~Air raid~ 暴雨

 劣勢比率を押しつけられた帝国海軍としては、優秀なる米国海軍と戦う時、先ず敵にを加え、然る後全軍を挙げて一挙決戦に出ずべきである。※

 ──山本五十六







 もう一度だけ繰り返す。

 こちらは第四帝国所属の黒船である。お前たち翠玉国敵対NPC国家に要求するはただ1つ。


・そちらに所属する人物実装済みキャラクター、『ティマドクネス』を抹殺せよ。繰り返す。『ティマドクネス』を抹殺……



 ご丁寧なことに奴らもう一度通知……いや、これはどう見ても脅迫文ね。を垂れ流し始めた。

 恐らくこちらを心理的に動揺させようとしているのだろう。繰り返すことで、脳にその意味を刻み込ませるために。



────受け入れなければ、その命はないぞみなごろしだ────



 そのメッセージは各々の心に速やかに侵食、恐怖が伝染していく。戦闘指揮所CICにいる者は手を止めて、ゆっくりと私を見つめる。


「何よ、みんなして。そんなに見つめられると恥ずかしいじゃない」


 ゆっくりと椅子より立ち上がる。堂々と、口元には不敵な笑みを浮かべ、いかにも余裕があるような様子で。

 私はこの国の主だから、どんな時でも取り乱してはいけない。組織のトップは常に冷静でなくては、ならない。、強く見せなければいけないのだ。だって私は、皇帝なのだから。


 ゆっくりとティマ処刑対象の方へ歩く。腕一本分の距離で見つめ合う。


 息を飲む。その彼ら第四帝国の期待とは方向性が異なる恐怖が、爆発寸前となる。

 ティマが一歩、後ずさる。震える両腕で、へその辺りで交差させ、自分で自分を抱き寄せるように。

 あの日以来、ティマは壊れかけている。「かけている」、というのはまだ壊れていないという事。まだ心は残っていて、今の自分の立ち位置をちゃんと把握している。

 だからこんな反応をする。



 戦闘指揮所CIC内にいる全員が固唾を飲んで見守る中。

 私は腕を伸ばして──





 ──そっとティマを抱き寄せた。そのまま抱きしめてゆっくりと、安心させるように頭を撫でる。ゆっくりと、赤子をあやすように。


「大丈夫……大丈夫よ……わたしは、私たちは絶対に、見捨てないからね……」


 声も出さずに涙を流し、何度も頷くティマ。

 それを見た民たちは一斉に安堵のため息を出した。彼らが心配していたのは「要求通りにティマドクネスを差し出す殺す」こと。

 慈悲深い我らの君主がそんなことをするはずない。だが、万が一にもそれで安全が担保されるなら……? 先に伝染した恐怖というのはずばり、これである。

 幸いにも結果はご覧の通り、杞憂であった。



全大篷车キャラバン部隊に通達! 全艦、戦闘配置につけ! 漁船、客船団は直ちに後方へ退避、各種戦闘艦は前方へ展開せよ!」


 あるじの意を即座にくみ取り、無形ウーシンが命を下す。






 戦闘艦の種類、要は出せる船速が異なるので一糸乱れずというわけにはいかなかった。それでもゆっくりと100を超える艦がただ一隻を包囲するというのは非常に壮観な眺めだ。

 ともすれば既に勝った、と誤認してしまうほどに。


 この時の信濃と黒船の相対距離、約25キロ。



「艦橋より戦闘指揮所CIC配置包囲完了しました」


 ジーノチカ海軍大将からの報告が届く。その意味することは、ただ1つ。


翡紅フェイホンの名において命じる。『黒船』を撃沈せよ」

「はっ! 艦長ユーリィ、指揮を」

「了解。船員は既に艦内に退避を完了させているな?」

「1分前に退避完了との報告が」

「よろしい。主砲、射撃開始、一斉射いっせいしゃ!」


 既に照準はつけられていた。


 落雷さえ霞むような轟音が響く!

