その時、歴史が動く。 起

 安らかに眠って下さい

 過ちは

 繰返しませぬから

 ──広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)より


 




 静寂、無音。

 ただただ降り積もる、白い塵。

 しかれども、積もればやがて山となる。


 ここは始まりの場所、即ち最果ての場所にとても、とても近い。

 少なくとも2298年の段階で、人類のか弱き知恵が仄かに当たる場所の中では。最も、近い。


 知恵の光を当てている彼らは自らを「械人かいじん」と称している。肉体の枷から彼らは解き放たれているので、厳密には人類ホモサピエンスとは言えないのだが。




 ここはかつてロシア連邦と呼ばれていた国の、地方都市。

 コラ半島の下、ムルマンスク州南西部の白海に面する湾の奥地に座する都市の名は、カンダラクシャ。


 面積は1.44平方キロメートル。ムルマンスク市から南に277キロ離れた場所のこの都市は、11世紀ごろから人が住み始めたとされる。

 主要産業は木材加工や機械製造が中心で、アルミニウム精錬工場や魚の加工工場などがある。

 1918年にレニングラードとムルマンスクを結ぶ鉄道、キーロフ鉄道がが町を通るようになると、その地政学的な意味合いにより重要な土地となり、2回ほど注目を浴びる事になる。


 最初は第2次世界大戦で、1941年のドイツ・イタリア・フィンランド・バルト三国亡命政府軍による「北極狐作戦モーンドフィンスターネス」の時だ。この作戦は連合国アメリカ合衆国による対ソ連用援助物資レンドリースを阻止するべく発動されたものだ。

 キーロフ鉄道が通るムルマンスク~レニングラード(現サンクトペテルブルク)の中間地点に存在するこのカンダラクシャ周辺を占領することで補給ルートの遮断を図ったのである。

 そして同年の11月に占領に成功するも翌年の6月28日より始まる史上最大の市街地戦(当時)スターリングラードの戦いのため多くの兵力をそちらへと割いた結果、そのスキを突かれ10月14日にソ連によって奪還された。


 次に注目を浴びたのが2025年。温暖化により北極海航路への参入が容易になった結果、この都市もその経済的繁栄の恩恵を受け、人口約10万人と大幅に増えた。

 翌年の26年には北極海の深淵部を調査するための前線基地も置かれることになる。


 そして2045年ごろから始まった異形生命体による人類への「大侵略インベーション」により軍事的価値が再び高まり、(ムルマンスクは謎の寒冷化により1年中分厚い氷に閉ざされ、放棄された)反抗拠点の1つとして要塞化された。


 大雑把ではあるが、この世界のカンダラクシャという都市はこの様な歴史を辿ったのである。


 そして現在、この土地は第四帝国領、第4926番前哨基地という誠に味気ない名前となっている。






「その時」より半日ほど前

10/29、7:56

 

 

 比較的平坦な地形のカンダラクシャ、その中央地よりやや北方にかつてカンダラクシュスカヤ・ツェントラリナヤ・ライオンナヤ・バリニッツァ、直訳するとカンダラクシャ中央地域病院という建物が


 今、その場所の姿は全く異なる。

 直径100メートル以上の巨大な穴があり、その上を幾重にも、計24層にも渡って重ねられた特殊装甲板と複雑な模様が描かれている円柱魔素を動力源とする半永久式結界が横倒しとなって覆いかぶさっているのだ。

 この穴は垂直方向に下へ、下へと伸びているかのよう。

 元々コラ半島には銅、コバルト、ニッケル、鉄等の鉱物資源が豊富だが、もちろん採掘用のものではない。


 周辺をぐるりと囲むように配置されている物々しいコンクリート製の建造物、そのゲートにはこう書かれている。


 「永久封印施設 ヴォーロス基地ベース」。


 さて、その穴に入るためのエレベーターが格納されていると思われる建造物には、この様なことが書いてある看板が設置されていた。




ここに、人類の過ちの証、狂気の証、まさに悪魔を具現化したような、数々の忌々しき兵器をこの地に永久に封印します。

しかしこの封印はいつの日かより発達した科学・魔法技術により破られるでしょう。

しかし私は信じます。

後世に生きる知的生物の良心を。

どうか、どうか、この封印を解かないでください。母なる星を守るために。

──アンドレイ・ドミートリエヴィチ・ハリトン




 ヴォーロスВелес、あるいはヴェーレスとは中欧、東欧に伝わるスラブ神話の神で、地球や冥界の神である。その姿は家畜を貪る蛇の姿であるとされ(諸説あり)、スラブ神話の主神たるペルーンПерунによって一騎打ちの末、打倒された。

