メンバー紹介タイム

「う、うん……?」


 目を開けると灰色の天井にLED蛍光灯、幾つかの配管、そして僕を覗き込む心配そうな2つの顔が見える。この2人の名前はりきどう睡蓮すいれんだ。何となくだがこの状況に少し覚えがある気がする。


「えっと、ここは?」


 キョロキョロと辺りを見渡しながら2人に聞く。


「ここはともづるの医務室です」


 丸眼鏡を指でクイッと上げながら力道が答える。


「特に異常はないようですね。安心しましたよ。曲直瀬殿がヒロシ殿を抱えて運んで来た時は少し驚きましたよ。何でも急に倒れたそうじゃないですか」


「心配したんだからねヒロシ兄ィ!」


 力道に続いて睡蓮が言う。

 この独特な呼び方は彼女の癖だ。何年経っても全く変わってないな、と苦笑する。    

 因みに睡蓮はこの時代においては極めて珍しい三姉妹の末っ子である。一番上が鈴、2番目がチトセである。彼女らは同じ髪の色をしているのでかなり分かりやすい。


「確かヒロシ殿は船に乗るのは初めてでしたかな?」

「そう、ですね」

「という事はこれが俗にいう船酔い、というやつですな! また1つ勉強になりました」

「そんなのんきな事言ってる場合じゃないでしょ! もし死んでたらどうするのさ!」

「相変わらず睡蓮殿は心配性ですなぁ。ここにいるお方はこの国で最強の者。船酔い程度で死ぬわけないでしょう」


 ハハハ、と笑う力道。


 その言葉にふと先日のチトセの言葉を思い出す。

 ——周りは皆こう思っているんだぜ。国内で一番強いのはおまえだってな——

 どうもその通りらしい。彼とはほぼ初対面のはずなのにこの様な印象を持たれているのだから。


 曲直瀬に力道と睡蓮。

 この3人が通常時の遣翠使けんすいしだんの通常メンバーだ。団長は曲直瀬、護衛に力道、書記に睡蓮という感じで。今回は護衛兼接待要因として僕が加わる。

 彼らの先の会話を見ていると何年も同じ任務を遂行している者同士の絆みたいなものが感じられた。


「そうだヒロシ兄ィ! 久しぶりに、やってよ!」


 睡蓮がそうせがんできた。


「うん? ……ああ!、アレですか。久しぶりですからうまくやれるかわかりませんが」

「いいの! ヒロシ兄ィにやってほしいんだから」


 この子、全くもって頑なである。


「では……おいで、睡蓮」

「うんっ!」


 身長130cm代の小柄な体躯がこちらの胸元めがけて飛んでくる。

 そして僕に背にを向けてぺチャッ、という湿と共に座り込んだ。

 少しひんやりとする。


 そして睡蓮の栗色の頭を両手で掴みトントン、と両手の指で弱めの振動を与え始める。所謂ヘッドマッサージとかいう奴だ。睡蓮の顔はこちら側からは見えないが多分、蕩けているのだろう。全身の力を抜いてリラックスしているようだし。

 しばらくしたらその動きは頭全体を掴んでもみもみと揉む動きに変わる。と、堪え切れなくなったのか睡蓮が声を上げる。


「~~~っっ‼ ……ああ~すっごく気持ちイイ~」


 このヘッドマッサージ、睡蓮と会う時は必ずやるのだが、まだ僕が言葉をしゃべることもままならない時に初めて彼女と出会った時からずっと続いている。

 何がきっかけとなったか今も思い出せないのだが。


 15分ほどマッサージを続けて所で睡蓮の頭が両手より離れる。

 満足して頂けたようだ。

 僕の両手は液体、というかでびっしょりと濡れていたが直ぐに乾いていく。まるでアルコールのように。

 ベッドから飛び降り、こちらを向く睡蓮。その笑顔はとても子供っぽくなにかそそられるものがある。


「ありがとね!ヒロシ兄ィ」

「どういたしまして。


 そう言い合い一瞬互いの視線が合って——どちらからともなく笑い出す。

 なんか、こんな風に誰かと笑いあうのは久しぶりな気がした。


「…………いッ」


 何か小さな声が聞こえたのでふと横を見ると力道が目頭を抑えて天井を仰ぎ見ている。


「とても……尊いッ! 本官このままでは尊死してしまいます。これが幼なじみの力かッ!」


 ええ……というか重要なことだから2回も言ったのだろうかこの男は。というかそもそも睡蓮とは幼なじみではないと思うのだが。

 そうして1人で勝手にくねくねと悶えている力道を横目ジト目で見ていると医務室の扉が勢い良く開かれる。


「おっ。皆仲良くなっとるなぁ~?」


 顔が少し赤らんでる曲直瀬がやや覚束ない足取りと共に入って来た。片手にはビニール袋を。もう片方の手には空いたビール缶を。それを見て今まで何をしていたのかを即座に察する。

 これでいいのか団長。

 そう思って2人を見たが平然としていた。

 あっ、これが平常運転なのね。


「ヒロシ~さっきは何か、目覚めた年頃の男子学生みたいなこと言って気絶してたけど~大丈夫ぅ? みたいね!」

「まだ返事してないですよ⁉ ってか学生って死語じゃないですか。そして何です? その目覚めた年頃とかいうのは?」

「それはね~ジャジャーン‼」


 曲直瀬は懐から一冊の本を取り出しこちらに見せてくる。

 本のタイトルには『そうゆう年頃でも恋愛がしたい!』とある。

 表紙には眼帯を付けた女の子がこちらを覗き込んでいるイラストが描かれていた。……え? 何これ?


「これはね、旧時代にあった若者向けの娯楽小説でというジャンルらしいわよ。おべっかの宇喜多からおすすめされてね。さっきのアンタの言動がこの小説の主人公っぽかったのよ」

「へ、へぇ~」


 正直反応に困る。

 というかさっきの件が簡単に流された気が。


「さて皆! これからヒロシの歓迎会を、やります! 前回の派遣時に貰った食料でね」

「やったぁ!」

「とてもいい判断だと思います団長」


 2人とも乗り気の様だ。

 一瞬遠慮という単語が脳裏にちらついたが、みんなの様子を見てみるとそんな空気を読まない単語なぞ直ぐに消し飛んでしまう。

 最初に種子島で会った時はうまくやっていけるだろうかと不安を感じたりもしたがどうも杞憂で終わりそうで良かった。僕は心の底で安堵した。


 こうしてこの日は食事と酒を思いっ切り楽しんだ。

 魚って色んな種類があるんだなぁ……。

 どれも美味しかった。


 翠玉国までは種子島から出発するとおおよそ36時間ほどで到着するらしい。

 つまり明日の夜には到着する予定……だったのだが。

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