 信濃に搭載されている45口径46センチ三連装砲×3基が砲弾同士がそれぞれ干渉しないように僅かな時間をおいて零式通常弾を計9発、爆風と共に吐き出す。腹に響く衝撃と同時に艦がほんの僅かに傾いた。それはまるで砲の威力を示しているかのよう。

 戦艦信濃の射撃とタイミングを合わせて包囲している各艦も射撃を開始する。



 戦いに勝つ最も確実な方法は、囲んで、一斉に石を投げること。

 この場合の『石』とは多種多様なサイズの対軽装甲艦用榴弾りゅうだん。何百発もの、が風を切り裂く音と共に降り注ぐ。


 それを受ける黒船のサイズは推定排水量1万5千トン、ほどの駆逐艦くちくかんに過ぎない。

 全弾命中、とまではいかなくても全弾の5パーセントほんの少しでも命中すれば大破・沈没は免れないだろう。なにせその中には人類最強の46センチ砲も混じっているのだから。


 なのに──黒船は回避行動の素振りすら見せずにいた。


 言いようのない不信感を抱きながら、信濃の艦長であるユーリィはストップウォッチで弾着までの時間を測る。そして数秒後。


「だんちゃく、い──」


 彼はその定型文を最後まで言えなかった。

 全ての砲弾が突如として空中にてピタリ、と停止するという異様な光景が出現したのだ。黒船の周りにやたらと間隔がある螺髪らほつ(簡単に言えば鎌倉大仏の髪型)が出現したように見える。


「なぁ翡紅フェイホン、今撃ったのって全部金属製のやつだよな?」

「もちろん、そうよ」

「なら、えーと……思い出した!! 対反発浮上磁気利用フィールド、とかいう妄想じみたやつだアレ!」

〈簡単に申しますと強力な磁場を空中に出現させ、強制的に対象物を停める……という原理だったはず、です〉


 呂玲ロィレンとマズダがこの現象に困惑する面々に向け解説をしてくれた。なお、現在マズダは大篷车キャラバンのもう1つの旗艦であるブルー・リッジ型揚陸指揮艦「ミッチェル」にいる。なので通信機越しの会話となっていた。


「何か歯切れが悪いけど。らしくないわね」

〈その技術は我が国においては、理論上のものなのですよ。なので今のも推定でしかありませんが〉

「そう。今の解説が正しいとすると、アイツに?」

〈大変遺憾ですが、おそらくは〉

「ミサイルも? まぁあまり弾数はないけど」

〈試すことも1つの案であると思いますが〉


 その時であった。


「て、敵艦に動きあり! ってな、なんだあれは」


 オペレーターの狼狽した声が響く。それに釣られ翡紅フェイホンもモニター画面を見ると。


「……は?」


 黒船の唯一の上部構造物であるピラミッドがしていた。

 その形は一見するとウニである。黒船なので、色合い的にムラサキウニをイメージするとよいかもしれない。要はピラミッドがトゲが生えた球体になっていたのだ。

 凄まじく奇妙な光景である。

 印象派の絵画、と表現してみたら思わず納得してしまいそうでもある。


「何よあれ。いつの間に……?」

「……! 翡紅フェイホン様、あれを! トゲから何かが出て来ます!」


 その正体は直ぐに判明する。四角形の、四方の上にプロペラをつけた輸送用ドローンである。一辺の大きさは1メートルもないだろう。そしてその腹に抱え込んでいるのは、爆弾。自爆ドローンだ。

 ここまで判明すればトゲの正体も自ずとわかる。それは細い飛行甲板であった。細いながらカタパルトがついているのだろう、物凄い勢いでドローンが生産され、蝶の群れのように空に舞い始める……数は優に100を超え、200の域に達しようとしていた。


 呆気にとられる翡紅フェイホンらをよそに、スピーカーががなり立てる。





 こちらは第四帝国所属の黒船である。

 これより帝国政府運営の命の元、世界不安定因子オープンワールドのバグ排除デバックを開始する。



 〘!!〙






 時速50キロほどのスピードで次々と自爆ドローンが突っ込んで来る!

 それをただ指を咥えて見ているはずもなく。一時の自失より無事帰還した翡紅フェイホンが急いで指令を出す!


古代から近世までの戦闘艦ガレー船から戦列艦までは黒船に向け衝角しょうかく攻撃(体当たり攻撃)、ないしは移乗攻撃いじょうこうげきを! 一次大戦からの戦闘艦は対空射撃でドローン群を撃墜せよ!」


 その命に従い戦艦を始めとする各艦艇は自爆ドローン群に向け突撃を開始。射程に入り次第各々が持つ高角砲、対空機銃をぶっ放す。

 戦艦『長門ながと』に至っては初手に主砲である45口径41センチ連装砲、計4基を放った。使用した砲弾の名は三式焼霰弾しょうさんだん。内部にマグネシウムと可燃性ゴムを使用する焼夷弾子と非焼夷弾子が合計996個詰まっており、設定された高度に達すると爆発、無数の弾子を放つ。その結果、死の花火が降り注ぎ十数機の自爆ドローンを撃墜する戦果をあげた。だが、全然足りない。


