~Sudden turn~ 浮上
苦痛には限度があるが、恐怖には限度がない。
──ガイウス・プリニウス・セクンドゥス
僕のまわりで少しずつ闇の密度が濃くなっていくような感覚があった。まるで夕方に潮が音もなく満ちてくるように、闇の比重が増しているのだ。
──村上春樹 『ねじまき鳥クロニクル』より
あきつ丸にて。
「おっ、大分苦戦というか随分とやられたなぁ
「……ぐ、おま、え……なん、でここに」
「そう睨むなって。偶々帰る途中に通りがかっただけなんだよ。でもまー安心しろって。この一応序列1位の俺が来たから…………ばん、ばん、ばん、ばん、ばん、
何処からともなく現れたガイアンが何か小さいものをつまんでは懐にしまい入れ、再び小さいものをつまみ出し──という動作を素早く繰り返しながら
彼の言葉通り空中にいたデュークA13達は突如動きを停止、死んだように落下していく。その
「うわ、これは傷がまぁまぁ深いな。とりあえずコレで応急処置して……と。残りは本国で治療だな」
彼は
中身は大量の血小板と同じ役割をするナノマシン群が入っている。注入されたナノマシンは血流により全身に流れ、傷口を見つけると群がり一時的に蓋をするのだ。
これはもちろん一時的な治療であり
なおABCDというのは
・A……airway 気道は確保されているか
・B……breathing 自発呼吸はあるか
・C……circulation 血液循環はあるか
・D……defibrilation 心室細動はないか
のことである。初期治療、初期診断の重要な指針だ。
ガイアンの見立てでは
「にしてもそこに突っ立っているアスラども。というより量産型だから中の人というべきか、は実に未熟だな。こーんな攻撃チャンス、滅多にないぞ~」
と挑発するガイアン。それに対しアスラ達は訳がわからない、という様子で辺りを見渡す。まるで声の出どころがわからない、とでも言うかのように。
「やれやれ。いくら俺がレーダーや赤外線探査に引っかからないといったって無警戒過ぎ、だよ、なっ! んでそーれっ! っと。ハイ、お終い。楽な仕事だったぜ」
いつの間にかガイアンはアスラ達に近づき、両手に持つ短刀で次々と首を
こうして特筆すべき戦闘描写もなく余りにも一方的にガイアンの勝利となった。
「これが本物のワンサイド・ゲームってやつ。いやぁにしてもこの銃は意外と役立つなぁ。それとこの弾丸。流石トールンの旦那が鍛造したものだぜ」
彼は先程デュークA13達を全滅させた武器を取り出す。その名は
Kolibri、とはハチドリという意味で名の通り旧時代に市販されたセンターファイア銃(中心打式とも。金属薬莢の底部中心に雷管を挿入、これを叩いて発火させるという銃の撃発方式のこと)の中で最小とされているものだ。その全長は40ミリ。人差し指と親指で保持できるぐらいである。
使用弾薬もBB弾のように小さく、直径2ミリしかない。本来の威力であればせいぜい木の板1~4センチを貫通するぐらいの威力しかないはずなのだが。
彼が使う弾丸にはびっしりと「強制貫通」の
ちなみにこのKolibriは装填が難しいという欠点がある。ガイアンは弾倉が空になるとその都度装填済みのものと素早く入れ替えることでこの欠点をなかったことにしたのだ。
「アンテナむき出しとか普通有り得んだろまったくさぁ。まーその方が都合いいんだけどね。で、例の2隻は……ジェルギオスとアルカマに任せればいいか。そうすれば大量の
ちなみにガイアンは
同じ頃。戦艦「信濃」の防空指揮所及びその上空にて。
アルカマの「
「あなた方の攻撃でこの城壁が破れることは決してありませんよ!」
自信満々に言い放つアルカマ。実際アルカマが創り出す「城壁」は認識
する脅威を全て防ぎ、更には弾く無敵のバリアーであった。
こうして安全が担保された信濃の上空では先程叩き落とされた
「ほう。まだ我の力量差に気づかんとは。この…………
突撃する
中央大藩国の序列2位、
その種族名は
所々虹色に輝く白い肌に青と赤の鱗をまるで服のように纏い、下半身は袴やスカートにも見えるものによって足元まで覆われ、更に後ろから金色の棘が生えた尻尾を持っている。背中から生える翼により浮遊している……と書きたいのだが不自然なことに一切羽ばたいていない。
そんな明らかに人間離れした見た目の彼女は銀色の目で
「よくも我の誇り高き祖種の姿を借りてこの様な狼藉を働いてくれたな。
その判決にまるで遺憾の意を示すかのように
放たれるレーザー砲!
