96 ハートエイク


 シンは馬小屋に向かう途中、バリーとバッタリと会う。


「おっ、バリー、ご苦労様」


「あら~シン! 馬小屋に行ってるの?」


「ああ、今日の馬の散歩はジュリちゃんの番だったけど、この雨で行けなかったみたいだから、ちょっと様子を見にな」


「そうなのね~」


 ……どうしてだ!? ずいぶん嬉しそうだな……


「じゃあな」


「はーい、あちきは昼食を食べて来るわ~」


「……あぁ」


 食堂へ向かうバリーの背中をシンは見ていた。


 変だな、絶対付いてくると思ってたけど…… まぁいいか……


「うふひひひ、余韻余韻」


 そう笑って呟いたバリーは食堂へは行かず、何かをする為に部屋へと戻って行った。





 その頃ユウは……


 誰も居なくなったプロダハウンのスタジオで、一人床に座り込んでいた。


「……」

 

 ……ナナちゃんの言いたい事は分かる。

 今のままでは、何も村を変えることは当然出来ないよ。

 だってまだまだ途中じゃないか…… 

 確かに行き詰まっているのは本当だけど、急にあんな言い方しなくても……

 もっと、もっと普通に言ってくれれば僕だって……

 あんな事を言わなかった……


 ユウの頭は更に項垂れて行く。


 ……シン、確かに言ってはいけない言葉だったみたい。

 ナナちゃんだけじゃなく、リンちゃんまでアンクレットを……


 だけど、悪気があって言った訳じゃないのに、なにも僕が買ってあげた・・・・・・物を、窓から捨てなくてもいいじゃないか……


 

 また思っ…… ちゃった……



「……」


 ゆっくりと立ち上がったユウは、床に落ちているリンの投げたアンクレットを拾いポケットに入れた。

 そして、階段を降りて行きそのまま、ナナと同じ様に傘も差さずプロダハウンから出て行く。



 たぶん、この辺りだと思うけど……


 

 建物の裏側に回って来たユウは、ナナの投げたアンクレットをずぶ濡れになりながら探す。 

 

 ない……

 木の枝に引っかかったのかな……


 上を向くと、目を開けられないほどの強い雨が顔に当たる。

 それでも手で雨粒を遮りながら枝を見て回るが、何処にも見当らない。


 ……もう 探さなくていいや……

 投げたのは…… 僕じゃないし……



 プロダハウンを後にしたユウは、皆を避けるかの様に食堂へは寄らず、宿の入り口から部屋へと戻って行く。


 そんなユウを、シンは馬小屋から見ていた。


「……」




 その頃ナナは……


 空き家の地下室で、一人しゃがみこんでいた。

 まだ幼い頃、泣きながら走っていたあの・・時に、偶然見つけたナナだけの場所。 

 仲の良いリンもピカワンも、誰もが知らない、光すら届かない真っ暗で埃だらけの秘密の部屋。



 ここに来るのは、久しぶり…… ぺぇ……


「……」

   

 どうして…… どうしてあんな事言っちゃったのかな……

 別に、あいつが悪い訳じゃないのに……

 悪いのは…… 悪いのは……



 ……悪いのは、誰なの?



 誰が悪くて、今うちはここに居るの……

 この村をこんな風にした奴は誰なの……

 村長さんの邪魔をするジージが悪いの……

 

 誰なの…… いったい誰が悪くてうちは……


 答えが見つからないナナの瞳に、涙が溢れる。


「うっ、う……」 


 昨晩、レティシアの事が心配であまり眠れなかったナナは、暗い地下室で頬を濡らしたまま眠りに落ちる。


 そしてユウもまた、服も着替えずベッドで眠っていた。





「ドンドンドン」


 また…… 今度は誰かの?


 ロスがドアを開けると、そこにはリンの姿があった。


「どうしたのかのリン?」



 ……この感じだと、ナナは家に戻ってないっぺぇね。



 ロスを見てそう感じたリンは、機転を利かす。


「忘れ物っペぇ」


「忘れ物?」


「そうっぺぇ、あたしもナナも忘れ物したっぺぇ。この大雨だから、どちらか一人が取りに行くってなって、シロンの裏表で決めてあたしが負けたっペぇ」 


「忘れ物はなんだの?」 


 リンの目に、たまたまナナの靴が映る。


「あ~、これこれ、この靴っペぇ。さぁ、戻るっペぇ」


 急いでその場を離れるリンを、ロスは懐疑的な目で見ていた。 



 ……変だのう




 前に隠れた空き家にも居なかったし、やっぱり家にも帰ってなかったっぺぇ。

 何処行ったっペぇナナ……



 その頃シンは……


「よっ、こんな大雨の中、ご苦労様」


 門番に話しかけていた。


「シンさん。平気でごじゃるよ」


「俺も! 俺も全然平気だ!!」



 ん? ごじゃるはいつもと同じだけど、こっちはいつもの感じと違って覇気があるというか、心なしか肌もツヤツヤしているような……


 

 アットモンドの奢りで昨晩楽しんで来た門番の一人は、目をキラキラと輝かせていた。


 まっ、それよりも……


「今日は誰も外に出て行ってないよな?」


「出て行ったのはバリーさんと、畑の様子を見に行った村人に、それとヨコキさんの店に来ていたアットモンドさんと護衛でごじゃる」



 ……そうか、奴等・・は帰ったか。 



「他には?」


「他は誰も出て行ってないでごじゃるよ。バリーさんも、畑の様子を見に行った村人も直ぐに戻ってきたでごじゃる」


「俺も見てたから間違いない! 他は誰も出て行ってない!」


 ……本当にどうしたんだ今日は? もしかして、この門番は雨が……

 

 シンはいつもと違って元気な門番に目を向ける。


 なんかカタツムリに似てて、愛嬌があるな…… 雨が好きそうな顔をしていると言えばしているような……


「何か気になる事があるでごじゃるか?」


「いや、いいんだ。雨が酷いからちょっと心配になってな」


「こんなに激しい雨は珍しいでごじゃるね。畑に行く道が崩れないと良いでごじゃるけど……」


「そうだな。雨が止んだら、確認しておかないとな。事故でも起きたら大変だ」


「俺で良かったら、後で見に行くよ!」


「いや、だけど門番の仕……」


 その門番はシンの言葉を遮る。


「交代が来た時に雨が弱まってたらでいいかな?」


「……そうだな、その時は頼める?」


「全然大丈夫だ! 魔獣もいなくなったし、見てこれたら報告するよ!」


「分かった、頼むね。今日は大雨で危なそうだから、村人を外に出さないでくれ」 


「了解でごじゃる」


 シンは食堂へと戻って行った。


「……ずいぶんと元気でごじゃるね? シンさんが驚いていたでごじゃるよ」


「いやな、この村追い出されたら行く所ないし、少しでも役に立つ男だと見せておきたいしよー。それに……」


「それに、何でごじゃるか?」


「ヨコキの店の子はやっぱり最高なんだよ! あの店がある限り、この村を離れたくない!」



 結局最終的な目的はそれでごじゃるか…… 




「遅いっペぇねシンは? もう休憩時間過ぎてるっぺぇ?」


「フォワ!」


 少年達が心配している中、食堂に戻ってきたシンは、真っ先に少女達に声をかける。


「あのさ、こんな雨の中せっかく来てくれて申し訳ないけど、午後の練習は休みにしよう。帰るのなら、送って行くよ」


「……」 


「……」


 昼食をとって休んでいた少女達は、ナナの事を心配していた。


「あのー、ナナちゃんは?」


「皆を家に送って行った後に、ナナちゃんの家を訪ねてみるよ」


「……分かりました」


 プルがそう返事をした後、その話を聞いていたレピンが口を開く。


「もしかして、おら達も休みぺぇか?」


「……どうするピカワン?」


 シンは自分で決めずに、ピカワンに委ねる。


 ナナの事が心配で、食事にあまり手を付けていないピカワンは、ナナの安否の確認を優先したかった。だが、レピンや他の少年達が、シンとの練習を楽しみにしているのも分かっていた。



「……練習するっぺぇ」


「やったぺぇ!」


「フォワ~」


「だけど、おらは休んでいいっぺぇか……」


「あぁ、いいよ。じゃあ俺は、女の子を送ってからプロダハウンに行くよ。行こうか?」


「シン、あちきが送って行くわよ」


 いつの間にか食堂へ来ていたバリーが声をかける。


「いや、良いんだ。俺が行くよ」


「……そう? じゃあ、あちきはまた村外の様子でも見てこようかしら」


「大雨だから休んでていいよ」


 シンはバリーにそう言うと、少女達とモリスの店を後にした。


「おら達は直ぐにプロダハウンに行くペぇ」


「おおー! 行くっペぇ」

 


 取りあえずシンに付いて行って、ナナの家まで行くっペぇ……

 ナナ…… 大人しく家に帰ってればいいっぺぇけど…… 

 


 シンとピカワンは少女達を送り届け、ナナの家に向かっている途中、偶然ナナを探していたリンと出会う。


「リンちゃん!」 


「あっ、シンっぺぇ」


 ピカワンも一緒っぺぇかぁ。


「ナナちゃんは?」


「それが、家にも何処にもいないっペぇ」


「……そっかぁ。門番の話だと、外には出てないみたいだから村の中に居るとは思うけど……」


「だけど、心当たりは全部探したっペぇ。今からプロダハウンに戻ってないか見に行こうとしてたっペぇ」


「分かった、一緒に行こう」


「うん」



 当然ナナは、プロダハウンには居ない。


 

「ナナ、何処行ったっペぇ……」


 心配するリンを尻目に、少年達は遅かったシンに文句を言う。


「シン、遅いぺぇ」


「そうっぺぇ!」


「ピカワンも練習しに戻ってきたっペぇ?」


「フォワー!」


 リンはそんな少年達に怒鳴り声をあげる。


「うるさいっぺぇ! ナナが居なくなってるっぺぇーよ! 練習どころじゃないっペぇ!」


「フォワ!?」


「ナナは家に帰ってなかったっぺぇか?」


「何処行ったペぇ、こんな大雨の中!?」


「もしかして、ピカワンはナナを探してたっぺぇ?」


 ナナの事が心配で項垂れるリン。 


「皆、練習は中止だ。兎に角、ナナちゃんを探そう」


「分かったっペぇ」


「探すのが優先ぺぇ」


「フォワー!」


 少年達は傘を差さずに外に飛び出していった。


「ピカワン! バラバラで行くな! 二人ないし三人で行動しろよ!」


「了解っペぇ!」


「あー、ナナの家にはあたしがまた行くから、行くでねぇっぺよー! ナナのじいちゃんに知れたら、心配するっぺぇ!」


「分かったっペぇ!」


 たぶん、一人になりたくて何処かに隠れているとは思うけど…… この大雨だ、事故が起きなければいいが……

 




「やぁー、どうもご苦労様~」


「バリーさん。雨がやまないでごじゃるね。この村では、こんな大雨は珍しいでごじゃるよ」


「そうなのねぇ~」


 うふふふ。この荒れた天気は、偶然出会ったナイスミドルのイケメン、それにシンとあちきとの三角関係の恋の行方を占っているのかしら!?

 ドロドロズタズッタで、ビッチャンビッチャンこねくり回して、ねっとりとした恋愛は嫌いじゃないわよ~。

 むしろ、そうじゃないと燃えないわ~。

 うふふ、その中にユウちゃーんも加えてあげようかしらねぇ~。

 あーん、考えただけで身体が火照るわ~。また静めないと……


「ちょっと外で魔獣を狩ってくるわ」


「大丈夫でごじゃるか? シンさんから村人を外に出さない様に言われてるでごじゃるよ」


「あちきは平気平気! それにこんな荒れた日こそ魔獣を狩るチャンスよ! 普段は森の奥に潜んでいる魔獣も、こんな日は出て来る事が多いのよ」


「そうなのでごじゃるね。気を付けて行って来るでごじゃる」


「はーい」


 バリーは村の外へと出て行った。


「……どうして一言も話さなかったでごじゃるか?」


「いやー、なんかな~、女は好きなんだけどよー、ちょっと苦手でなオカマは……」


「そんな言い方は、あまり良い言い方ではないでごじゃるよ」


「まぁーそのなー、生理的に受け付けなくてよー。しょうがねーよー」





 数時間後……


「ナナー」


「……ん」


 ナナは遠くから聞こえて来た自分を探している少年達の声で目を覚まし、暗闇の中ゆっくりと辺りを見回す。


 そうだ、真っ暗で驚いたけど、ここは地下室…… っぺぇ。

 いったい、どれくらい眠ってたっペぇ……


 睡眠をとった事で、少し落ち着きを取り戻しつつあったナナは、膝を抱えて様々な事を考え始める。



 ピカワンは無法者あいつらに近付き皆をまとめて、その中で自分の地位を築こうとしていた。

 将来自分がトップまで上り詰めれば、実質村を取り返した事になる。それがピカワンの夢で、この村の為になると思って、うちも協力した。


 だけど、まさか、まさかシャリィ様が村に来て、あいつらを追い出してくれるだなんて、夢にも思っていなかった。

 うちにすれば、シャリィ様はおとぎ話の中の存在。

 そのシャリィ様に会えるなんて……

 けど、せっかく会えたのに、うちはシャリィ様が連れているシューラに嫉妬した。

 情けないユウあいつを見て、自分だと思えないぐらい嫉妬して、けなして、反抗して…… 


「……」 

 

