買い物タイム、またの名をデート
ジーノチカが
「口の中が沁みる、弾ける!?」
「
僕はこの時初めて知ったのだ。
砂糖の甘さを。
胡椒の辛さを。
「そういえば、ティマはこの後何か用事、というか仕事ってあるんですか?」
「……いえ、私は非常時、つまり戦闘以外の時間は例外的に何の役目もないのです。なので普段はそこの書斎で旧時代の小説や漫画を読んで、過ごしています。……意外でしたか? この国No1の火力を持つ者の過ごし方としては」
「いや、それよりも何というか。暇? そうな感じがして」
僕のその答えに一瞬だけキョトンとした顔をするティマ。が直ぐに穏やかな笑顔に変わる。
「……そう、その通りです。基本的にいつも私は暇で、寂しいのです。
そう答えるティマの目尻に、ほんの少しだけ光るものが見えた。
*→
10/27、13:06
あの後「これから一緒に暮らしていくんです、日常雑貨、買いに行きましょう!」と言うので僕達は
その細腕を見るとこれの持ち主がこの国No1の火力、要は最強ということなのだろうが……とてもそうには見えない。
でも、あの「魔法」の威力(ちゃんと思い出せる)を見たからには素直に頷くしかない。そう思った。
更にそれらを浮き橋、もやい綱、鎖、空中回廊によって円状に連結。内側2つのエリアをぐるりと囲う。
船ごとの配置や店の並び順はバラバラ、無秩序、正に混沌としており少しでも気を抜いたら迷子になりそうだ。一度迷ったら抜け出せない。そんな恐怖が足元から沸き立つ。
なのでついついティマのすべすべとしたてをギュッ、とつよくにぎってしまう。
ほそゆびがぼくのてによりしっかりとからみつく。大丈夫だよ、安心して? とてがかたる。
このエリアで気をつけること、それは買い物の順番――とティマは言う。もし買いたい物が小型船舶内の店にあれば問題なし、で中型貨物船内にある場合が問題あり、なのだという。
というのも中型貨物船内の入り口は全て物資の搬入口となっていて、客は基本的にそこらじゅうに立てかけられた梯子を使うか、直に登っていくか。
なんで「重いもの、嵩張るもの」を後に買うと……帰る時にキツくなる、ということだそう。
ちなみにそういったものは紐と円形を組み合わせた器具を使って上下に運搬する(
さて、僕達2人は午後の時間目一杯を使って様々な日常雑貨を購入した。下着を始めとする服、食器、ティッシュ・トイレットペーパー、歯ブラシ、歯磨き粉、インスタント食品、等々。
「これら5キロ以上の品物は如何致しましょう? ドローン配達サービスを利用しますか?」
「……はい、お願いします」
へぇ。
○○○○○○○○
■■要塞 アースガルズ
ビフレストの天文台にて
「よし、時間だ。やれ」
「それにしてもなんて適当な。もうちょいスマートなやり方というのがあると思うのだがね?」
「私はただ、限られた資材の中で最良のものを選ぶだけです。博士」
○○○
中型貨物船を出る頃には外は大分暗くなっていた。今は……午後4時ぐらいか。この後僕とティマは今日の晩御飯の食材を買うことにした。
「いらっしゃいませお客様! この
「……昨夜は魚でしたから、何か良い肉はありますか?」
「そうですねぇ、こちらの牛風培養肉300グラムはいかがでしょう? 「ゴフェル」にて本日生産されたものですので鮮度抜群です!」
「……では、それにしましょう」
「まいどありがとうございます! どうぞ
このピンク色のものがおにくなのか。……本当にこんな色をしてるんだなぁ。今まで見たにくは、極彩色ばかりだったから、ついそう思ってしまう。
にしてもあの店員、特徴的な三白眼だったなぁ。
帰り道にて。
「ティマ、さっき買ったおにく、どう料理するんですか?」
「……そうですね、フードプロセッサーで
「はん、ばぁぐ? 写真で見たことはあるけど、食べたことないから楽しみです!」
「……ふふ。楽しみにしていてくださいね?」
そんな会話をしていると前方から威勢のいい声が聞こえてくる。下の、水槽? に向かって何やら指示を出しているようだ。
「ありがとよ、嬢ちゃん‼ 連続で悪ぃんだが、次は「I」の水槽に向かってくれ!」
「うん、わかった!」
何やら聞き覚えがある音、じゃなくて
ヒレ状に変形した手足、遠目からでもわかるぬめりとした柔らかい鱗に覆われている胴体、上二人の姉と同じ栗色のミディアムヘア、間違いない。久しぶりに見たなぁ。「能力」を
彼女は池の中で魚取りをしているのだ。
睡蓮の能力は「両生」といい、簡単に言うと首の付け根にあるエラ、全身をくまなく覆う粘液など水中で暮らす生物の特徴が常に出てるというものだ。また、実際に水中で活動するときは今のように鱗やヒレを出すこともできる。
その内容からわかる通り睡蓮は
「あっヒロシ兄ィ! 元気になったんだね! ティマ姉ェもこんにちは!」
こちらの存在に気づいた睡蓮が元気よく手を振る。その姿は紺色の旧々スクだ。
「……昨日食べた
とティマが教えてくれる。その後しばらく水槽の中の魚たちを見て回った。昨日の
……魚じゃなかったのか。
10/27、17:21
目の前には一昨日見た爆撃機「ボーイングB-29スーパーフォートレス」……の
今僕達がいるのは
通路案内に従って進むと前方より激しく鉄を叩く音、金属を切断する音が聞こえてきて、その音と共に巨大なエレベーターが
箱型ではなく真っ平な形、一辺10メートルほどの大きさで、当然人用ではなく格納庫内の航空機を飛行甲板に運び出すためのものだ。
今降りてきたエレベーターには新しい
彼女はこちらの存在に気づくや否や「とうっ!」という掛け声と共にひとっ飛び。飛ぶ時の勢いとは裏腹に華麗に目の前に着地する。
「よおヒロシ、ティマ! なんだ、買い物の帰りかぁ?」
「……ええ。ヒロシ君の日常雑貨とか今晩のおかずとかですね」
「呂玲はここで何をやっているんですか?」
「オレか? 見ての通りもう使えないB29を解体してるのさ! なんたってデカすぎて船で運べない、遷移計劃には向かない兵器だからな。
呂玲は踵を返そうとして――「あ、そうそう1つ言わなきゃいけないことが」と言って振り向いて。
「一昨日にも言ったけど、ちょっと力み過ぎたせいで殺しちゃって、ゴメンな!」
僕にそう言い残して今度こそ去って行った。
…………えっ? 今、なんて? 今、僕をを殺したと言ったの?
