代償

「おお~これはこれは」

「今日も当たりとは、たまげたなぁ」

「そのまま戦力として利用しても、バラして各種素材にしても、どちらにせよ有効に使えそうですな!」


 召喚された「USS Indianapolisインディアナポリス CA-35」を見てはしゃぐ男達。その一方で。


「……っ、当然じゃな、い。さっ、いきん、の私のぢょう、子は絶好ぜご調ぢょうなんだがら……」


 なんだ? 翡紅フェイホンはその台詞セリフこそ軽い感じだが、妙に痛々しい。その紅い双眸は雲がかかったようにどんよりと、焦点が合わず濁っている。頬はいつの間にかゲッソリとやつれ、体幹が安定しないのかふらふらと全体が左右に、小刻みにふらついている。

 何というか、突然目に見えないダメージを負ったような、もしくは強烈な「疲れ」の波に襲われたような、そんな風に見える。

 幸いにも男達は召喚された艦に夢中になっており、君主のただならぬ様子に気づいていないようであるが。


 その様子を見た無形ウーシンとティマは「不味い事が起きた」というような表情を作り、互に頷き合う。


「“大手ダーショゥ”! おいで、仕事ですよ! 皆様、偵察頼みます!」


 無形が今まで見たことのある“小手シャォダーショゥ”よりも遥かに大きな、2メートルほどの「鬼火のように揺らめく青白い手」を複数召喚。男達と1台のロボットを次々と掴み上げ、沖合に浮かぶ艦に向けてピストン輸送を開始する。

 その所作こそ手慣れているが、どことなく急いでる雰囲気が感じられ、表情には焦りの色が見える。

 同じタイミングでティマが翡紅をそっと抱き留め肩を貸しながら、急いで電話ボックスへと向かう。さっきまでいた部屋に戻るつもりのようだ。

 とりあえず僕も何か手伝った方がいいと思い、ティマの反対側へと回り、同じように肩を支えようとし──容態が凄まじい勢いで悪化していることに気づく。

 彼女の顔は真っ青に染まり、大量の汗を掻いている。そのためか体温が異常に低くガタガタと震えている。吐く息も散発的でとても苦しそうで、開きっぱなしの口からは朱色の粘性があるよだれがとろとろと流れ出ていた。

 電話ボックス前の扉にたどり着く頃には、もう自力で立つことが出来ないほど弱っており、翡紅を支える、から引きずる、ような形にシフトせざるを得なかった。


「……陛下、あと少し、あと少しですから……

「は、ぁあっ……うう……」


 もう話すことができないほどまで悪化した状態の翡紅と共に電話ボックスの扉を開けて──部屋へと再び転移する。



 部屋に着いたその途端、もう限界、とでも言うように翡紅フェイホンの体はどさり、と音を立てて崩れ落ちる!

 その両手は口元に添えられておりを吐く出すのを懸命に堪えているように見える。

 その様子を見たティマが慌てて先程「扉の絵」の傍に設置したゴミ袋を翡紅の顔へと持っていく。


「……さ、陛下、もう大丈夫。大丈夫ですから……我慢せずに」


 ティマは最後までその言葉を紡ぐことは叶わなかった。

 翡紅の必死の我慢が決壊したのだ。


 紅い双眸を限界まで見開き

 その美しい口元から

 赤色と赤紫色と赤褐色と赤白色と赤淡黄色と赤鬱金色が混ざり合った、粘性と蕩ける固形物を含む流動組織

          噴 

           出する

              吐  

               瀉


 

 不純物とともに勢いよく流れる水のような、耐えがたい苦しみを連想させる、緩急と強弱を含む音。

 振戦しんせんと共鳴するように響き渡る喘鳴ぜんめい

 翡紅は今や全身を使って己の苦痛を表現していた。ティマがあてがったゴミ袋はあっという間に「液体」によって満杯になり、溢れそうになる。

 僕は呆然とその光景を見ていたけど。

 そんなことをしている場合ではないと気力を総動員して一時の金縛りを解き、急いで代わりのゴミ袋を用意。タイミングを見計らって交換しようと思うが……できない。

 鈍い水音と共に吐き出される。その勢いは衰えを全く見せない。このままではあと何秒もしないうちに。そうなる前に! 僕は半ば無理やりにティマが持っているゴミ袋を押しのけるようにどかし、翡紅の口元にあてがう。

 その際、中身が少しばかし漏れ出て床を汚す。漂う

 この瞬間、僕は気づく。はこれだったか。そして部屋にあった多量の濃い、甘い香りを放つアロマボトル。その存在意義はこの


 どの程度の時間がたったのか。もう1時間はこうしている気がするが、実際は10分未満だろう。しかし、その間ずっとを吐き続けるというのはどう考えても異常な光景で。

 替えたゴミ袋は既に5枚に達していた。


「はぁ、大変遅くなりました! 陛下はっ、陛下は……ああ、なんということ! 、こうなっていましたか!」


 無形が「扉の絵」より転移してきてこの惨状を見るや否やそう確信するように叫ぶ!


