断章:2298年10月21日
激闘
断章 ―鈴鹿峠撤退戦―「特異座標」
戦闘とは過誤の連続であり、過誤をもっとも最小限にとどめた者が勝つ
──名なき者の戦訓
[1]
鈴鹿峠。古来より続く難所でありながら、鈴鹿山脈のなかで最も低い位置にある峠であり畿内から東国への重要なルートである。それ故か盗賊の横行する場所としても名高く、その存在は度々史書に表れる。
さて、歴史あるその地は、今や血と機械油の大河が静かに、ドロリと粘性を帯びながら流れている。周囲には大量のヒトと械人の残骸で埋め尽くされていた。
辺り一面はその芳醇な、太古より忌嫌われるその匂いが、
果たしてこの地で何があったのか?
戦いがあったのだ。ねじくれた
一体どの位の命がこの場で失われたのであろう。数えることはもはや叶わぬが、恐らくその数、万は余裕で超えるだろう。
この地に伝わる鬼神
彼らの存在はやがて伝説となった。
今宵の戦闘も新たな伝説となるのだろう。
全ての知的生物の歴史的な転換座標として。
もっとも、此度は戦闘というよりむしろ、虐殺と形容するのが相応しい。
時は宵五つ時。
ここ鈴鹿峠にて、動く影は2つのみ。
影は幾度も激しく交差していた。
[2]
強烈な一撃を喰らい"俺"の体は一瞬、
自分の姿を確認してみたが、ひでぇモンだこりゃ。軍から支給された黒と灰色の対僻地戦闘用トレンチコートはその原型をとどめないほどズタズタ、ボロボロになっている。
それだけならまだしも黒一色に輝く自慢の義体はあちこちが損傷、無数のヒビが入ってしまっていた。多分だが、顔面の生体組織も半分以上剝がれてせっかくの二枚目も台無しだろうな。っと、こんなこと言ってる場合じゃねぇ。
次なる攻撃に備え急いで辺りを見渡すが……ちきしょう。また奴の姿が消えた。頭部に搭載されている
網膜内プロテーゼにHUD(ヘッドアップディスプレイ、の略称。人間の視野に直接情報を映し出す手段で、利用者の通常の視界と重なって表示される。)として視界内左下に簡易表示されるレーダースキャン画面には一面がぼんやりと真っ白に染まり、ランダムに波打っている。
なんだこりゃぁ。
一方で視界内のHUD右下には簡易式人体模型図が表示されているのだが、あちこちの箇所が真っ赤に染まっている。はっきりいって読んでいる暇などないのだが、ご丁寧にも俺の損傷具合を無機質なシステム音声ががなり立てる。
〉警告。
損傷部位/頭部一部損壊。
左部カメラアイ圧壊率50%。
頸椎内各種カーボン・合金神経多数破損。
右上腕部一部損傷。
左腕ナノブレイド格納部損傷、使用不可。【NEW!】
両足下腿部カーボンナノチューブに断裂あり。
多数の合金臓器にオイル漏れあり。
あ? 何が【NEW!】だよコラ。わざわざ気に触る表示しやがって。本国に戻ったらこのプログラムした「人格」を探してハックしてやる!
長くなっちまったが、まあ、要するに俺はこう言いたかったのさ。
今、俗に言う大ピンチの状態だ! ってな。
[3]
西暦2298年。
極東の島国で何十年も続く
どうしてこの2つの人種が内戦をしているのかって? そりゃあ簡単な話さ。この素晴らしい、誰もが公平に、平等な祝福を受けることができる機械化を拒んだからさ!
