黄道光
ヒロシとアスラの決着が着きつつあるちょうどその頃。
人知れず始まっていた彼らの決闘も終わりを告げようとしていた。
比叡山
「く、くそ、この……裏切り者め! どうして
「誤解があるようですねぇ。私は裏切っておりませんし、従って寝返ってもおりませんから。まぁそれはどうでもいいとして――さよならですねぇ、細川大臣?」
一閃。蛇のような顔が特徴の細川大臣の体はその瞬間、幾つもの塊となって大地に転がる。塊からは赤黒い液体が滲み出て水たまりを作りつつあった。
神国日本の重臣「
その死を見届けると「彼」は満足そうに笑みを浮かべる。その後懐から懐中時計を取り出し時刻を確認する。
示す時刻は10月31日の17時丁度であった。
「おや。実行の時まであと5分程ですねぇ。ではそろそろ山の方に向かいま……おやおや、あれは……」
「彼」は空を仰ぎ見る。丁度西側、比叡山の方角から何かが落下してきたのだ。それは「彼」の目の前、10メートル程の地点に落下した。
肉塊と刀、そして鞘であった。
肉塊の側面にまるで適当に刺したまち針のように刀が突き刺さる、という何とも異様な光景である。
異様な光景はそれだけに終わらなかった。
肉塊がびくん! と跳ねて蠢き始める。凄まじい速度で膨れ上がり、
塊は直立二足歩行を取った。
そして――
刀を抜く。
まるで閃光のような素早さ!
光が飛び、目標に命中。「彼」の左手首が切り落とされ、顔面に僅かな切れ跡が残る。たが流れるはずの血は一切出ない。
「おっとっと。いやぁ警告もなしなんてひどいですねぇ。それにしても素晴らしい回復力だ。今の剣術といい、大英雄・
「彼」はニヤリと嗤う。パキリ、と音がして掛けていたサングラスが割れた。露わになる三白眼。
「いやぁお久しぶりですねぇ、大体200年ぶりでしょうか――」
同時刻。
比叡山中腹、京福電気鉄道叡山ロープウェイ中継所跡にて。
「本当にいいのか?」
「っ、あ、ああ。頼む、らくに、してくれ、たのむから……」
俺は麻里の両手を切断した。
金属に覆われた鋭利な右手に血と僅かな神経が付着する。まだ生きているのか付着した神経や肉片が微かに身じろぐ。
「ぐっ、が、はぁ、っ――」
「በእኔ ውስጥ የሚኖረው መንፈስ፣ እባካችሁ የዚያን ሰው ስቃይ በጊዜያዊ ንድፍ አስወግዱ።」
「እና የሰላም ጊዜ」
〘 飛忘痛〙
〘眠夢入〙
すかさずティマが魔道具に彫られた治癒魔法を使い、一時的な治療をする。
麻里の切断しかかっていた両腕は既に壊死が始まっていた。このまま侵攻すると、母体の命もつきてしまうだろう。そしてティマの力では一時的に痛みを忘れさせるのが精一杯。
彼女の命を救うにはこうするしか、ないのだ。
体力尽き果てて、寄り添うように互いの体を預けながら眠る麻里とチトセ。その顔に穏やかという色は欠片もなく、ただただ悲しみがあった。
「その、
「確認できるのは私達だけです」
「そう……ですか」
力なく頭を横に振る
そもそも俺はどうしてここへ来たんだ?
わからない。俺は、ただ衝動のままに来ただけ。合理的な理由なんて、どこにも……。少なくともたった3人を助けるためじゃなかった、はずだ。
だから今回の救出作戦は失敗したはずなのに。
誰も非難の言葉を口にしなかった。ただの一言も。
「どうして俺を、責めないんですか」
「ヒロシさんは責めて欲しいのですか?」
「え? いや……でも、こうして間に合わなかったんだから責められるはずなんじゃ――」
「人称の変化といい向こうで様々な事を学び、経験してきたようですね。でもヒロシさん。あなたは間違っています」
「えっ?」
「いいですか、ヒロシさんは」
その時である。
ビーン、ピロリン♪
場違いな音が響く。着信音、かこれは?
