~Air raid~ 暴雨
劣勢比率を押しつけられた帝国海軍としては、優秀なる米国海軍と戦う時、先ず空襲を以て敵に痛烈なる一撃を加え、然る後全軍を挙げて一挙決戦に出ずべきである。※
──山本五十六
もう一度だけ繰り返す。
こちらは第四帝国所属の黒船である。
・そちらに
ご丁寧なことに奴らもう一度通知……いや、これはどう見ても脅迫文ね。を垂れ流し始めた。
恐らくこちらを心理的に動揺させようとしているのだろう。繰り返すことで、脳にその意味を刻み込ませるために。
────受け入れなければ、
そのメッセージは各々の心に速やかに侵食、恐怖が伝染していく。
「何よ、みんなして。そんなに見つめられると恥ずかしいじゃない」
ゆっくりと椅子より立ち上がる。堂々と、口元には不敵な笑みを浮かべ、いかにも余裕があるような様子で。
私はこの国の主だから、どんな時でも取り乱してはいけない。組織のトップは常に冷静でなくては、ならない。何があっても、強く見せなければいけないのだ。だって私は、皇帝なのだから。
ゆっくりと
息を飲む民たち。その
ティマが一歩、後ずさる。震える両腕で、へその辺りで交差させ、自分で自分を抱き寄せるように。
あの日以来、ティマは壊れかけている。「かけている」、というのはまだ壊れていないという事。まだ心は残っていて、今の自分の立ち位置をちゃんと把握している。
だからこんな反応をする。
私は腕を伸ばして──
──そっとティマを抱き寄せた。そのまま抱きしめてゆっくりと、安心させるように頭を撫でる。ゆっくりと、赤子をあやすように。
「大丈夫……大丈夫よ……わたしは、私たちは絶対に、見捨てないからね……」
声も出さずに涙を流し、何度も頷くティマ。
それを見た民たちは一斉に安堵のため息を出した。彼らが心配していたのは「要求通りにティマドクネスを
慈悲深い我らの君主がそんなことをするはずない。だが、万が一にもそれで安全が担保されるなら……? 先に伝染した恐怖というのはずばり、これである。
幸いにも結果はご覧の通り、杞憂であった。
「
戦闘艦の種類、要は出せる船速が異なるので一糸乱れずというわけにはいかなかった。それでもゆっくりと100を超える艦がただ一隻を包囲するというのは非常に壮観な眺めだ。
ともすれば既に勝った、と誤認してしまうほどに。
この時の信濃と黒船の相対距離、約25キロ。
「艦橋より
「
「はっ!
「了解。船員は既に艦内に退避を完了させているな?」
「1分前に退避完了との報告が」
「よろしい。主砲、射撃開始、
既に照準はつけられていた。
落雷さえ霞むような轟音が響く!
信濃に搭載されている45口径46センチ三連装砲×3基が砲弾同士がそれぞれ干渉しないように僅かな時間をおいて零式通常弾を計9発、爆風と共に吐き出す。腹に響く衝撃と同時に艦がほんの僅かに傾いた。それはまるで砲の威力を示しているかのよう。
戦艦信濃の射撃とタイミングを合わせて包囲している各艦も射撃を開始する。
戦いに勝つ最も確実な方法は、囲んで、一斉に石を投げること。
この場合の『石』とは多種多様なサイズの対軽装甲艦用
それを受ける黒船のサイズは推定排水量1万5千トン、全長180メートルほどの
全弾命中、とまではいかなくても全弾の
なのに──黒船は回避行動の素振りすら見せずにいた。
言いようのない不信感を抱きながら、信濃の艦長であるユーリィはストップウォッチで弾着までの時間を測る。そして数秒後。
「だんちゃく、い──」
彼はその定型文を最後まで言えなかった。
全ての砲弾が突如として空中にてピタリ、と停止するという異様な光景が出現したのだ。黒船の周りにやたらと間隔がある
「なぁ
「もちろん、そうよ」
「なら、えーと……思い出した!! 対反発浮上磁気利用フィールド、とかいう妄想じみたやつだアレ!」
〈簡単に申しますと強力な磁場を空中に出現させ、強制的に対象物を停める……という原理だったはず、です〉
「何か歯切れが悪いけど。らしくないわね」
〈その技術は我が国においては、理論上のものなのですよ。なので今のも推定でしかありませんが〉
「そう。今の解説が正しいとすると、アイツに砲撃は通じない?」
〈大変遺憾ですが、おそらくは〉
「ミサイルも? まぁあまり弾数はないけど」
〈試すことも1つの案であると思いますが〉
その時であった。
「て、敵艦に動きあり! ってな、なんだあれは」
オペレーターの狼狽した声が響く。それに釣られ
「……は?」
黒船の唯一の上部構造物であるピラミッドが変形していた。
その形は一見するとウニである。黒船なので、色合い的にムラサキウニをイメージするとよいかもしれない。要はピラミッドがトゲが生えた球体になっていたのだ。
凄まじく奇妙な光景である。
印象派の絵画、と表現してみたら思わず納得してしまいそうでもある。
「何よあれ。いつの間に……?」
「……!