偉大なる我が
そして寛大にも「黒船・白船」を神国日本に派遣し
それを……よりにもよって超人共は我々の救いの手を跳ね除け、祝福を受けた同志たちを排除しようとしたのだ! 既得権益に群がる超人共がな。ヤツらは今まで自分たちの超能力を笠に着て無力な一般人をこき使っていたからそれを簡単にひっくり返せる機械化を拒むのも当然かもしれないが。
偉大なる総統閣下はこれに激怒し神国日本に宣戦布告。我らの大義に賛同する者達を集め、祝福と「
こうして内戦が始まり、順調に勝利を重ね、この聖なる戦いは我々の勝利に終わる……と思われていた。
奴が現れるまでは。
[4]
レーダーが事実上使いモノにならないことが分かったので、俺自身の
「……ッ!」
俺は咄嗟に腕をクロスさせ攻撃を防ごうとする。
その刹那にペキィッ!! と両手より鳴る異音。
〉警告。
損傷部位/両手第二指、三指損傷。【NEW!】
クソッ! 奴の狙いは指だったのか! これは不味い状態だ。これでは銃はおろか満足に武器を握ることもできやしねぇ。一旦戦場から少しでも離れて自己再生する時間を稼がねば……!
と、急いでバックステップで後退し、奴の姿を確認しようと……今度はハッキリと見えた! いや……見えていたのだが。
その姿がゆっくりと消えていく。右半身から左半身へと。何だ、ありゃぁ⁉ 俺の量子頭脳に旧時代に生息していたという「カメレオン」なる生物の姿が思い浮かんだ。
よりにもよって光学迷彩かよ! それが奴の能力なのか?
ともかく、より一層警戒をしなくては。そこで俺は気づく。辺り一帯を細長く、薄い紙片のようなものが舞っていることに。
試しに1つ取ってみる。薄くて黒いな。見た目通り重量が非常に軽いので俺の鋼鉄製の手のひらからユラユラと離れていく。まて。今レーダーがこの紙片に反応したぞ⁉
スキャン画面にはぼんやりと真っ白な小さな点となって表示された。
それを確認した瞬間、脳裏に閃く。
これはチャフ(電波を反射する物体を空中に撒布することでレーダーによる探知を妨害するもの)だ! 信じられん。生物がチャフを使うのか⁉
ということは、まずい! もう奴はすぐそばまで迫っているかもしれん! すぐさま大きくジャンプしてこの場を離脱しようとして──
次の瞬間、俺の185cmのご自慢だった
そして俺の義体はあらぬ方向へ向けて引き寄せられていく。まるで重機に引っ張られていくような感じで。
俺はまだ比較的正常に機能している右側の
あまりに場違いなように見えたので一瞬、量子頭脳が
それは紐であった。
どこからともなく現れた一本の紐が俺の左足に巻き付いていたのだ! 紐はうすいピンク色で、太さはせいぜい5ミリほどだろう。不気味にも少し脈打ってる様にも見える。これも奴の能力? ひょっとしてカメレオンの舌かこれは?
と、前方20メートルほどの場所に奴の姿がフッ、と現れる。俺は奴の姿、正確にはその手元を見て愕然とする! 紐は奴の指から生えていた! そんな馬鹿な。一体どんな能力だこれは⁉ 慌てて量子頭脳内に存在する、神国日本内によるスパイによって作成されたアーカイヴを検索してみるも該当するものは残念ながらなかった。
クソッ! このままやられっぱなしのままでいてたまるか! 俺はまだ生き残っている右腕に格納されているナノブレイドを展開。投擲する為にブレイド最下部に液体炸薬を注入しつつ奴の方へ腕を向ける。その時になってようやくその姿を正確に見ることができた、が。
何だ、この見た目は……。ないはずの悪寒が俺を襲う。
その姿はとても人間、というより
まず、目を引くのはその皮膚だ。一般的な人間のような薄膜のような皮膚ではなく、全身が光沢のある分厚い鋼鉄製の鱗で覆われている。その鱗にはあちこちに隙間があるようで、そこから大量の蒸気が噴出している。中に
だが最も奇妙なのはその目だ。眼光が4つ見える。丁度目の下、上頬にもう2つ目が生えている格好だ。そちらの目はなにやらメッシュのようなもので覆われている。
いや、その見た目にビビッている場合じゃねぇ! 奴のほぼ正面まで来た時、刺し違えるような気持ちで俺はナノブレイドを発射しようと!?
