更でもなさそうだぞ?」

「は?」


 思わず振り返ってまだ寝ている姉さんの様子をみる。とても良い笑みを浮かべていた。大変気持ちよさそうだ。いや、これはただ寝つきがよいだけなんじゃ?


「──なんてな。冗談だよ。冗談。ま、ちょーっとだけそうなってほしいと思ってるが」

「えっ」

「まあそれはともかく。気分はどうだ? 記憶に空白は? 一応聞くけど俺の名前言えるな?」

「ええと、さっきまではちょっと混乱していたけど今は大丈夫。兄さんの名前は天野あまの、姉さんの名前は七癒、でしょ?」

「よしよし。記憶に異常もなし、と。でも1つだけ違うところがあるぞ」

「えっ? 何か間違ったこと──」

「兄さんじゃなく、父さんな。もちろん、、パパでもいいぞ」


 とても良い笑顔で兄さんは言った。それ、絶対違うと思う。いや、血はつながってないからそれが正解かもしれないが。


「いやダメだろ! 恥ずかしいし……それに年だって正確にはわかんないけど殆ど離れていないんだし」

「私も姉さん、じゃなく、ママって呼ばれたいな~」


 唐突に入る女性の声。


「姉さん! 起きてたのか」

「ふふ。びっくりした? さっきひーくんをぎゅっ、って抱きしめた時からだよ」

「わ、わざとだったの⁉」

「びっくりしたでしょ~慌てたひーくんの姿、可愛いかったなぁ」

「うっ。だ、だって……失礼になっちゃうし……」

「おまえは妙なところで真面目だからなぁ。今のご時世じゃそんな反応すんのお前ぐらいだぜ?」


 と、兄さんがからかう。


「いや、それは僕たちが」

           「家族! だからだよね~?」

                         「……そうです」


 先をこされてしまい思わず苦笑いが出る。


「さて、ひーくん」


 少し姉さんが真面目なトーンになったのでそちらの側へ体を向ける。


「はい、なんでsむぐっ⁉」


 次の瞬間、姉さんは僕の首元にその細い腕を回し「えいっ」と胸元に抱き寄せられた。視界が肌色に染まる。

 ふわりと安心する甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「ちょっ⁉ ねえさ──」


 思わず抗議の声を上げようとして、気づく。

 その体は僅かに震えていた。顔を見ると綺麗な蒼色の瞳は少し涙を堪えている。姉さんはその状態で僕の頭をゆっくりと撫で始めた。


「君はね、よく覚えていないかも知れないけど、3回も連続で能力を使ったんだよ。しかも最初の1回は逃げる私達を守るために、たった1人で飛び出して行って。そして負けちゃって、目の前で1回し、死んじゃったんだよ……」


 え? 僕が1回、死んだ? 心臓を破壊されて?

 そんなバカな。

 じゃあ何で今、僕は生きているんだ?


「どういうわけか私の能力を使っても、君は目覚めなかった。でも、3日位経って突然復活して……そして私達を助けてくれた。麻里ちゃんが真っ先に飛び出して行ってひーくんを回収してくれたんだよ。ちょっと意外でしょ。あの子、いつも君に突っかかっているから。その後は意識がない状態なのに更に伊吹山防衛戦に参加させたの」


 マジかよ。

 あいつが真っ先に、というのもそうだが意識ないのに作戦に参加?  そんなことってあるか? 普通。


「ひーくん、今回の作戦お疲れ様。よく頑張ったね。それと……おかえりなさい」


 いつの間にか兄さんも傍に来て僕の頭を撫でている。


「おかえり、よくやったな」

「……ただいま。兄さん、姉さん」


 なんか急に恥ずかしくなってしまい僕はそれを隠すように下を向く。

 そこで気づいてしまった。

 いろんな意味でまずいことを。


「あの、ところで1つ聞きたいことがあるんですけど」

「「?」」


「僕の服、どこにあるんですか?」



 ヒロシは全裸であった。

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