 もっともキエフ・ルーシの歴史について記された年代記レートピシ「原初年代記」によれば家畜の神とも月の神ともされている。

 人と同じく、神もまた二面性があるということだろうか。

 また、言語学的再構築によると永遠の春の下層世界の神であるという。


 そのような事を踏まえてもう一度ヴォーロス基地ベースを見てみると、なるほど。特殊装甲板の上に覆いかぶさっている円柱は名前の由来たるヴォーロスそのもののようにも見える。

 それとも冬眠中の蛇たちに例えることもできるかもしれない。


 ヴォーロス基地に眠るは忌々しき兵器たち。2024年のホワイトバレンタイン条約にて存在を否定されたモノたち。仮に付喪神というものが存在するとしたら、冷たき戦争の最大の被害者かもしれない。


 封印されし場所も地下である。冷たい土地の……。

 一般的に天国は空に、地獄は地の底に、あるという。

 多くの宗教では地獄とは人の業が集まり、それ故堕とされ、永遠の責め苦を受ける場所。そのような場所で、はてさて兵器は何を思うのだろうか……?





 と、不便な肉の体に縛られる生物人間は考えるかもしれない。



 しかし残念ながら、この時の支配者はそんな生物人間とは対極の位置にあり──


「照射!!」


 

 突如として辺りを覆う青白い閃光。膨大な熱量を伴うそれは旧時代の良心ごと、無作法に、計24層の特殊装甲板と複雑な模様が描かれている円柱魔素を動力源とする半永久式結界を吹き飛ばす。

 否。吹き飛ぶより前に跡形もなく消え去る。それは液体、固体、気体に次ぐ4番目の位相であるプラズマと化したのだ。それも瞬時に。


 その様な超高威力な兵器、さぞかし物々しい見た目の、重量と設備──ではなく。人の頭2つ分程の大きさの、肩に載せることが出来るほどの大きさでしかなかった。


 そのまるで地獄に穴が開いた、とでも形容すべき数多の蒸気を噴出する。それをの影が音もなく侵入。

 10秒とかからず最深部へとその足を地に降ろした。

 その内、1つの影が素早く奥へと進む。


 その影は概ね人型であるが、そこにタンパク質、有機物の気配は一切ない。それぞれが思い思いの装飾で飾られる彼らは。

 械人かいじん

 地球の反対側の、紛い物の未だに肉の部分を持つ械国日本の民とは違う。

 人格記憶までも完全にデータ化した、即ち事実上の不死と化した正真正銘の怪人かいじんである。


「ああ、美しい、よ。やはり爆発、破壊こそ芸術だ、演算し生き甲斐だ」


 人間でいうところのうっとりとした、恍惚とした表情で呟く械人。そのニックネームは主天使キュリオテス

 つい先程、ヴォーロス基地ベースの封印を解いた張本人である。その両肩には一対のプラズマキャノンが装着されている。

 その義体アバターは全体的に銀と金をベースとした極めて派手な色合い、縦に並ぶ4つのカメラアイ、肘より枝のように分かれた計4本の腕。

 誠に人間的な異形であった。

 


 そんな彼らは無遠慮に基地の最奥部を探索する。時折、旧時代の忌々しき兵器を物色しながら。とは言え彼らのお眼鏡に叶うモノは少ないようで。


「おいおいおい! こんなちっぽけなモンが兵器なのかぁ? 冗談きついぜ全くよぉ」


 嘲りを隠そうともしない声色で単眼重瞳たんがんちょうどうの械人が嗤う。太古より伝えられし怪物、キュクロープスのような1つの目にはっきりと分かれた2つの瞳孔カメラアイ、というこちらも人間的な異形だ。

 義体アバターの右半身を紫、左半身を青に染めるその人物は全身をさながらミイラのような拘束衣で覆われていた。囚人の様でもある。

 そんな彼は厳重に封をされている箱の中からあるモノを取り出す。箱の名前は「Pachelbelパッヘルベル」。冷気を噴き出しながら現れたそれは内部に二重らせんの構造を持つ試験管である。らせん部分には緑色の液体が入っている。

 もちろん、使。拘束されているのだから当たり前であった。


 そんな彼、ニックネームをアスラと言う──は他のメンバーに見せつけるかのように試験管をさせた。


「お、ちゃんとラベルがついてるじゃないか、どれどれ……あン? 何て読むンだこの文字は? 全く旧時代はロクに文字の統一ができてねぇから困るぜ」

「…………それは Canon a 3 Violinis con Basso c. / Gigue、3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調という意味だ。この不勉強が」


