ゆめのせかいへようこそ・開門

 泡。

 泡沫うたかた


 ぼくはからだをみおろす。

 ぼくははだか。

 そのいろは極彩色。

 ぼくはなに?


 なぎさ

 潮汐ちょうせき


 みおろすさきにあるのは。

 波。

 波紋。


 かおをちかづける。

 せかいはかわる。

 まんげきょう。


 θシータ波。



 蒸気。歯車。煤。発条ばね。木材。

 窒素。魔素マギジェン。アルゴン。二酸化炭素。


 がちん がしゃん がしゃん がちん …………

 しゅー しゅー しゅぅー しゅぅー …………

 がたがた がちがち がたがた ぴん …………

 

 これはなんのおと?

 はじめてきくけど わかる どうして? これは「かいせききかんスチームパンク・コンピューター

 なりひびく しりんだー じょうき ぱんちかあど 



 わたしは しばられている りょううでをすいへいにこていされ りょうあしをそろえて じゅうじかのかたち ざいにんのかたち つみびとのかたち どうのぱいぷであまれた じゅうじか わたしたちいしがよわい、のもちぬしにふさわしい ふきだす じょうきが はだを こころを やきつくす むされる


 わたしは どうぶつまじん じっけんどうぶつじんたいじっけん


 わたしの まわりを おおぜいのが みている はだのいろかんけいなく おなじかがやきのひとみで やどすいろは べっし ゆうえつかん けんお ゆうえつかん れいしょう ゆうえつかん そして、きたい あんど


「これよりサンプル第222361号の情報子治療実験を開始する!」

「もう残りの意志弱者はくじんは少ないんだ。いい加減に成功してもらわんとな」

「我ら魔術師魔人の、意志強者こくじんのために」


 じゅうじゅんなあくまのおんなみっつのにをしょうかさせてかみへとのぼらせる、じっけんだ


 じぶんたちの はんえいととうひのため むりやり かみにさせる

 いままで みんなしっぱいした あしもとの ちまみれの じゅうじかの ずがいこつの かずは 222360こ


 うなりをあげる かいせききかん! むごんで もんようをきらめかせ まほうを はつどうする くろいはだをもつひとたち!


 わたしはからだをそらす ゆみなりに げんかいまで せきついがおれるまで くちからは いみなき さけびが ほとばしる むらさきのもんようが ぴかぴかと きらめく うったえる いへん

 おそいかかる いたみ あつさ しびれ きしみ ゆがみ ねじれ へんい 

 わたしが かきかえられていく そんざいを がいねんを からだを しくみを

 しゅぞくてき じゃくてんを こくふくするために じりきで まぎじぇん魔素を せいさんできるように しょくぶつのように


 しんけいに じかに きざまれる たましいに ちょくせつ かかれる たえがたい くるしみ なみだは もうかれた もうでない むらさきの もんようは まぶしく もえあがる 


 くるしみにおわりが きた なんにちも たった

 かけよる めがねをかけた ほそみの しろいはだの おとこのこ


「……さん! しっかりしてください姉さん! もう、もう終わったのです! ……お前ら、よくも……姉さんをこんな身に! 満足かよ、これで満足かよ! 何とか言えよこの人でなし共が!」


 くろいはだのひとたちは きしょくまんめんのえみで おとこのこの ことばを うけながす きこえない きいていない よろこびをわかちあう そのなかに しろいはだは どこにもない



 暗転。

 色とりどりの暗闇へ。

 漆黒、檳榔子黒びんろうじ紺鼠くろねず濡羽ぬれば藍墨茶あいすみちゃ黒橡くろつるばみ

 めくるめく暗闇。回り廻る万華鏡。次元を飛ばす。次元を超える。

 そこは光が止まる、夢像むぞう水平面海面

 視界を埋め尽くす、原初の衛星の如く宙に浮かぶ、異形の仮面。太陽アルデバランを模した仮面。

 異形の王。異形の神。その貴し御名はHaxszthulr。

 魂を射抜く極彩色の眼光。

 ジッと見定められる。

 そのとき、セシウム133の原子の基底状態の二つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の9 192 631 770倍の継続時間、即ち1秒だったかもしれない。

 そのとき、宇宙の開闢かいびゃくよりも前の時間、即ち無下限のこくだったかもしれない。

 どちらにせよここは計測できぬ領域。即ち夢の世界。5.39×10−44 sと永久は等しい。


 留まった固定されたときの中、仮面が開く。ハナズオウのように。花言葉は裏切り、不信仰。

 その先のつぼみが、■■する。唯一の神託逆らうことは許されぬ


「Heresy, tell me about you」





10/28、11:22

あと、77時間と43分。


 光転。

 目覚め。


「う、ん? さっきのは、夢?」


 僕はゆっくりと上体を起こす。ほんのりと痛む頭。首を振る。

 一体何だったんだあの夢は。全然記憶にない、初めて見る光景ばかりだし何より、圧倒的な生々しさ。まるで誰かのみたいだ。

 そして最後の海に浮かぶ仮面。一体何だったんだありゃあ? そう寝起きの頭で1人悶々としていると。


「……あ! おはよう、ございます、ヒロシ君。よく、眠れましたか?」


 既にネグリジェからいつもの黒ドレスへと着替えたティマがにこにこと近づいてくる。その頬はほのかに朱に染まっている。

 そこまで見て、昨日のを思い出してしまい、制御できない熱によって真っ赤に沸騰するのだった。

 朝の挨拶は、碌に、できなかった。


*→物品取引場ディーシト・クシュ 


 今日の朝は外で食べることになった。ティマが「……かつて元々この陸地に存在した国の庶民は物価が安いことも相俟って朝、昼、晩と外の市場で食事を取ることが慣習だったようですので、私達もそれに倣ってみましょう!」と、大変嬉しそうに提案したのだ。


 段ボールの椅子にプラスチックの机。防水紙のお椀には湯気立つ海底水田で栽培された雑穀入りの粥。コショウとネギとショウガ、そして数滴の香味油ネギ油がまぶされ、合成ピータンアヒルの卵が添えられている。その横には細長い揚げパンが置かれていた。

 このパンを粥につけて食べるんですよ、とティマが教えてくれる。

 人肌よりもはるかに熱い、ともすれば火傷しそうな、でも温度が運び込まれる。

 一口。二口。三口。粥の程よい塩味。ネギの食感。ショウガの辛味。パンのかすかな甘味。合成ピータンの不可思議ゼリーのような感触と味。それら全てが絶妙に踊り出し、その光景を脳に伝達する味蕾みらい。感じる旨味。歯と舌が拍手をかき鳴らし更にアンコールを要求する。

 というわけで僕は3杯もおかわりをしたのだった。



 そんな僕の様子をとうといような目で見つめるティマ。食べた終えた事を確認すると「……そういえば、君に渡すべきものがあるのです」と言いながら肩に下げていた小型バッグの中から取り出したものを僕に渡す。

 縦25センチ、横10センチ程の、そこまで厚くない箱にはこう書かれている。「AIpphone XVI16 Kiwami」。箱の表面に書かれている端末は……ティマやジーノチカが、そして神国日本の超人達が持っていたものと同じ物のようだ。ひっくり返して見ると様々な欺瞞的・購買意欲をそそる宣伝文句がいくつも書かれている。


 ・すべてが極み。

 ・端末史上最速のCPU。

 ・圧倒的に向上したバッテリーと駆動時間。

 ・すばらしくパワフルに進化したKiwamiのカメラシステム。

 ・AIpphone なら、5Gは信じられないほどすごい。

 ・どんな端末よりも頑丈なナノダイアモンドコーティングされたガラス・シールド

 ・業界を牽引するIP68の耐水性能。



「えっとティマ、これは?」

「……この端末はこの国翠玉国の全住民が所持を義務付けられているものです。個人情報、もちろんこれはちゃんと保護されていますよ? や各種公的通知、全ての電子化されたデータへのアクセス、娯楽、個人間通話、仮想通貨によるあらゆるサービスに対する支払、学習、創作、などをこれ一台で迅速に行うことが出来ます。もちろん維持費は一切ありません」


 ティマは実際に「Buy&Pay」なるアプリを立ち上げて朝食の支払いを1秒ほど、ワンタップで済ませた。


「これを、僕に、くれ、るんですか?」

「……既に君の情報は判明している限りのものを登録してあります。また、1か月分の給付金が振り込まれています。住所は私と同じですから、これから君は自由に過ごすことが出来るようになったのです!」


 そのことを我が事のように嬉しそうに話すティマ。箱から端末を取り出し手に取ってみる。

 ……これが、そうなのか。無機質な輝きを魅せるライム色。

 その象徴語は駆け出し、始まり、そして希望。

 結局、神国日本では決して与えられなかったモノ。この薄っぺらいモノを持っていないことが、超人でないことを示すもの。除者のけものである象徴。

 もちろん実際には違うのだろうけど。

 これを持つことで。皆から認められる。受け入れられてもらえた、その証拠。

 ひょっとしたら夢でしか見たことない光景。

 それともこれが、夢なのか。

 この国に来てから言葉にできない出来事が、感情が、おおすぎだ。

 これが、大海外の世界か。井の中内の世界では知ることのできなかった、温もりか。

 視界がぼやける中、髪の毛に乗せられる手の形をした温度。

 その時空に言葉は要らなかった。

 清らかな、尊い人肌の空気がただ在るだけ。



 暫くして、ティマがおずおずと切り出す。


「……実は君がまだ寝ている間に、とある施設に1か所予約を入れておいたんです。この後一緒に行きませんか? ひょっとしたらですけど、君のその「力」の正体を明かすことができるかもしれません」









物品取引場ディーシト・クシュ→同エリア内貨客船「万景峰マンギョンボン38号」


 カン、カン、コン、コン、カン、カン、コン、コン…………


 その船、「万景峰マンギョンボン38号」のタラップを降りて船内に入る。カラオケ部屋や個室レストランを抜けて船内中央のエレベーターを使い機関室へ。ディーゼルエンジンが思った以上に静かに唸る中、段ボール等で区切られた個室を避けながら(この船の従業員、機関部員のものだそう)目的地を目指し……たどり着いた。

 それは開閉用のハンドルが着いた、金属製の蓋マンホール。素人な僕でもわかる、急ごしらえの溶接された跡。元々設置されていたものではないようだ。

 その上にはのぼりが垂れ下がっていてこんなことが書かれていた。


万解ばんかい屋・占い館 フクロウ&ヨタカちゃん

 予約制 ※日付のみ、何時でも来店OK!

 入口をノックせずにハンドルを右方向へ回してお入りください」


「なんか、怪しそう……。この店? 信用できるんですか?」

「……確かにそう思いますよね。でも大丈夫。私も何度か利用していますが、とても優秀な方ですよ。ほとんどの物事・悩み事はここで解決しますから!」

「ところで、これの店、何屋さんなんです?」

「……そうですね、何でも屋、お助け屋といったところでしょうか。あ、肉体的なこと以外で、ですよ?」


 と、ハンドルが左向きに回り始め、中から誰かが出てきた。まだ十代ほどの、黒髪の少年の様だ。中にいるであろう人物に向けて「本日はありがとうございました!」と丁寧にお礼を言い終えてから蓋を閉め、こちらへと歩き出す。

 すれ違い様に会釈を……というところで、彼はこちらを、正確には僕の顔をまじまじと凝視する。


「もしかして、あなた様はヒロシ、という名前なのではないでしょうか?」

「えっ? はい、そうですが……?」

「ああ、やはりそうだったのですね! 先日の金浦キンポ要塞の際は我が軍を、ティマ様を、そして翡紅様を助けていただきありがとうございました!」


 その顔、その声、かすかに覚えがあるような? うーん。あ、思い出した。


「ひょっとして、あの時呂玲ロィレンに向けて発砲させられた兵士ですか?」「は、はいその通りです! まんまと体を操られてしまい、なんと情けなく恐ろしい事を……! ですが、ヒロシ様がそのかたきをとって下さいました! 本当になんと感謝したらよいものか……!」


 話を聞くと彼はそのことでどうしても僕に直接お礼を言いたかったらしい。でもどこに住んでいるか、そもそもどこのなのか? 全く情報がない。そこで万解ばんかい屋に「どうしたらヒロシ様に会えますか?」と聞きに行ったのだ。