 その間隙を縫って突撃する艦が2隻。信濃や長門に比べ遥かに洗練されたデザインである。

 それも当然。彼女らは現代の戦闘艦である。搭載している対空ミサイルではなくMk45 5インチ砲やCIWS個艦防御兵器を振りかざし次々とドローン群を叩き落とす。

 彼女らの名はそれぞれアルバロ・デ・バサン級フリゲートの6番艦「フアン・デ・アウストリア」、世宗大王セジョンデワン級駆逐艦の5番艦「太祖李成桂テジョイソンゲ」、という。

 双方ともにイージスシステムを搭載した、その名の通り「防御」に力を入れた艦であり正に適材適所であるといえるかもしれない。


 そして彼女らが奮戦する傍らで、ガレー船は櫂を最大限のスピードで漕ぎ、戦列艦は帆を目一杯広げフルセイルとしゆっくりと、確実に黒船との距離を詰めていく。



 こうして澎湖ぼうこ諸島の沖合に過去、現在、未来の3つの艦種と戦術が同時に出現するという誠に奇怪な状況が出現したのだ。




 その様子を翡紅フェイホンはじっと眺める。やがて、その目には疑問と不信が浮かび始めた。


「おかしいわね」

「えっ、どこがです? まぁ確かに黒船に対しては有効打を得られていませんが」

無形ウーシン、そうじゃないのよ。なんか調わ。大声では言えないけど、あなたも知っているでしょう? 私達の練度が相当低いことを」

「そ、それは……」

「であるなら、どうしてあんなにも簡単にドローン共を撃ち落とせるのか? 答えは見ればわかるわよね。だってあいつら動いていないんですもの。突っ込んで来たら、ただ上にとどまるだけ」


 その指摘は戦場からほんの少し離れたところにいるからこそ、直ぐに気づくことができた類のもの。

 戦場で実際に戦う者達は、意外と簡単な事実に気づかないものである。それが初陣であれば、なおさらだ。


「どうしてわざわざ『戦闘開始!!』なんて宣言した癖に、ドローン共はただぼけっと突っ立っているだけなのか。まずここが変なのよ。そしてもう1つ」


 翡紅フェイホンは一旦そこで言葉を区切り、力道りきどうの方に目を向ける。


「私達は黒船と対峙したのは初だから聞きたいんだけど、黒船ってのよね?」

「おっしゃる通りです、あの忌々しい船は一番最初に、約45年前に我らの前に現れてからずっと一緒に行動…………して、いた……」

「そう。最も変な、というより気がかりな点なのは『片割れはどこに消えた』ってことね」


 戦闘指揮所CIC内の空気が5度ほど下がったような、怖気がじわりと広がる。話を聞いていたオペレーターらも不安そうに互いの顔を見た。


「れ、レーダーに他の艦影は映っていないのですか」

「何度確認しても映るのは味方艦と黒船だけです、無形ウーシン様」


 その答えに一先ず安堵の息を突こうとした、その時。






 


 またもスピーカーが勝手にがなり立てる。




 ────こちら黒船。スキル「脅威判定」発動完了…………データ取得完了、現時点での我が方の勝率200パーセント。

 我は戦艦「信濃」を相手取るので、白船は他脅威を排除せよ────




「タイミングぴったしね。こいつら、私達を盗聴でもしているのかし──」

「なっ! 緊急報告、新たな敵艦反応が出現しました!」

「何ですって、何処から?」

「…………上です。大篷车キャラバンの直上に」


 そこから先は言わなくても


 ドローン群を迎撃していた「フアン・デ・アウストリア」の真上に何かが降り注いだ。一瞬で艦橋を押しつぶし、艦が真っ二つに裂ける。

 海水が容赦なく船体に侵入し、飲み込み、1分もかからずに彼女は埋葬された。


 大篷车キャラバンの全員が、啞然とした。

 誰が想像できただろう。などという非常識みたことを。

 更に衝撃は続く。

 鉄を擦り合わせたような鳴き声が爆心地より響き渡る!

 そして水蒸気が内側からの突風により吹き飛ばされ、現れるは。


 鋼鉄の、機械の、ドラゴン




 そしてドラゴンが、いや。白船が喋った。




 こちらは第四帝国所属の白船である。

 形状変化使用許可メタルフォーゼ・フリーの命により、モード「機龍」へと変形。これよりこれより帝国政府運営の命の元、世界不安定因子オープンワールドのバグ排除デバックを開始する。




 翠玉すいぎょく国の面々はこの時まで知らなかった。

 彼らのを。


 それは、『汎用可変型決戦殲滅端末』という。


 彼らは勘違いをしていたのだ。

 目の前の敵は、そもそも船ではなかった。


 

 そして殲滅が、始まろうとしていた。






※名言内の傍点は筆者がある意図の元、独自につけたものです。

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