 そう答えたのは義体アバターを黒く染め上げ、背丈と同じくらいの狙撃銃を背負う械人、デュークA13だ。


「なんだそりゃぁ? アイテムとか、カスタムパーツか何かか?」

「…………『パッヘルベルのカノン』として知られているクラシックのことだ」

「はン? クラシックって、あれか! のことだな!」

「そこの低スペックバカは置いておくとして、どうしてそんな名前なのでしょう。これ、?」

「…………」

「(ノ゜д゜)ノ 227 129 169 227 129 134 227 129 158」

「おや、エンティティがワールドペディアの記事を送ってきましたよ。気が利きますね。どれどれ……」

 

 主天使キュリオテスは網膜内プロテーゼHUD、その視界の下チャット欄に表示された記事を早速閲覧する。


「ワールドペディアによると、コードネームはZofia Tschaikowska‐19436。インフルエンザウイルスH1N1亜型にマールブルグウイルスや炭疽菌をブレンドして作られた細菌兵器。どの感染経路からでも問題ないようデザインされ、致死率は最大80パーセント。肺炎、全身感染による多臓器不全、出血性ショックなどで最短2日で死亡。潜伏期間は10日前後……実際に使用された例としてポーランドとベラルーシの国境地帯、ミャンマーなどで累計死者はその後の世界的にパンデミックを含め6億4千」

「あーあー、ンな長ったらしい情報は要らねぇよ。俺が知りてぇのはなんでこんな珍妙な名前なのかってことだけだ」

「製作者の思いやりだそうです」

「なんだそりゃ」

「曰く、この兵器に罹患した際には是非私が好きなこの曲を聴きながら亡くなって欲しい。ゆっくりと、苦しみながら。そして天国を感じて欲しい。とのこと」

「へぇー優しいじゃねぇか。天国ってのはアレだろ、ゲームオーバーしてからリスボーンするまでに待機する部屋。そんな退屈な時にオススメな曲を流してくれるとは。ホントにいいやつじゃねぇか!」


 お気づきだろうか。これは皮肉ではなく、本心である。

 単に無機物の体になったというから、という単純な理由でこのズレは説明できまい。不死になったから故、でもなさそうだ。


「まあ何にせよ、これは我々が求めているものではありません」

「ふーん。じゃぁいらねぇなこんなん」


 アスラは浮かせていた試験管を無造作に投げ捨てる。

 鋭い音共に割れる試験管!

 音もなく、見えずに。漏れ出る細菌兵器。

 すぐさま与えられた役割を、天国の実在証明のため、贄を探し求め……過労に終わる。彼らには理解できなかった。

 感染などという現象は、鉄の塊には基本起こらないという事を。



 この様などこか歪んだ会話を挟みつつ、彼らは進む……。

 そして、遂に。


「みぃつけたぁ! みぃつけたんだよ、みつけたんだよぉ!」


 子供特有の甲高い声と共に1人の械人が奥より飛び出してくる。彼女のニックネームはG・ランジュラン。下半身がなく、常に上半身のみで浮遊する義体アバターだ。バイザーのように横1列に並ぶ赤いカメラアイの形状は、どことなくハエを思わせる。


「みてみて、ねぇみてよ! こんなにでっかいの!」


 と、彼女は部分を見せびらかす。本来両足があるはずの下半身には大量のアームが取り付けられている。今、そのアームには5メートル程の爆弾が吊り下げられている。


「ご苦労様です。いくつほどありました?」

「えーとね、いろんなおっきさのが、だいたいせんこぐらい!」

「…………予想通りだな」

「ええ、これで計画通りに進むでしょう。アダン隊長、早速アナウンスしますか?」

「ああ、そうしよう。文面は……お前に任せる。主天使キュリオテス



 それから数分後。第4帝国領の全プレイヤーに以下のような告知がされた。



運営より緊急告知!

超短期の期間限定ミッションが発生!

詳細は以下の通り。

場所:第4926番前哨基地

クエスト内容:所定の座標に「物資」を運ぼう! 

報酬:エンパイアドル、義体アバター容量拡張権、表情モーション、各地ノードへの移動権利、など。運搬ランキング上位者には新義体アバター作成権利がプレゼント!

皆様、奮ってご参加ください!

※本イベントは、本日の12時までとなります。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る