三種の神船

元・欧州連合独立海軍、同軍スピッツベルゲン島基地「スヴァールバル世界遺伝子貯蔵庫」所属

緊急避難用遺伝子情報貯蔵船『ゴフェル』 入船管理室


 翡紅フェイホンは船内のモニターを見ながら淡々と語る。


翠玉国すいぎょくこくの食料自給率はね、凡そ10パーセント程なの。この『ゴフェル』にて復元された動植物、その中から手探りで養殖に成功したもの。内訳はこの2つね」

「……27日に見たぞ。睡蓮すいれんが巨大な水槽に飼育されていた魚達を捕獲している場面を。あれらがそうなのか」

「そ。全くもって情けないわよね。この船ゴフェルにあるのはご覧の通り膨大な量の遺伝子情報と復元装置のみ。彼らをどう育てるか、繁殖させるか、調理させるか。

旧時代21世紀末にとってわざわざそんな情報を入れる必要性が皆無だったからか。というよりあまりに常識的過ぎるから」

「話が早くて助かるわ。魚の養殖だって去年、初めて成功したんだから」


 それ以前までの養殖は悉く失敗したらしい。どうして? と聞くと。


「いい? 笑わないでね――マグロ、イセエビ、牡蠣、ワカメ……」

「ええ……。そりゃぁ、無理というものだ」

「やっぱりそう思う?」

「俺が知る限りの情報だが、どれもこの国にとってコスパが悪すぎる。特にイセエビの養殖なんかは旧時代21世紀末のみ許された所業だぞ。よくトライする気になったな」


 割と辛辣な物言いになってしまったが、実際そう思う。ロクな日光光源もないのにワカメの養殖なんて、不可能だろうに。

 

「だよね。結局私達は『知識の断絶』を甘く見過ぎたのよ。だからあんな無様なことを、資源の無駄遣いをしてしまった。そしてある日、たまたま関連する本を召喚出来て……気づいた知識を得た時にはもう手遅れだったというわけ」

「それで、食料自給率の残り90パーセントは……翡紅フェイホン


 力なく首肯する翡紅フェイホン。その表情はとても危うい。それについて触れたくないのか、彼女はやや強引に話題を変えた。


「さて、先の質問にこれで答えとなったわけだけど。どうせならもう少し付き合いなさい。この機会に残り2つの『神船』を紹介するわ」


 実のところ、その表情は命令ではなく「ついてきて欲しい」と語っていた。




10/30、22:13

あと、約18時間47分。



 俺と翡紅フェイホン連絡船ガレー船「アルゴー号」の船上からその光景を眺めていた。

 

 端末の地図アプリによるとここは杭州湾こうしゅうわんの東南に位置する舟山島しゅうざんとうの辺り。

 そこには主に軍艦が寄り集まり、1つの人工島のようになっていた。ミニ海聚府ハイジューフーといった感じか。

 AIpphone XVI16にある『船情報検索アプリ』によれば主に構成する艦は以下の通りとのことだ。


・中心部

 双胴式立体印刷機装備工作艦 ΉφαιστοςヘパイストスΛήμνοςリムノス


 現在改装を受けている艦

 元サウスダコタ型戦艦、電子戦闘/工作艦「マサチューセッツ」

 改装内容:対空火器装着、バルジ撤去、機関換装(蒸気タービン→ガスタービン機関へ)


・外縁部

 航空母艦

 エセックス型「レキシントン」

 タイコンデロガ型「オリスカニー」、「イオー・ジマ」、「フィリピン・シー」「レプライザル」


 工作艦

 明石あかし型「桃取ももとり

 「関東」(元ロシア汽船「マニジューリヤ」)


 大型原油タンカー(VLCC、20万~30万トン級タンカー)

「クナールⅣ」、「オーセベリⅫ」、「ゴクスタⅤ」、「トゥーネⅧ」


 石油タンカー船

 T2-SE-A1型、計8隻

 「紀洋丸きようまる」、「さらわく丸」、「帝洋丸ていようまる」、「みりい丸」


 帆走タンカー船

 「フォールズ・オブ・クライド」


 給兵艦

 樫野かしの 型「美保みほ


 敷設艦

「つがる」


 電纜敷設艇でんらんふせつてい

 初島型「大立おうたて


 戦車揚陸艦

 シャーダル級「ケサリ」

 トリュー級「アルジャン」

 雲峰うんぼん級「飛鳳ピボン




 こうして一覧表として見ると眩暈がしそうな量だ。しっかし本当にごちゃまぜ、といった感じだな。あるもの全てを利用しつくす、ということがよくわかる。

 アルゴー号はゆっくりとさざ波を立てながら、外縁部に位置する「美保みほ」へと向かっていった。



10/30、22:32

あと、約18時間28分。


元・大日本帝国海軍所属、樫野かしの 型給兵艦「美保みほ」、艦橋内



「何ですって!? 一機も残さず分解しちゃったの!?」

「うっ……つ、つい……」

「そ、ん、な言い訳で許すわけないじゃない、このおバカっ!」

「いでっ!?」


 連絡か何かの行き違いにより所有していたB29を全てスクラップにしてしまった呂玲ロィレン翡紅フェイホンの雷を一身に受けていた。

 超高身長の呂玲ロィレンが縮こまって折檻を受ける様子は相当シュールな光景だ。翡紅フェイホンの怒り声とやらかした件の対応策を練っている中、俺は眼前に横たわる2隻の神船を観察していた。