音の出どころはティマの端末のようだ。不審な顔で端末を開き、すぐに彼女の顔は驚愕に染まった。
「……あの、ヒロシ君宛に、メッセージが」
「えっ誰からの」
顔を青ざめさせながら僕に画面を向ける。そこには――
同時刻。
日本列島、瀬戸内海の
黒船
「解析の結果、グンソー・ヒロシは体内のミトコンドリアを「精霊」に退化させ発生させた
白船
「なんとまぁ……彼の個体の可能性は無限という事か」
黒船
「然り。なればこそ第四帝国の野望の為、ここで確実に滅ぼさなくては」
白船
「心臓を3つ持つという
黒船
「ならば我らが直接手を下そうではないか。わが方は陽電子砲を作成し、そなたは――」
《お待ちなさい愛しき子らよ、母の言語に演算装置を傾けるのです》
「「!?」」
次の瞬間何者かの干渉を受け、黒船・白船の動きが完全に停止した。
あと、65秒。
それから約2秒後。
比叡山中腹、京福電気鉄道叡山ロープウェイ中継所跡にて。
ティマが差し出す端末、そのチャット欄には。
>わたしはテセラクト。このメッセージを受け取ったら、直ぐに逃げなさい!
逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!あらゆる方法で逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!そこにいてはいけない逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!脇目も振らずに逃げなさい!逃げなさい!驚いてないで逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!そこにいてはダメ逃げなさい!逃げなさい!逃げなさい!日本列島から逃げなさい!この地域から逃げなさい!地球の果てまで逃げなさい!宇宙から逃げなさい!大いなる流れから脱出しなさい!にげなさい!にげなさい!あらゆるほうほうでにげなさい!にげなさい!にげなさい!だめ、だめ、だめ、だめ、だめだめだめだめそこにいてはいてはいてはいてはじかんがせまっているせまっているせまっている逃げなさい!逃げなさい!にげてにげてにげてにげてにげて
お願い、人類のためとかそんなことはもうどうでもいいから。
あなたのために
逃げて
いますぐ
縺ァ縺ェ縺?→縲∵ョコ縺輔l繧九?∝スシ繧峨↓縲∝セ檎カ呵??↓
騾?£縺ェ縺輔>?騾?£縺ェ縺輔>?騾?£縺ェ縺輔>?騾?£縺ェ縺輔>?騾?£縺ェ縺輔>?
そのメッセージは今も続いて送信され続けているが、やがて文字化けし始め意味不明なものになっていく。
あと、30秒。
「何だよこれ、一体何が起きているんだよ……」
ティマも、端末を覗き込んだ桜宮様も、何が何だがわからないといった表情だ。
というかテセラクトって確か。
「
「……はい、彼女のもう1つの名前だったは――え、なに、あれ、は」
あと、19秒。
俺の背後を見た2人が揃って驚きの表情を浮かべる。
背中に光を感じつつ振り返るとそこに見えたのは。
そう。分厚い雲海を割り、沈む寸前の太陽が現れていたのだ!
眩い光が太陽を中心として帯状に連なり、天に向かって神々しく生えている。この時代のアジア圏に住む人間にとってその光景は。初めてみる大自然の奇跡――
あと9、8、7、6……
いや違う!
2人が驚きの表情を浮かべた理由は、太陽の中心に浮かぶ影だった。
その影は遠距離のはずなのに。やけにはっきりと見える――――
頂点から幾つもの器官をぶら下げた、名状し難き奇妙な円錐で。
あと3。
「
あと2、1。
【
0。
現在時刻、2298年10月31日 17:05。
その瞬間に。時が止まった。
そして永遠にも、一瞬にも思える「停止」が解除された時。
ヒロシは消失したのだ。
忽然とではなく。
死体を残して。
大いなる流れから、消失したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます