あと■■。

<太陽系――月面しょうほ、危難の海>

混沌軟甲ケイオスマラコストラカ Gokrhlub(ボクルグ)

 VS

 爬蟲超龍リザーバグスラエタオナ】



(衝撃音)

(打撃音)

(――衝 撃 音)


 ちょ、危ないってェ!?


(スラエタオナの体にボクルグのが迫る)

(彼女の正面に迫るは五対十眼の海老の化け物顔、その横から膨大に連なるのせつの群れ。電車を連想させる――ただし二対の脚が連峰のようにびっしりと、のおまけ付き)

(電車はとぐろを巻き――)

(連峰の頂点が爆ぜ、伸びるその先に――岩石身代わり

(彼女の尻尾が器用に蠢き、足元を削り取る。それを命中する少し手前の地点に投げたのだ)

岩石身代わりは頂点共にめった刺しにされ、同時に取り込まれ――消化された)


 やっばい、触れられたら食べられちゃう!

 イヤなんだけど恋の成就の前に邪神に喰われるの。


(包囲網を上空へと跳ぶことで一応の脱出をみせる)

(重力が母星と違い1/6なので力加減に気を付ければ最低限のもので可能な動作だ)

(だが油断は全くできない)

(ボクルグの二対四本の巨鋏と捕脚が海月クラゲを思わせる動き――全然節足動物エビ・カニっぽくない――でぬるりと迫る)

(字面こそ簡単だがその速度はレシプロ機の最速並)

(上空10メートル程度なぞ、まったくの無駄である抵抗とすら呼べない


 うちは極東列島文化に染まってないんで。

 んな変態プレイ、チェンジ。


(スラエタオナ、今度こそ飛ぶ)

(翼を

(エーテルの波を最大限に捉え、渦のように)

(どの位置からでもボクルグを攻撃できる状態だ)

(見下ろす彼女のジト目はエーテル波と邪神の観察に大忙し)


 ……どーなってんの。

 無重力空間(厳密には違うけどさ)で姿形とを意のままにする水って。


(それまでの応酬を脳裏に描く)

(簡潔にまとめれば打撃と回避、そして捕食の歴史である)

(躱された打撃が大地や岩々を砕くとき、それらの破片は全てボクルグの表皮に触れた瞬間吸収・捕食される)

(意味するのは、自分も例外ではないだろうということ)

(打撃が命中する――表皮に接触する――は捕食と同意義)

(先程のように包囲状態でそうなれば、待ち構える結末は一文字で表現できる)



( 死。 )



 表皮ひふで捕食するとかカエルとかトカゲかよ。


(ますます節足動物エビ・カニっぽくない生態である)



〖我々がよく知る梅雨の名物・カエルたちは水分をお腹から吸収することが出来る。水たまりの中に無垢な瞳と笑みを浮かべて座っている光景がそれだ。また、(中の人が知る限りでは)オーストラリア中央部の乾燥地帯に生息するモロクトカゲは同地のごくまれにできる水たまりに片足を突っ込めば水を吸収することができる。これは別に足ではなくとも表皮であればどこでもよい(朝露なんかはピッタリだ)。前者はアクアポリン膜タンパク質の働きによるもの、後者は全身に広がる溝が毛細管現象を発生させて口まで水分を運ぶ……というのが一応の理屈だ。〗



(ちなみ表皮とは多細胞生物の内部保護を目的とする器官)

(断じて捕食器官ではない)


 Shotggoouthh(ショゴス)のように細胞外(体外)消化……じゃないよね。

 うーん。

 うーーん。

 うん、よくわかんないや。

 難しい事よくわかんないし、口に聞いても答えてくれなさそう。

 くなるうえは……



 体に聞くとしようか!


(それまで旋回を続けていたスラエタオナが突如軌道を変え、一直線に突入する!)

(ボクルグの巨鋏と捕脚は彼女の動きを正確に捕捉し――)


(右手を捉えた)





 持ってけよ、おらァ!


(ば つ ん)


(右手首が瞬時に主より離れ、邪神の内部へと取り込まれた)

(愉悦を浮かべるボクルグ)

(が、すぐに訝しげになった)

(なぜなら、相手も愉悦を浮かべていたからだ)


 好きなの髪を愛でる右手を差し出したんだから……色々と教えてよ。


(取り込まれた右手首が突如自我を持ったように泳ぎ始める!)

(それは邪神の神内たいないを何かを掴むような所作で泳ぎながら蹂躙し始めた)

(生まれて初めての未知の感覚に動揺し攻撃を放り出して意味もなく藻掻き暴れる)

(上空に浮かぶスラエタオナは目を瞑り、右手の感覚をたのしむ)



 うんうんなるほどなるほどぉ。

 だいぶ不純物が混じってる水だねぇこれは。

 もう、こんなにたくさん湿ってしちゃってぇ……

 ……ふーん?

 このぶつぶつがダイラタンシー現象を生み出しているんだね。

 さてさてじゃあその力はなんなのかなーっと。


(暴れる右手首が明確に何かを掴んだ)

(その感触を確かめ、彼女は思わず目を開けを向く)

(出てきた答えは……)





 これ……



 なんて奴、ダイラタンシーを引き起こしている力って太陽ニュートリノかよ。




〖ボクルグは全体積の9割以上を軟甲ひふ、すなわち水占められているという大変奇妙な邪神せいぶつである。それだけならまだしも、個としての振舞いの源泉エネルギー源は常軌を逸しており――それが太陽から無限に降り注ぐ太陽ニュートリノなのだ。軟甲ひふ内に存在するPMT(光電子増倍管)に似た細胞群が素粒子を検知、これを外圧に変換する。その変換度合いを操ることで姿形を変え、個体を維持するのだ。冒頭の捕食云々の下りは接触のタイミングでただの水に戻し、対象を取り込むのだろう。そのスピードが段違いに素早いだけでやっていること――つまり口の開け閉めだ――は我々と大差ないのだ。〗



 やっばぁ。

 コイツにとって宇宙空間ってアウェーどころかホームグラウンドみたいなものじゃん。

 戦術間違えたかな……ん?

 どこ、見てるの。


(いつの間にかボクルグの大暴れは過ぎ去った嵐のように止んでいる)

(代わりに五対十眼はスラエタオナを飛び越えたある一点を凝視しているようだ)

(その一点とは……)



 極東列島の……

 んん、大砂丘じゃなくて?

 うちらのがバレた、というわけじゃないのかな。

 …………。

 ……。

 あー、ちょっと、これ、は……まずいかも。


(恐らくこの世界で最初に『それ』に気づいたのがこの二者なのだろう)

(そう。何かが、

        起ころうとしている――)

 



           TO BE CONTINUED IN THE "Paradigm Shift Zero"……!

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