10/27、20:53
最後の
そうするほど初めて食べた新鮮なおにくは
その理由は明白だった。昨夜の何か、言い知れぬ、底が見えぬ不安が根を張り始め、奥底から僕をじっと覗き込む。
頬を水が伝う。静かに落ちる。
心の臓が破裂するように
瞳孔が見開く。
表情筋が
声帯が
「……ヒロシ君? どうして浮かない顔――っ!」
隣に寄り添うように座っていたティマが僕の顔を覗き込む。息を飲む音。
「……どうして、どうして泣いているんですか?」
「えっ? えぇ……?」
頬に手をやる。冷たい涙の温度が手に張り付く。
訳も分からず、どうしたらいいかとオロオロしていると。目の前が柔らかい黒一色に染まる。安心する体温が顔を覆う。頭のてっぺんを優しく、ゆっくりと撫でられる。
「……大丈夫です、大丈夫ですよ……ゆっくり息を吸って、吐いて……」
言われた通りにする。密着するティマの首から、胸から、腕からふんわりと漂う安心する香りも相俟ってどうにか落ち着きを取り戻す。
不安は未だこちらを奥底より覗いている。
「……何かあったのですか? もしよければ私に話してくれませんか? そうしたら少しは楽に、なるかもしれません。私は、命を、この国を助けてくれた君の役に立ちたいのです」
結局、僕はその好意に頼ることにした。どうしてそう決めたのかわからないけど。誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。なるべく外の人に。
でもその前に確認したいことがある。
「一昨日、何があったんですか? ティマが人質になった後、僕は一体何をしたんですか?」
「……? 覚えていないんです?」
コクリと頷く。その答えにティマは首を傾げながらも簡単に説明してくれた。
「……という風に君は私達を助けてくれたのです」
マジか。今までに比べて大分控えめな気がするけど……敵を溶かし殺したって。
「そ、それで皆様の反応は、どんな感じに怖がられたり、気持ち悪がられたり、罵倒されたり」
「わ、私達が命の恩人にそんな恥知らずなことをするわけないじゃないですか‼ あの時の皆さんの反応は単に驚いていただけです。実際君が言ったような声は聞きませんでしたよ」
「そう、ですか」
「……急に怒鳴ってごめんなさい。でも、どうしてそんな悲しいことを考えるんですか?」
「それは……今までの反応がそうだったから」
僕はそう前置きして今までの境遇をぽつり、ぽつりと話し始めた。
超人の里親の元で育てられたこと。にも関わらず能力が発現しなかったせいで周りから軽蔑、妬みを抱かれたこと。
出自が不明だから混沌汚染警戒区域から来たので
待望の能力が発現してもあまりにも異形で制御できないので恐怖され、半端者、未熟者扱いをされたこと。能力を使用中は意識を失うので何をしているか全くわからないこと。
そしてそんな自分の能力に、正体に恐怖を覚え始めていたこと。
全て話し終える頃にはティマの両目は真っ赤になっていた。そのまま優しく、力強く抱きしめられる。
「……私と同じような境遇でしたから、痛いほど、わかります。今までよく、頑張ってきましたね……!」
その言葉に体の芯から熱いものがこみ上げてくる。
「同じような境遇って?」
「……私も祖国ではこの白い肌のせいで色々と辛い思いをしましたから。情報子改造の実験体にされたりも。でも大丈夫。もうこの場にそんなことをする人はいません。大丈夫。君は受け入れられています、愛されていますよ」
「本、当……?」
「……ええ。もちろんです。そうですね、私ならその事を証明して君の悲しみを少しでも癒してあげます。でも、その前に」
ティマが顔を赤らめながら微笑む。目を細める。
「……シャワーを浴びてから、です」
その姿、その声は、妖艶だった。
何故かわからないけど、そう強く思った。
未だにこちらを奥底より覗いている。
枝をざわつかせながら。
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