出来なかった。
足の紐がいきなり解けたのだ。そのせいで態勢が大きく崩れ、照準が一気にブレてしまう。
更に悪いことに直後まで強力な力で引っ張られていたので、慣性の法則で俺の義体は暫く奴の方向へ吸い寄せられるように進んでいく。磁石のように。
それを見て奴が拳を振りかぶる。
俺の顔面に素早く、重い一撃を叩き込まれ、何十メートルも俺は吹き飛ばされた。
〉警告。
頭部右側に甚大なダメージを確認。【NEW!】
直ちに戦場より撤退、修理を推奨。
俺は吹き飛ばされながら今度こそ
そして俺はまるで走馬灯のようにここ数日間に起きた出来事を回想し始めた……。
[5]
作戦名「
やることは簡単だ。こちら側へ進撃してきた敵をなるべく一か所に集めて、そのど真ん中にじわれをドカン! と出現させる。で、敵を全て奈落送りにする。物理的にな。極めてシンプルな作戦だろう?
このじわれを起こすのに使われたのは旧時代にこの列島を支配していた「日本国」なる奴らが作った「全自動式生体金属を用いた地形改造技術による半永久的持続可能な要塞構築システム」、通称「
これが行われたのが
この作戦によって壊滅した神国軍の追撃が今回の俺の任務だった。
わざわざ
やることが惨敗兵の追撃、しかもその大半が超人ではなくただの「人間」なのだからな。
いくら俺の指揮下に入る兵士どもが未開のおんぼろ械人でもその程度なら充分にこなせるだろう。
実際、その日の内に追撃を開始した時は楽勝だった。単純に最も脅威となる超人達はそのほとんどがとっくにじわれの中に入って戦死していたという事もあるし、神国内にいるスパイから脅威となり得そうな連中のデータは全て事前にインストールされアーカイヴ化されていた。
なので仮に連中が生きていたとしても即座に対処することができる自信があった。何より俺達は超人どもが使う能力よりも上位互換となる兵器をいくらでも、しかも即座に「白船」の力で作成することができる。
だが何より重要なのは、連中が所詮は脆弱なタンパク質の塊に過ぎないということだ。
肉の塊が脆弱なことは兵器の進歩が証明している。多少超能力というおまけがついたってそれは変わらない。
どうあがこうが肉は鉄に勝てないのさ。
当たり前のことだろう?
本当はそのまま惨敗兵どもを全滅させる予定だったんだが、妙にしぶとい奴が1人いてそいつのせいで大分逃がしちまった。
そんでもって更に分の悪いことに「
残念なことにここは
下手すりゃ俺も感染しておしまいだ。多分愉快な極彩色の鉄肉団子のような姿になっちまうだろう。
そんな目に会うのは御免だ。というわけで仕方なく2日ほど作戦を中断した。
まあそれは連中も同じことで
俺達は、もちろん死体が活性化しないように丁寧に「処理」しつつ前へと進んだ。
いい感じだ。この調子で進軍すれば直ぐに追いつけるだろう。「混沌の颱風」の影響で生き残っている敵も大分弱っているだろうしな。
これなら楽に殲滅出来そうだ……。
そう思っていたんだ。つい数分ほど前までは。
[6]
再び追撃を再開してから3時間ほどたった頃、斥候が敵の隊列の最後尾を高畑山付近で発見したという報告があったので、俺は即座に全隊に攻撃準備を下令した。
が、その直後にその斥候の消息が断たれた。
「何? まだ強力な超人の生き残りがいたのか?」
そう考える間もなく、搭載されているVUSが凄まじい速度で接近してくる1つの物体を捉えた。そしてその物体は僅か4秒ほどで本隊に到着した!
この時、斥候と本隊はおおよそ3キロほど離れていたので逆算するとこの物体は信じがたいことだが音速に近い、もしくはそれ以上の速度で移動することができるということになる!
何が起きたのか把握しようとしたその直後、辺りを振動させるほどの唸り声が信じられないほどの大音量で峠に響く。
グルルル──ゥゥゥ──ァァアアア──!!!
