106 情熱


 ウィロの元へ走るシンは、ある事が頭をよぎりそのスピードを落とす。


 昨日ウィロさんを訪ねた時、ヨコキさんはたまたま不在だった。

 もしヨコキさんが居たら、ヨコキさんに用事があるように装うと思っていたけど、あの人の事だし、俺の情報はある程度は耳に入っているだろう。それにもう、何となく気付いていそうだな……

 だからといって堂々と訪ねる訳にもいかないよな……


 足が止まったシンに、声をかける者が現れる。


「ねぇ、イケメンさん」


「え?」


 この子は確か……


「私の事分かりますか?」


「あぁ、昨日ウィロさんを訪ねた時に……」


 ウィロがシンと出かけた時に、後を任された少女。


「私はカレット」


「俺はシン・ウース、よろしく」


 挨拶をするシンを、上目遣いで見つめるカレット。

 

 私も毎日この人と会わせてくれないかな~。キャミィみたいに……


「あのー」


「な、何?」


「ヨコキさんはいるかな?」


「いると思うよ」


「そっかぁ」   


 出直すかって、ヨコキさんが出かけるとは限らない。まいったな……


 返事をした後、黙り込んだシンを見て、カレットは察する。


「ウィロさんに用事があるの?」


「あ…… うん、そうだね」


 思わず正直に答えてしまい、困っているシンを見つめる。



 フフ、可愛い……



「あのさ、私がママに内緒で、ウィロさんに伝えてあげようか?」


「……」


 他に手を思いつかないシンは、カレットに従う。


「じゃあ、頼めるかな?」


「うん、全然大丈夫」


「しばらくあの人の家の近くで待ってるって、そう伝えてくれる?」


「分かった、伝えるね。けど、その代わり」


「その代わり、何?」


 そう聞き返されたカレットは、はにかみ笑顔を浮かべる。


「……ウィロさんから聞いて」


 そう言って、カレットは売春宿に向かって歩き始めたが、少し歩いたところで後ろをチラ見する。

 シンがその場に立ち止まったまま自分を見ている事を確認したカレットは、満足そうな笑みを浮かべ、小走りで売春宿に戻って行った。



 しばらくして、ガーシュウィンが住んでいるボロ屋の近くで待っているシンの元にウィロが現れる。


「ウィロさん、わざわざすみません」


「……いいの。それより、何の用事?」


「ガーシュウィンさんに、どうしても会わせたい人がいて、取次ぎを頼めませんか?」


「……いいけど。ママが疑ってそうだから、そう何度も出てこれないかも」


 ……いっそのこと、それで意思表示をするのもいいかもね。


 どうしてもヨコキに面と向かって言えないウィロは、悩んでいた。


「ウィロさんの都合の良い日と時間を決めて貰って良いですか?」


「……取次ぎだけでいいのね?」


「ええ、後は俺の方で……」 


「今からどう?」


「今からですか!?」


 俯いて考え込むシン。


「……分かりました。少し待っていただけますか?」


「いいわよ。あの人の家にいるわ。けど、時間無いから、早く来てね」


「分かりました!」


 そう言ったシンが駆け込んだ先は……


「ハァハァ、あれ? ハァハァ」


 食堂には誰一人として残っておらず、食器を片付けていたモリスがシンに声をかける。


「あら、シンさん」


「ハァハァ」


「皆さんに用事ですか? 食事を終えてさっき出て行きましたよ」


「ありがとう!」


 食堂を出たシンは、プロダハウンに向けて走り始める。

 すると、直ぐにユウと少女達の背中が見えた。


「ユッ…… ユゥ!」


 うん? 誰か僕を……


 振り向いたユウの視界に、走ってくるシンが映る。


「シン、どうしたの?」


 あっ、もしかして!?


「もういいのかな? 皆に詩を教えても?」


「詩?」


「何の事だっペぇ?」


「クルクルクル~」


 走って来たシンはユウの手を掴むと、そのまま引っ張り、来た道を再び走り始める。


「ちょっ、ちょっとシン!? どうしたの?」


「いいから、急いでくれ!」


 少女達は少しの間、呆然と二人を見送っていた。


「……なんだっぺぇ?」


「さぁ~」


「クルクルクル~、手を繋いでいたよー」


「あっ、本当っぺぇ。ナナもあれぐらい積極的にした方がいいっぺぇかもよ?」


「リン! 何の事っぺぇ!?」


「さぁねっぺぇ」


 二人のやり取りを見て、他の少女達は笑っていた。


「ねぇ、リンちゃん、ナナちゃん」


「どうしたっぺぇ?」


「私達、どうすればいいのかな?」


「あっ……」


 少女達は困った表情を浮かべていた。



 


「シ、シンってば、ど、何処に行っているの!?」


「いいから、兎に角走ってくれ!」


 ……走れって、引っ張られてもう既に僕の全力よりも速く走っているよ!?

 だっ、駄目だ!? 足の回転が、ついていけない。


 ユウが転びそうになったちょうどその時、シンの足が止まる。


 あ、危なかった!? こ、コケる所だった!?

 ん? ここは…… 


「ハァー、ハァー」


 大きく息を吸って、呼吸を整えるシン。

 それを見たユウも真似をする。


「スーハー」


「よし、行くぞ」


「うん! えっ!?」



 思わず返事しちゃったけど、ここはあの人の……



「ユウ、今からガーシュウィンさんに会ってくれ!」


「僕が!? 何の為に!?」


「あの人の前で」


「前で?」


「語ってくれ」


 えっ!?


「……何を?」


「勿論、アイドルについてだよ!」


「アイドルを!?」


 一度俯いたユウだが、直ぐに顔を上げる。


「……いいの?」


「あぁ、前は途中で止めたりして悪かった。今回は、誰も止めやしない。だから、好きなだけ語ってくれ!」


 ……誰も止めない? 好きなだけ?


 シンの言葉を聞いたユウは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるが、嬉し過ぎてニヤけ過ぎているのではないかと思い、俯いて隠す。

 

 好きなだけ語れるなんて、嬉し過ぎる。

 うん、どうやらシンは、先にガーシュウィンさんに会ってたみたいだ。

 そして、説得出来ずに困ってしまい、僕を頼って来たのかな?

 100年200年先の演劇を見る事が出来る人か……

 フフフ、この世界で僕のアイドル論を、聞かせるのに相応しい人物かも知れない。

 

「良いでしょう! 語りますか!」


「やってくれるか!? 頼むぞユウ!」


 庭を通り、裏にあるドアにシンが手を掛けると、つっかい棒は外されておりドアが開く。



 外見もだけど、中もボロボロだこの家……



 中に入り奥の部屋へ進むと、ウィロがシンとユウに目を向けているが、ガーシュウィンはベッドで寝転がり、二人には何の興味も示さず、虚空を見つめている。

 小さなテーブルには、シンが持ってきた器が空になって置かれていた。


「私は帰るね」


 そう言ってウィロが立ち上がっても、ガーシュウィンは何の反応も見せない。


 ウィロと目の合ったシンは、感謝の意味を込めて頷く。

 すると、それを見たウィロがシンを呼ぶ。


「ちょっといい?」


「はい。ユウ、適当に座っててくれ」


「……うん」


 ユウは、二人が自分を置いて出て行くのも、壊れかけでボロボロの部屋も、今は何も気にならない。それよりも、始めて見るガーシュウィンにただただ驚愕していた。


 ……この人が、この壊れかけのベッドで寝ている人がガーシュウィンさんなの!?

 僕達が入って来ても何の反応もしないし、こんな事言ってはいけないけど、とても、普通とは思えない…… 


「ありがとうございますウィロさん」


「別にいい。前も言ったけど、これがキャミィとママの為になるのならね」


「はい、必ず」


「あのね、カレットが」


 さっきの頼んだ子か……


「あなたに会いに来て欲しいって」


「……」


売春宿みせに客として来て欲しいって、そう伝えてくれって言われたの」


「……分かりました」


「……じゃあ私は帰るから」


「はい」


 客で会いに来てくれか……

 悪いけど、今の俺にそんな余裕はない。

 だけど、適当にあしらう訳にもいかないな……


 シンが急ぎ中に入ると、ユウはガーシュウィンと二人きりを恐れて部屋から出て、廊下に立っていた。


「……大丈夫か?」


「……シン、あの人が?」


「あぁ、ガーシュウィンさんだ」


「……」


「……見ての通り、心を閉ざしている。何があったのか知らないけど」

 

 僕にその心を呼び覚まして欲しいという訳か……

 演劇を、アイドルの話を聞かせる事で、あの人の心を……

  

 そう思い、俯くユウ。


 それを見たシンは、ユウが責任を感じてしまうのは酷だと考えていた。

 だが、試せる手は全て使わなければならない。ガーシュウィンを知り、この村に居るのを知った今、その存在は必要不可欠なのだ。


「……シン」


「あぁ……」


「僕……」


「……」


「僕、やるよ!」


 なんと、ユウはやる気に満ちていた。


「おっ!? まぢか!?」


「うん!」


 僕のアイドル論で、この人の心を呼び覚ませる!

