謀を巡らす嗣
何事も静止することはないのだ。代々受け継いできたものをふやすか失うか、より大きくなるか小さくなるか、前進するか後退するか、しかない
──ジョージ・オーウェル
われわれが常に心しておかねばならないことは、どうすればより実害が少なくてすむか、ということである。そして、とりうる方策のうち、より害の少ない方策を選んで実行すべきなのだ。なぜなら、この世の中に、完全無欠なことなど一つとしてありえないからである
──ニッコロ・マキャヴェッリ
ドクドクと血流の音が聞こえる、閉塞した環境。
それをストレスと感じるのか、時折抗議するようにぴくぴく、ぶるり震える青の、黄の、緑の、ピンクの、白の、紫の、肉壁。そして
まるで内臓のよう。
そんな場所で、男と女が言葉を交わす。
音の比率は男が8割といったところか。その内容は……
「──というように、我ら
歴史、その授業であった。
講師役の
「──もちろんこの事実はどれも表にはないものだ。故にもし
「はいっ!」
ハキハキとした女性の声が答える。
「この時の
「うむ。元々は長命なたった1人の集団から始まったのだからな。『オリジナル』も偶にそのことを思い出しているよ。『いやぁだいぶ賑やかになりましたねぇ』、と」
「へぇー『オリジナル』さんも昔話するんですね、なんか意外です」
「なに、いくら万年以上生きる者とはいえ立派な生物……なのだからそんな時もあるものだ」
「そういえば『オリジナル』さんってずっとリーダーである訳じゃないんですね」
「ああ。見ればわかる通りディアドコイは少数精鋭かつ本拠地を持たない流浪の組織だ。同じ者がリーダーの座に留まり続けることの弊害を『オリジナル』はよくわかっている。仮に大きな敗北を期するとたちどころに崩壊の危機が付きまとう。それを防ぐための方策の1つが──」
「ある程度の一定期間ごとにリーダーの頭を替える、ですよね! ワタシ今思い出しましたっ!」
「ん。その部分は失われていなかったか。では我らの戦闘に関する基本方針は?」
「それはもちろん『我らは常に
その答えに頷く
──全ては世界の後継者となるために。そのためならば手段は、問わぬ。
「……そろそろ来るな。メラ、今日はこの辺で終わるとしよう」
「はい、わかりましたっ!」
メラ、と呼ばれた少女は先程よりも元気よく答えた。
フランス領サルデーニャ島出身である彼女のフルネームは
見かけの上では直径7センチ程の
唯一露出している肌である顔部分は何とも言えぬ病的な脆さを醸し出しており、「ヒト」とは根本的に違う存在であることがよくわかる。
なお
少なくともこの「ハイドラ」内には
2人が部屋を出ようと席を立った、その直後。
部屋、いや、艦が激しく揺れる。仮に地上であれば震度6強とか、そう呼ばれるレベルの激しい揺れだ。縦に、横に、斜めに。凄まじい音響と共にあらゆる方向から揺れが襲う。まるで安全面を考慮しないアトラクション施設の中にいるように。
予め予測していた
が、メラは気にする様子もなく「ありがとね、
「これは……今までで最も激しいな。なるべく引き延ばしてきたつもりだが、もう決戦は避けられそうにないな。メラ、急いで上層の
「あ、はいっ!」
2人は揺れも収まらないなか移動を開始する。バランスが崩れそうになったら適宜床……
「ワタシの力を使うのっていつぶり、
「俺の前任者の時、1962年の裏キューバ危機の時だ。思い出せないか、62隻にもなる米ソ合同艦隊を全滅させたことを」
メラの髪の毛、もとい触手が意思を持つように蠢き次々と壁にへばりつく
「
両方の口をもにゅもにゅと動かしながらもう少し考える。
一行はやや苦労しながらも上層へ繋がる出入り孔へ到着。中に入り胸の位置ほどにある白い骨を握る。
そうすると孔がぶるりと蠢き、閉じる。そして耐え難い嘔吐音と共に床が跳ねとんだ。豪快な方法で一行はそのまま上層へとたどり着く。
その際ようやっとゼリーを飲み干した彼女は頭を輝かせる。
中々刺激的な運ばれ方のおかげか、メラは300年以上前のことを思い出すことに成功したようだ。
「でもあのときって
「……ふむ、ほぼ記録通りか。ちなみに陰陽術、式神、核撃、だ」
「そうそうそれそれ! あっ、でも……」
「何か引っかかることが?」
「あの戦いでワタシがしたことってただ敵を閉じ込めただけなんです」
「卑下することはない。絶対に殲滅させると決心した時に敵を逃げられなくするというのはとても大切な役割であるからな。『オリジナル』もメラの手腕に感激していたらしいぞ」
その言葉に「えへへへへぇ……」とはにかむメラ。そんなやり取りをしているうちに
ここは「ハイドラ」の頭脳。いかなる態勢をとっても常に水平となるよう設計されているこの
「ウワ、なんだこレ、今まデと全然規模ガ違うぞ! こ、このォォぉ!」
そして体のあちこちから黄色いコードのようなものが伸びており、
「ええイクそ、こいつらうじゃうジャと来やがッテ、どうする、ここは一端深海まで潜リやり過ゴす? それとも……あァァ? なんだこんな時ニ電話だと? って、ゲゲェっ」
<
「うワわわっ、チョ、エドワードのダンナ、それは無理ってもんデス! コッチがどんだけ苦労しているト思ってるんデ?」
<知らん!>
「オ願いだから知って!? あの馬鹿デカ単細胞異形との追いかけっこ、モウ一ヶ月もずーっと続いているッテことを!」
全体がそれに抗議すかの如く軋み声を上げた。
「あ、グラくんだ!」
そんな時、2人に駆け寄る青年が1人。それを見たメラがにこやかに手を振った。彼は手を短い時間ではあるが振り返し、現在の最高指揮官である
「これは、
「グラウか。いや、非常時だから問題ない。私のことより現状報告を」
「はっ」
グラウと呼ばれた青年が居住まいを正す。心なしか髪の代わりに頭部を覆う青と白の触角もピシッとした動きを示す。
彼の本名は
…………
「
グラウの報告が10分ほど続く。
その間にも艦は前後左右から攻撃を受け、その度に衝突音と
そして報告を聞き終えた時、
この地が
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