買い物タイム、またの名をデート

 ジーノチカが転移退室した後、改めて朝食(時間的に昼食だった)を摂ることとなった。「簡単なものですが」とティマが前置きして作ってくれたのは、べーこん付き生野菜のさらだ、手作りしーざーどれっしんぐとぱんけーきというものだった。


「口の中が沁みる、弾ける!?」

べろが、と、溶ける……!?」


 僕はこの時初めて知ったのだ。

 砂糖の甘さを。

 胡椒の辛さを。


「そういえば、ティマはこの後何か用事、というか仕事ってあるんですか?」

「……いえ、私は非常時、つまり戦闘以外の時間は例外的に何の役目もないのです。なので普段はそこの書斎で旧時代の小説や漫画を読んで、過ごしています。……意外でしたか? この国No1の火力を持つ者の過ごし方としては」

「いや、それよりも何というか。暇? そうな感じがして」


 僕のその答えに一瞬だけキョトンとした顔をするティマ。が直ぐに穏やかな笑顔に変わる。


「……そう、その通りです。基本的にいつも私は暇で、寂しいのです。翡紅フェイホン様はご多忙で毎日ここへ帰ってくるわけではありませんから。なのでヒロシ君が泊まってくれるの、実はとても嬉しいのです」


 そう答えるティマの目尻に、ほんの少しだけ光るものが見えた。



*→物品取引場ディーシト・クシュ 

10/27、13:06


 あの後「これから一緒に暮らしていくんです、日常雑貨、買いに行きましょう!」と言うので僕達は船室住居カビン・コヌトから総合作業場ゲナィ・アトゥーリェを経由して物品取引場ディーシト・クシュへと向かった。まだ船上でのバランスがイマイチつかめないのでティマと手を繋いで貰っている。

 その細腕を見るとこれの持ち主がこの国No1の火力、要はということなのだろうが……とてもそうには見えない。

 でも、あの「魔法」の威力()を見たからには素直に頷くしかない。そう思った。


 

 物品取引場ディーシト・クシュは小型船舶が中型貨物船の周りに寄り添う、もしくは押し付けるように密着、する形で1つの塊を形成。

 更にそれらを浮き橋、もやい綱、鎖、空中回廊によって円状に連結。内側2つのエリアをぐるりと囲う。

 船ごとの配置や店の並び順はバラバラ、無秩序、正に混沌としており少しでも気を抜いたら迷子になりそうだ。一度迷ったら抜け出せない。そんな恐怖が足元から沸き立つ。

 なのでついついティマのすべすべとしたてをギュッ、とつよくにぎってしまう。

 ほそゆびがぼくのてによりしっかりとからみつく。大丈夫だよ、安心して? とてがかたる。



 このエリアで気をつけること、それは買い物の順番――とティマは言う。もし買いたい物が小型船舶内の店にあれば問題なし、で中型貨物船内にある場合が問題あり、なのだという。

 というのも中型貨物船内の入り口は全て物資の搬入口となっていて、客は基本的にそこらじゅうに立てかけられた梯子を使うか、

 なんで「重いもの、嵩張るもの」を後に買うと……帰る時にキツくなる、ということだそう。

 ちなみにそういったものは紐と円形を組み合わせた器具を使って上下に運搬する(かっしゃ滑車というそう)のが一般的だそう。



 さて、僕達2人は午後の時間目一杯を使って様々な日常雑貨を購入した。下着を始めとする服、食器、ティッシュ・トイレットペーパー、歯ブラシ、歯磨き粉、インスタント食品、等々。


「これら5キロ以上の品物は如何致しましょう? ドローン配達サービスを利用しますか?」

「……はい、お願いします」


 へぇ。かっしゃ滑車だけでなくこういったサービスもあるんだなぁ。動く民間ドローン、初めて見た。今までは旧時代の資料映像ばかりだったからね。



○○○○○○○○

■■要塞 アースガルズ

ビフレストの天文台にて


「よし、時間だ。やれ」

「それにしてもなんて適当な。もうちょいスマートなやり方というのがあると思うのだがね?」

「私はただ、限られた資材の中で最良のものを選ぶだけです。博士」


○○○



 中型貨物船を出る頃には外は大分暗くなっていた。今は……午後4時ぐらいか。この後僕とティマは今日の晩御飯の食材を買うことにした。


 総合食品店スーパーマーケット、「WeWantYou」にて。

 

