職場見学
*
10/30、19:04
あと、約22時間。
「ただいま! あら、仲良くやっているようね」
部屋の入口を見ると、翡翠色の髪に赤き双眸、そしてとても一国の主には見えないラフな格好の
他人に見られると恥ずかしいのか、それとも偶々タイミングが重なっただけなのか、俺の両手を握っていたティマは弾かれるように手を放し、主の元へ駆け寄る。
その後ろ姿からでもわかるほど顔は真っ赤であった。
「今日のおかずは……あら、
「……」
その問いに対してティマは何も言わなかったが、その砕けた表情を見れば丸わかりというものであった。
ティマは
こういうの、何て言うんだっけか。体の中に折りたたまれている無数の情報を検索すると……該当しそうな単語が1つ。
夫婦っていうやつだな、きっと。
「ふぅ~すっっっごく、美味しい! やっぱり肉は本物が一番ね!」
「……お口に合うようで何よりです、陛下」
「あーあ、次に食べられるのはいつになる事かしらね。ねぇヒロシ、アンタはとんでもなく幸運なのよ? このご時世に陸上生物の肉を食べられる時に
「なぁ、ちょっと聞きたいんだが」
「どしたの?」
「この鶏肉ってさ、どこから持ってきたんだ?」
「――へぇ。本当に変わったのね。なんていうか、アップグレードしたって感じに思えるわ」
「……そうですね、以前でしたら『どこから』ではなく『これはそもそも何』という質問をする気がします」
僕だった時はそう思われていたんだな。なんか新鮮な感覚だ。
「で、質問の答えだけど。そうね、ちょっとこの後業務に付き合ってくれる?」
「なんで俺が」
「それはね……今朝の、罰よ」
*
10/30、20:00
あと、約21時間。
俺が今日起きた、丁度その時だ。
恐らく「能力」を使った反動の対処のため添い寝をさせられていたのだろう。ふっと真横を見ると俺の腕をキツく噛んでいた
いや意識ない状態の人間を湯たんぽ変わりするなとつい思ってしまったが……そのタイミングで
今ならわかるぞ。さっきの罰というのは「
俺はそう考えながら――
船と船の間を
飛ぶ、飛ぶ。掴まり、ぶら下がり、滑空する。
実際、出だしから何かおかしかったのだ。
部屋から出て、まず向かうはエレベーター。そこから下に降り、甲板へと出るというのが一般的なルートのはずなのだが。
「エレベーター? 使わないわよ、直に降りた方が早いもの」
などというや否や窓を開け、そのまま自由落下。壁面のデコボコに体を引掛け、減速しながら十数メートルを無事駆け抜け、着地。10秒ほどで。
船から船へ移る時もわざわざ架けてある橋など使わない。本来は荷物運搬用に使う高所に設置された丈夫なロープに掴まり、そのまま滑空して移動するのだ。
当然、移動するたびに船の高い所まで登らないといけないのだが、当然のように
「……いくら何でもお転婆ってレベルじゃねーよな、あれ」
そうぼやきながら俺は彼女を追いかける。実のところつい先日ならいざ知らず、今の俺にとってそこまで難しくない。
簡単な事だ。ただ後ろをついていけばよい。
ぱっと見、それが舗装されたないだけなのだ。で、道さえ分かれば後は楽勝だ。通り方もちゃんとレクチャーしてくれているしな。
こうして船と船の間を登り、飛び回ること30分。
俺と
「ふーん、ちゃんとわたしの動きについていけるとか、やるじゃない」
「そうでもない。俺は――この通り、色々と改造したからな。ほぼ素手の
俺は彼女に鋭く尖った爪や手のひらに作った
「薄々感づいていたけどさ、生物の力を色々と引き出せるのって便利よね」
「そう見えるのか?」
「もちろんよ。
「そこは1番じゃないのかよ」
「そりゃぁ、1番はティマに決まってるでしょ? ちゃんと
「あー、なるほど」
俺は脳裏に多数の隕石が降り注ぎ、この国を形作るあらゆる船が粉砕される光景が思い浮かべた。そしてそれは戦艦信濃とて例外ではないだろう。
「ところでこの船は?」
「ティマから貰った端末、持ってる? あの中のアプリに艦船識別ができるものがあるわよ。丁度いいわ、使ってみて」
どれどれ。俺は懐よりAIpphone
起動してみると、
∧ ∧
(≧∀≦*)ノ~お待たせしました~
現在位置:
詳しい戦歴を見ますか?
YES or NO
聞いたことない名前の艦船だな。その戦歴とやらにも興味があるが、ここはぐっとこらえて――
「そんで、どうしてここに連れてきたんだ?」
「アンタの『この鶏肉、どこから来た?』に応えるために決まってるじゃない。こっちよ」
俺達はエレベーターを使い
元・欧州連合独立海軍、同軍スピッツベルゲン島基地「スヴァールバル世界遺伝子貯蔵庫」所属
緊急避難用遺伝子情報貯蔵船『ゴフェル』 船内
10/30、20:49
あと、約20時間11分。
許可を得て、船内に入ると……まず見えるのは殺風景な廊下に幾重にも設置された消毒室。だかそこには入らずに、側面にある部屋へと。扉には入船管理室と書かれている。
「あれ、あっちにはいかないのか」
「単なる見学如きで貴重な消毒液やら消費電力がバカ高い各種殺菌装置、超希少な陽圧防護服を使うワケないでしょ」
「それが皇帝陛下であっても?」
「当然。そもそも私の能力で召喚したものばかりだから、その希少性は一番把握しているわ――お勤めご苦労様、少し借りていい?」
「これは陛下! もちろんでございます!」
中にいた数人は部屋の後ろに待機する。皆白衣を纏っているな、科学者か。
「さて、このメインモニターに映っているのが、答えよ」
そこに映っていたのは、多数の実験機器、培養層、多種多様なゲージ類、そして内部の壁面を覆いつくす収納棚。船内はやはり白で覆われ、非常に無機的な印象を与える。
「神話にあるノアの箱舟、その材料となった木の名前を冠するこの船の名前は『ゴフェル』。そして彼女の役割はただ1つ。なるべく多くの生命の遺伝子情報を保存すること」
「そうゆうことか。あの鶏肉はここで復元されたものなんだな?」
「その通り。精子と卵子を作って、試験管の中でイチから育ててね」
そう語る
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