ゲリラ授業①「咎人・A」

 アメリカは私の悪夢だ

 ――マルコム・X






 西暦2301年7月5日。

 中央大藩国 首都ギガポリスクテシフォン/諸王の王シャーハン・シャーの宮殿内 パイリダエーザの一室にて。





(電気が消え、室内は真っ暗になる)

(閉じられた扉のプレートには『アルカマの勉強部屋マドラサ』)

(内装はオーソドックスな極東島国風の教室、電子黒板・教卓、生徒用机と椅子)

(今そこには4人とひとつがあった)


 ――パッ


(電子黒板が画像を表示する。そこには粗末なささくれだらけの、変色した演説台と男)

(男の見た目は精々164センチ。鼻下にある人種的に似合わないと感じてしまうような髭がトレンドマーク。拳を振り上げ、演説をしているようだ)


「大昔はこの位じゃあ人権ない、っていうのが常識だったみたいなんですけど。それじゃあ140のサイファは一体ナニになるんですかね(自主規制俗語)(放送禁止用語)(倫理違反造語)! でもそんなの今じゃ関係ないからね。こんな概念は滅びて良かったっていうやつだね。そう思うよねそうだよね、ね」


(一気にまくし立てる140センチ程の少女。身長の件は嘘である。実際20センチにもなる厚底を履いているだけであった)

(画像の下にテロップが流れる。男の格言のようだ)


――『世界は俺の悪夢だ』――


(次々と格言が流れる)


――『悪夢は醒めなければならない』――

――『であれば我々はやらねばならない』――

――『外つ国の全てを差別しろ。彼らは皆異なる瞳の鬼畜だ、悪魔だ』――

――『共鳴しない者どもを排除しろ。彼らは皆悪夢に毒されたのだ』――

――『我々を苦しめる物は何か? それは世界の理だ』――

――『であれば我々は壊さなければならない』――

――『既存の全てを否定しろ。それらは皆異なる思想の鬼畜だ、悪魔だ』――

――『肯定するもの者どもを排除しろ。それらは皆悪夢に毒されたのだ』――


――『この手で悪夢を正夢にしよう。清浄な大和民族の手で。君たちの手で』――

――『君たちはもう弱者でも最下級国民でもない! 今こそ、立ち上がる時!』――

――『今こそに!』――


(かなりが入った言葉だ。テロップを見た者たちは顔を顰めている)


「みんな旧史学・末代(1991~2042)の概論を履修していれば必ず目にしたことがある人物だと思うんだけ」

「Nn??? 知らないぞ」

(同調する駆動音)

「え、マジ?」

「Oう」

(拳を握りしめ勢いよく突き上げるイメージの駆動音)

「キミ意外と感情豊かだよね……ってそんなことより。ホントに履修してないの? これ初級学習施設ガドワラの初期必修科目なのに」

「Anィ言ってんだよーアタイはまだ2歳だぞー。そのなんとかワラに通ったことねーよ」

「(そーいやこの子はまだクッソ赤ちゃんだったわ)ちなみにアルカマちゃんとメラちゃんは?」

自分アルカマは一応履修しましたよ! ミカ様からのお墨付きです!」

「ワタシも駆け足でしたけど一応履修済みですねー」


(生徒? らの反応に視線を床に固定し暫し思案するサイファ)

(そして視線が元の位置に戻った時にはその瞳に輝きが戻っていた)


「まぁいいっか結局やること変わんないわけだしね! それじゃあ今日はこの人物――『咎人ひらと・A』について教えてあげよう!」


(こうして何の予告もなしゲリラ的に授業が始まった)


「とは言ったけどね、実のところ彼の人生についてわかっていることはそう多くないんだ。例えば生年月日についてはわかってないし……表舞台に登場する2036年の『国軍創設』演説まで、その足取りは全くの不明なんだ……今まではね!」


(サイファのテンションが一気に跳ね上がる。どうやらこの事を誰かに話したくて仕方なかったらしい)


に旧時代の資料を色々と漁っていたらね、なんとこんなものが出てきたのよ。じゃじゃーん!」


(少し厚みのある本……のPDF。タイトルは『2029年 都立総合学術高等学校 第28期生卒業文集』とある)


「この卒業文集というものの意義については目下研究中だけど、どうやら記念的希少本らしいよ。でね、この中になんと咎人ひらとの直筆文があるのよ! しかもその内容は彼の半生なの! 見つけた時は涎がでるほど嬉しかったね! 何しろ現存する唯一の一次資料なんだから! コホン。さてさてその内容を読み解いてみよう……どれどれ」


「……ふむふむ。彼は2011年3月11日の14時丁度に日本国のトウホク地方、フクシマ県のフタバ郡フタバ町というところで生まれたらしい。ところが」


――『まるで悪夢の始まりのようにが起きた。』――


「このというのは『第一次日本大震災』のことだね。咎人ひらとはこの時を振り返ってこう記述している」


――『あの瞬間、私の現実は例外なく夢となり、それは悪しき世界となった。』――


「これは恐らく書いてある通りのこと、つまり故郷の喪失・家族の喪失・尊厳の喪失のことを指しているんだと思う。文集での記述が真実だと仮定すれば全てを失った彼は列島各地をたらい回しにされ、その過程で居場所と呼べるものは作れなかったみたいだ」


――『あの奇妙で何の意味も持たないごみの如し記号即ちギフテッド2E型。これらと放射線風害デマ、コロナ禍病。これらのごみは時代と人々が生み出した。私が世界を悪魔が創る悪夢というのはこれらの為である。』――


「ここから読み解かれるのは咎人ひらとが自我を確立して以来悪意にさらされ続けたこと、かな。先の格言がやたらと排他的・攻撃的なのも頷けるよ。高等学校に入ってからはゲーム、特にSLG(※1)にハマったみたいで自作のものを作っていたこともあるみたい」


――『ゲーム体験は素晴らしい。ここでは私が悪魔となりあらゆる世界を破壊し、創造し、そして破壊することができる。その度に思うのがどうして現実はこうでないのか、ということだ』――

――『いや、その手段は幸いにもある。しかしどうしたことか周囲の塵共はその兵器のを出すと信じられないほど臆病になり、皆国民性と等しく空虚でつまらない言葉を吐き出すのだ』――

――『小学の時、私は E=mc2 という真理を知った。何故この世はこうも悪意にまみれているのか。それはが多いからだ。悪魔は悪意にエネルギーを使い夢を魅せる。悪魔の単純質量は小さいが秘めたる悪意のエネルギーは厖大ぼうだいだ。故に観測質量は大きくなり、リアルを悪夢と置き換えるのだ』――

――『誰にも理解されないのは、そしてすべからく塵となるのは、こういったわけだったのだ!』――


「うん、えっと……中々奇妙で自己的な考えだよね。声に出すと益々そう思うよ。でもこの真理ってどーいう意味なのかな……サイファはこの格言セリフを何回も読んだけど未だによくわかんないよ」


「高校卒業後は『ふくろうのかい』という団体の援助を受けて働かずに一人暮らしをしていた、って書いてある。その翌年の2030年11月9日に発生したのが『第二次日本大震災』。当時は『列島大震災』とか単純に『11・9』と呼ばれているね」






「当然またもや何もかも失ってホームレス生活となった咎人ひらとなんだけど……な・ん・と、この頃彼にはカノジョがいたんだよ! おっどろきでしょ、しかも証拠があるんだちゃんとね。この写真を見て。この寄り添っている彼女! なーんか身に覚えがある服装ローブしてない? 大剣装備してない? そう思うよね! サイファ気づいたの、この彼女もしかして大英ゆ――」






「見つけたぞ駄姉!」

「ゆh――ふひゃあっ⁉」

「や~っぱここで売っていやがやったな」

「Qi,Qq,ダリウスの姉、姉様。字違ってます、そうです違っていますぞ!」

意味伝わりゃ細かいこたぁいいんだよ」



(閉じられた扉を勢いよく解き放ち、サイファの妹であるダリウスとその副官スクラチェッ軍曹が入ってきた)

(青ざめるサイファ)


「こっ、これ、妹じゃないかぁ一体何の御用事――わひゃぁあ!? なっなんなんで米俵みたいに雑に持ち上げるの――あっサイファのPC!」


サイファのノートPCを取り上げ放り投げるダリウス

(哀れなPCは宙を舞い、深殻人アビス・テスタのメイドがしっかりと受け取った)


「というかなっなんなんでこんな仕打ちを!? サイファはちゃんとし、仕事してるのにぃ!」

「いやいや。与えられた仕事放り出して勝手に頼まれてもいない仕事をやる、というのは流石にダメだろ駄姉」

「いやいやいやこれはいわゆる息抜きというやつなんだよ妹、そっそれにこれは読者のリクエストを受けて――」

「言い訳無用。ほらこの超優しい私様オレサマが一緒に𠮟られてやるから――陛下のトコに行くぞおら」

「ちょ、ちょ、ちょって待ってよ! 待って助けてお願いちょっと待ってってばお願いだかうわあぁぁぁぁぁ――」










 こうして哀れな小娘は退場した。それにしてもあの毛髪の量、まるで昆布だ――メイドのMelanostigmaメラノスティグマ……メラは素直にそう思う。

 一つしかない視界を大きく動かすと自分がお世話するべき相手――アルカマは最近できたばかりの友人だというパラティヌス、ヴァリヤーグ(人とカウントするべきではないと思うが)とおしゃべりに興じていた。

 彼らは任務待機地であったアレクサンドリアが使になった影響で一時的にここに身を寄せている。つまりはまぁ、暇なのだ。


――暇人同士であればそりゃあ仲良くなるよね。すぐにさ――


 視界を戻す。抱えていたPC内のフォルダーを素早くチェック。次々と画像を確認していく。

 モノアイに映るは第二次日本大震災、被災直後の写真。

 それはを一言で表せば、悲惨……

 写真は語る。

 一軒家が、アパートが、高層ビルディングが、駅が、商店街が、家電量販店が、パチンコ店が、ラブホテルが、温泉宿が、遊戯施設が、トウキョウスカイツリーが、トウキョウタワーが、ロッポンギヒルズが、政府施設が、神社が、寺が、仏像が、発電所が、ダムが、ごみ処理施設が――――数えられない程の建造物が。

 成人が、老年が、青年が、少年が、少女が、赤ん坊が、学生が、会社員が、無職が、非正規労働者が、日本人が、韓国人が、北朝鮮人が、中国人が、印度人が、越南人が、泰人が、柬埔寨人が、緬甸人が、印度尼西亜人が、尼婆羅人が、不丹人が、伯剌西爾人が、亜爾然丁人が、豪斯多拉利人が、埃及人が、幾内亜人が、叙利亜人が、土耳古人が、伊蘭人が、伊拉久人が、沙特阿拉伯人が、露西亜人が、英吉利人が、亜米利加人が、仏蘭西人が、伊太利亜人が、西班牙人が、墨西哥人が――――全ての人間が。

 草が、花が、木が、林が、森が、川が、湖が、岩が、山が、大地が――――あらゆる自然までもが。



 捻じ曲がって、潰れて、引き裂かれて、破裂して、粉々になって、歪んで、変色して、内側が飛び出して、蕩けて、削れて。

 

 

 それは人類が今まで経験したことのない災害、のような何か。

 メラは更に画像をチェックしていく。それらが物語るのは、規模こそ違えど列島を襲った何かが太平洋沿岸地域で発生していたということ。

 しかしそんな昔のこと、メラにとってはどうでも良い、過ぎ去ったことなのだ。そして今の目的はというと……


「見つけた。久しぶりー、なぎセンパイ」


 亡友ぼうゆうへの挨拶、つまりは私用である。

 モノアイと口の動きがシンクロし、メラの顔に三日月が2つ出現。瞳の先には漆黒のローブを身に着け、背に大剣を背負った高身長の女性の姿があった。そしてその美しい顔には奇妙な憂いが張り付けられていた……







 ちなみに作中の時代区分は以下の通りです。

 先史‐古代‐中世‐近世‐近代‐末代(1991~2042)‐終世(2042~2098)‐再史(2098~2218)‐今代げんだい(2218~)


 ※1

 シュミレーションゲーム。現実の物事、体験を仮想的に行うゲームジャンルの一つ。中の人はこれが大好き。この時間泥棒め! もう許さないからな、今からプレイしてやるぞ!

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