94 バタフライ


「ガラガラガラカラガラ」


 シン達が麦畑でバリーの奮闘を見ている最中、一台の馬車と数頭の馬がイドエの門に近付いていた。


「おい、見ろよ」


「……あの馬車は、アットモンドさんでごじゃるね」


「だな! しかし、いつみてもすげー馬車だよなー」


 こんな時間に…… えらくお早い到着だな~。

 あいかわらず、俺と同じぐらいの好き者だ。うひひひ。



 門の前でスピードを落とし停止すると、馬車のドアが開く。


「どうも、お久しぶりです。お二人は門番になられたようで……」


「おはようでごじゃる、アットモンドさん。はい、門番になったでごじゃる」

  

「今日もヨコキの店ですかい?」


「ははは、勿論そうさー、あの店のレディは最高だからね。護衛を雇ってまでここに来る価値はあるってものだ」


 その言葉を最後まで聞いた門番の二人は、目配せをした後に口を開く。


「アットモンドさん」


「何ですか?」


「村は以前とは違うでごじゃるから、護衛の方々の武器はここで預かるでごじゃる。武装を解いてくれるでごじゃるか?」


「噂は聞いておりましたが…… 分かりました。皆さん、門番の方の言う通りにして下さい」


 アットモンドがそう声をかけると、護衛達は馬から降り、剣や弓、そして盾を門番に預ける。

 

「これらは帰る時にお渡しするでごじゃる。あと……」


「何でしょうか?」


「村内ではくれぐれも魔法は使わない様にお願いでごじゃる」

  

「承知しました。以上ですか?」


「はい」


 門番の二人はこれで話が終わったと思っていた。が……


「お二人共、門番のお仕事は大変でしょう?」


「えっ? そうでごじゃるけど、もう慣れたでごじゃるよ」


 アットモンドの言葉で、もう一人の門番は何かをピンと感じ取る。


「いやいやいや、もー大変で大変で、毎日重労働です~はい」


「そうですか…… ではお二人の分も私が出しておきますので、仕事終わりにヨコキさんの店を訪ねて下さい」



 キィーーーターーーー!



「ほっほほ本当ですか!? ありがとうございます!」


 一人の門番は飛び跳ねて喜んでいるが、もう一人の門番は……


「お気持ちだけでけっこうでごじゃる」


「おい!? 何言ってんだよ!? せっかくアットモンドさんが奢ってくれるって言ってるのに!? アットモンドさん、こいつテレているだけで、俺が必ず連れて行きますので、二人分お願いします」


