戦争はこうして始まった。
「撤退、して……それが勝利への一手。えっ、本当に?」
「ふむ。失礼を承知で申せば至って
画面の反対側で国家元帥であるバラク・マンデラさんは微笑する。少なくとも「素人」のような言葉を使っていながらその口調に馬鹿にする響きは一切、ない。
「ここで重要なのは相手がどう思うか、なのです陛下」
「
「はい。試しに考えてみましょう。──ここでは
【『我』の兵力は合計して100万。それが10万の『敵』を三方向より包囲しつつある。この
「と、いう時に我が軍が攻撃をかけるのです。突然に」
【うわ、なんだこいつら突然攻撃しやがってもう許さねぇからな! 全軍攻撃開始だ逃がすんじゃねぇぞ!】
「しかし我が軍は直ぐに北東方面に
。まるで遁走するかのように」
【ふふん、普通に考えて丘の上にいるからって三方向から、かつ
「──こうして先にも申し上げた通り、海はオオキバ提督により西インド洋に。そして陸はこのようにシナイ半島上部に。敵の目は完全に引き付けられます」
「そもそも逃げ切れるの?」
「はい。実のところ彼らは全て機甲軍団なのです。その平均移動速度は時速100キロに達するので極めて素早く、流動的な機動が可能となっております。この後、暫く逃げ回ってもらい徹底的に嫌がらせをしてもらいます」
「それで、この「逃げる」ことがどうして勝利への一手になるの?」
「ふむ。時に陛下は今までのご説明で何か違和感を感じませんでしたか?」
唐突にマンデラさんは質問返しをしてくる。こういうのってあんまりよい行いではなかった気がする。まぁいい、考えてみよ……あれ? 40万?
「元帥、1つ確認したいんだけど」
「何なりと」
「
「その通りです」
「残りの50万人、どこ?」
元帥の表情は正解、と物語っていた。彼が映る大画面の右端に新たな地図「作戦地域②」が表示される。指で拡大するとそこにはアカバ湾の出口を中心としたものが出た。そして……いた。
元々戦艦というのは海の存在。それは何の因果か陸へと上がり、自分の場所はここではないと再び海に還る。クジラのように。
チラン島南西2キロの地点に指を持っていく。先端にいる
細々としたスペック表、タブーク基地からの歩み、それらを無視して一番欲しい情報を見つける。
サーネゴーリムが抱える兵数は……50万。
それを見た瞬間、これまでの行動が1つの線となった気がした。
「元帥、ひょっとしてシナイ半島北部の軍団って全部陽動部隊?」
「ほぼ、ご慧眼の通りでございます、陛下。そう。北部の軍団は基本的に戦わないのです。何せ敵の兵数はとんでもないですからね。まともに殺り合うなんて、とてもできませんから。平野ですらこの扱い。もし彼らが今までと同じく「
「だから『これから攻めるぞ、という空気を作って』、平野に引きずり出した。そこであればこちらは自在に動けるから。ついでに「修道院」の内部戦力を大幅に減らせる」
「そういうわけです。第四帝国軍の兵士は基本的に皆遠隔操縦のロボットですので、電波の発信元である「修道院」を潰せば彼らの戦力は大幅に減衰させることができるでしょう。入手可能な情報が減るという意味で。そこに逃げの一手であった機甲軍団が一斉に襲い掛かる、という予定となっております」
「
「彼らはその一部を平野に回し、残りは副次目標その2である「
「なるほど。あ、そういえば敵の中には「旋回橋」の兵力も混じっているんだよね。彼らは「修道院」を潰しても問題なく行動できるんじゃないの?」
頭の中にふと湧いた疑問をぶつけてみる。仮にこの疑念が合っていれば作戦全体が瓦解する、そんな気がしたから。それに対し元帥は事もなげに答える。
「ご心配なく。現在「旋回橋」には予めハルスネィ・リーパーと極東から帰って来たばかりのガイアンを潜ませてあります。彼らが通信設備を破壊し、敵軍を混乱に導く予定です」
「用意周到、というわけか」