だがジェルギオスは一切動じない。それどころか強烈な笑みすら浮かべていた。
「そんな貧弱な火力で勝つつもりか? よろしい。
彼女は深呼吸をしながら、素早く両腕を構える。それは右腕を直角に構え……左手を水平に寄せるというもので。正面から見ると体の中心からやや右側に十字型が出現したと表現することができるポーズだ。
そして……十字型の中心から真っ白な光線が放たれる!
その正体は彼女ら龍の一族が持つ動脈、静脈に次ぐ3つ目の脈である「
彼女の光線と
落下地点には丁度黒船がおり、真上からもつれあうように覆いかぶさった。さらにジェルギオスは急降下を開始。呻きを上げる両者の真上から拳による強烈な一撃を叩き込む。
着弾地点はまるで隕石が落下した後のような大穴が開き、円状にヒビが凄まじいスピードで侵食し、ついには両艦全体に行き渡った。
「今よ、撃てぇ!」
一部始終を見ていた
そして……ついに命中弾が。たった1発。だが、それで十分であった。
黒船・白船は大爆発を起こし、その大部分が吹き飛んだ。残った部分も劫火に炙られ、激しく燃える。それから間もなくして水蒸気をあげながら海中に沈んでいく。
信濃の
それはこの戦いが彼らの勝利に終わった事への、何よりの証でもあった。
人 国
海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海海
邪面海面海面海面海面海面海面海面異形海面海面海面海面海面海面海面海神海面海面
眼 眼 巨大 眼 眼
約6時間後。
2298年 12月25日 PM16:00。
戦艦「信濃」、艦橋にて。
艦橋は現在、大勢の人が詰めいているせいで手狭になっていた。というのもこの場にはまずロシアの末裔たるジナイーダ・
そして今回の戦いでの事実上の立役者たる
と、いうように中々の面子が揃っていた。
まず一通り形式的な挨拶や自己紹介を済ませた上で、ジェルギオスが口を開く。
「此度は我らが遅れたせいでこの様な事になってしまい誠に申し訳なく思う。そして戦死者の魂に敬意を」
「ありがとう。……あなた方が非を詫びる必要は何処にもないわ。元々合流の予定とかなかったのだし。これは君主である私の責任よ。で、質問が1つあるのだけど」
「というと?」
「あなた方はさっき『偶々本国に帰投中の際に見かけたから助けに入った』と説明したわよね。何をした帰りなのか、出来れば教えて欲しいのだけど」
「……それはだな」
「待てやジェル。ペラペラと機密を喋んな、正直は美徳ではないんだぜ?」
「むう」
「それに、何処に連中の構成員がいるかもわかんねぇんだからよ」
「ならば、とある国からとある人物たちを回収した、とだけお答えしよう。済まないな、こんな曖昧な回答で」
「別にいいわよ。無理して機密情報を話せとは言わないわ。で、『連中の構成員』って、何?」
「……むう。ガイ、これもダメなのか?」
ガイアンは無言。何の動作もしない。が、沈黙は雄弁ともいう。問いに対する返答は明らかであった。
「それも機密なのね。察するに仮にこの中にスパイがいるとして、何処まで把握しているか知られたくないから。違う?」
「すまない」
「そう。わかったわ」
そして会話はこの後の日程についてのすり合わせとなった。
外では
今回の戦死者は最低でも万に達すると思われているが、その正確な数字はまだ不明である。また、沈没・大破し放棄せざるを得ない艦の数も60を超えていた。
一応勝利したという形だが、それはあくまで結果のみ。今後に与える影響を考慮すれば事実上の敗北であった。
「…………なるほど。『遷移計劃』がどの位遅れるか、正確な事はわからない、と」
「その通りよ。特に燃料がね。何せ私の運しだいだから。今回のダメージも計り知れないし」
「それについては我が国としても支援したいのだがな。丁度本国の方でも色々とあるから今すぐ、というのは難しいのが現状だ。正直本国ではあなただけでも先に運ぶ、という意見もあるが」
「それは丁重にお断りさせていただくわ。私が居なくなったら民たちはあっという間に死んでしまうから。それにこれは私が始めたことだから、最後まで逃げずに役目を全うする。これが私の責任よ」
「……承知した。あなたの意見を帰ったら本国に伝えることを約束しよう」
「ありがとう。ところで
「彼女に関してはやはり一度本国に連れて帰って本格的な治療を施す必要がある。ここの設備について不満を言うわけではないがどうしても劣るので、ね。できれば細菌感染など余計な事が起こらない内に、今日明日には連れて帰りたい」
その後の話し合いでマズダも連れて帰ることが決定(理由はやはり「機密」であったが)。代わりの人員を送ることも同意することとなった。
