止まった時の中で

現在時刻、2298年10月31日 17:05。


 その瞬間。

 声が聞こえた。


この世の全て被創造物上位者創造者のものである。こんな概念があるらしいですねぇ。というわけでの時間ですよ?」



【  KPn時よ :||《止まれ》 】



 同時に。

 



「な、なにが起きたというんだ……?」


 俺は慌てて辺りを見渡す。目で、耳で、肌で、わかる、感じる。

 時間が停止したことを。

 ティマを始めとする各々の表情がまるで動画の「一時停止」を押したかのように固まり、自然の音は全て途絶え、なにより分子間の動きを感じない。


 どんな理屈かはわからないが、これは時が止まったと解釈するしかない……と


 

 聞えてきたのだ。

 足跡と拍手が。


 そこにいたのは。いつの日か、つい最近、見たことがある人物。


「お久しぶり、ではありませんよねぇ。

「あんた、は……あの時の? なんで、ここにいるんだよ」


 目の前で歩みを止めた人物は翠玉国すいぎょくでティマと晩御飯の食材を買う時に応対してくれたスーパー「WeWantYou」の店長だった。

 の。


「確か大江おおえ、と名乗ってたな。アンタ何者だ!」

「まぁまぁ落ち着いてくださいねぇ? 私はただ収穫しに来ただけですから――神の心臓ウヴォ=szhqlaをね。私達はWe『あなた』Wantが欲しいYou、のですよ」


 大江おおえが俺を指差し、何かを唱える。


【二




 俺のいしきが、にのぼる

 だれかがおれをよんでいる

 そのこえにしたがい みちびかれ いしきがそらをとび はいいろのトンネルをくぐり ひかりのはやさをこえ ぼちゃん、と川からとびだして――――――――


 ヒロシの意識は大いなる川の流れから消え失せた。


 次乖離】

 【一次収束】


 大江おおえが技名を口に出すと同時にヒロシの体がバラバラに切断された。刃の痕跡すら出さずに。

 そしてからふわりと、幾つもの肉片が空中に飛び出し抽出され、凝縮されて――心臓の形となった。その色はおぞましいとすら言える、極彩色ごくさいしき


 取り出した心臓を大江おおえが掴む。その表所は意外にも疑問の色が映し出されていた。


「むむ? おかしいですねぇ。すこーしタイミングが早かった気がしますが。それともずらされた? うーんまぁ、良いでしょう。物事全部が思い通りに進むとは限りませんしねぇ」


 一人で勝手に納得する男。そこで何かに気づいたかのように顔をティマドクネス達の方に向ける。


「どうされました、観客の皆さん? あぁ、何が起きたのかわかっていない。そんな表情をしてますねぇ。いいでしょう。直々に説明して差し上げましょうかねぇ」






――では、解説の時間としましょうかねぇ。


 そもそも我々の組織が「種」を蒔いたのは200年以上も前。ですがそんな昔の事は

 なのでつい最近のことから話して差し上げましょう。


 観客の皆様は今まで疑問に思いませんでしたか?

 なぜ40年前に十分な勢力を誇る第四帝国がわざわざ地球の反対側まで来て黒船・白船を送らせて仲間を増やす、という勧誘をしたのか。まとまっていた国を分裂させて内戦状態にさせたのか。

 そしてその労力の割に援軍はほとんど送らず、結果として内戦はと40年も械国かいこく優勢のまま進んだ。これほど無駄なことがあるでしょうか?

 ――それは神国を時間をかけてゆっくりと劣勢に追い込ませるため。

 

 今まで疑問に思いませんでしたか?

 なぜ無謀な「こん」作戦を行ったのか。械国かいこくに味方し、神国にとって目に見えた脅威である黒船・白船がいないというどう見ても罠である状況にも拘わらず作戦を強行したのか。

 ――それは確実に神国を敗北させることで民を翠玉に避難させる土壌を作るため。


 今まで疑問に思いませんでしたか?

 なぜ鈴鹿峠すずかとうげでヒロシとアダンが決闘することができたのか。 

 ――それはヒロシの内部に潜む者に「死」を経験させることで進化の必要性を促すため。

 

 今まで疑問に思いませんでしたか?

 なぜ神国の立場から見るとある意味「勇者」とも取れるはずの、最強戦力であるはずのヒロシがああも忌避される存在になったのか。

 ――それはヒロシを民衆から「忌避」される存在となることで、という心理にさせるため。こうしないと普通は最強戦力を遠方に送らせる、なんて決断はしないでしょうからねぇ。

 何よりもヒロシの「心」を成長させる場である翠玉にため。




 観客の皆様は今まで疑問に思いませんでしたか?

 なぜ都合よく遣翠使けんすいしを乗せた船が制御不能になったのか。

 ――それは翠玉に助けさせることでヒロシに上空から翠玉国の威容を見せることでため。よい経験をさせるには舞台が良い方が何かとしやすいでしょう? 特に子供には。


 今まで疑問に思いませんでしたか?

 なぜあのタイミングで金浦キンポ要塞で反乱が生じ、ティマドクネスが負傷したのか。

 ――それはティマドクネスとヒロシが異性としての関係を構築するきっかけとするため。彼女は母国で実験材料にされた挙句、我々に唆された結果ゴミ同然に放逐されましたからね。そんな辛い境遇で助けられたら多少は異性として意識するというものですよねぇ?


 今まで疑問に思いませんでしたか?

 なぜヒロシの傷心を癒すためにティマドクネスが行ったのが「性交」なのか。色々段階を飛ばし過ぎではしないか? と。

 ――それはヒロシの内部に潜む者に「愛」を教え、人間の感情を学ばせるため。結果として潜む者は十分を貯めたと判断。分身との融合をしようと決心してくれました。

 ああもちろん何かの間違いで至らなかった、なんてことがないよう牛風培養肉にはを混ぜておきました。


 今まで疑問に思いませんでしたか?

 なぜ今になって魔王国ガネニ・ネグス・ハゲリが滅ぼされたのか?

 ――それはティマドクネスの精神状態を不安にさせ、大事なモノを2度とくさないように、という心理に誘導させるため。


 今まで疑問に思いませんでしたか?

 なぜ突然械国かいこくが神国に奇襲、総攻撃を開始したのか。本来であれば「混沌の颱風ケイオス・ハリケーン」に伴う異形共の対処の為、動けないはずなのに。

 ――それはヒロシに怒りや憎しみという感情を出させることでため。でないと心臓の回収できませんしねぇ。


 今まで疑問に思いませんでしたか?

 なぜこの場にティマドクネスが「いる」のか。長距離の転移テレポート魔法を行使すれば重い負担になり、下手すれば死につながるとわかっているはずなのに。

 ――それは大事なモノを2度とくさないため。魔王国ガネニ・ネグス・ハゲリと共に帰らぬ人となった弟のようにはさせないと決意したから。

 あ、あとはこの時間に間に合わせるためでもありますねぇ。なぜこの時間かって?それは趣味ですね、閣下の。




「要は今までの出来事、その大概は彼を収穫するために仕込まれた、というわけです。そして観客の皆様は今まで疑問に思いませんでしたか? なぜヒロシはあんなことやこんなことができるのか。それもまともに食事エネルギーがとれなかった時から。それはですね――」


 男は勢い良く片手を上げる!

 その手には脈打つ極彩色の心臓が握られていた。


残牙骸


「これぞ、永久機関! これのおかげで彼はエネルギーを無尽蔵に生み出せるのです! 彼は食事も水も酸素さえも要らない完全生命体、それがヒロシの正体ウヴォ=szhqlaサスラなのです!! 長かった……実に長かった!!」


 男は歓喜の声を上げる。自らの言葉に酔いしれるかのように。


残牙牙骸


「200年、そう200年もかかったのです、念のために植えた「種」が発芽し、成長し、心臓を実らせるまで! これで『人造神』計画が成就する日も近いことでしょう。そして今度こそ! 我々がディアドコイ後継者となり新時代を築きあげるのだ!」


残牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙骸


「観客の皆様、どうかご安心を! 200年前のような、あれは間違いでした! あんな無意味なことはもうしません、ご覧の通り今回の犠牲者はたかが百万程度、前回の30億とは文字通りケタが違いますからねぇ!」


残牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙骸


「いやはや、折角早めた『豊穣』によって異形共々抹殺できると思っていたんですがねぇ……まさか耐えるとは。前回は上手くいったのに……本当に物事は上手くいかないもの、です……?」


 男の歓喜が、止まった。後ろを振り返る。視線の先には、アスラの残骸が。ヒロシの攻撃により抉れている胴体。そこには。

 が、あった。


残牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙骸


「あーこれはこれは。も動き出していたのですねぇ。くそぉ、残念ですねぇ――間に合いそうもない。後は頼みま」



 くぱっ。

                  



                   残牙骸            くぱぁ。

                  牙   牙

                 牙     牙

               牙牙       牙牙

              牙牙牙   開   牙牙牙

               牙牙       牙牙

                牙       牙

                 牙     牙

 みちっ。              残牙骸


 がぶり。

残牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙牙骸

 むしゃむしゃ。




 直角から何かが這い出てきて、巨大な顎が男を飲み込む。頭だけが残り、地面に転がる。


 何かはその脚に心臓を握っていた。遠吠えを上げる。高らかに。冒涜的な怪音で。


 それは勝利の声か、王に報告するための声か。それとも両方か。


 それ、の姿は角張ったくらき骨と螺旋めいたあかるき影の不浄なる十一脚獣。見ればわかるその名は――


「ほう。Xintahlozzsティンダロスですか。なるほど、この地での戦いは事実上のどもえということだったわけですねぇ」


 新たな影が、声が降り立つ。

 それは左手首を切り落とされた毛利大臣であった。

 いつも掛けているサングラスはなく露わになるその素顔は。

 


 今しがた地面に転がった男、大江と同じ。

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