95 エフェクト


 外がまだ薄暗い中、ユウは目を覚ますが、決して時間が早過ぎた訳ではない。

 

「ザーザザザーザー」


 ん? 何の音だろう?


「今何時?」

  

 7時前か……


 ベッドから起き上がりカーテンを開けると、窓についている大量の雨粒が見えた。


 ……凄い雨だ。

 それに風も……


「ん~、ユウ」


「あっ、ごめん起こしちゃった?」 


「全然、もう朝だよな」


「うん、7時ぐらいだよ」


「7時かぁ~、あーーー」


 シンは両手を上げて、背伸びをしている。


「ふぇ~っと。ちょっとバニってくるよ」


「うん」


 シンは窓から外を眺めているユウに目を向ける。


「雨?」


「うん、凄い土砂降り。風も強い」


「まいったな~。じゃあ今日は、俺の方もプロダハウンだな」


「うん、そうだね」

 

「バニお先に」 


「うん、どうぞ」


 バニ室に入って行ったシンを見た後、ユウは再び窓から外を眺める。


 雨…… そのせいかな、いつもより身体が重く感じて気分が乗らない……

 早く…… 早く歌詞を作らないと前に進めないのに……

 やる気が出ないというか…… 何なのだろう、この気持ち? 


 ユウはバニ室から出てきたシンに声を掛けられるまで、ただ、窓から外を眺めていた。

   



「おはようシン、ユウちゃ~ん」


「おはよう」


「おはようございます、バリーさん」


「あ~、朝起きてシンとユウちゃーんにおはようを言える喜び…… そして、二人と食卓を囲める…… 痺れちゃうわ~」


「は…… はは……」


 口で笑っているが、シンに笑顔はない。


「ねっ、ねっ?」


「……何?」


「どうしたのですか?」


「あちき達、同棲しているみたいだね」


「……」


「……」


 まぁ、確かに一つ屋根の下では暮らしているけど……


「ほんと痺れちゃうわ~」


 一人喜ぶバリーとは対照的に、シンとユウは嫌悪感を露わにした表情を浮かべ無言であった。



「あ、あれ、そういえばシャリィさんは?」


 ユウは気まずい雰囲気を紛らわすかの様に声を出した。


「シャリィは用事でいないわよ。心配しないで、あちきが二人の面倒はがっつり見るから~」



 がっつりって……

 がっつり? なんか怖い……



「よし、俺はちょっと先に出るよ」


「あら? どうして?」


「ん? いや、雨だからピカワン達が野外劇場に来る前に、家に行ってプロダハウンに行くように伝え……」


 それを聞いたバリーはシンの話を遮る。


「大丈夫、大丈夫よ!」


「えっ?」


「そういうのはあちきがやるから、シンは時間までゆっくりしててぇ」


「いや、そう言ってもだな、ピカワンの家を……」


 バリーはまたしてもシンの話を遮る。


「知ってるわ」


「知ってんの!?」


「うふふ、もうこの村のマップは大体覚えたわ」


 来たばかりなのにもう……

 凄い、さすがAランクだ。


「いやいや、それでもバリーにそんな事をさせる訳にはいかないから自分で行くよ」


「なーに言ってるの~。あちきは何でもやる覚悟で来たのよこの村に~。気にしないで命令してね~」


 何か、悪いな…… 

 

 バリーさん、Aランクなのに謙虚で凄く良い人だ……


 シンとユウはそう思っていたのだが……


「あちきにムラムラしたら、あっちの方も遠慮しないで~」


「……」


「……」


「どんなマニアックな要望でもこなしてみせる自信があるわ~。皆ですんごい世界へと旅立ちましょう!」 


「……」


「……」



「……お母さん、あっちの方って何~?」


 バリーの言葉を聞いていたジュリが母親のモリスに尋ねる。


「さぁ、何のことかしらね」


 モリスはそう言いながら、シン達にジッとりとした目を向けている。

 そんな気まずい雰囲気の中、シンが口を開く。


「バリー……」


「……なーに?」


「……帰るか?」


 真っ直ぐにバリーを見つめ、小さく何度も頷きながらそう伝える。


「……ごめんなさい。次からは時と場所を選ぶわ」



 そういう問題じゃないけど……

 


 ユウはそう思っていた。





 その頃、ヨコキの売春宿では…… 



「ザーザーザザザー」



 部屋の窓から、ヤンゾは外を眺めている。


 雨か……

 私は晴れびとだと思っていたのだがな……

 つまり…… 奴は会いに来ないという事か……


「ん~」


 声に反応したヤンゾが振り向くと、そこには、ベッドで眠っているキャミィの姿があった。


「……」


 アットモンドが言うように、確かにこの売春宿の女はスペシャルだ。

 

 天使の様な寝顔のキャミィを、ヤンゾは見つめている。


 ……危険を冒して、わざわざこんな村にまで出向く価値はある。

 

「おい」

 

「ん…… ん~」

 

「……」


 キャミィは目を覚まし、寝ぼけながらもヤンゾを見つめる。


「あ、おはようございます」


「キャミィ……」


「はい」


「もう一度だ」 


 そう言うと、ヤンゾはキャミィに覆いかぶさる。


「あっ、あ、あん……」



 ある意味ヨコキあの女も…… スペシャルだ……






「ジン、ユヴぐん、おばびよう」


「あっ、ブレイ君、おはよう」


「おっ、ブレイ! おはよう、一番乗りだな」


「う゛ん」


 ブレイは笑顔でシンとユウを見つめている。

 そんなブレイにシンは近付き、小声で話しかける。


「どうだ、キャミィちゃんとは上手くいっているのか?」


「う゛ん。ばいにち、会っでいずっべぇ」


 シンはその言葉で笑顔になる。


「そうか」



「シン、ユウ君おはようペぇ」


「おう、レピン! おはよう!」


「おはようレピン君」


「雨は嫌いぺぇ」


 バリーからシンの伝言を聞いた少年達は、激しい雨の降る中、ぞくぞくとプロダハウンに集まって来ていた。



 えーと、少女達みんなは……



 あっ!? 来た来た!  


 傘を差して歩いてくる少女達を見たユウは、笑顔であいさつをする。


「おはようございます」


「クルクル~」


「おはよう」


「おはようございます」


「おはよう。新しい靴がずぶ濡れ……」


「酷い雨っぺぇ、おはようっぺぇ」


「おはようっぺぇ……」


 少女達はいつもの様に挨拶を返すが、ナナの様子がおかしい事に、ユウは気づいていない。


 一方シンは、ほんの一瞬だけナナを見た後、目を逸らす。



 ……皆の傘、僕達がバリーさんから貸してもらった傘とは違ってボロボロだ。

 出来れば、皆の傘も新調したいな…… この村で売っているのかな?

 しかしこの傘の素材、持つ所は木だと思うけど、この生地は……


 ユウは不思議そうに自分の差してきた傘を見ている。


 シンもこの生地に凄く興味を抱いていたけど…… 

 何だろうこれ?


 そう考えている時、リンが話しかけてくる。


「今日は全員一緒だっペぇ?」


 リンの質問に、ユウが答える。


「僕達はいつもの様にスタジオね。ピカワン君達は掃除をしてくれるって」

 

「掃除っペぇかぁ? お前達、あたし達の為にさぼらずにやるっぺぇよー」


「クルクル~、あははは」


「ぶばばはは」


「まかせるでございますぺぇ」


 リンの言葉でクルとブレイは笑い、レピンはリンに合わせてお道化る。


「ふふふふ」


 ユウも笑っていた。


「スタジオに上がりましょう」


「クルクルクル~、うん」


「行くっペぇ、行くっペぇ」


 ユウの掛け声で、少女達はスタジオへ歩いて行く。

 シンはそんな少女達の…… ナナの後姿を見ていた。  


「おはようっぺぇシン」


「フォワ~」


「おっ、皆来たな。今日はここの掃除と午後からはいつもの様にな」


「了解っぺぇ」


「フォワー、フォワフォワフォワ~。フォワフォワフォワ!」


「どうしたフォワ?」

  

「バリーさんが家に来て、驚いた婆ちゃんが腰を抜かしたって言ってるっペぇ」


 うっ!? やっぱり俺が行けばよかったか……





  

「ドンドンドンドン」


 こんな大雨の中……


「……誰かの?」


「ちょっと開けてくれるかい!?」


 この声は……


 ロスがドアを開けると、そこには、不敵な笑みを浮かべるヨコキが立っていた。


「……こんな雨の中、何の用だの?」


 ヨコキはその質問には答えず、ロスの目を見つめずっと笑みを浮かべている。


「……入れ」


 ロスは無言のヨコキを招き入れる。


「しかし凄い雨だね~」


 室内に入ると、雨除けのマントを脱ぎながらヨコキはそう口を開いた。


「……いったい何の用だの?」


「報告さ、報告」


 そう言われたロスは、一度目を伏せた後にヨコキを見る。


「……報告のう? そんな間柄ではないと思うがの……」


「フッ」


 ロスの返答に、ヨコキは鼻で笑った。


「そういう間柄じゃなくても、あたし達は一心同体も同然さ~。要は村の変化を望まない二人だからねぇ」



 こいつ…… そういう事かいのう……



「……別に変化を望んでいない訳では無いの」


 ロスからの意外な一言だが……


「あらあら、何だいそのあんたらしくない言い分は!?」


「……」


「あたしを嫌っているからかい? それとも村長派だと疑っているのかい?」


「……」


「あたしと同調するのはそんなに嫌かい?」


「……」


「まぁ、分からなくもないさ。よそ者で、汚らわしい売春宿の女将だからねあたしは」


「……」


 ロスは無言でヨコキを見つめ、何も答えない。



 ……ふん! 否定もしないのかい!?



「まぁ、立場なんてどうでもいいさぁ。さっきも言ったけど、今日はこんな土砂降りの雨の中、人の目を盗んで来てあげたのさ」


「……つまり、わし達に有意義な話があるという訳かの?」


「当たり前じゃないかーい。それ以外にここに来る用事なんてないさ」


「……その話を、聞こうかの」


 ふん、偉そうに…… 元は腕の良い職人か何だか知らないけど、今はあそこも使い物にならない老いぼれジジィじゃないかい。


「今から聞く話は、くれぐれも内密に頼むよぅ」


 ヨコキは鋭い目で、ロスを見つめている。


「……分かった」





 時刻は11時過ぎ、その頃スタジオでは……



「ずっと同じ練習っぺぇ!?」



 何の前触れもなく、突然ユウに文句を付けるナナの声が響いていた。


「えっ?」


 どっ、どうしたのかな急に?


「我慢してたっぺぇけど、毎日毎日、進歩の無い訳の分からない踊りの練習だっペぇ!? これで本当に村を変えれるっぺぇかぁ!?」 



 進歩がない!? 訳の分からないって……

 


 痛いところをつかれ、更にアイドルのダンスを馬鹿にされた様な気がしたユウはカチンときてしまう。


「……そっ、そうだよ! 村を変える為に練習しているんだ!」


「だから、こんな踊りでどう変わるか説明するっペぇ!」  


 こんなって!? そもそも遅れているのは、僕に反抗して皆が全然練習に参加しなかったせいじゃないか!?

 ぼ、僕の、僕のせいじゃないからね! 


「せっ、説明なんて必要ないよ! 僕に言われた通りのダンスをしてればいいんだ! それに、どうせ説明しても、分からないよ!」


 その言葉を聞いたナナの瞳は、明らかに変化していく。


 二人のやり取りを、他の少女達は心配そうに見ている。


「リンちゃん、止めなくていいの?」


「痴話喧嘩みたいなもんだっぺぇ。大丈夫っペぇ」


「……うん」


 二人の言い合いは続く。


「こんな村で育ったから、無知で悪かったね!」



 あっ!? ナナの言葉が戻ってるっペぇ。真剣に、本気で怒ってるっペぇ……

 


「そっ、そういう意味で言った訳じゃないよ! すぐそうやって…… 何でも悪い方に取らないでよ!」


「じゃあどういう意味!?」 


「と、兎に角、ダンスやアイドルの事は僕に任せてくれればいいんだ!」


「だから!? それは答になってない! 毎日毎日同じ踊りの練習で、村を変えれるとは思えないって聞いているの!!」



 ナナとユウの口論は、下の階で掃除をしているシン達の耳にも届いていた。



「……フォワ、フォワフォワフォワー」


「ん? ほっとけばいいさ」


 シンはフォワの問いかけにそう答えた。


「フォワ~」



 その時、ピカワンは……


 ナナ…… おらが村長さんの事を教えたから……

 それで焦ってしまって、ユウ君に噛みついているっペぇ……


 ナナにレティシアの現状を聞かせた事を後悔していた。


 自分のせいだと感じたピカワンが、スタジオ目掛け歩き始めたその時……


「ピカワン!」


 シンが呼び止める。


 振り向いたピカワンに、シンは首を横に振った。


 その動作を見たピカワンは下を向き、その場に立ち尽くす。



「だから! 何度も言っているけど、僕に任せて!」


「だからー! この踊りがどう影響して、どう村が変われるか説明しろって言っているの! 任せるとか任せないの話じゃないの!」


 ……終わりが見えないっペぇ。


 そう思ったリンが止めに入ろうとしたその時……


「もっ、もういいよ! 僕のやり方に不満なら、こなくてもいいよ!」


 明確な説明の出来ないユウは、言ってはいけない一言を口に出してしまう。


「……」


 その言葉を聞いたナナは無言になる。


 やっと、やっと黙った!? よし、これで流石に、素直になってくれるよね?


 そう思っていたユウだが、無言で俯いているナナは、突如としてズボンの裾をめくりあげる。



 なっ、何を!?



 驚いているユウの目の前で、足首につけていたアンクレットを引きちぎり、窓を開けて外に放り投げてしまう。 



「あー!? なっ、何するの!? せっかく、せっかく僕が買ってあげた・・・・・・のに!?」



 この時ユウは、シンから絶対に言ってはいけないと言われていた一言を、怒りから思わず口にしてしまう。


 その言葉は、ナナの胸に突き刺さった。


 買ってあげた……


「くっ!? もういい! うちは辞める! 捕まえたかったら好きにして!」 


 ナナはドアを蹴り開け、激しい足音を立てながら階段を降りて行く。


 出口に向かうナナに、ピカワンが声をかける。


「ナ……」


「うるさい!」


 ピカワンの呼びかけを一蹴したナナは、傘も差さずにプロダハウンから飛び出していった。


 皆がナナを見ていたそんな中、シンはナナを一度も見る事も無く、淡々と掃除をしていた。




「……ナナを探してくるっペぇ」

     

 リンはそう言って階段を降りている途中、アンクレットを外してスタジオ目掛け投げつける。

 そのアンクレットが壁に当たり床に落ちた音で、俯いていたユウは顔をあげる。


「……」


 何とも言えない空気の中、プルが気を利かせる。


「まだ早いと思うけど、昼食に行ってきます」


 その言葉を聞いたユウは、目を合わせず小さく頷く。

 

 それを見た少女達は、無言でスタジオを後にした。



 僕は…… 悪くない…… 僕は悪くないよ……



 ユウはリンの投げつけたアンクレットを見ていた。



「ザー、ザザザザー」



 外は、朝と変わらず、激しい雨が降っている。ナナの開けた窓から入る雨粒が、スタジオの床を濡らしていた……





 土砂降りの雨の中、帰って行くヨコキをロスは窓から見ていた。



「服飾を!?」


「そうさ、ある偉い偉いお方が、村を変化させなければ、服飾の仕事を復活させてやるって言っているのさ!」


「復活…… 服飾を……」


「ただし昔の様にはいかないよ。こじんまりとだけどね」


「……言われなくても、それぐらいは理解しておる」


「そうかい。悪い話じゃないだろ!?」


 ……もし事実なら、いや、わざわざこんな雨の中、人目を忍んでわしに会いに来るという事は、この話・・・は事実なのだろうのぅ。


 ロスはヨコキをチラ見する。


 この女、恐らく農業ギルドと手を組みおったんだのう……

 小規模だとはいえ、この村に服飾を復活させるなど、そこら辺りの者に出来る訳がないからのう。



 この村にまた服飾を……

 あの時…… わしが…… 迷惑を…… 

 また、服飾が復活すれば……



「……それで、わしは何をすればいいのかいのう?」


「ウッシシシシ、それはさぁ……」




 ヨコキとロスが密会しているその時、ユウはスタジオで一人佇んでいた。そして、自分にまで飛んでくる雨粒を見て、ようやく窓をゆっくりと閉めた。




「孫を!?」



「そうさぁ。あんた達が孫をあいつらの所に行かせない様に画策していたのは知っているさぁ」



 どこからそんな最近の話を知ったんかの……



 ウッシシシ、不思議そうな顔をしているねぇ。

 うちには口の緩くなる客は山ほどいるからねぇ。


「だけど、それも失敗したんだろう?」


「……それで?」


「だから孫達をセッティモに行かせるんだよ」


「セッティモに……」


「そうさぁ。孫たちの罪はセッティモの冒険者ギルドの元で償わせるのさぁ。冒険者嫌いのあんたでも、この場合は仕方がないことぐらい分かるだろぅ? 冒険者には冒険者をぶつける、それしかないよねぇ」


 農業ギルドの権力ちからで冒険者ギルドを動かすというわけかの……


「どういう風に償わせるのかの?」


「心配は無用さぁ、重労働をさせる訳じゃないからねぇ。あくまで形だけの話さ、形だけのねぇ」


「……」


「子供達をセッティモに送れば、少なくても奴等がこの村に滞在する理由は薄くなるねぇ」


 孫達の罪を償わす、確かにそれをこの村に留まっている口実の一つにしているのかもしれんが…… 弱いのう。

 それよりもやっかいなのは村長の権限だのう……


 だがのう、その村長も今や……

 

「勿論この案にどれだけの効果が表れるのか、それはやってみないと分からないさぁ」


「……」


「だけどねぇ、子供達と奴等の間には、間違いなく絆が生まれている。ただの絆じゃないよ、強固な絆がね」


「……」


「それを黙って見ててもいいのかい?」


「……」


「親や親代わりのあんた達が承諾してくれれば、奴等も簡単には邪魔は出来ないさぁ」


「……そうかの」


「そうさぁ。例えSランクの権限を使って対抗してきても、セッティモの冒険者ギルドが引かなければ協議をするしかない」


「……」


「少なくともその間は、奴等と孫が会う事を保留に出来るってわけさぁ」


「……」


「孫達がセッティモに行く事になれば、楽しくて奴等の事なんて忘れてしまうさぁ」


「……そうかもしれんのう」


「あたしはきっとそうなると思うよぅ。それに……」


「……それに?」


「服飾が復活するのなら、落ち着いたら孫達に教えてやれるじゃないかぁ」


「……」


「想像してみな、孫にあんた達の魔法技術メジアを教えているのをさぁ」



 メジア…… メジアか……


 久しぶりに…… ずいぶん久しぶりに耳にしたのう、その言葉を……



 ヨコキは俯いているロスの表情をジッと見ている。



 ウッシシシシ、こりゃ、落ちたねぇ……



「ザー、ザーザザザー」



 ヨコキは土砂降りの雨の中、振り返ってロスの家に目を向ける。


 ……こんな好条件を断るなんてねぇ。

 いったい、何を考えているんだい、あのジジィは……

 よそ者のあたしが、音頭を取るのがそんなに嫌なのかねぇ。


 それともまさか…… いや、まさかねぇ……





 時刻は12時半、ヨコキの売春宿では……



「ヤンゾ様、酷い雨です。どうぞ馬車へ」


「よい。どうせなら、最後まで演じよう」 


 ヤンゾは雨除けのマントを羽織り、馬に乗る。



 さてと……

 やはり、訪ねて来なかったか、シン・ウース……


 数頭の馬とアットモンドを乗せた馬車はゆっくりと門へと向かう。


 門が間近に迫ったその時、馬小屋からイフトを感じたヤンゾは、ゆっくりと、落ち着いてゆっくりと顔を向ける。


 

 するとそこには、鋭い視線でヤンゾを見つめる一人の男が立っていた。



 ……奴が、奴がシン・ウースか!?


 

 二人の視線は、まるでもつれた糸の様に絡み合う。

 ヤンゾの馬が門で止まるまで…… 



「どうぞ、剣です」


「すまない」


 護衛から自分の剣を渡されたヤンゾは、再び馬小屋に目を向けるが、そこには誰も居なかった。


 最後に、私を見にきたのだな、シン・ウースよ……


 ヤンゾは受け取った剣を装備したが、何となく感じた違和感から剣を抜く。すると…… 


「ぐぬぬっ……」


 大きく欠けた剣を見たヤンゾの腕は、怒りでプルプルと震え始める。



 私の…… 先祖代々受け継いだ私の剣が!

 こっ、これがお前の! お前の答えという訳か!? 

 シン・ウッ、いや、あのハゲ野郎!!



 うふふ、シンを探しに馬小屋に行ったら偶然ナイスミドルのイケメン発見しちゃったぁ~。



「うっふふのフゥーーー」



 雨が更に激しさを増す中、バリーだけは上機嫌になっていた。

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