えのとびらのさきに

 ティマの細腕に身を預けながら様々な船が並び多数の浮き橋によって形造かたちづくられた商店街を抜けると、緩やかに上へ向かう数百メートルほどのがあり、乗って進むと先程とはまた違った船達によって構成される場所へと辿り着く。

 そこはある種の力強さと禍々しさ硝煙の匂いを感じる船達で構成されていた。ここへ来るまでに何度も見た、軍艦だ。船内からは様々な物々しい音が聞こえる。

 

「……海聚府ハイジューフーは、ひょっとしたらもうお気づきかもしれませんが緩い円の形をしています。外側から順に4つの人工港ディマン、先程通った小型船、中型貨物船を密集させる形で構成される物品取引場ディーシト・クシュ、様々な時代の軍艦を数珠つなぎにすることよって構成される総合作業場ゲナィ・アトゥーリェ、そして今向かっている巡航客船クルーズ船を円形に並べる形で構成される船室住居カビン・コヌト……という感じに」

 

 ティマの説明を受けながら軍艦の後甲板あとかんぱん(入口に『これより先、総合作業場ゲナィ・アトゥーリェ担当艦「北上きたかみ」なり』と書かれている)を通り、船内へと入る。

 すると、先の喧騒とはまた違う、鋭さを伴う大声があちらこちらから聞こえ、多数の工作機械の狭間で男女──もちろん年齢問わず──があっちへ、こっちへとせわしなく動き回る姿が見えてきた。

 

「……翡紅様はあくまで『召喚』するだけ。おまけに、こう表現しては聞こえが悪くなってしまいますが、召喚物は年代も量もバラバラで要はアタリ・ハズレがある。ですから彼らがああやって使。『共通規格がないから……』といつもマズダさんが頭を抱えています」


 そんな解説を聞きながら僕達は敷設された通路を進む。北上きたかみの内部はその大半が様々な武器・弾薬・防具の制作場で、常に人や物の往来があるので実際に通路として使用できる幅は大分狭い。成人男性の肩幅で2・5人分ぐらいだろうか。

 これでは船室住居カビン・コヌトとの往来は厳しいのでは? と質問したところ、「彼らは日が落ちる頃になれば、その作業をので、その時になれば通路の量が増えますから大丈夫」と教えてくれた。

 総合作業場ゲナィ・アトゥーリェの通路はその全体を通して、およそ800メートル程、軍艦5~6隻分だったろうか。

 艦同士の隙間は重ね合わせた鉄板や、有り合わせの資材で作られた吊り橋でつなぎ合わされていた。

 そして……船室住居カビン・コヌトに到着する。



 船室住居カビン・コヌトは6隻の巡航客船クルーズ船が「*」、アスタリスク記号のように向き合った形で配備され、それぞれの隙間に6隻の小型客船を埋め込む形で構成されている。でかいホールケーキを思い浮かべればいいだろう。

 そして各船の間は総合作業場ゲナィ・アトゥーリェと同じく、いくつもの吊橋によってつなぎ合わされ、簡単に往来ができるようになっている。吊橋の幅も広く、大きいもので幅15メートルはある。大通り、といったところか。

 彼女客船たちはプラネタリティP l a n e t a r yマテリアルM a t e r i a l s、≪奇跡星の貴族達≫シリーズ大型巡航客船という。そしてそれぞれ時計回りに「ルビー紅玉」、「サファイア蒼玉」、「エメラルド 翠玉」、「ダイアモンド金剛石」、「パール桃真珠」、「プラチナ白金」となっているらしい。


 ティマが住んでいるのはPMシリーズ「エメラルド」の一等船室、とのこと。例によって作業場より伸びる即席吊橋を通って、船尾から船内に入る。

 見てわかる通りこの船は非常に巨大であるため、もうふらつくことはない。というかさっき見た戦艦よりでかいんじゃないのこの船は。……後で知ったのだが、全長400メートルもあるらしい! ちなみに先程の戦艦「信濃」は263メートル。軍艦より大きい客船って……旧時代は凄いなぁ。

 それはともかく。土台が安定しているのでふらつく心配はない! とティマの細腕に預けていた体を開放してもらった。

 

 船内に入るとすぐに目に入ったのは……これが船の中なのか、と思う光景であった。やさしい光で満たされた何階層にも渡って吹き抜けた広場があったのだ。「芝生」とかいうものが一面に敷き詰められている。

 先程までの活気ある喧噪物品取引場鋭く力強い喧噪総合作業場、それらとは違い、この場は穏やかな喧騒が君臨していた。

 知人同士で談笑する人、昼寝する人、読書する人、運動する人……皆思い思いの方法でくつろいでいた。殺伐とした世界から取り残されているかのように。


「……ここは『エメラルド』の第5デッキ、憩いの階、です。こうしてのんびりと日々の疲れを癒す場所や店もあります。マッサージ店とか。わたしもよくここでお昼寝をするんですよ? さて、私が住んでいる所へはこちらのエレベーターを使って参ります」


 僕達はデッキの隅っこにあるエレベーターに乗り、上方向へと向かう。エレベーター内はガラス張りなので他階層の様子がよく見えた。子供たちが集うのであろう遊園場、軽く1000人は収容できそうな大食堂、大人向けのアクティビティ施設、数多くの土産物店、食事処、果ては室内プール! まで。