「作戦というものは抜かりなく準備するのが基本です。それを怠らなければ、相手がこちらの思い通りに動けば、もう勝ったも同然ということ。この原則を頭の片隅に入れて頂ければ幸いです、陛下」
その言葉に僕は頷いた。多分、いや、もしかしなくてもこれからの仕事に大切なことだと思ったから。
それにしても……
「種明かししたら、戦略って結構単純なものなんだね」
「得てして戦略というモノは皆単純なのですよ。ただ、今回の場合相手がかなり間抜けなことをしているという点にご注意ください。常にこううまくいくとは限らないのです」
「それなんだけど、どうしてこう簡単に引っかかったの?」
第四帝国軍ってそんなに頭悪いイメージがないから余計にそう思ってしまう。この疑問に対し元帥は暫く考えるポーズを取る。それは「どう説明しようか」という風に見えた。
「陛下は第四帝国の本質は何であると思います?」
「えっと……全てを見通す冷酷無比なAIに引き入れられたロボット軍団?」
「なるほど。陛下は1つ大切な点を見過ごされているようですな、といっても無理はないのですが」
「というと?」
「第四帝国は如何にして発生したか、その具体的なプロセスは未だ不明ですが、わかっているのは人の意識を全て
「うん。僕もそれは知っているよ」
「ここで重要なのは『人の意識』を『
「退化? 普通は逆だと思うんだけど」
「その通り、普通はそう考えるでしょう。言うなればそこが落とし穴なのです。というのも彼らはこの世界を巨大なゲームとして、MMORPGのように認識しています」
「MMORPGなら僕もやったことあるよ、『
「であればよくわかるでしょう。第四帝国は戦争のことをどう捉えていると思いますか?」
それを聞いて何か、嫌なものが電流のように突き抜ける。
「ひょっとして、期間限定イベントとか?」
「はい。彼らの暗号化を一切考慮していない通信を傍受する限りは、そのようです」
「そんな。だって、戦争なのに? 大勢の命とか……」
「それは我々の都合でしかありません。彼らにとってこれは遊び。勝っても負けてもよいプレイができる。そこに命の重みは存在しない。……というふうに考えているから、こちらの策に簡単に乗ってくるのです」
「でも策に引っかかるというのはピンチなんだから不味いんじゃ」
「そこが決定的に我々と異なる点です。陛下もゲームを楽しむとき、こう感じたことはありませんか?」
──
中間報告より2時間後。
寝室にて。
右腕に温かみを感じる。自分のそれ、とほんの少しだけ高い。薄布二枚を隔ててじわりと伝わり、本来であれば安寧の眠りへと誘う筈の、温かみ。
左腕を伸ばし、温かみの元をそっと撫でる。灰から白へと
ダメだ。眠れない。脳が冴えてしまっている。
僕は左手をシーファから離して枕元の端末を掴む。隣を起こさないように光量を最小にした状態で起動。画面に映るは、戦場。
僕らの相手は単にゲームをしているだけなんだ。
僕らは三次元。彼らは二次元。
流れる血は全て三次元。
全てを楽しむは二次元。
こうして画面越しで戦場を眺める僕は、どっち側?
少なくとも朝までに答えが出ることはないだろう。
画面は語る。
巨大な鉄の塊が要塞にめり込む瞬間を。
本当の戦争は
果たしてその結果は世界に、歴史に、運命に──流れを変えるか否か。
それを識る者は、大いなる流れのみ。
○
こんにちは。作者のラジオ・Kです。
今回の話で使用した「資料」を明日辺りに順次近況ノートに画像として貼り付けます。
それらとGoogleマップなどでシナイ半島を中心とした地図を表示した状態で直近のストーリーを見返せばわかりやすくなるかもしれません。
ちなみに前回のものは既に公開されています。
告知が遅れて申し訳ないです<m(__)m>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます