現状
鏡には相変わらずの自信なさげな顔がこちらを見返していた。もう少しシャキッとした表情をすれば周囲の評価も変わるのだろうか。ヒロシはそう考えながら顔を整えた。
そしてワイシャツ、ベスト、そしてコートを羽織る。
「えーと、これから食事に行こうと思うんですけど、配給所はどこでしたっけ?」
「ここから南へ行ったところにあるぞ。大体40分ほどだったかな。大きな塔の下らへんにあるからすぐわかる」
部屋から首だけをニョキッと出した状態で兄さんが教えてくれた。
「わかりました。じゃあ、行ってきます!」
「いってらっしゃーい! また後でね~」
姉さんが手を振りながらそう言った。あちこち錆びているドアノブを回し外へ出る。そして直ぐに感じる肌を刺すような寒さ。
「うおっ! やっぱり寒いな」
空模様を見てみるとやはりというべきか、いつも通りの光景がそこにあった。鈍色に染まる分厚い曇が視界の端まで続く。聞くところによるとここ数百年の間青空というものは観測されたことがなく、その代わりに観測され始めたのが途切れるなく続く雲海と極彩色の「
こいつらのおかげで太陽からの光は減り続け、今では一年中コートの類を手放すことはできなくなってしまった。
我が家から少し道に沿って進むと大通りに出た。かつては多くの人で賑わっていたであろうその通りは今や資料映像で見たような活気はどこにもなかった。ほとんどの建物は廃墟と化しており、誰も住んでいないような印象を受ける。
まあ、実際は大半の人は空襲と時たま訪れる「
今誰もいないように見えるのは恐らく食料の配給を受け取りに行ってるのだろう。
さてと、どこかに案内板はないのかな? 前回と配給所は変わったようだし……お、あったあった。
それによるとここは
よし。この通りに進むとしよう。正直言って公共の場には行きたくない。どうせまた色々と陰口を叩かれるから。
でも、家族に心配はかけたくない。
幸いにも道は一本道であったので迷うことなく到着した。兄さんの言ってた通り、100メートル越えのかつて白色に塗装されていた塔が見えた。その頂上付近には展望台? と呼ばれる施設があったらしい。
残念なことに上部は粉砕されているが……もし健在であればどんな景色が見えたのだろう? 僕はそんなことを考えながら配給所へと向かった。
流石にこのあたりになれば多くの人で賑わっている。その賑わいの多くは出店からなっており、あちこちから値切りの声や物々交換の依頼をする声が聞こえる。
ここで販売している商品の多くは町の外の混沌汚染警戒区域に無断で侵入し、区域内の廃墟からあさってきたものが中心だ。兄さん曰く、闇市というらしい。
とはいえ全てを違法な物品というわけでもなく、中には「汚染区域調査隊」らの放出品もある。
まあ調査隊はここ2,3年行われていないしその質も高めなので値段は相応に高いわけだが。
闇市街を抜けていざ配給所へギィ、と鳴る扉の音と共に入る。瞬間、中にいる人の目線が集まる。
また、この目線か。公共の場に1人で来るたびにいつもこの目線を食らう。軽蔑、憎悪、妬み、嫌悪、そして恐怖。
いつもの光景に小さくため息を吐く。
最初は軽蔑だった。
「天野様、七癒様という素晴らしい超人の元で育って居ながら何の超能力も発現しないとは! おまけに碌に喋れないときた! 何という出来損ないだ!」
そして兄さん、姉さんの養子になりたいと思う超人達からは妬みを抱かれた。
「どうして無能力者のあいつが養子のままになっているんだ! 我々のほうが遥かに素晴らしい力を持っているというのに……」
更に憎悪も上乗せされた。
「聞けば奴は混沌汚染警戒区域で発見された捨て子というじゃないか! 何と汚らわしい! 既に感染しているに違いない! こっちに来るな! 混沌が
幸いにも少し前にあることがキッカケとなり能力が発現した。ところが能力を発現している間は意識がないからどんな状態になってるか全く分からない。意識を取り戻した時は大抵ベッドの上だった。そんな感じだったが、最初は少し希望を持ったものだ。ようやく社会に受け入れてもらえるのでは、という。
でもそれはすぐに間違いだとわかった。発現した能力は一切制御できない上、その姿は非常に「異形」であったらしく、見たものは皆恐怖を訴えたらしいのだ。
「何だあの戦い方は! まるで……まるで化け物ではないか! しかも制御できないのだろう⁉ なんて恐ろしい……奴のそばには近づきたくない! お前も近寄らん方がいいぞ! いつ殺されるかわからんからな!」
とまあ、こんな具合に。
何十年も前にこの国が列島全域を治めていた時は超人優越思想なるものが全ての活動の指標だったらしい。そして民衆の大半の思想はその時から全く変わっていない。
能力の発現が不安定な僕は彼らからは決して認められない。
それが悲しい現実だった。
彼らの様々な感情を孕む視線に辟易していると聞き覚えがある声がした。
「おっ! ヒロシじゃないか!」
この声は……
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