「元よりそのつもりです。では……」


「やったぁー!!」


 馬車はヨコキの店目指し、ゆっくりと動き出す。

 護衛達の馬も馬車に合わせ、周りを取り囲むように走り始めた。


「よっしゃー! 一発ゲットだぜ!」



 なんでごじゃるか、そのセリフは……



「おい、何を心配そうな顔してんだよ?」


「いや…… 随分と気前がいいでごじゃるね」


ねぎらいだよ、労い。村が変わったから俺達への機嫌取りも入っているかもしれないなー。う~、それにしても奢りとは嬉しいな~なー。うひひひひ、誰ちゃんにしようかな~」


「そうかもしれないでごじゃるね……」


「ん? まぁ、アットモンドさんなら騒ぎは起こさないだろうよー」


「そうでごじゃるね。護衛も、素直に剣を置いてったでごじゃるしね」



 二人は村内を進むアットモンドの馬車を見ていた。



 そう、気性の荒い護衛達が素直過ぎたでごじゃる……

 何か、何か腑に落ちないでごじゃるね……


「おい! それはそうと、お前本当に行かないのか?」


「ん? 行かないでごじゃるよ」


「じゃあお前の分も俺が貰うからな! いいな!?」


「好きにするでごじゃる」


「ん~~~よっっっっしゃー! うひょー、二発ゲットだぜー!」



 だから、何でごじゃるかそのセリフ……





 その頃、麦畑では……



「シン」


「うん?」


「バリーさん、どうやって小鳥を追い払っていると思う?」


「う~ん、そうだな…… たぶん、鳥に向けて何かを飛ばしている様な感じ…… だよな?」


 ユウは二度三度と頷く。


 うん、僕もそう思っていた。


「ユウ、気付いているか?」


「え、何?」


「見てみろよ」


 ユウがシンに目を向けると、バリーの何かによって追い払われ、畑の上空で舞う鳥を見ていた。

 ユウも目を向けると、その鳥の群れは、森に向かって一目散に逃げている。


「明らかに村人に追い払われた時と違う……」


「……本当だ!」


 村の人に棒で追い払われた時は、一度上空に逃げたりしただけで、また直ぐに戻って来ていた。なのにバリーさんに追い払われた鳥達は森の中まで逃げている。

 それに…… 最初に追い払った場所にも、逃げた鳥が戻って来ていない……


「どうやら、余程怖い目に遭っているみたいだな」


 ……シンの言う通りだ。

 何かオーラの様なもので…… シャリィさんが言っていたイフトを使って、それで鳥に恐怖を与えているのかな……

 それとも、何かの魔法で……


 ユウが思案している中、シンは更に上空へと目をやる。


 ……さっきまでいたアカメまでもが居なくなっている。

 これもバリーの仕業か…… 

 それともたまたまか…… もしかして、ただ単にバリーのハゲ頭に恐怖して…… なんてね。 

 

 上空にアカメがいないのを確認した後、シンはバリーを見ていた。


「フォーワー」


「バリーさん、こっち! こっちもっぺぇ」


「はいな~、あちきにまかせて~」







「ママー、アットモンドさんがいらしゃったよ~」


 買い取った店が繁盛しているせいで、朝から起きていたヨコキにウィロが呼びかける。



 ったく、こんな早い時間に…… バレバレじゃないかい。



 馬車は売春宿の正面で止まると、アットモンドを降ろし、宿の裏へと回って行く。

 護衛達は馬を繋いでいる。



「アットモンド~、良く来たねぇ~」


「どうも私はこの店のレディじゃないと無理な様なのでね」


「ウッシシシシシ、そりゃしょうがないねぇ。うちの子は特別な子達ばかりだからねぇ。それで、今日も泊まりかい?」


「そのつもりさ」


 アットモンドの返事を聞いた後、ヨコキは一瞬だけ護衛に目を向ける。


「さぁ、入んな」


「その前に……」


 アットモンドは護衛と従者に酒場で酒でも飲んでくるようにと告げ金貨を数枚渡すと、一人を残し笑顔で酒場に向かって行く。 

 

「ん? お前は酒より女遊びの方が良いのか?」


 そう聞かれた護衛の一人は、コクリと無言で頷く。


「じゃあ取りあえず二人だね? さぁ、入んな入んな!」


 そう言って、ヨコキは二人を売春宿の中に招き入れる。


「いらっしゃいませ、アットモンド様。さぁ、どうぞ。直ぐにお茶をお持ちしますね」


「ウィロ」


「なにママ?」


「お茶はあたしが呼ぶまでいいから店を頼むね。って言っても、こんな朝早く来るのはアットモンドぐらいだけどねぇ」


「ははは、楽しみで少し気がはやりすぎたようだ」


 ヨコキとアットモンドは軽く笑った後、三人で特別な部屋に入って行く。


「……」


 ウィロはその部屋のドアが閉まるまで、三人を見つめていた。


「バタン」



 三人は部屋に入ると、直ぐにテーブルを囲む。


「で、そちらさんは誰なんだい?」


 ヨコキは護衛に鋭い視線を向ける。


「気が逸りすぎなのは、私じゃなくてヨコキの方だね」


「ふん! いつどんな邪魔が入るか分からないからねぇ、話は早い方がいいさ~」


 ヨコキはそう言いながらずっと護衛を見ている。


 その者は、視線をヨコキからアットモンドに向ける。

 すると、アットモンドはゆっくりと頷いた。


 それを見て、再び視線をヨコキに向け、口を開く。


「私は農業ギルド、セッティモ支部のロゼム・ヤンゾだ」



 ロゼム・ヤンゾ…… 確か、何人かいるサブマスターの一人だったはず……

 こりゃまた、随分と大物が訪ねて来たねぇ~。

 ウッシシシ、それだけあたしに期待している訳だね……



 ヨコキはニヤリと笑う。


「あたしはヨコキだよ」


「ヨコキ…… それはファーストネームかね?」


「どっちでもないさ。ただのヨコキさ、あたしは」


 ヤンゾは、鋭い視線でヨコキを見つめている。


「そうか…… 取りあえず、この村の現状をあなたの口から聞きたい、ヨコキ・・・さん」


「ウッシシシシ、そうさねぇ~」


 



 


「フォワ~」


「そうっぺぇねぇ、楽しかったっぺぇね」


「じゃあ、ここまででいいわね。あちきはもう一度麦畑に戻ってお仕事をしてくるわ」 

 

「バリー、わざわざすまなかったな、送って貰って」


「なーに言っているの~、あちきはシンを守る為にこの村に来たのよ」


 バリーのその一言で、少女達がざわつく。


「大胆っペぇねぇ、バリーさんは」


「ねぇ、凄く積極的」


「クルクルクル~、お似合い~」


 少女達の声は、シンにも聞こえていた。


 俺とバリーはお似合いに見えるのか……

 バリーがこの村に関わるのは、それなりのリスクがあるはずだ。なのに来てくれたのは感謝しかない。

 だけど、その感謝を俺で返すのは勘弁して欲しい……


「とっ、兎に角ありがとう。昼食はモリスさんの店で」


「うふ、デートのお誘いね。死んでも行くわ」


 ……死んだら来れないっぺぇ。

 

 ……フォワ~。


「じゃあね~」


 シン達に別れを言い、振り向いたバリーはスキップをしながら畑に戻って行く。



 バリーさん、良い人なのは間違いないけど、なんか調子が狂ってしまう。


 ユウはそう思っていた。


「おかえりでごじゃるシンさん」


「ありがとう。何か変わったことは無い?」


 門番にそう聞いたシンの目に、小さな守衛所に置かれている大量の武器が見えた。


「誰か来たのか?」


「ヨコキさんの店の客が来たでごじゃるよ」


「ふ~ん」



 こんな朝から……



 シンが門番と会話している最中、ユウは目を輝かせながら預かった武器を見始める。


「すっ、凄い! かっこいい!! うわ~その盾の形! それに模様も! しぶい、しぶすぎる!!」


 ふっ、ユウ…… 興奮して口調まで変わってんじゃん。


 ユウの驚きの声を聞いた少年達も集まって来て、皆で預かった武器を見ている。


「確かにかっこいいっぺぇ」


「でしょ!? でしょ!?」


「これ欲しいっペぇ!」


「おらはこっちの方がいいっぺぇ!」


「フォワ~」


 フォワが鞘から抜いた剣を見て、ユウの動きが止まる。


「……その剣!?」


「フォワ?」


「その剣、あきらかに他のとは違う!? かっこいい! ううん、かっこいいを通り越えて美しい!! 持つ所の装飾も凝っているし、輝きも……」


「フォワ~、フォワフォワフォワ~」


「鞘も凄い…… いったい誰の剣なのだろう?」


 ユウの言葉を聞いたシンは、フォワの持っている剣を見ていた。


「……」



 ふん…… どうやら、隠す気はないようだな……



「客は全部で何人だった?」


「そうでごじゃるね、商人のアットモンドさんに従者が一人、あとは護衛が6人でごじゃった」


 全部で8人か……


「何か気になるでごじゃるか?」


「……いや、別に」



 シンは再びフォワの持っている剣に目を向け、しばらく見ていた。



「皆、畑で走り回って疲れただろう? まだ早いけどこのまま昼休みにしよう」


「うん! そうしよう!」


 ユウはそう返事をした後、置かれている装備を少年達と一緒に手に取り見ている。


「あたし達は先に食堂いくっぺぇ」


「クルクル~」 



 少女達は食堂へ向かい、そしてシンは、一人になる為に馬小屋へ向かう。

 

 今、止めに行く訳には行かない……


 ヨコキさん、出来れば考え直してくれ。

 頼む……





「てな感じさぁ」


「……」


 ヨコキの話を聞いたヤンゾの表情は険しい。


 ……興味の沸く話ではあったが、今一つ確証に乏しい。

 現段階では、この女の不確実な未来予測にすぎない。

 奴等が小麦に対して何の動きも見せない今、自ら痛い腹を探られに出向く必要もないという方針だ…… 相手はSランク冒険者、こちらも慎重にならざるを得ない。


 しかし…… 不思議だ。


 この村の改革を望むのであれば、農業ギルド私達を無視出来るはずもない。それなのに何の動きも見せないとは……

 出来るのなら、個人的にはそのシューラに会って話を聞いてみたいものだ。

 私は明日までここに滞在する、当然サインには気づくだろう。

 出向いてくるのなら会おう、シン・ウースとやら……



「ウッシシシシ、どうなんだい? あたしと手を組むのかい?」



 ヤンゾはヨコキをチラ見する。


 

 この女…… 名前もそうだが、考えが卑しく信用するに値しない。

 だが、今からこちらで新しい者を起てるよりは、この女で……



 いざという時は、無に帰すのに何の障害も無い……



「……いいだろう。取りあえず、当面の活動資金を渡そう」 


「ウッシシシシシ、そうこなくっちゃね! これでこの村の小麦は、完全にあんた達のものさ。ウッシシシシシ」


 資金かねを渡す事で、信頼関係を得たと思わせる。シンプルな話……



 それにしてもこの女…… 実に癇に障る笑い方をする。

 





「戻ったわよ~」


 麦畑から、仕事を終えたバリーが帰って来た。


「バリー、ありがとう。好きな席に座ってくれ」


「バリーさんお帰りっぺぇ」


「クルクル~、お疲れ様~」


 シンとバリーの関係を面白く感じた少女達は、バリーに懐き始めていた。   

 そして、麦畑でバリーの活躍を見た少年達も、それは同じであったが、バリーに対しての恐怖感が完全に無くなった訳では無い。


「お疲れっペぇバリーさん」


「ありがとう。ねぇ、今日もお芋のスープはあるかしら?」


 ピカワンに礼を述べた後、モリスに声をかける。


「はーい、ありますよ」


「あるの!? やったわ! それとパンもお願いねぇ」


 注文をしながら、当然の如くシンがいるテーブルに腰を下ろす。


「はい。直ぐにお持ちします」


「美味しいかったのよ、あのスープ」


 そう言いながら、バリーがシンに目を向けると、少し浮かない表情をしていた。


「……どうしちゃったのシン?」


 さっきの剣、確認の為に後でバリーに見て貰うか……


「……実はなバリー、見て貰いたい剣があってだな」


「……剣?」


 そう言うと、バリーはシンの後ろを覗き込む様な姿勢をとる。


「あちきに見せたい剣って、もしかしてアレかしら?」


「え?」


 シンが後ろを振り向くと、先ほどの剣を装備したフォワが立っていた。


「フォワ~」


「……もしかして、似合うか聞いているのか?」


「フォワ!」


 フォワはニヤリと笑みを浮かべ返事をした。

 すると、剣を携えているフォワを見た少年達が騒ぎ始める。


「持ってきてもいいっぺぇ? おらも装備したいっぺぇ!」


「取りにいくっぺぇ!」


 少年達は立ち上がり、我先に門へ向かおうとする。  


「ちょっと待つっぺぇ、あれは他人のだからまずいっペぇーよ」


 ピカワンがそう言って止めるが、少年達は止まらない。


「門の近くに剣が落ちているだけだっペぇ。それを拾いに行ってくるっペぇ」


「そうだっペぇ、落ちてるっぺぇ、落ちてるっぺぇ」


「落ちてる物は拾うっペぇ、拾うっペぇ!」



 それを聞いたユウは思った。



 何という理論……

 


