ニオイ、合格!
デカい。
あえてもう一度言おう。
ものすごくデカい。
声の話でもないし女性特有の部位のこと……もあるけど、そうじゃなくて。身長の話だ。
最低でも2mはある。というか絶対それ以上だ。そう。とんでもなく、あらゆるサイズがデカい女性──呂玲と呼ばれていたか──が音も気配もなく立っていてこちらを好奇心溢れる鳶色の目で僕を見下ろしていたのだ。
特徴的なのはその身長だけではなかった。頭からは兄さんのように立派な2本の角が雄牛のツノのように顔の横から堂々と生えている。それはいいとして。腰のあたりを見ると尻尾まで生えてあった。角と同じく灰色の鱗に覆われていてとても堅そうだ。というか尻尾生えている人初めて見た。
そう驚いていると呂玲はこちらへ滑るように、音もなく一歩近づき一瞬のうちに胴体を捕まえられ持ち上げられる。
「えっ? え?」
これから一体何されるんです⁉ と、1人虚しくテンパってるとボフッと頭上でほんわかとした音が聞こえた。
チラっと上を見ると呂玲は僕の髪に顔を埋めていた。その状態で息を大きく吸い込んでいるようだ。スゥ~~~という音が聞こえる。
…………何だこれは? ついさっきも同じ感想を言った気がする。
要するに呂玲は僕のニオイを嗅いでるということなのだろう。いや待て。これが検査? 頭の、思考の?
混乱する僕をよそにこの状態でたっぷり10秒ほど経過しただろうか。バッと呂玲が顔を上げるとこちらを更に彼女と同じ目線の高さまで持ち上げられた。僕の顔をまじまじと見ながら執務室全体に響く声でこう報告した。
「面白いなオマエ! このニオイは…………
呂玲はそう言って僕をゆっくりと、丁寧に床へ降ろした。なんだかよくわからないが合格? したようだ。
曲直瀬達は一連の行動をやや同情した目で──睡蓮だけはキラキラともう一度やって! と期待する目で──見ていた。それを見て彼らもこの「検査」をされたことがあるのだろうと僕は推測する。
報告を聞いた翡紅は満足そうな表情を浮かべ勢い良く椅子より降り立ち、両手を大きく広げこう宣言した。
「呂玲がそう断言するなら問題なしね。ようこそ翠玉へ! ヒロシ、あんたの訪問を歓迎するわ!」
それを聞いて内心ホッとする。この国へ来た目的がいきなり頓挫せずに済んだからだ。
「さて、まずはアンタのために私の家臣団を紹介した方がいいわね。そうした方が今後コミュニケーションを取りやすくなるだろうし」
その言葉と共に無形と呂玲が翡紅の方へ向かい彼女を中心として左右に並ぶ。更に部屋の左右より2人ほど出てきて同じように並んだ。いつの間に、と思ったが何のことはない。モニター画面の不健康な光が意外にもまぶしくて気づかなかっただけのことだ。
その時、モニターのうち1つが赤く点滅しだしたのに気付く。何かの知らせだろうか。僕の心配をよそに翡紅が家臣団の紹介をし始めた。
「最初は
無形はその言葉に嬉しそうな表情を浮かべながらぺこりと頭を下げる。というか両手がないのか。通りで物を触る時や機械を操作するときはあの“小手”を使っていた訳だ。袖が異様に長い服を着ているのもそれを隠すためだろう。と見当をつける。
「次は呂玲とマズダね!」
僕から見て左側に立っている二人だ。
「彼らは隣国の──だいぶ離れているけどね──中央大藩国より3年前に派遣された駐在員よ。ちなみに呂玲が武官、マズダが文官ね。労働者はともかく腕が立ったり頭が良かったりする人はこの国に少ないから国政に協力してもらってるの。ちなみに呂玲は人の善し悪しをニオイで判別できる特技があるの。さっきの検査はそれを利用したものね」
一体どんな特技なんだそれは。それはともかく中央大藩国? 確か現在の地球で最も広い版図を持っている国だったはず。それ以上の事は残念ながらよく知らない。
ひょっとして巨人の国だったりして。呂玲の印象が強いのでついそう思ってしまう。
「よろしくな!」
ニカッとしたいい笑顔で呂玲が叫ぶ。いや、叫んでなどいないはずなのだがその巨体? のせいか声がデカいのでついそう思ってしまう。
その一方でマズダは穏やかな微笑を浮かべこちらへ向けて一礼する。
「初めまして、ヒロシ様。先の紹介にありました通り中央大藩国より両国の友好の証として派遣されました『王の指』、アヴラル・マズダと申します。現在は経済顧問の職についております。今後お見知りおきください」
マズダは浅黒い肌で
「あ、そうそう。彼ら二人は夫婦の関係だから」
翡紅は思い出したかのようにそう付け加える。って夫婦⁉ まじかよ。何というか、少し予想外の二人の関係性に驚いていると、呂玲は腰に手を当て自慢するようにこう宣言する。
「自慢の夫だぜ!」
呂玲、渾身のドヤ顔である。むふー、という得意げな鼻息が聞こえるようだ。その様子にマズダも照れたようで顔の微笑がはにかみ笑いへと変化し、
「今年で7年目になります」
と言った。
「最後にティマドクネスね!」
翡紅がそう言うと無形の隣、僕から見て右端から真っ黒なドレスを着た女性が一歩前へ出て来た。
クリーム色の髪にアメジストの様なキレイな紫の瞳をしている。だが何よりも目を引くのは顔の右半分をびっしりと覆う紋様だ。その色は瞳と同じく紫色で肌の色素が薄いのでよく目立っている。流線と丸を組み合わせたような、不思議な形だ。タトゥーとかいう奴だろうか?
彼女の登場に力道は首を傾げ、睡蓮は誰だろう? とでも言いたげな表情をする。ひょっとしなくても初対面だろうか。そんな中で曲直瀬だけは違う思いがあるようで「陛下、その人は一体…………?」と、問いかけた。
その顔には疑念の思いがありありと浮かんでおり、まるでいるはずの無い物を見ているかのような目つきだ。でも、どうして曲直瀬はそんな表情をしているんだ? 特に怪しいことはないと思うのだが。
「? ああ、なるほどね! そっか。あなた達にとっては初めて見る種族だものね。とは言え多少なりとも彼らのことは伝わっていると思うのだけど」
と凄く妙な紹介を翡紅がする。初めて見る種族って何だ? こちらの戸惑いをよそに彼女は続けて解説をする。
そのような前置きを経て翡紅の口から紡ぎだされた言葉はこちらの想像を遥かに超えていた。
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