 無法者あいつらが居なくなって、それで終わるかと思っていた。けど、村は全然変わらない。

 変わるどころか、たぶんジージまでも村を変える事に反対し、村長さんやシャリィ様の邪魔をしている。

 そして、うちもまた、邪魔をしている……


「……」


 もしかしてまだ、あいつに嫉妬してるのかな……

 ストビーエの件であいつを見直して、うちの中のわだかまりが消えたと思っていたけど…… 思っていただけでまだ残っていて、それで…… シャリィ様のシューラのあいつに…… だからまた強く当たってしまったのかな……

 そうなのかな……



 ナナは抱えている膝に顔をうずめる。


 

 兎に角、今日の事はうちが悪い……

 村長さんの事でイライラして、あいつは悪くないのに、何も知らないうちがやり方に文句をつけて、困らせて……

 ピカワンは何も思いつかなくて自分を責めているのに、うちは、うちは、あいつに当たって……



     

 ちょうど同じ頃に、ユウも目を覚ます。


「うーん…… ん……」


 あれ? ここ何処だっけ?

 ……あっそうか、宿に戻って来てたの忘れてた。


 ユウは上半身を起こす。


 うわ…… 何もかもびしょ濡れだ。

 あー、ベッドまでも…… よくこんなので眠れたな僕は……

 

 ユウは起き上がり、バニ室で身体を乾かす。


「ふぅ~」


 自分のベッドが濡れている為、シンのベッドに腰かけたユウはため息をついていた。


 今日の事はやっぱり、痛いところを突かれて取り乱した僕が悪いのかな…… 

 どっちにしろ、ナナちゃんにあんな言い方をしなくても良かったのに……

 やっぱり僕が……

 

「ああああもう~」


 ユウもまた、後悔し始めていた。


「……今何時?」


 えっ!? もう20時過ぎているの!?  

 シンは何処に行ったのかな? 食堂かな? 


 そう思い、ユウは食堂へ向かったが……


 あれ…… いないや。

 

 ユウを見たモリスが声をかける。


「お食事ですか? 直ぐにご用意できますよ」


「いや、あのー」


「どうしました?」


「あのー、皆は?」


「……」


 モリスは一度ためらうかの様な仕草をした後に口を開く。


「ナナちゃんが家に帰っていないみたいで……」


「ええっ!?」


「ここにも何人もが代わる代わる探しにきて……」


 ナナちゃんが居なくなった!?

 まさか、あの時から……

 だったらもう8時間以上も!?


 そっ、そんな……

 僕の…… 僕のせいだ!


 ユウは外に飛び出して走った。

 何処に行けばいいのか分からなかったが、兎に角走った。


 ……ナナちゃん! いったい何処に……



「はぁー」

 

 ため息をついたナナは立ち上がり、地下室の壁をよじ登って1階へ上がると、そのまま外に出る。

 既に雨はあがっていたが、地下室と同じぐらいの暗闇にナナは驚く。


 やばい!? いったい何時間寝てたのうち!? まさかもう夜だなんて……


「……」


 今更慌てても仕方がないと思ったナナは、空を見上げた後、ゆっくりと歩き始める。 

 


 

 

「ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!」


 うん? ナナ? ではないのう、あんな激しく叩きはせん。 


 玄関まで歩いて行ったロスは、ドアに向かって声を出す。


「……いったい誰かの?」


「フォワ~」


 ロスはドアを開けた。


「どうしたのかのフォワ?」


 そう聞かれたフォアは、ロスに笑顔を向けた後、ズカズカと勝手に家の中へ入って行く。


「びっくりした、フォワかい!? どうしたのかの?」


 驚くナナの祖母とロスを尻目に、フォワは全ての部屋を見て回る。


「フォワ」


 ナナがいないのを確認したフォワは、何やら一言呟いて帰って行った。


 何だったのかの、一体……

 それにしても、ナナは遅いの…… 奴等と一緒かの? それとも皆と晩飯でも……


 その時、ロスは嫌な予感を感じる。


 待て!? 何しにフォワはうちに!? まっ、まさか!?


 ロスはドアを閉めることなく走り出す。

 

 まさか、ナナの身に何かが!?


「もしも、もしもそうなら、絶対に、絶対にゆるさんからの!

 冒険者人殺し共!!」


 

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