そうしているうちに約1時間が経過し、艦橋内はややリラックスした雰囲気となった。話すべき議題が一先ず終わりを告げたからである。
「そういえば
「意外と驚かないのだな」
「むしろ興味津々よ。例えばジェルギオスさん。あなたの目とか肌に興味があるわ」
「目、とは?」
「そりゃあもちろん、この中で一番異質だからよ。だって──」
失礼、と断りを入れた
「やっぱり。そこのセメニ―も中々だけど、ジェルギオスさんは別格ね。この中唯一の『複眼』だもの。それにこの虹色に輝く肌。鱗粉ね、これ。だからあなたの種族的ルーツは昆虫だと思うのだけど。どう?」
「ご名答。正確には昆虫ではなく
「? どうして怖がる必要があるのよ」
その答えに微笑むジェルギオス。彼女の瞳は見かけ上こそヒトと同じであるが……瞳は一切動かない。目そのものが無数のレンズの集合体なのだ。
「ひょっとしてその豊かな胸って」
「これは胸ではない。そちらにもわかるような例えは……そうだ、ラクダの
「へぇ! ……そのスカート? の中身はどうなっているの?」
「覗いても構わんが、何もないぞ?」
「そんなこと言われたら余計気になるじゃない」
こうして女性のスカート(のようなもの)の中に頭を突っ込むという大変訳の分からない光景が出現する。
結論から言うと本当に何もなかった。ジェルギオスの女性器は全く別の所にあるのだ。更にその後の会話にて彼女が常に全裸であることも発覚。文化の差、肉体構造の差をまざまざと見せつけられる格好となった。
「あ、
「どした、アルカマ? ありゃあ、
艦橋の窓付近ではしゃぐアルカマの視線の先には、水平線上に沈みつつある太陽と雲内の水晶が太陽の光を反射して作られた虚像が光芒となって天高く堂々と
それは、大自然の芸術とも呼べる存在である。
艦橋内の者達がその光景に魅入っていると、
「…………‼ いや、いやいや嫌です! 来ないで、こっちに来ないで浮上してこないでぇ‼」
突然ティマが叫び出す!
その目は尋常ではないほどの恐怖に彩られ、全身から発汗の症状が見られていた。いつもの「発作」とはまるで違うことは一目瞭然。
「一体どうしたの、ティマ⁉」
「ふぇいほん、さま。わかるんですかんじるんですいや、いやですいやですいやですいや、はやく、はやくあのよこしまなひかりから、いそいでにげて! あれはのろしのろしのろし狼煙なんです、じゃあくなんですよこしまなんですたい陽は! だからおねがいですからみなさまみなさまをつれて早く速く疾く……」
「一体、何を言ってるのよ。突然どうしちゃったのよ、ティマ……」
慌てて駆け寄る
だが、その具体的な内容が全くわからない。それは他の者も同じようで皆困惑している。そんな中、勇気をもってアルカマがおずおずと話しかける。
「えっと、てぃまどくねすさん、でしたよね。狼煙って、ひょっとしてあれの事ですか? あれは
パリッ。
いじ…………ごボッ、ゲ、ホッ、ょうヴ…………あ"れ”。。どうじで、むね”に、穴が、ごんな、血、が」
不思議そうに口から血反吐を吐き出しながら自分の胸を見つめるアルカマ。そこにはこぶし大の大穴が開いていた。そこは、心臓の位置。
眼球が不思議そうにゆっくりと見開かれ、ぐるんと眼球が一回転。ふらり、と体が力なく揺れて。
パリッ。
今度は頭部の左側が吹き飛んだ。
中身がぶちまけられる中。力なくアルカマは沈む。どさり、という音がやけに響いた。
「…………え?」
皆、事態が飲み込めずポカンと呆ける中。
まず動いたのはガイアンであった。先程までアルカマが立っていた場所を確認して気づく。
「これは、弾痕? まずいみんなそげ──」
最後まで言えなかった。彼の口は言葉を紡ぐ途中で、止まる。弾痕の先に見つけてしまったのだ。その
「んだありゃぁ。海面に人が立っている、だと……?」
その人を皆が確認するよりも早く、声が聞こえた。何故か信じられないぐらいにはっきりと、明瞭に、聞えたのだ。
【
時計の音が鳴る。現在時刻は、17:11:45。
それは日の入り。
つまり、
波の音が、消えた。
母なる海が所々盛り上がり、その本性を現す。それは恐怖。
海を切り裂き、割り、突き破り、取り囲むように現れる異形たち。
それは生物という範疇を遥かに超えし、汚染されし邪なる神たち。
名乗りは要らぬ。
視ればわかる。
わからせられる。
その
【さて、
丁度
その武器の名前は45口径46センチ3連装砲という名前。そして額には欠けて汚れてしまった菊の御紋がついていて。
つまり
長女なのだ。
──戦艦「大和」なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます