邪神に挑む羣

 天上に荒れすさぶ神々よ、神々に背く者どもを暴き出すがいい。震え戦け、貴様ら、人知れず残虐の罪を犯しながら、正義の鞭を逃れておる非道の輩め。身を隠すがいい、その手を血で汚した者、偽りの誓いを立ておったやつ、貞淑を装いながら邪な情欲にふける者ども。

 ──『リア王』より ウィリアム・シェイクスピア


 

 





 ドクドクと血流の音が聞こえる、閉塞した環境。

 それをストレスと感じるのか、時折抗議するようにぴくぴく、ぶるり震える青の、黄の、緑の、ピンクの、白の、紫の、肉壁。そしてたまに……膨らむ。

 まるで内臓のよう。



 そんな場所では目の前に展開される「画」を凝視する。

 そこに映っていたのは……飛び出した小宇宙ミクロコスモスの中身。



 千、いや、万にも達する様々な醜い形態の異形生命体が「ハイドラ本艦」を包囲しているのだ。

 彼らの出どころは、たった1個の。一ヶ月にも渡りハイドラ本艦を追撃し続けたその邪神細胞の名は、Gvhxamsth-owaガタノゾーア


 ──狙いはわかっている。お前らの王の、心臓だな。


 は最下層に安置されている物品を思い描く。

 日本列島で回収し、厳重に封印されているかつてヒロシと呼ばれていたウヴォ=szhqla……王の心臓と、その時をイィスを。


 ──そう、そうだ。どうしてこんなことになったか。全ての原因はあの時、ヒロシが謎の自死を遂げてから、狂いだしたのだ。綿密に立てた計画が。200年越しの計画が。


 はふと述懐する。本来の予定を。

 

 ──本来であれば王の心臓ウヴォ=szhqlaを手に入れた後、仮初の本拠地があるに帰還。そして頃合いを見て都合の良いタイミングで中央大藩国ちゅうおうだいはんこくに献上。『人造神』を完成させ……というはずであった。

 ところが、に帰るためにはイィスの時空を操る力がどうしても必要なのだ。だが肝心の本人は今、時を止められてしまっている。

 何故か。それは王の心臓ウヴォ=szhqlaが暴走する可能性があるからだ。


 もしあの時、ヒロシが死ななければ、心臓は、単なる心臓パーツであった。

 だがあの時、ヒロシは死に、心臓だけが残り、心臓は本体となってしまった。


 そして無限のエネルギーを生成する心臓は、容易く肉体を再生するだろう。

 そうなった時、元の人格が残っているかどうかわからない。

 残っていなければ、獣と化して永遠に暴れ、残っていたとしても高確率で我らと敵対するだろう。


 それを防ぐための唯一の策が、ことだったのだ。

 もっとも厳密には尋常ではないレベルで時の流れを遅くしているだけなので、単なる時間稼ぎでしかないのだが。それでも時間は貴重である。術者であるイィス共々停止してしまうというデメリットがあったとしても。


 ともかく、元は直ぐにに帰還するはずだったので、戦力は少なく最低限。これは機動性に富むというメリットと、想定外の敵に対して不利になる可能性があるというデメリットがあった。


 今、そのデメリットが顕在化しているのである──







「この状況、我らが大いに不利。だが、このまま逃げ続けるわけにはいかない」

閣下、ザグウェの場繋ワープ隧道ゲート魔法でどこかへ避難することは不可能なのでしょうか」

「残念だが2つの理由で不可能だ。1つは場繋ワープ隧道ゲート魔法は隧道ゲートくぐる対象の質量により使用する魔力の量が変化する……このハイドラごとではザグウェがもたない。もう1つは場繋ワープ隧道ゲートが繋ぐ場所は限られているということだ。今の設定では翠玉すいぎょく国のサンオ型潜水艦「鮫12」、本艦ハイドラ、そしてタナ湖だ。肝心のタナ湖は今、核攻撃の余波で超高濃度の放射線に汚染されているから、とても避難できない。仮に避難ができたとしても球根水星人のが……」

「──うん、うん。そっかぁ。……グラくん、さん、今この子達に聞いてみたけどもうお腹いっぱいだって。がんばっても1人ぶんの除染が精一杯みたい」

「……というわけだ。食欲に関しては生理現象だからな、流石にどうにもできない」


 メラとの言葉に肩を落とすグラウ。それは戦闘以外の望みが全て絶たれた事を理解したという証拠であった。


「閣下、我らは勝てるでしょうか」

「もちろんだとも。我々は勝つ。我が組織の大望のため、世界の後継者となり、更にその先へ……その為にも我らは、勝たなければならないのだ!!」


 自分に言い聞かせるように、周囲メンバーを鼓舞するかのようには声を張り上げた。


「まずは場所だな……ふむ、ここがいいだろう。欺喉起ギコウキ!」

「ナんです、閣下? 今ご覧の通リ忙し──」

「鬼ごっこはお終いだ。

「──!! そいツは、待ってまシタぁ!!!」

「今から言うとおりに動け。現在の深度1000メートルから急速浮上しつつ、シャーク湾内のフォール島に!」

「了解!」


 欺喉起ギコウキが両手に握りこぶしを作りながら上に持っていく。するとハイドラが急加速、異形達の包囲網を力づくで突破し、ものすごいスピードで上に、上に、昇っていく。

 現在のハイドラは彼の手によって思うがままに操縦できるのだ。


 その予想外の動き、「逃避」から「進撃」となったハイドラに慌てふためき、急いで追いかける異形達。だが、急な対応のためか、はたまたプログラムされていない動きのためか。その動きは今までと比べれば緩慢だ。


「ハッはッはァァァ──!! 遅い遅すぎるぜ異形共ガぁ!」

 

 先程とは打って変わってハイテンションな欺喉起ギコウキが叫ぶ中、僅か5分ほどでフォール島のすぐそばまでやってきた。頭上には鈍色に輝く海面が。それを確認するや否や欺喉起ギコウキは体全体を反らし、ハイドラの艦首を60度近くまで持ち上げる。


<艦内の総員に通達。これよりハイドラはとなります。各員、所定の細胞セルに退避を。繰り返す、これよりハイドラは…………>


 警告音声が艦内を駆け巡る。あちこちの隔壁が次々と閉鎖、外側の細胞セルは予め決められた通りに変形を始めた。


「閣下ァ、の準備、万端でスぜぇ! 変態メタモルフォーゼの許可を!」

「うむ、許可する。存分に暴れてくれ」

「よっしャ! 宇蟲シャッガイ様、後ハ頼みマすぜ!」






【…………イイダロウ、マカサレタ、】






 そのタイミングで、遂にハイドラは浮上。どころかその躰全体が海面より浮かび上がり、全容を曝す。

 まるでイルカやシャチのような、動物的な丸みを帯びた非有機的なデザインが、まるで宇宙の深淵を写したかのような黒と共に空を舞う。

 それと同時に、誰かが、が、呟く。





【…………ハイドラヨ。ホンライノ。ナリトナレ、、】







 その瞬間、ハイドラが──咆哮し口を開いた。


 KGガNNNNアKNNァァッッッN──!!


 ハイドラの形状が、変化する。

 艦首は横に避け、幾重にも連なる山脈の如き刃が生え、6門の魚雷発射管からは巨大な舌が躍り出る。口の上には縦一列に並んだ無数の目が太陽の如き光を称え、まなじりを上げる。

 艦の中央と後方からは2対、計4本の巨木の如き肢が生えてくる。それは4本の指を持ち、それぞれ前脚と中脚である。なお後脚に相当する部位は推進器となっている。

 艦尾は細長く伸び、蛇のようにしなる強靭な尻尾となる。

 

 今や艦は巨大な二足歩行の爬虫類型怪獣、とでも形容する形態となった。船体だった傷1つないはずの表面は全て鱗状の皮膚となり、甲板であった部分は怪獣王のような枝分かれした背鰭が出現。わさわさと動く。


 こうして真の姿、本来の姿……全長100メートル、体重5万5千トンとなったハイドラは凄まじい雄叫びと地響きのセットと共にフォール島に着地した。

 とてもヒトの口では再現できない7つの不協和音が木霊する。



 ──ッイAAN、ANN、KANNャ、KKGAAャッッッ──!!

 ──ッイYYN、YNN、GYNNャ、GGXYYャッッッ──!!


 超々先史遺物シャッガイの遺物宇蟲戦闘獣cosmic battle structure「ハイドラ」。


 1946年の7月以来、約350年ぶりに、この星に降臨す。







 我こそこの地の王である、と言わんばかりの態度で周囲を睥睨するハイドラの元に次々と異形が上陸してくる。その中にはあのエラスモサウルスに似た「首席ショゥシー」も混ざっていた。

 彼らは全てGvhxamsth-owaガタノゾーア小宇宙ミクロコスモスに住まう、言うなれば眷属である。

 更にまるで津波のように海中から押し寄せる極彩色ごくさいしきの粘塊壁。

 それこそが──



「オ、出てきまシたね、Gvhxamsth-owaガタノゾーア本体が」

「挑発に乗ってきたか。あまり頭はよろしくないようだな、幸いにも」

「そーいえばGvhxamsth-owaガタノゾーアって元は何の生物なんです?」

「確かクセノフィオフォラという海綿ですよね」


 グラウの言葉にそれは少し違うぞ、と注意する

 クセノフィオフォラというのは最大で体長20センチにも達する、原生生物の一種である(Syringammina fragillissima などが該当する)。

 その巨大さ故に発見された当初、1889年には海綿と勘違いされていた。生息域としては世界中の深海平原となっている。


「それがどうして8000メートルにまで巨大化したのやら。まぁいい。グラウ、半径5キロ圏内にどれほどいる?」

「……先端部分、迫る津波のようなものが500メートル、周辺に大小の異形が、約1万ほどです。す、すごい、数だ」

「なに、心配することはない。このくらいの数を全滅させれば、連中も警戒して手を引くだろうよ。では、闘技場に招待するとしようか」


 その言葉が言い終わらない内に、既にメラは呪文を唱え始めていた。

 艦橋オリーブ内が美しい旋律に満ち始める。

 2つの口で、3つの言語を、同時に。

 それはコルシカ語と、誰も知らない失われた海の民の言語。それを重ね合わせることで出現する暗号コード

 囁くように、祈り、念じ……完成する究極の闘技場。

 ヌラーギの子孫が、唱える。Sherdenシャデン巫術ふじゅつを。


nurヌラtholosトーロス


 唱えた直後、フォール島近辺の海底が盛り上がり、無数の土砂と岩で構成されたドーム状の建造物が出現する。その半径は5キロ。外と内は強制的に分断され、双方ともに閉じ込められた。


 ──心せよ。この石の積み重ねのは、勝敗がつくまで出ることは許されぬ。

 ──心せよ。この小部屋より出たければ敵を一人残らず殲滅し、屍の峰々を造れ。

 ──心せよ。それが、ここでの唯一のルールである。





 そのルールを本能で理解したのか、異形達は一斉にハイドラ目掛けて殺到する。

 彼らは、切断されたGvhxamsth-owaガタノゾーアの破片は、不安で仕方ないのだ。彼らの主と繋がっていないことが。


 極彩色ごくさいしきが、身の毛もよだつ多種多様な異形が迫る中。立ちふさがる者たちが、いた。



「ちっ。あんまり魔素マキジェンが残ってねぇというのに。俺は打ち合わせ通り補助でいかせてもらうぞ」


 右手に炎を、左手に雷を携え、体から渦巻く氷の刃を纏うザグウェ。



「来た来た来たぞ! この身が欲しがっていた闘争が! ねーちゃんのおかげで傷も癒えたことだし、いつまでイツマデいつまでも待たせるな、早う殺し合おうではないかァ!!」


 4.8メートルにもなる巨躯を漲らせ、興奮のまま叫ぶ四本腕六面の怪鳥。



「あはは、まったく2人ともお姉さんから離れたらダメだよ? それぐらいの事、聞くことはできるよね? さてと、新しい能力を試そっか。たしか……『“小手シャォダーショゥ”、おいで! 出番だよ!』だったかな」


 自身の周りに無数の青白い幽体のような「手」を召喚する、生き返った少女。



「やれやれ。まさかこうなるとは思いませんでしたねぇ。まぁ偶にはこういった余興もよいものでしょうねぇ? では早速。──『溢れ出の、傀儡管理者』。征きましょう、私達よ。」


 百体ほどの自身のクローンを前動作なしに誕生させる辻シリーズの毛利。



「 Hf PdAu K Ta" Na Na。 Li Tc Ta Be Na Ra" PdAu K Mo Li Re" Ai Au K Y" 」


 語で互いに会話しながら姿を現すアース神族ニア・ゴッズたち。

 筋骨隆々のCuFeS2黄銅鉱

 テンガロンハットのような頭部を持つCaCO3方解石

 そして、全身から薄いガラス片を生やすKFe32+AlSi3O10鉄雲母



「うわ、実際に見るとすっごい数……よぉし、メラ、頑張りますっ! 〘イオレイの茨守護〙!」


 他メンバーに強化巫術ふじゅつをかけていく単眼モノアイ少女、磯環人アネリダ・ショアのメラノスティグマ。



「何かよい武器や耐性が見つかるといいのですが。本当に」


 やや不安そうな表情を見せる磯軟人アネリダ・モルクスのグラウクス。



 そして未知の影が2つ、現れる。


 片方は蒸気を上げつつ移動する不定形な黒褐色の、。奇妙なことに、その人物は言葉を発することができた。


「する、変身。姿、巨大、大昔、なつかしい。いきます、公爵、ゼパル」


 乾留液タールは急速に姿を変え、無機質な肌を持つ真っ赤に輝く巨人の姿へと変貌した。



 そしてもう片方は様々な武器を背負い腰には何本もの刀を差す、麻でできた簡素な衣服を纏う人物。首には無数の勾玉が紐に括られ、かけられている。彼の顔は編み笠に隠れていて見えないが特徴的な点が1つ。

 編み笠を貫通し後ろへと伸びる立派な2本の、

 その人物は背より錫杖を、腰より神剣を抜き変則的な二刀流となる。


「……このむれに、てんの、テングリの加護あれ。瓊瓊杵ニニギ、参る」


 瓊瓊杵ニニギは錫杖を鳴らす。3つの鈴が呼び出す澄んだ音色に乗り、じわりと病が広がっていく。











 画面の向こうで欺喉起ギコウキ、エドワード博士、テセラクトは全戦闘員の配置が完了するのを見届ける。

 この4人はディアドコイでは珍しい非戦闘員であった。テセラクトは少し事情が異なるが。そんな彼女は弱る体を無理に起こしてある人物を見つめる。

 視線の先には瓊瓊杵ニニギがいた。


「まさかあの、人って……なぎさんの、同族?」

「ン? そのナギっテ、誰だ?」

「はぁ~お前は本当に忘れやすい奴だな。こう言えばわかるだろ、いわなが──」



 そんな3人の会話をよそに、は1人思考を続ける。


──幸いにも翠玉すいぎょく翡紅フェイホンを助けたことで最低限の保険はかけることができた。

 全く、我らがああやってをしなければ『遷移計劃』は命の重みによって確実に失敗していた。予定通り助けてくれた藩国はんこくの連中には感謝しているよ。じゃなければ数少ない戦闘員が更に減ってしまう可能性があるからな……。

 出来れば翠玉すいぎょくに潜伏させた『彼女』をいや、今は藩国はんこくで治療中だったか、がいればよりよかったのだが。そして今頃スエズ辺りで暴れているであろう『あのお方』も。しかし、彼らの状況的に今来てもらうことはできないから仕方のないこと。

 それはともかく、翡紅フェイホンの能力は貴重だ。もう少し上手く調整すれば、最悪の未来も回避できるかもしれない。真の能力である歴史修正によって。だから何としても生き続けて貰わねば、困るのだ。大望の実現の時まで。

 まぁ私がそれを感知することはできないが、組織が無事であれば構わぬ。凡たる私の代わりなど幾らでもいる──






 各々の大望、考え、状況が交差する中で。

 誰に知られることもない戦いが始まる。


 全てを識る大いなる流れは、それをじっと眺めた。

 とてもとても関心を持って。

 世界の命運が、決まるかもしれないから。






 戦争は誰が正しいかを決めるのではない。誰が生き残るかを決めるのだ。

 ──バートランド・ラッセル

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