「いらっしゃいませお客様! この店長船長をしております大江と申します! 何かお探しでしょうか、奥様?」

「……昨夜は魚でしたから、何か良い肉はありますか?」

「そうですねぇ、こちらの牛風培養肉300グラムはいかがでしょう? 「ゴフェル」にて本日生産されたものですので鮮度抜群です!」

「……では、それにしましょう」

「まいどありがとうございます! どうぞい夜をお過ごしくださいねぇ」


 このピンク色のものがなのか。……本当にこんな色をしてるんだなぁ。今まで見たは、極彩色ばかりだったから、ついそう思ってしまう。

 にしてもあの店員、特徴的な三白眼だったなぁ。


 帰り道にて。


「ティマ、さっき買ったおにく、どう料理するんですか?」

「……そうですね、フードプロセッサーでミンチひき肉にして、ハンバーグにでもしましょうか」

「はん、ばぁぐ? 写真で見たことはあるけど、食べたことないから楽しみです!」

「……ふふ。楽しみにしていてくださいね?」


 そんな会話をしていると前方から威勢のいい声が聞こえてくる。下の、水槽? に向かって何やら指示を出しているようだ。


「ありがとよ、嬢ちゃん‼ 連続で悪ぃんだが、次は「I」の水槽に向かってくれ!」

「うん、わかった!」


 何やら聞き覚えがある音、じゃなくて睡蓮すいれんの声だこれ。気になって寄ってみると……複数の漁船をつなぎ合わせ、その中央に複数のガラスで区切られた直径500メートル程の水槽があって。バシャン‼ という水音と共に何かが水中より跳ね飛び出す。

 ヒレ状に変形した手足、遠目からでもわかるぬめりとした柔らかい鱗に覆われている胴体、上二人の姉と同じ栗色のミディアムヘア、間違いない。久しぶりに見たなぁ。「能力」を使用解放している睡蓮の生き生きとした姿。

 彼女は池の中で魚取りをしているのだ。


 睡蓮の能力は「両生」といい、簡単に言うと首の付け根にある、全身をくまなく覆うなど水中で暮らす生物の特徴が常に出てるというものだ。また、実際に水中で活動するときは今のように鱗やヒレを出すこともできる。

 その内容からわかる通り睡蓮は械人かいじんはもちろんのこと、異形生命体との戦いにおいて出番は一切ない。神国日本僕らに海軍、もとよりその領土内に海はないからね。


「あっヒロシ兄ィ! 元気になったんだね! ティマ姉ェもこんにちは!」


 こちらの存在に気づいた睡蓮が元気よく手を振る。その姿は紺色の旧々スクだ。


「……昨日食べたサバ、彼女が獲ったものだそうですよ」


 とティマが教えてくれる。その後しばらく水槽の中の魚たちを見て回った。昨日の魚屋うおや魚三昧さかなざんまい」で見た、カニという生き物らしい。

 ……魚じゃなかったのか。



物品取引場ディーシト・クシュ総合作業場ゲナィ・アトゥーリェ 

10/27、17:21


 目の前には一昨日見た爆撃機「ボーイングB-29スーパーフォートレス」……の残骸スクラップがそこら中にうず高く積みあがっていた。


 今僕達がいるのは総合作業場ゲナィ・アトゥーリェ担当艦「ホーネット」だ。外から見ると真っ平な見た目をしているこの軍艦は「航空母艦」という種類だそう。昨日の「北上きたかみ」と違って横が広いので比較的ラクに移動できる。


 通路案内に従って進むと前方より激しく鉄を叩く音、金属を切断する音が聞こえてきて、その音と共に巨大なエレベーターが厳かにゆっくりと降りてくるのが見えた。

 箱型ではなく真っ平な形、一辺10メートルほどの大きさで、当然人用ではなく格納庫内の航空機を飛行甲板に運び出すためのものだ。

 今降りてきたエレベーターには新しい残骸スクラップとやたらデカい人が……呂玲ロィレンだ。あんなツノやら尻尾が生えている人個性的な見た目が他にいるものか。

 彼女はこちらの存在に気づくや否や「とうっ!」という掛け声と共にひとっ飛び。飛ぶ時の勢いとは裏腹に華麗に目の前に着地する。


「よおヒロシ、ティマ! なんだ、買い物の帰りかぁ?」

「……ええ。ヒロシ君の日常雑貨とか今晩のおかずとかですね」

「呂玲はここで何をやっているんですか?」

「オレか? 見ての通りもう使えないB29を解体してるのさ! なんたってデカすぎて船で運べない、遷移計劃には向かない兵器だからな。雷天レィチェンが指定する通りにオレの愛刀『鍛隕凪斬刀たんいんなぎざんとう』でぶった切って、力道が「剛力」で更に細かく粉砕するって寸法よ。この残骸スクラップは『双胴式立体印刷機装備工作艦 ΉφαιστοςヘパイストスΛήμνοςリムノス』によって船の修理・改装に使われるんだぜ。凄いだろ! ……おっと雷天と力道がなんか呼んでるな。じゃ、オレは作業に戻るぜ」


 呂玲は踵を返そうとして――「あ、そうそう1つ言わなきゃいけないことが」と言って振り向いて。


「一昨日にも言ったけど、、ゴメンな!」


 僕にそう言い残して今度こそ去って行った。

 …………えっ? 今、なんて? 今、と言ったの?