 元々アイドルの素晴らしさを、この村で証明するつもりだったけど、まずは、この人から……


「頼むぞユウ!」


 俺は、この場に居ない方が良いな……

 恐らくガーシュウィンさんは、俺の事を良く思っていない。その俺が居れば、ユウの邪魔になるかもしれない。

 

「ユウ、二人が話している間に、俺はピカワン達に、練習の中止を伝えてくるよ」


「うん! あっ、ナナちゃん達にもお願い」


「あぁ、そうだな。先にナナちゃん達に伝えに行くよ」


「うん、お願いね」


 ユウを一人残し、外に出て庭を歩いていたシンは、微かに人の気配を感じて振り返る。


 ……ん?


 辺りを丁寧に見回すが、そこには誰も居ない。


 気のせいか……

 ナナちゃん達の所に急ごう。


 

 家の中では、ユウが再び部屋に戻って来ていた。

 

 部屋の中を見回すと、ウィロが腰を下ろしていた椅子が目に映る。その椅子を、ベッドの側に移動させて座るが、ガーシュウィンは無反応である。


「スーハー」


 ユウは口を開く前に、大きく深呼吸をして、意を決してガーシュウィンに話しかける。


「あのー、僕はユウ・ウースと申します。ガーシュウィンさんの事は、村の人から聞きました。素晴らしい舞台監督さんだったと……」


 あっ!? しまった、過去形で話すのは良く無かったかな……

 本人は今も監督のままだと思っているかも知れない……


 最初から躓いてしまったと思っていたユウの耳に、入ってきた裏口から音が聞こえる。


「ガタガタッ」


 え? シンが戻って来たのかな? 


「ミシミシ、ミシミシ」


 あの足音は、ソロソロと忍び足で歩いている……

 シンなら堂々と入ってくるよね!?

 つまり、シンじゃない……

 誰なんだいったい!? どうしよう!?


 ユウは咄嗟にガーシュウィンに目を向けるが、何の変化も見られない。


「ミシミシ、ミシミシ」


 ……うっ!?


 足音は、確実に二人の部屋に近づいて来ている。




  その頃シンは、ナナ達に会う為に、プロダハウンへと走っていた。


「ハァハァ」




「ミシミシミシ」


 近付いてくる足音に、驚愕しているユウは、何か武器が無いかと部屋を見回す。

 すると、半分崩れた壁の下に、腐りかけた材木を見つけ、そっと拾う。

 

 うっ、思っていたよりも短い!? 30センチもないじゃないかこれ!?

 僕の馬鹿! これなら椅子の方がまだ良かったじゃないか!?

 足音は近い、今から椅子の所へは……


「ゴクリ」

 

 ユウは唾を飲み込む。


 どうしよう…… 誰なのか声をかけた方が良いかな?

 もしかすると、レティシアさんに反対している人達かもしれない。

 シンと僕がここに出入りしているのを見て探りに来た!?

 そして、シンが出て行ったのを確認して、僕だけならと思って……

 ば、馬鹿にするな! 部屋に入って来たら、この棒を叩きつけてやる!

 ……だいぶ短いけど。

 けど、僕に、棒で人を殴るなんて、そんな事が出来るのかな……

 どうしよう、どうしよう!?


「ミシミシ」


 近付いて来た足音に、ガーシュウィンが少しだけ反応を見せる。

 

 今、確かにガーシュウィンさんの頭が少しだけど動いた。

 この人は、完全な無反応じゃない…… 誰かが入って来ているのを、微かだけど気にしている。


「……」


 やるしかない! 誰が入って来てるのか知らないけど、僕がガーシュウィンさんを守らないと!?


「ミシミシ、ミシミシ」


 来た!?


 ユウは壊れた壁の穴に、身体を半分押し込み隠れている。 短い材木を大きく振りかぶると、それと同時に足音は止まった。


「ドクンドクンドクン」


 激しく鼓動するユウの心臓。


 ハァハァハァ……


 無断で入ってきた人物は、ベッドで横になっているガーシュウィンをジッと見ている。


「ハァハァハァ」


 ユウの息遣いに気付いたその者は、隠れている壁に目を向ける。

 そして……



「ハァハァハァ、あれ? いない……」


 プロダハウンまで大急ぎで走って来たが、少女達の姿は無い。


 ……と、いうことは、野外劇場か?


「ハァハァハァ」


 シンは再び走り始める。




 無断で入って来た者は、ユウの隠れている方向をジッと見つめている。

 そして……


「フォワ~、フォワフォワ」


 えっ!? その声は……


「フォ、フォワ君!?」


 フォワの名を呼ぶユウの声は、安堵や様々な感情が溢れ、裏返っていた。

 その高い声を聞いたフォワは笑い始める。


「フォワ~、フォワフォッワ~」


 良かったぁー、フォワ君だったのか……

 本当に良かったぁー。


 その場に膝から崩れ落ちるユウの瞳からは、涙が零れ落ちそうになっていた。


「フォワ?」


 でもどうしてフォワ君がここに?

 シンに頼まれたのかな?

 けど、それなら忍び足で入ってくる必要は無いよね。堂々と声をかけて入ってくれば……

 つまり、僕とシンが入るのを見て、好奇心で勝手に……


 駄目だよ勝手に入って来るなんてと言いたいところだけど、正直一人で心細かった感はある。


 家の中に勝手に入って来たフォワは、崩れ落ちたユウを見た後、再びベッドで横になっているガーシュウィンを見つめる。


「……フォワ~~、フォワフォワフォワフォワ~」


 そう言って笑い始めた。


 ……え、いったいなんて言っているのだろう?

 そして、どうして笑っているの?


 この時フォワは、なんだこの小汚いジジィはと言っていた。

 

 ……追い出すのもあれだし、フォワ君にはこのままここに居て貰おう。


「フォワ君」


「フォワ?」


 ユウは部屋を見回して、フォワの為に椅子を持ってくる。


「この椅子に座って」


「……フォワ~、フォワフォワフォワー」


 この時フォワは、埃だらけの椅子だなと文句を言っていた。

 キョロキョロと頭を動かし、床に落ちているガーシュウィンの服を勝手に拾い、椅子を丁寧に拭き始めるフォワ。

 改めて椅子に座り、語り始める準備をするユウはそれに気付いておらず、フォワに目を向けると、ちょうど拭き終わり、腰を下ろすところであった。

 

 よし! 始めよう!


「ガーシュウィンさん、また最初からお話をします。僕はユウ・ウースと申します。今から僕がこの村でやろうとしているアイドルについてお聞かせします!」


 この時、何が始まるのか理解していないフォワは、ただ単にわくわくしていた。 


「フォワ~、フォワ~」



 野外劇場に走っていたシンは、劇場が一望できる場所で足を止める。

 するとそこには、少年達に音の指導をする老人達の姿が……



「音とリズムが一定では無いの。わしの手拍子にあわせてみぃ」


「分かったっペぇ」


「いくぞ。ほれ」



 そこには、ナナ達も来ており、笑顔でその様子を見ている。


 ……フフ。


 シンはその光景をしばらく見つめた後、昼食をとる為にモリスの食堂へ向かう。



「と、いう事で、アイドルは様々な面から見ても、人々を幸せにするのですよ!」


 熱くアイドル論を語るユウだが、ガーシュウィンは相変わらず無反応。


「フォワ~、フォワフォワフォワ~」


 またしてもガーシュウィンを見て笑い始めるフォワ。


 フォワ君、何て言っているのかな?


 この時フォワは、無反応ジジィとガーシュウィンにあだ名をつけていた。




「シンさんお待たせしました」


「ありがとうジュリちゃん」


 シンに笑顔を向けた後、厨房に下がるジュリ。


 空いた時間で昼食をとっていたシンだが、ユウの事が心配で、スプーンを持つ手は遅い。

 

 俺が出てきて、どれぐらいの時間がたった……

 今頃ユウは…… ガーシュウィンさんは、ユウの話に、熱意に、反応しているのか……

 思い付きのようだけど、ユウに任せると決めたんだ。

 信じるんだ、ユウのアイドルへの情熱を……


 しかし、ユウが何を語ろうが、ガーシュウィンはたまに瞬きをする程度で、聞いているのかすら分からない。

 だが、そんな事でユウのアイドル論は止まらない。

 エンジンがかかり始めたユウは、ますます饒舌になっていく。


「良いですか、ここも重要ですのでよく聞いてください。そもそもアイドルというのは……」

  

 この状況に飽きたフォワは、椅子でうたた寝をしている。


「スヤー」



 ……そろそろ一時間ぐらいたったかな?