 即ち「ΉφαιστοςヘパイストスΛήμνοςリムノス」と「マサチューセッツ」である。


 端末内アプリのねこVer.404によると、これに先程までいた「ゴフェル」を加えた3隻がが翠玉国すいぎょくこく誇る「三種の神船」であるとのこと。

 俺は先程からふと思い出したや、「三種の神船」について調べることで暇をつぶす。


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  ∧ ∧

 (っ'ヮ'c)ノ解説です(音声付き)~~~「三種の神船」のゆえん


・電子戦闘/工作艦「マサチューセッツ」

 翠玉国すいぎょくこくにある電子系データ、その全てが船内に搭載されている量子演算式超大型計算機ハイパーコンピューター「エイボンの書」に収録されているんだ! 

 ねこVer.404の本体データもここにあるよ!

 私達の知識の源ってわけ。でも残念ながら本来の性能を引き出せていないんだ……だから今は単なる知識の保管庫や各地域の通信インフラのみ機能させているんだ。

 本来の働きって、どんな感じなんだろうね? きっとすごいことが起きるかも!?



・双胴式立体印刷機装備工作艦 ΉφαιστοςヘパイストスΛήμνοςリムノス

 翠玉国すいぎょくこくのスクラップ&ビルドを象徴する船だよ!

 要らない素材はΛήμνος《リムノス》が全て吸収、各種材料に再構成してΉφαιστοςヘパイストスにある大型3Dプリンターで何でも作ることができるんだ!

 軍艦の改造、新しい船の設計製造、船の修理、生活必需品の合成……衣食住のうち、「衣」と「住」を支える大切な船なんだ!

 ちなみに、規模が大きい改造なんかは小型ドローンやナノマシン群が対応するよ!


・緊急避難用遺伝子情報貯蔵船『ゴフェル』

 翠玉国すいぎょくこくの「食」を支える大切な船だよ!

 でも、稼働時間が短いからあまり恩恵を受けてないかも? と思ったそこのアナタは勘違いをしているよ!

 この船の最大の価値は旧時代に生息していて、既に絶滅した数多くの動植物の遺伝子情報が沢山あるってことなんだ! その数、ざっと10万種!

 しかるべきところに持っていけば、彼らを完全復活させることができるんだ!

 夢のある話だと思わない?


音声読み上げ協力:CeVIO AI  極北イブキ

 

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 丁度解説が終わる頃、目の前では複数のクレーンが動き出し第1船倉からT-34を取り出し、次々とマサチューセッツに乗っけていく。

 さらにマサチューセッツに隣接する戦車揚陸艦のハッチが開き、現れるVI号ティーガー戦車やホルニッセ/ナースホルン対戦車自走砲(端末内wiki参照)。

 彼らを無数のドローン・ナノマシン群がわらわらと取り囲んで、それはそれは大変そうに、えっちらおっちらと運んでいく。行き先は……Λήμνοςリムノスのようだ。

 ふと上を見上げれば同じような感じで局地戦闘機震電しんでんやP-39 エアラコブラ、Il-2 、DH.98 モスキートらが同じようにして運ばれていく。さながら大口径砲の見本市だな。


「どう、私のは?」

「本当に召喚できるものはランダムなんだな」

「そうよ。アタリハズレがあるぶん統一性が皆無なのが弱点なのよね。さ、もう用事は終ったことだし帰りましょ?」

「ああ」


 差し出された手を俺は握り返した。

 その手は差し出すのではなく、救いを求めて藻掻いているように俺には見えた。



○○○○○○○○

10/31、24:02

あと、約17時間と3分。

この日付を、よく、覚えておくがよい。

いよいよ始まるのだから。

○○○

 


 アルゴー号、船上にて


「今日は突然付き合わせちゃってごめんね」

「これは『罰』なんだろう? 別にいいさ」

「……そういえばそうだったわね」


 薄く笑う翡紅フェイホン。やはり無理をしているように感じる。

 ――ここは船上。傍には、誰もいない。秘密の相談事には持ってこいだ。先手を打つとしよう。


「なぁ、翡紅フェイホン。ちょっと改めて聞きたいんだが」

「何よ急に畏まって? ひょっとして告白だったりするの? 既に相手がいるのに――」

「いやいや、ほんのちょっと聞きたいだけさ」


 真正面から翡紅フェイホンの紅き双眸を直視する。


「無理して茶化さなくてもいい。俺が聞きたいのは大和型戦艦『信濃』のことだ」

「――っ! あ、あの戦艦がどうかした?」

? 過去に存在したのは空母『信濃』のはずだろ」


 空気が止まった。

 目の前の女性の瞳には驚きと予想通り、という2つの色が交じり合っていた。


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