その膨大な音圧は付近の直径1メートル近くはある大樹をなぎ倒し、地面には大量の亀裂が入り、俺の身体を激しく揺さぶり、複数のカーボン・合金神経を断線させ、いくつかのQCPU(量子式中央演算装置)を破壊した。
なんてやつだ。これではまるで音波兵器じゃねぇか!
だが残念なことに、これは単なる一動作に過ぎなかった。
それは「宣言」であった。
一度殺されたことに対する報復の。
次の瞬間、そいつと、
俺の目が合った、
気がした。
「……ッ!」
瞬間、物凄い速度で隊の最後尾にいる俺に向かって突っ込んで来る!
極めて当たり前のことである。
ある程度の質量を持つ物体が。
相当な速度で動く。
文字にしてわずか23文字のこの事実はたった今、想像を絶する威力で破壊を引き起こした!
奴は地面とほぼ水平に移動し俺の前にいる、急いで攻撃の準備をしている兵士の真っ只中に飛び込み、縦横無尽に暴れ回る。
あまりの速さに網膜内プロテーゼにインストールされている、ターゲティング・システム「ラーベ」はその姿を正確に捉えられない。まるで映画のアクションシーンを何倍速にも早送りして見ている気分だ。
奴の手が兵士に当たる度に四肢は
それを見た他の兵士は恐慌状態に駆られ、とにかく手持ちの銃器を次々とぶっ放す。味方への誤射など全く考慮しない
当然当たるはずもなく、それどころか奴が銃撃をしている兵士に向かって手を向ける。すると兵士達は次々と顔から体内循環型オイルを吹き出しバタバタと倒れていく。奴が手から何かを発射したようにも見える。が、その正体が全く分からない。超小型のミサイルでも飛ばしているとでもいうのか⁉
こうしてまず、俺の前方に展開するおよそ三千の兵士達は全滅した。
この間僅か1分。
次の奴の目標は──俺だ!
慌てて迎撃準備を──奴がミサイルのような速さで迫る──くそっ、素早すぎて攻撃出来ない!
ならば全身に装備されている小型スラスターの出力を最大にして回避を試みるも──時はすでに遅し。
奴とすれ違う。
バキィッツ! と響く異音。
その一撃で俺の頸椎が半分ほど削られた。有り体に言えば首がもげかかっている状態だ。
次の瞬間、HUDには大量のエラー表示が流れ出る。
〉警告。
新たに複数の損傷部位を確認。
右半身の疑似感覚センサー全喪失。代替センサーの通信経路を構築中。
左半身の疑似感覚センサー喪失率87%。代替センサーの通信経路構築中。
ジャイロセンサーに異常発生。復旧作業開始。
合金表皮に多数の亀裂発生。修復作業開始。現在の復旧率3%。
俺の義体にも生身の人間でいうところの五感はあり、それらは全て各所にあるセンサーで感知する。それらのデータはカーボン・合金神経を経由して量子頭脳へと送り届けられるのだが、その際は人型の構造上必ず頸椎を経由しなければならない。
だから今の攻撃で俺は一時的とはいえ五感の大部分を失った。精々左側の聴覚が残っているかどうかだ。こんな状態では自分の状態をほとんど把握できない──。なんて欠陥品なんだこの義体は。
だから今は奴が圧倒的有利であるにも関わらず何故かそのまま通り過ぎて……。
「お前は最後だ」
ッ⁉ すれ違い様に奴が語りかけてきた。
その言葉の意味を即座に理解する。コイツ、この俺を後回しにするだと? なめやがって!
だが残念なことに俺は今、何も出来ない。ただ疑似感覚センサーの自己再生を待つしかないのだ。その際に優先順位はこちらで指定可能ということが、唯一幸いな点だ。
直ちに視覚と聴覚を最優先に修復するよう自己再生プログラムに指示を出す。その数秒後、ある程度聴覚が回復し始めどうにか周囲の状況を把握できるようになった。
聞こえてきたのは……「何か」を破壊する音、兵士の悲鳴、断末魔、……それらが急に途切れる。
辺りは一時の静寂に包まれた。
俺は悟る。もうこの場で生き残っているのは俺だけなのだと。
そして──場面は冒頭へと戻るというわけだ。
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