職場見学

10/30、19:04

あと、約22時間。




「ただいま! あら、仲良くやっているようね」


 部屋の入口を見ると、翡翠色の髪に赤き双眸、そしてとても一国の主には見えないラフな格好の翡紅フェイホンが丁度帰宅したところであった。


 他人に見られると恥ずかしいのか、それとも偶々タイミングが重なっただけなのか、俺の両手を握っていたティマは弾かれるように手を放し、主の元へ駆け寄る。

 その後ろ姿からでもわかるほど顔は真っ赤であった。


「今日のおかずは……あら、揚げ物からあげね。超貴重な本物の食材鶏肉まで使って……ははぁ、彼の快気祝いでしょ」

「……」


 その問いに対してティマは何も言わなかったが、その砕けた表情を見れば丸わかりというものであった。

 ティマは翡紅フェイホンが羽織る黒ジャケットを預かったり彼女の分の食器やらご飯やらを出したり(何時ぞやのインスタント食品『ヤマトウマイ米・β種使用 みんなの炊き立てごはん』であった)と、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


 こういうの、何て言うんだっけか。に折りたたまれている無数の情報を検索すると……該当しそうな単語が1つ。

 夫婦っていうやつだな、きっと。


「ふぅ~すっっっごく、美味しい! やっぱり肉は本物が一番ね!」

「……お口に合うようで何よりです、陛下」

「あーあ、次に食べられるのはいつになる事かしらね。ねぇヒロシ、アンタはとんでもなく幸運なのよ? このご時世に陸上生物の肉を食べられる時にこっち翠玉国に来れたんだから」


 翡紅フェイホン、中々に上機嫌なご様子。これが素の姿ということか。俺はそんな彼女がつまんでいる肉を見て――ある疑問が。


「なぁ、ちょっと聞きたいんだが」

「どしたの?」

「この鶏肉ってさ、持ってきたんだ?」

「――へぇ。本当に変わったのね。なんていうか、アップグレードしたって感じに思えるわ」

「……そうですね、以前でしたら『どこから』ではなく『これはそもそも何』という質問をする気がします」


 だった時はそう思われていたんだな。なんか新鮮な感覚だ。


「で、質問の答えだけど。そうね、ちょっとこの後業務に付き合ってくれる?」

「なんで俺が」


 翡紅フェイホンはそこでずい、と身を乗り出す。そこに浮かぶ笑みは大変鋭く、犬歯が見えるほどだった。


「それはね……今朝の、よ」




10/30、20:00

あと、約21時間。




 俺が今日起きた、丁度その時だ。

 恐らく「能力」を使った反動の対処のため添い寝をいたのだろう。ふっと真横を見ると俺の腕をキツく噛んでいた翡紅フェイホンがいた。

 いや意識ない状態の人間を湯たんぽ変わりするなとつい思ってしまったが……そのタイミングで翡紅フェイホンが起きて、3日前と同じく一通り騒いだのだ。


 今ならわかるぞ。さっきの罰というのは「私の恥ずかしい癖を見た罰照れ隠し」という事だな!

 俺はそう考えながら――

 船と船の間をフリーランニングパルクールでもって駆け抜ける翠玉すいぎょく国現皇帝陛下フェイホンを追いかけていた。


 飛ぶ、飛ぶ。掴まり、ぶら下がり、滑空する。翡紅フェイホンフリーランニングパルクールの腕は相当なものだった。

 実際、出だしから何かおかしかったのだ。

 部屋から出て、まず向かうはエレベーター。そこから下に降り、甲板へと出るというのが一般的なルートのはずなのだが。


「エレベーター? 使わないわよ、直に降りた方が早いもの」


 などというや否や窓を開け、そのまま自由落下。壁面のデコボコに体を引掛け、減速しながら十数メートルを無事駆け抜け、着地。10秒ほどで。


 船から船へ移る時もわざわざ架けてある橋など使わない。本来は荷物運搬用に使う高所に設置された丈夫なロープに掴まり、そのまま滑空して移動するのだ。

 当然、移動するたびに船の高い所まで登らないといけないのだが、当然のように翡紅フェイホンはするすると登っていく。

 