その正体は直ぐに判明する。四角形の、四方の上にプロペラをつけた輸送用ドローンである。一辺の大きさは1メートルもないだろう。そしてその腹に抱え込んでいるのは、爆弾。自爆ドローンだ。
ここまで判明すればトゲの正体も自ずとわかる。それは細い飛行甲板であった。細いながらカタパルトがついているのだろう、物凄い勢いでドローンが生産され、蝶の群れのように空に舞い始める……数は優に100を超え、200の域に達しようとしていた。
呆気にとられる
こちらは第四帝国所属の黒船である。
これより
〘戦闘開始!!〙
時速50キロほどのスピードで次々と自爆ドローンが突っ込んで来る!
それをただ指を咥えて見ているはずもなく。一時の自失より無事帰還した
「
その命に従い戦艦を始めとする各艦艇は自爆ドローン群に向け突撃を開始。射程に入り次第各々が持つ高角砲、対空機銃をぶっ放す。
戦艦『
その間隙を縫って突撃する艦が2隻。信濃や長門に比べ遥かに洗練されたデザインである。
それも当然。彼女らは現代の戦闘艦である。搭載している対空ミサイルではなくMk45 5インチ砲や
彼女らの名はそれぞれアルバロ・デ・バサン級フリゲートの6番艦「フアン・デ・アウストリア」、
双方ともにイージスシステムを搭載した、その名の通り「防御」に力を入れた艦であり正に適材適所であるといえるかもしれない。
そして彼女らが奮戦する傍らで、ガレー船は櫂を最大限のスピードで漕ぎ、戦列艦は
こうして
その様子を
「おかしいわね」
「えっ、どこがです? まぁ確かに黒船に対しては有効打を得られていませんが」
「
「そ、それは……」
「であるなら、どうしてあんなにも簡単にドローン共を撃ち落とせるのか? 答えは見ればわかるわよね。だってあいつら動いていないんですもの。突っ込んで来たら、ただ上にとどまるだけ」
その指摘は戦場からほんの少し離れたところにいるからこそ、直ぐに気づくことができた類のもの。
戦場で実際に戦う者達は、意外と簡単な事実に気づかないものである。それが初陣であれば、なおさらだ。
「どうしてわざわざ『戦闘開始!!』なんて宣言した癖に、ドローン共はただぼけっと突っ立っているだけなのか。まずここが変なのよ。そしてもう1つ」
「私達は黒船と対峙したのは初だから聞きたいんだけど、黒船っていつも白船とペアを組んでいるのよね?」
「おっしゃる通りです、あの忌々しい船は一番最初に、約45年前に我らの前に現れてからずっと一緒に行動…………して、いた……」
「そう。最も変な、というより気がかりな点なのは『片割れはどこに消えた』ってことね」
「れ、レーダーに他の艦影は映っていないのですか」
「何度確認しても映るのは味方艦と黒船だけです、
その答えに一先ず安堵の息を突こうとした、その時。
またもスピーカーが勝手にがなり立てる。
────こちら黒船。スキル「脅威判定」発動完了…………データ取得完了、現時点での我が方の勝率200パーセント。
我は戦艦「信濃」を相手取るので、白船は他脅威を排除せよ────
「タイミングぴったしね。こいつら、私達を盗聴でもしているのかし──」
「なっ! 緊急報告、新たな敵艦反応が出現しました!」
「何ですって、何処から?」
「…………上です。
そこから先は言わなくてもわからされた。
ドローン群を迎撃していた「フアン・デ・アウストリア」の真上に何かが降り注いだ。一瞬で艦橋を押しつぶし、艦が真っ二つに裂ける。
海水が容赦なく船体に侵入し、飲み込み、1分もかからずに彼女は埋葬された。
誰が想像できただろう。空から船が降ってくるなどという非常識みたことを。
更に衝撃は続く。
鉄を擦り合わせたような鳴き声が爆心地より響き渡る!
そして水蒸気が内側からの突風により吹き飛ばされ、現れるは。
鋼鉄の、機械の、
そして
こちらは第四帝国所属の白船である。
彼らの正式名称を。
それは、『汎用可変型決戦殲滅端末』という。
彼らは勘違いをしていたのだ。
目の前の敵は、そもそも船ではなかった。
そして殲滅が、始まろうとしていた。
※名言内の傍点は筆者がある意図の元、独自につけたものです。
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