LOST THINGS

 息をするように嘘を吐く。

 飲み、食べ、それを繰り返し、乞われるままにBYGONE DAYS過ぎ去った日々の話を脚色し、流す。嘘を重ね、重ね、地層となり、常に欺きながら、生活をしていく。


 力をつけ、この狂った世界から抜け出すために。


 ――おれは強くなれたのだろうか。


 ――そのはずだ。


 ――本当に?


 ――ここ最近はどうも違うようだ。


 ――強くなったんじゃない、ただ事実げんじつを知っただけだ。


 ――狂った世界の外側が、真に狂った強すぎる世界であることを。


 ――非力、なのか。



 ――――疲れた。磨り減った。おれ、は…………






 乱暴に扉を開け、ベット物体オブジェに倒れこむ。


 そのまま意識が消失





 しない。

 醒めている。

 寝れない。

 意識は明瞭だ。






 というか、そもそも機械は、械人かいじんは寝ない。そんな機能は最初からついていない、例え自分たちが生身の人間であるというがあるにしても。

 例えば今の時間――夜中が比較的静かなのは生身の活動がそうである、という暗黙の元に静かな仕事アクティビティ……〔日課任務デイリー〕等をこなしているに過ぎないのだ。

 

 そうだ、この夜の帳もまた、偽りだ。

 すべての演出ARをオフにすればそこに広がるのは全てが四角い無表情の人型が闊歩し、生産活動を続け、それらはやがて大破壊と超殺戮となる。


 そう思わせるのは大昔にんげん残滓きおくなのか?

 かつてのおれはそんな性格だったのか?

 どうせ寝ることができるのなら、夢にでも出てきてくれればいいのに。

 しかし、


「あン時以来、この手はうんともすんとも言わない」


 適当に右手を頭上に掲げる。

 状況から察するに――名称なんてものはないが――過去を覗き見る「力」。その効果範囲は多分、力の持ち主おれ限定。

 ということは人間だったころのおれはプラハに出入りしていたということか?

 

 謎だ。

 謎が多い。

 謎だらけだ、この世界は。


 でも――


 この湧き上がる無力感の上では、どうでもいい。

 どうでも。

 どうせおれ如きには何にもで





 ――――ぎゅっ。


 なんだ、これは。

 何かに、包まれている。

 ……、は得体のしれない恐怖心を煽るものだ。異質なものだ。よこしまを代弁するかのようなものたちだ。

 しかし、今のおれにそういった感情は出てこない。恐怖どころかその対極にある安堵さえ感じてしまう。

 ふと、ある単語が浮かんだ。

 だ。

 これは、冷たい機械の義体からだでは決して感じることができないはずの、何かだ。かつて誰もが等しく持っていて、今は全員が永遠に手放し忘却したはずの、何かだ。

 温もりが、全身を包み込みゆっくりと確実に精神を安定させていく。

 既知みちを味わい、少しずつ眠くなってきた。


 視線の先には――つい最近押しかけてきた存在が、アセビがいた。

 じぃっ、とこちらを見つめてる。横薙ぎに切られた前髪、その少し下から七色あか七色だいだい七色きい七色みどり七色あお七色■■ュ■七色むらさきに輝く虹瞳が害意のなさを物語って


「嫌いになってしまいましたか」


――何を、どうして


「わた らを。何にも役に立たなかった、から」


――役に?


「そう。、でもうすぼんやりと、■カ■がある。 た を受け入れてくれた。拙くとも色々と教えてくれた。いせ  から来て馴染めないわた らに寄り添ってくれた。今わた らがあるのはね、あなたのおかげなの。だからね、少しでも んを返そうと思って」


――それで唐突に旅行なんて言い出したのか


「うん。でも、駄目だった」


――そんなことは


「嘘。有機と無機の間を揺れ動く、奇妙な狭間エンティティとして存在するあなた。その苦しみは誰にもわからない。だからね、だから少しでもこうして添ってあげれば、苦しみを安らぎで」










「あなたは決してひとりじゃないよ」

――ああ、そうだな。ありがとう、アセビ


――失くしたモノLOST THINGSを……思い出させてくれて


――戦う意義が増えた、そんな気がするな。



――きっと今日は、よく寝れる。






 その翌日。

 2301年、7月16日、早朝。


「ん?」


 快い目覚めを堪能している最中、一通のメールが届いた。

 早速奇妙な点が一つ。

 宛名が、ない。

 嫌な予感しかしないが、中を確認してみる。

 どうやら音声データが中心のようだ……再生をクリック。





⎾⎾⎾                                ⏋⏋⏋

 ぎぃ

 ぎぃぎぃ

      ぎぃぎぃぎ…………

(足音)


ぐぅ

 ぐー

   ぐーぅ


ぎーーーーぃ


(先ほどよりも激しい足音)


がががががり

ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃ  ぎぃぎずずずずずずずぅ

ぎぃぎずずずずぅずずずずずっずずずずずずずずっずずずずずずずずずずずずず……


ぴ、ちゃん


「なぁ、誰か…………なにか、そこにいるのか?」



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