 しかしそれらは機能しておらず、あらゆる場所に小さなテントや有り合わせの資材で作られた小屋があった。

 一見すると粗雑な扱いをされているのか? とも思ったが、彼らの顔に悲壮さや怒りというようなモノはどこにも、ない。

 この荒廃しきった世界ではなのだから。


 1分と少し。目的の階であろう第14デッキへと到着する。まだ昼間であるためか、ほとんど人はおらずがらんとした、無数の扉が規則正しく並ぶ廊下を進む。ここは船室のみで構成されているようだ。


「……本来であればこの船は豪華客船。様々な施設を稼働させ、民の娯楽と住む場両方を提供するはずでした。ですがヒロシ君も金浦きんぽ要塞で少し耳に入れたでしょう? 『遷移計劃』。これの本格始動の時が近づいているので、貴重な燃料を節約しなくてはならないのです。……あ、着きました。ここです」


 『遷移計劃』……? なんだそれ? 。喉に引っかかりを覚えたが、ってちょっと待って。


「あの、ティマ? それ、ですよ? めちゃくちゃリアルな扉の」

「……ふふふ。そう思いますよね? でも大丈夫。しっかりと見ていてください」


 ティマは自信たっぷりの笑みでそう答えると「Doctor.Akitu安芸津 作」と書かれた絵を押す。と、‼ 

 その先には色づく虚空が──瞬きする間もなく僕とティマは吸い込まれて──



  150ミリ秒後まばたき。明るい茶と白を基調とした壁紙の部屋が出現した! また、転移ワープしたということか。だいぶ凝った仕掛け? だな。防犯の為だろうか。

 そんなことを思いながら足を踏み入れる。

 錆びた鉄とえたぞうの匂い……ではなく。濃い、甘い香りが僕を歓迎する。


「……さ、遠慮なくこちらへどうぞ。とりあえず、そこのソファーに座って、お茶を出しますから」


 ティマの案内に従い入ってすぐのところにあるリビング。にあるロングソファーへと腰掛ける。……香りもあってなんか、とても落ち着く。

 辺りを見渡すと、まず複数のビンに気付く。高さ10センチ、透明で何かの液体が入っていて、その中に黒い棒が何本か差し込まれていた。

 次に目に留まるのは、ソファーの目の前にある青い、木製と思われる。その絵の中央よりやや左側にも「Doctor.Akitu安芸津 作」と真っ白な囲いと共に書かれてある。その下には何枚ものゴミ袋。


 そこまで観察したところでティマがお茶を持って来てくれた。


「あ、お茶、ありがとうございます」

「……気になさらないでください、あなたはこの国にとって、大事なお客様ですから。の部屋、どうですか?」

「ええと、この甘い香りのせいかなぁ? リラックスできる感じがする」

「……それはよかったです。部屋のあちこちにあるアロマボトルのおかげですね。少し前に翡紅フェイホン様が嗜好品として召喚されたものです」

「へぇ。じゃ、あの絵は?」

「あれは、私は直に会ったことはないのですが、Doctor.Akitu安芸津さんが制作した簡易式転移門です。対になっている場所をつなげることができるんです。さっきここへ入った『絵』もその一つですよ」


 そう言って入口に当たるところを指差すティマ。改めて見ると、確かに扉の絵がさっきまで立っていた場所の後ろにある。


「とすると、この青い扉も?」

「はい。この扉は陸地の方へと繋がっています。そこで翡紅フェイホン様が召喚を行うのです。なにせ何が召喚されるかはある程度傾向を絞ることができるものの、基本ランダム。なのでなるべく広い所で行う必要があるのです」


 なるほどね。その後、ティマがこの部屋の間取りを教えてくれた。真上から見ると正方形となっていて、今いる場所がリビング。全体の4割ほどの面積で左上に位置している。その下にあるのが書斎。リビングの反対側にはベッドルーム、そしてその下、書斎の隣が簡易式キッチンや風呂、トイレがあるとのこと。


「……さて、それじゃあお昼、作ります。それで、心苦しいのですが一つお願いがあるのです」

「えっ? それは構いませんけど僕、料理できませんよ? せいぜい缶詰のフタを開けることしか」

「……いえ、そうではなく力仕事ですから、問題ないです」


 ティマはそう言い残して一旦キッチンへと向かい、コードに繋がれたある物を持ってきた。


「これを回して欲しいのです。30分ほど」


 それは赤い、20センチほどの楕円形で、片側にハンドルがついている──手回し発電機であった。



こんにちは。筆者のラジオ・Kです。

今回もここまで読んでいただきありがとうございます!

例によって本エピソードのプチ解説を。


 人工港ディマン

 物品取引場ディーシト・クシュ

 総合作業場ゲナィ・アトゥーリェ

 船室住居カビン・コヌト

 

 これらのルビついて。これらのルビは、トルコ語が由来でございます。構想段階では現在の舞台である架空の国、翠玉国のモデルである遊牧民族が使用していたモンゴル語にしようと考えていたのですが、1つ問題が発生したのです。

 筆者はこういった外国語由来のルビを振る時、Google翻訳の音声出力機能を使っているのですが。モンゴル語は対応していないのです! これは困った。発音がわからない以上ルビが振れないぞ、と。

 そうして他の言語にしようと思い立ったわけですが、モンゴル語について調べてみるとチュルク語族という大きな括りに属している。ではこの語族の中で有名で、音声出力機能が使える奴……見つけました。トルコ語です。

 このような経緯を経て、これらのようなルビとなりました。


 今回の解説は以上です。

 読んでいただきありがとうございました!

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