 様子を見に行ってみるか……

 いや、一時間ぐらいでユウのあの話が終わるとは思えない。

 俺が行く事で、話を止まるのは邪魔でしかない。気になるけど、大人しくここで待っていよう。


 

 ベッドで横になり虚空を見つめるガーシュウィン。

 そんな事はまるで気にならないとアイドル論を語り続けるユウ。

 うたた寝をして、時折首がガクっと折れ、目を覚ましては再び寝るフォワ。

 少々、いや、かなり滑稽な状況であった。


 そして、ユウがこの部屋を訪れてから、3時間半が経過しようとしていた。


「そういう事で、僕のアイドル論は、これで終わりです。長い時間聞いて頂いて、ありがとうございました!」 


「フォ、フォワ~」


 フォワは寝ぼけていた。


「あーーーーー、スッキリしたぁーーー!」


 誰にも制止されることもなく、思うがままに語り続けたユウは、元の世界でクダミサ親衛隊の仲間と、アイドルについて議論していた事をふいに思い出していた。


 ……皆、元気かな。


「フォ~、フォワ~」


 この時フォワは、終わったのかと目をこすりながら聞いていた。


「フフ、フォワ君、長い時間付き合ってくれてありがとう。終わったよ」


「フォワ~」


 返事をしたフォワは、椅子から立ち上がり、両手を高く上げて背伸びをした後、ガーシュウィンに目を向ける。

 ユウもフォワに釣られて、背伸びをしていたその時!?

 フォワは床に落ちていた煤の様な物を指に付け、ガーシュウィンの顔に落書きを始めた。


「うーーー、肩が少し凝ったかもって、フォワ君何をしてるの!?」


 ガーシュウィンの眉を大きく書き足し、それを見たフォワはユウを見て笑う。


「フォワフォワフォッワ~」


 そして、再びガーシュウィンを見て何かを呟く。


「フォーーワー、フォワフォワフォワー」


 この時フォワは、ジジィ、ユウ君の話をちゃんと聞いていたか!? と、自分を棚に上げてガーシュウィンを責めていた。


「ちょっ、ちょ、ちょっとフォワ君! 駄目だよー、そんな事をしては!?」


「フォワ~、フォワフォワフォワフォワー」


 この時フォワは、面白いからユウ君もやるかと言っていた。

 

 慌てたユウは、床に落ちているガーシュウィンの服で、落書きを消そうと顔を拭く。

 しかしその服は、先ほどフォワが椅子の埃を拭いた物で、ガーシュウィンの髭や眉などに大量の埃がついてしまう。


「あっ!? しまった!?」


「フォワフォワフォワフォワー! フォワーフォワフォワ」


 フォワは爆笑した後、やるなユウ君と言って、負けじとガーシュウィンに再び落書きをしようとしたが、ユウが止める。


「フォワ~、フォワーフォワ~」


 なんだもう終わりか? 残念そうに、そう呟いていた。


 ユウが慌てて丁寧に埃を掃うが、ベタベタとしたガーシュウィンの髭や髪についた大量の埃は取れない。


「ごめんなさいガーシュウィンさん」


 謝っているユウを見て、フォワが口を開く。


「……フォワー、フォワフォワフォワー、フォワフォワフォワ~」


 そんなジジィ放って帰ろう、皆が待ってるよと言いながら、ユウの腕を引っ張る。

 何となくだが、フォワの言っている事が分かったユウは、ガーシュウィンについた埃を取る事を諦め、二人で廊下に出る。

 最後にベッドで寝ているガーシュウィンを一瞬見たユウは、廊下を歩きながら自責の念にさいなまれ始める。



 ごめんねシン…… 僕は役に立てなかったみたい……  



「ぼそぼそぼそ」


 その時、立ち去ろうとした部屋の方角から、何かが聞こえて、二人は驚き振り返る。


「フォワ!?」


「い、今…… しゃべったよね!? 聞き間違いじゃないよね、フォワ君!?」


 二人は急ぎ部屋へと戻り、ベッドで横になっているガーシュウィンを凝視する。

 すると……


「……小僧」


 ガーシュウィンの声は、ハッキリと二人に聞こえていた。

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