総合作業場ゲナィ・アトゥーリェ→*

10/27、20:53


 最後の肉片はんばぁぐを口の中に入れ嚙み締める。ゆっくりと。温度、舌触り、味、嚥下し、食道を擦る音、酸の池に落下する感触と振動。全てをレコード記憶に刻み付けるように。

 そうするほど初めて食べた新鮮なおにくは刺激的な風初めての味でおいしかった。おいしかったのだけど……一向に気が晴れない。

 その理由は明白だった。昨夜の何か、言い知れぬ、底が見えぬ不安が根を張り始め、奥底から僕をじっと覗き込む。

 頬を水が伝う。静かに落ちる。

 心の臓が破裂するように音作おとづく。

 瞳孔が見開く。

 表情筋がいななく。

 声帯がわななく。



「……ヒロシ君? どうして浮かない顔――っ!」


 隣に寄り添うように座っていたティマが僕の顔を覗き込む。息を飲む音。


「……どうして、どうして泣いているんですか?」

「えっ? えぇ……?」


 頬に手をやる。冷たい涙の温度が手に張り付く。

 訳も分からず、どうしたらいいかとオロオロしていると。目の前が柔らかい黒一色に染まる。安心する体温が顔を覆う。頭のてっぺんを優しく、ゆっくりと撫でられる。


「……大丈夫です、大丈夫ですよ……ゆっくり息を吸って、吐いて……」


 言われた通りにする。密着するティマの首から、胸から、腕からふんわりと漂う安心する香りも相俟ってどうにか落ち着きを取り戻す。

 不安は未だこちらを奥底より覗いている。


「……何かあったのですか? もしよければ私に話してくれませんか? そうしたら少しは楽に、なるかもしれません。私は、命を、君の役に立ちたいのです」


 結局、僕はその好意に頼ることにした。どうしてそう決めたのかわからないけど。誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。なるべくに。

 でもその前に確認したいことがある。


「一昨日、何があったんですか? ティマが人質になった後、僕はんですか?」

「……? 覚えていないんです?」


 コクリと頷く。その答えにティマは首を傾げながらも簡単に説明してくれた。



「……という風に君は私達を助けてくれたのです」


 マジか。今までに比べてな気がするけど……敵を溶かし殺したって。


「そ、それで皆様の反応は、どんな感じに怖がられたり、気持ち悪がられたり、罵倒されたり」

「わ、私達が命の恩人にそんな恥知らずなことをするわけないじゃないですか‼ あの時の皆さんの反応は単に驚いていただけです。実際君が言ったような声は聞きませんでしたよ」

「そう、ですか」

「……急に怒鳴ってごめんなさい。でも、どうしてそんな悲しいことを考えるんですか?」

「それは……今までの反応がそうだったから」

 

 僕はそう前置きして今までの境遇をぽつり、ぽつりと話し始めた。

 超人の里親の元で育てられたこと。にも関わらず能力が発現しなかったせいで周りから軽蔑、妬みを抱かれたこと。

 出自が不明だから混沌汚染警戒区域から来たので混沌ケイオス感染うつる、と憎悪されたこと。

 能力が発現してもあまりにも異形で制御できないので恐怖され、半端者、未熟者扱いをされたこと。能力を使用中は意識を失うので何をしているか全くわからないこと。

 そしてそんな自分の能力に、正体に恐怖を覚え始めていたこと。


 全て話し終える頃にはティマの両目は真っ赤になっていた。そのまま優しく、力強く抱きしめられる。


「……私と同じような境遇でしたから、痛いほど、わかります。今までよく、頑張ってきましたね……!」


 その言葉に体の芯から熱いものがこみ上げてくる。


「同じような境遇って?」

「……私も祖国ではこののせいで色々と辛い思いをしましたから。の実験体にされたりも。でも大丈夫。もうこの場にそんなことをする人はいません。大丈夫。君は受け入れられています、愛されていますよ」

「本、当……?」

「……ええ。もちろんです。そうですね、私ならその事を証明して君の悲しみを少しでも癒してあげます。でも、その前に」


 ティマが顔を赤らめながら微笑む。目を細める。


「……シャワーを浴びてから、です」


 その姿、その声は、妖艶だった。

 何故かわからないけど、そう強く思った。


 未だにこちらを奥底より覗いている。

 枝をざわつかせながら。

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