「そしたら、『そうだね、多分あと5分程したら会えるよ。というわけで5分後、ここから出るといい』と言われて。そしたら」

「こうして出会えた、と」

「はい!」


 その人、「予言」とかの能力でも持っているのだろうか? 恐ろしい程ドンピシャなタイミングじゃないか。

 その後二言三言、言葉を交わして彼と別れた。その姿が遠ざかっていく中、あることを聞いてなかったことを思い出す。背に向けて少し大きな声で叫ぶ。


「そういえば、あなたのお名前は何というのですか?」

李鴻将りこうしょう、と申します!」


 彼が去った後、思わずティマと顔を見合わせる。

 僕は驚いたという表情で。

 ティマはどこか祝福するような表情で。




 さてと、などとつぶやきながらハンドルをのぼりに書いてある通り、右方向へ回して改めて万解ばんかい屋へと入る。

 目の前にはタラップが。それを使って下へと降りると。まず出迎えたのは湾曲した壁。床以外はどこもかしかもぐるりと曲げられている。その妙な形状から考えると、円形の船か何かだろうか?

 15メートル程廊下が続いていて、両側には壁に沿うような形で本がぎっしりと詰め込まれている。これは……漫画かな? 「金魂」、「私の英雄大学校」、「海・族・王」、「暗殺時間」、等々。全て集遊社という会社から出版されたもののようだ。


 突き当りの錆がついた、古めかしい金属製の扉をゆっくりと開ける。金属同士が擦れる重苦しい音が響く中、可愛らしいホゥホウ……キョキョキョッ! という鳴き声が聞こえた。部屋の両隅にある鳩(梟)時計からだ。

 部屋の中央には長テーブルと複数の椅子。そして向こう側には。


「ようこそ、我が館へ。……そこのは、初めてのお客さんだね? 歓迎するよ」


 1人の女性が座っていた。顔の上半分を仮面で覆った、真っ白な、煌めくような髪と肌。各種パーツが整った顔(目は見えないけど)。細い腕、腰、脚。

 儚げな、ミステリアスな雰囲気の人だ。彼女の手招きに従って着席する。


「君が今回の依頼者だね? 改めて、初めまして。私は獼猴じこう、もしくはテセラクト。名は今のように訳あって複数あるのだけど、どちらの名で呼んでくれても構わない。君はどちらで呼びたい?」

「うーん、じゃあ獼猴じこうさん、で」

「そうかそうか……良いだろう。さて、今回の依頼者はヒロシ君、付添人がティマドクネス。間違いないね?」

「はい」

「では早速……この私に、何を解決してほしいのかな? 物理的なこと以外なら、この世の法則に従う限りであれば、何でも構わないぞ」

「解決、というか教えて欲しいんです、僕の『力』について!」


 その内容に獼猴じこうさんは目をしばたたかせる(仮面で隠れているので、多分だけど)。そして即座にこう返した。


「超能力を扱う、操る者──超人は自身に宿る力を生まれながらに把握し、さながら呼吸のように一切の修練を積むことなく行使することができる。というのが絶対条件、いや、と言い換えても良いだろう。なのでそう質問するということは、君が解決して教えてほしいのは『自分の正体』ではないのかな?」

 

 その回答に思わず息を飲む。自分のうまく言葉にできない思いをほんの僅かな時間でまとめ上げた。そんな気がしたのだ。


「というわけで、教えてくれるかな? 君の事を」

「は、はい!」


 そして自分の力と取り巻く環境の事を1時間近くに渡って話した。金浦キンポ要塞での事はティマが補足を入れながら。

 獼猴じこうさんは一通り聞き終えると、それまでと比べてやや興奮した口調でこう言った。


「成程、これは中々興味深い。うん、もしかすると…………あ、これかな? あくまで予想に過ぎない、突拍子のない話かもしれないけど、聞くかい?」

「え、もうわかったんですか!?」

「あくまで予想だけどね。念のため確認をするけど、呂玲ロィレンを受けた時『戦場いくさばだ。戦場でよく嗅ぐ邪悪なニオイだ! だが悪くない、い者のニオイだ!』と言われたんだね?」

「そうです」

「ふむ。なら──私も同じ考えだ。君も薄々感づいているのだろう? 自身の中に何かが潜んでいると。そしてその正体は」


 一息置いて披露した獼猴じこうさんの考えは、余りにも予想外のものだった。


だ。故に、君の中に潜むものはその行動から察するにだろう。そしてもう1つ。君は多分、人間ホモ・サピエンスではない」


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