「お二人とも、後は私に任せて、をお願いします!」


 そう言い残し、無形は手早く“小手シャォダーショゥ”を複数個召喚。ゴミ袋と共に翡紅を簡易式キッチンの奥にある風呂場まで連れて行った。

 後には赤を基調とした色とりどりの吐瀉によって満杯のゴミ袋、そこに収まりきらずに漏れ出した、まだぬるいねばつくあかい、一口サイズのが残された。

 ふとその中にが混じっていることに気づく。拾い上げると、それは、しっかりとした健康的な犬歯。




「あれは、一体何だったんですか? お二人とも心当たりがあるような、というより気がするのですが」

「…………」


 風呂場より流れる翡紅フェイホンの苦しみの声とそれを懸命に洗い流そうとする音を作業音として僕とティマは後片付けをしていた。、『オウトナンテナカッタ 嘔吐物凝固剤 』を辺りに撒き、固まったそれをタオルでもって包み、まだ残っているゴミ袋へと投げ入れる。もちろん手袋をしながら。とろける塊を持ち上げると、そのつもりがなくとも指が沈む感覚が手に沁み込み、背筋が音もなく震える。


「……テロメア末端小粒

「えっ?」

「……ヒロシ君もご存知でしょう? 超人達が扱う各種の超常的な力。使う際には何かしらの『代償』や『極めて重大な弱点』が存在することを」

「えっと、はい、

「……翡紅様の『召喚』は極めて強力な力です。故にその代償は重い」

「その代償が、テロメア、なんですか?」

「……ご存知ありませんか?」

「ええと……すみません、さっぱりわからないです」


 ティマは手を止めると、こちらへと体を向けて正面から僕を見る。その顔は深い悲しみを覆われ、紫色の湖は氾濫を起こしていた。


「……言わば寿命なのです。翡紅様のお体を構成する無数の細胞群。かれらの細胞分裂可能回数、言い換えると寿命、を司るテロメア末端小粒を『召喚』の度に消耗する。……翡紅様のお体は、常人よりも何倍ものスピードで老化し、「死」が蓄積してく。そして「死」が一定のラインを越えると、先のように一気に吐き出してしまうのです……」


 それは、なんという残酷な能力なんだ、と慄然とする。己の肉体の各部位を糧として発動し、その糧を補充するため死と生を繰り返す桜宮様の「神器創生」に匹敵するレベルの代償だ。

 そして翡紅はその力を要は「他人の為に」使っているのだ。桜宮様もそうだが、使えば使うほどもがき苦しむことになるのに……どうして彼女たちはそんなことができる? なぜ。どうして。




 それからしばらくして、部屋の処理を終えたタイミングで無形が戻ってきた。


「ふぅ……二人とも、今回はお疲れ様でした。特にヒロシさんはなし崩し的に私達の騒動に付き合わせてしまってごめんなさい」

「別に迷惑と思ってないので頭を上げてください無形さん!」

「……陛下の容態は、安定しましたか?」

「はい、どうにか。今はベッドルームにて休まれています」


 ベッドルームを覗くと、確かに淡紅色たんこうしょくのセパレートタイプの厚手なパジャマを着て、ダブルベットの中央あたりで寝ているのが見える。

 その胸は規則正しく上下しており、容態が安定したことを示している。


「ところで、ヒロシさん? ちょっと2つほど、お願いが……」


 そう言うと無形はおろむろに“小手シャォダーショゥ”を召喚し、予備動作もなく唐突に僕の首元まで持っていく。その位置は「何時でも絞め殺せますよ?」とでも言いたげだ。彼女の瞳には鋭き輝きが見える。その本気度合いを示すように。

 思わず喉を鳴らしてしまう。


「この事は、他言無用でお願いします。これから遷移計劃の発動を控える我が国には、強いリーダーが必要なのです。のです」


 その心無き冷酷な物言いにティマが悲しみの感情を浮かべる中、僕は無言で首を何度も縦に振り賛意を示す。

 それを見届けた無形は少し悲しげな笑みを浮かべながら“小手シャォダーショゥ”を引っ込める。


「そしてもう1つのお願いですが──」


 その「お願い」は全くの予想外の方向からのものだったので。


「本当にそんなだいそれたこと、しちゃっていいんですか⁉ あとで「やっぱ処す」とか言わないですよね⁉」


 こんな風に確認してしまうのだった。



 こんにちは。今回は短くできたぞ!!(当社比) と叫ぶ筆者のラジオ・Kです。

 今回の解説はあっさりめでございます。


振戦しんせん

 医学用語。「体の震え」を意味する。環境の変化や動作に応じて自然に起こる「生理的振戦」と「本態性振戦」などの病気や体質などになんらかの要因があって引き起こされるものがある。

 本文中では後者の意味で使用。


喘鳴ぜんめい

 呼吸をするときに出る音の事。基本的には空気の通り道である気道が狭くなったときに出る音でヒューヒュー、ゼーゼーなどと聞こえる。

 私を含め喘息患者が発作時によく聞く音でもある。


・テロメア

 真核生物(身体を構成する細胞の中に細胞核と呼ばれる細胞小器官を有する生物のこと)の染色体の末端部にある構造で、染色体末端を保護する役目を持っている。末端小粒まったんしょうりゅうとも。

 ヒトの場合、細胞分裂の度にこれが短くなり、一定のラインを越えるとその細胞は増殖しなくなる(細胞老化)。これにより染色体の不安定化から起こる発ガンなどから細胞を守る働きがあると考えられている。


淡紅色たんこうしょく

 紅色に白を混ぜたような淡い紅色のこと。元々は紅花による薄い紅染めのことであったが、後に染料に関係なく薄い紅色全般を指す形容詞となった。

 「桜色」などもこれに含まれる。




 解説は以上となります! ここまで読んでくださりありがとうございます!

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 それではまた、次のエピソードでお会いしましょう。

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