違和感
この紛れもない危機状況が存在するのに、全く存在しないかのように信じたからといって、この状況はなんら変化しない。
――マルコム・X
革命は、全国民的な危機なしには起こり得ない。
――ウラジーミル・イリイチ・レーニン
*
10/30、18:05
あと、丁度23時間。
右から左。
そして上から下。
指をなぞり、次々とページを見ていく。見出しには「歴史年表」とある。日本を始めとする東アジア中心のものだ。
「おかしいな。こんな歴史だったか……?」
「俺」は思わず呟く。違和感を感じた箇所を何度も確認するが……うん、何度確認しても同じなので、俺の目に問題があるというわけではなさそうだ。
いくら考えても仕方がない。とりあえず年表の先を確認してみるか。
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2021年
第 32回オリンピック競技大会、2020パラリンピック競技大会が日本国、東京で開催される。
2022年
ウクライナ危機、勃発。双方の軍人・国民に甚大な被害が発生。
これを契機として「力による現状変更を行使する」という選択肢が(大国間の)国際政治に再び台頭することになる。
(以下8年程の記録は現在修復作業中……)
2030年
日本国の南海トラフを中心とした群発型地震が発生。後に「列島大震災」もしくは発生日時を取って「11・9」と呼称される。最終的な死者(震災関連死も含む)、行方不明者は日本国のみで約4500万人と推定される(諸説あり)。
同地震で発生した巨大津波は太平洋を横断、最終的にチリまで到達した。この過程において温暖化による海面上昇の影響を受けていたミクロネシア連邦を始めとする各国はその領土のほとんどが水没した。
2031年
国際海洋調査団に所属する有人潜水調査艇「しんかい10000」が日本海溝と南海トラフの境に「列島大震災(11・9)」の影響で誕生した「
アカシック・レコードは同島の所有権を主張する日本国の手に渡る(グアム沖事変。詳細は該当記事へ)。
「列島大震災」により無政府状態であった九州地方、中国地方、北海道の一部を中華人民共和国、大韓民国、ロシア連邦の各国が電撃的に占領。既成事実化を進める。
2032年
「新」資源アカシック・レコード、を用いた日本国再生プロジェクト「大戸島計画」が発表される。
在日米軍、「列島大震災」の被害を理由として完全撤退を宣言。この決定には当時米国内で盛んに主張されていた「新・モンロー主義」の影響が大きい。
また、同時期の世界中に蔓延していたチベットウイルス(
2036年
憲法改正により自衛隊を前身とする「日本国軍」が結成される。
また、この頃から日本国内では排他的思想や自国第一主義が急激に広まり、周辺諸国と頻繁に衝突を繰り返す。
スローガンは「今こそ日本を1つに!」。
2038年
日本国、電撃的に朝鮮人民民主主義共和国と同盟を組み、大村湾で発生した「第五
ほぼ同時期に北朝鮮、北緯38度線を越え「大祖国統一戦争」を宣言。韓国に宣戦布告。計200万の大兵力が韓国領へ侵入を開始する。
中国、日本と北朝鮮に対し計30発の戦術核による攻撃を開始。内26発が日本へと向けて発射されたが、全て迎撃され失敗に終わる。これは日本がアカシック・レコードを使い産み出した新兵器、レーザー投射を用いた対飛行落下物迎撃システム「
その報復措置に、同じくアカシック・レコードを用いて産み出された新兵器である「
ウルムチに戦略核が投下される。
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こんな感じの箇条書きがタブレットに表示されていて、ページのスクロールバーの大きさから考えると先は長そうだ。
精神的な疲れがグッと来たので
なので痛みと疲れを消し去る。
よし、よくなったぜ。これを無意識のうちに出来るようにしないとな。
ノック音。
「……ヒロシ君? 食事の用意ができましたよ?」
「! わかった、今行く!」
扉の向こうからそそる大変貴重な油の香りにそそられつつ、軽やかな足取りで書斎の扉を開けた。
「……揚げ物なんて数か月ぶりなのですが、味に問題ありませんか?」
「そうなの? いや、とても美味しいよ! それにさ、初めてだから」
「……それはよかったです」
にこりと微笑むティマ。真っ白なエプロンをつけている彼女の姿はどこか新鮮なものがあるように感じた。こんな
そう思いつつ、箸を操る手と咀嚼する口の動きは衰えを見せない。それこそ無意識のうちに、というやつだ。
合成レモンの汁を本物の鶏肉を使った唐揚げに数滴、垂らして食べてみる。生まれる味の変化に感動していると。
「……ふふ、その表情、変わりないですね。やっぱり君は前と同じ人、ヒロシ君なんですね」
「
「……確かに。今の君は金浦要塞の時に助けてくれた人と似た雰囲気。でも、その時はどこか機械的だった」
「そう見えていたのか。で、今は?」
「……君は紛れもない人間だと、思います」
その返答にホッとする自分がいる。間違いなく、人格統合は成功したのだ。実のところ、
「にしても起きた時の反応は凄かったな。みんな同じような反応しやがって。何が『誰だお前!?』だよ全く」
「……至極普通の反応だと思いますよ?
「そうなのか?」
「……まぁ、私は以前にも経験したことがありますから、そこまで驚きはしませんでした。とはいえ、そうなんです。これが『普通』というものなのです。」
そして、今みたいなほんの少しの「ズレ」も前と変わっていないですね。と言って穏やかに笑うティマ。それを見てようやく合点がいった。
時々ティマが魅せるこの笑い方。
これが微笑というやつなのかな、と。
「ってことは、あと数日後……だっけ、神国日本の連中がこっちにくるの」
「……ええと、予定表には11月4日を予定してますね」
「そん時も同じ反応をされるのかな」
「……たぶん、もっと激しい反応をされる気が、します」
激しい、ねぇ。今まで受けた恐怖による拒絶反応がもっと激しくなるのだろうか。そう思っていると、ティマが目の前に移動して両手をぎゅっ、と握ってきた。
「……でも大丈夫! わたしが、いますから。君のことを認めてくれる大勢の人が、いますから」
「そう、だな。ありがとう、ティマ」
素直にそう礼をいう。その返事を聞いて、耳まで真っ赤にしたティマが何か口を開こうとして――この部屋の入口辺りでポン! という音がした。
この音は……既視感がある。どうやら場の空気を読まないこの国の主がご帰還のようだな。
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