「……いくら何でもお転婆ってレベルじゃねーよな、あれ」


 そうぼやきながら俺は彼女を追いかける。実のところつい先日ならいざ知らず、今の俺にとってそこまで難しくない。

 簡単な事だ。ただ後ろをついていけばよい。翡紅フェイホンの動きを見ればわかることだが、あれはでたらめに飛び回っている訳ではなくきちんとしたルートがある。

 ぱっと見、それが舗装されたないだけなのだ。で、道さえ分かれば後は楽勝だ。通り方もちゃんとレクチャーしてくれているしな。


 こうして船と船の間を登り、飛び回ること30分。

 俺と翡紅フェイホンはある軍艦の艦橋にいた。恐らく停泊時には使わないのだろう、うっすらと埃が積もっている。


「ふーん、ちゃんとわたしの動きについていけるとか、やるじゃない」

「そうでもない。俺は――この通り、色々と改造したからな。ほぼ素手の翡紅フェイホンとは違ってな」


 俺は彼女に鋭く尖った爪や手のひらに作った趾下薄板しかはくばんを見せる。特に後者の器官は分子間力によってあらゆるものに張り付くため、お世話になった。


「薄々感づいていたけどさ、生物の力を色々と引き出せるのって便利よね」

「そう見えるのか?」

「もちろんよ。獼猴じこうからの報告も聞いたけど、あんたは途轍もなく強いわね。私が知る限り、2番目かな」

「そこは1番じゃないのかよ」

「そりゃぁ、1番はティマに決まってるでしょ? ちゃんと魔素マキジェンを供給し続ける、という条件付きだけど。もうわかるでしょ、あの子が本気の半分でもだせばこの国は消滅するもの」

「あー、なるほど」


 俺は脳裏に多数の隕石が降り注ぎ、この国を形作るあらゆる船が粉砕される光景が思い浮かべた。そしてそれは戦艦信濃とて例外ではないだろう。


「ところでこの船は?」

「ティマから貰った端末、持ってる? あの中のアプリに艦船識別ができるものがあるわよ。丁度いいわ、使ってみて」


 どれどれ。俺は懐よりAIpphone XVI16を取り出し……あった、この「位置情報解析」というやつだな。

 起動してみると、ねこVer.404にお任せを! というメッセージが流れ、数秒もすると結果が表示される。


  ∧ ∧

 (≧∀≦*)ノ~お待たせしました~

 現在位置:改鈴谷型重巡洋艦伊吹型重巡洋艦 二番館、鞍馬くらま 艦橋部


 詳しい戦歴を見ますか?

 YES or NO


 だな。その戦歴とやらにも興味があるが、ここはぐっとこらえて――


「そんで、どうしてここに連れてきたんだ?」

「アンタの『この鶏肉、どこから来た?』に応えるために決まってるじゃない。こっちよ」


 俺達はエレベーターを使い鞍馬くらまの中心部へと降り立つ。そして外へ。そこには複数の兵士と、一本の橋。さっきみたいに自由に出入りしないという事は、この船は余程大切なものということか。




元・欧州連合独立海軍、同軍スピッツベルゲン島基地「スヴァールバル世界遺伝子貯蔵庫」所属

緊急避難用遺伝子情報貯蔵船『ゴフェル』 船内

10/30、20:49

あと、約20時間11分。




 許可を得て、船内に入ると……まず見えるのは殺風景な廊下に幾重にも設置された消毒室。だかそこには入らずに、側面にある部屋へと。扉には入船管理室と書かれている。


「あれ、あっちにはいかないのか」

「単なる見学如きで貴重な消毒液やら消費電力がバカ高い各種殺菌装置、超希少な陽圧防護服を使うワケないでしょ」

「それが皇帝陛下であっても?」

「当然。そもそも私の能力で召喚したものばかりだから、その希少性は一番把握しているわ――お勤めご苦労様、少し借りていい?」

「これは陛下! もちろんでございます!」


 中にいた数人は部屋の後ろに待機する。皆白衣を纏っているな、科学者か。


「さて、このメインモニターに映っているのが、よ」


 そこに映っていたのは、多数の実験機器、培養層、多種多様なゲージ類、そして内部の壁面を覆いつくす収納棚。船内はやはり白で覆われ、非常に無機的な印象を与える。


「神話にあるノアの箱舟、その材料となった木の名前を冠するこの船の名前は『ゴフェル』。そして彼女の役割はただ1つ。なるべく多くの生命の遺伝子情報を保存すること」

「そうゆうことか。あの鶏肉はここでされたものなんだな?」

「その通り。精子と卵子を作って、試験管の中でイチから育ててね」


 そう語る翡紅フェイホンの表情は、どことなく悲壮に満ちていた。

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