覚醒、遁走。

「ハッ!」


 俺は一瞬の走馬灯より現実へと帰還する。

 走馬灯とは、一説によると死ぬか生きるかの瀬戸際で過去の映像を見ることで状況を打開するためのヒントを探すためと言われている。

 だが、残念なことにそんなものは見つからなかった。


 というかそれ以前にもう動けない。

 自己診断プログラムを起動するまでもなく、先ほどの一撃で義体全ての機能が動作不良、もしくは停止していた。

 自己再生機能もあまりの損害の多さに修復の優先順位をつけられず処理落ちしてしまった。欠陥品だなこりゃ。国に帰ったらほうこくしないといけねえぜ。


 ……あ? うまく思考できない。量し頭脳の中はスパ、あく、だらけだ。

 ち、きしょ。だめ、こりゃ。こなんじょういたでは、もう、たかすいらな。


 ザッ、ザッという足音と、そして時折聞こえるフシュー、フシュュゥー、という吐息がゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 ぎりぎり きのうしてる人こうがん球を開けるとやつが ちかづいてきたのお かくにんした。あるく たにび うろこの 表めんがはがれて あたりを舞いはじため。 そうかぁ。 の正たいは、やつの  だっのたかぁ。


 倒れ伏し、混濁する意識の俺を見下ろし、奴は一言。



 なんだって? こいつ、今何ていいやがった?

 ていししつつある りょうしずのうで、がんばって、やつのことばの いみをそしゃくし、ぎんみ する ま もなく、や つはうでおふ り あげてそのまま れおのがんめん にとどめのいちげきをいれうよとして──


《ダメッ!》


 突如として量子頭脳内に少し声高い少女の声が響き渡る。

 その瞬間、混濁しつつあった俺の意識が一気に覚醒する! それと同時に動けないはずの右手が勝手に素早く動き、先ほど展開したままのナノブレイドが奴の喉に目掛けて発射された!


「「!?」」


 そのまま勢いよく奴の喉元に命中!

 更に後頭部まで一気に貫通! 

 そして爆散!


 果物を一気に床に向けてぶちまけたような音と共に奴の頭部は顎より上が完全に吹き飛んだ! 

 付近に頭蓋の破片や脳漿が飛び散る中、主を失った身体は2,3歩後退る。

 何だ? 一体、今何が起きた? そもそもナノブレイドに爆破機能なんてないはず。いや、そもそもなぜ勝手に体が? そんなことよりもさっきの声は一体なんだ? まさか幻聴? だとしたら笑えねぇな。俺は機械だっていうのに。

 さっきとは別の意味で量子頭脳がスパークを起こしそうだ。そんな状態で呆然としていると、


《さっきは危なかったね、ご主人様!》


 と、再び声が聞こえた。俺は再び義体が自由に動くことを確認し、ゆっくりと立ち上がりながら考える。

 これで幻聴という線は消えたな。……じゃあこの声は、そもそも喋っているコイツは何なんだ? 混乱する俺に向かって声が更に話しかけてくる。


《全く、何億年ぶりに、ようやく目覚めたと思ってたら新しいご主人様早速大ピンチなんですもん。ワタシ、メッチャ焦ったんですからね! 大急ぎで義体を再構築出来たら良かったものの、次からはちゃんと気を付けてくださいね、ご主人様!》


「あ? な、何だって? 誰がご主人様だって? というかお前だれ」


《あれ、ご主人様、ワタシの名前ご存知ない? てっきり知っててワタシを組み込んだのかとばかり。まあ、よくわかりませんが取り敢えずワタシは──ってああああっ!》


「うおっ⁉ 何だ急に?」

 

 何故かは分からないが俺には少女? がどこを注視しているかわかった。そこで俺も彼女が注視している方向──奴の亡骸へと目を動かし俺は再び驚愕した!

 その前に訂正を1つ。亡骸ではなかった。

 信じがたい事に奴は

 頭を吹き飛ばされたのに!


 先ほど吹き飛ばされた頭部はその断面がよく見えていた。だが今やその部分はぐつぐつと煮えたぎっている、と思う間もなく断面の中心に小さな頭があっというに形成された。

 更に休憩を入れる時間も惜しい、とでも言うようなスピードで出来上がったばかりの頭部がぐぐぐ、と膨張していく。それは空気入れで風船を一気に膨らましていく様子に似ていた。

 この現象に頭の中の少女も驚愕しているようで、


《な、なんなのよアイツ! 再生沼龍ヒュドラじゃあるまいし! 一体どんな体構造をしてるっていうの!? 早速スキャンして──》


 とわめいている。

 しかしなんというやつだ。頭を粉々にしても死なないとは! この現象も能力によるものなのか? だとしたら恐ろしく厄介な相手だ。


《スキャンの結果が出たわ》


「お。随分と早いな。それで? どんな結果が出たんだ?」


《残念だけど今すぐに撤退しましょう、ご主人様。あれは規格外の化け物よ。仮にワタシとご主人様のよ》


「何だと。そんなにヤバいのか奴の能力は⁉ いや、今覚醒と言ったか? それは一体何のこと」


《緊急テレポート起動準備開始。義体全エネルギーを体内コアに集約。現在位置座標及びテレポート先の座標指定開始。というわけで急いでここから逃げるよご主様!》


「ちょっ、待て待て! 何勝手に話を進めているんだ⁉ それにテレポートだと? そんな機能俺にはないはずだ。テレポートするには「白船」を介さないと」


 そこまでつっこんだ瞬間、ブツン! と音がして全身の殆どの機能が停止、生身で言うところの脱力した状態になる。

 俺は悟った。

 理由はよく分からないがこの義体は単独でテレポートすることができる機能がついているのだと。その証拠に俺の周りに白い粉雪のような粒が舞い始める。これはテレポートが起こる前兆として知られている現象だ。丁度本国からこちらへ来るときにも同じ現象を見た。


 悔しいが見納めにもう一度じっくりと観察するか、と思い改めて奴を見ると再生時には鎧兜は再生しないのか、あるいはこの後再生するのかはわからんがそのご尊顔が見えた。

 なにか、何処かで見たことのある顔だな。

 まて、そうだ! 思い出したぞ!


「ああ、そうか。お前だったのか。18日3日前の時には随分とてこずらせてくれたな! 確か名前は……ヒロシといったなぁ?」


 先の走馬灯のおかげで完全に思い出した。先の戦闘で最後までなかなか倒れずに戦っていた奴だ。仲間がその名を連呼していたから、よく覚えている。


《緊急テレポート最終準備完了まで残り10、9、8……》


 再生直後で調子が出ないのは知らんが、奴、いやヒロシは幸いにもこちらを攻撃しようとせずにこちらをにらみつけていた。その何処までも底が見えない昏きで。


「あの時確かに殺したはずだが、覚えていろよ。ヒロシィ! この屈辱、絶対に忘れねぇからな! 次こそ必ず、殺す!」


帝国神秘部ていこくしんぴぶ特別任務隊とくべつにんむ所属、オペレーター「アダン」。第0セクター、主要ノード「ベルン」へと緊急テレポート開始!》


 その言葉を最後に、アダンの姿はフッという音と共に掻き消えた。

 後にはヒロシただ一人が残された。

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