「プッ」


 シンは思わず吹き出していた。


「まぁ、ちょうど良かった。フォワ」


「フォワ?」


「その剣ちょっと貸してくれ」


「フォワ~」


 シンはフォワから渡された剣をバリーに渡す。


「あら~」


 バリーは剣を抜き、様々な角度から見ている。


「……素敵な剣だわ~。誰のなの?」


「今日村に遊びに来た商人の護衛の剣らしい」


「護衛の?」


 バリーは再び剣をジッと見つめ、笑い始める。


「……うふ、うふふふ。これが護衛の剣ですってぇ」



 やはりな…… 



「これはかなり高価な剣だと思うけど、実戦向きじゃないわ~、飾りよ、飾り。こんな剣持っている護衛なんて、聞いた事もないわよ~」


「そうか……」



 会いにこい…… そうとでも言いたいのか……



「どうするシン? 調べておきましょうか?」


「いや、放っておこう」


 シンは即答する。


「……分かったわ」


 バリーは剣を鞘に納め、フォワに返した。


「フォワ~」


 その時、勢いよくドアが開く。


「おら達も落ちてたの拾って来たっペぇ! フォワ、外に出るっペーよ」


「フォワ!」


 外に出たフォワは剣を抜き、チャンバラをして遊び始める。


「フォワ君、危ないよ」


「フォワ~」


 一緒に外に出たユウが心配して止めるが、盾や剣を持った参加者は更に増えていく。



 自分で危ないと言ってたから何だけど、僕も実際のところ参加したい!


「あ、あの~、ピカツー君」

 

 ユウはピカツーから盾を借り、剣の数が足りずに拾った棒を持ったレピンに声をかける。


 棒なら危なくないよね……


「レピン君、その棒をこの盾目掛けて打ち込んでくれる?」


「いいぺぇ」


 レピンは笑みを浮かべ、盾を構えているユウに向け、大きく振りかぶる。


「それぺぇ」


「バーン!」



 うっ!? 以外にも衝撃が強くて手が痛い!?

 けど…… 異世界って感じがして、たっ、楽しい!



「レピン君、もっと、もっとこい!」


「いくぺぇ」


「バーン!」


 一緒に外に出て来たいた少女達も面白がり、笑いながら見ている。


「クルクルクル」


「レピン、もっと本気出すっペぇ!」



 この時ピカワンは食堂から外に出て、ドア付近で座り込み、時折少年達に目を向けていた。




「おい、いいのか?」


「何がでごじゃる?」


「あいつら預かった装備を丸ごと持っていっちまったぞ」


「そういう年頃でごじゃるよ。気にするでないでごじゃる」


 ……いや、それ何の理由にもなってないだろ!?




「チャリーン、ガキーン」


 モリスの店の前で、剣と剣が重なり合う音が響く。


「どうだっぺぇ、おらは強いっペぇ!」


「フォワー!!」


「チャリーン!」


 一人が膝をつき剣を身体から離したところに構え、そこにもう一人が剣を打ち込むという動作を、ノアとフォワは交互に繰り返していた。


「やるっぺぇねぇフォワ! これならどうっぺぇ!?」


「フォワー!」


 ノアの渾身の一撃を、フォワは剣で受け止める。


「ガギーン!」 


「フォワフォワ!!」


 次は俺の番だと大きく振りかぶった剣を振り下ろすと、力を入れすぎた為に、ノアの構えている剣を外れてしまい刃が地面に刺さる。


「キピン!」


 何と、美しく高価な剣は刃が大きく欠けてしまった。 


「あっ!?」


「フォ!?」


「あああー! 美しい剣が……」


 無惨に刃が欠けた剣を見たユウの目と口は、大きく開いている。


 どっ、どうしよう!? 止める立場の僕まで一緒に遊んでしまって…… こっ、これはべっ、弁償しないといけないよね!? あの剣、見るからに高そうだけどいったい、いくらするのだろう!?


「……フォワ~」


 フォワは笑みを浮かべそう言うと、剣を鞘に納め、何事も無かったかの様にスタスタと門へ向かって歩き始める。

 それを見た他の少年達も、無言でフォワに続く。



 ええええー、まっ、まさか、皆知らないふりをするつもりなの!?


 

 ユウはシンに報告するか迷っていたが、自分も一緒になって遊んでいた引け目と、仲間意識を感じていた少年達を告げ口する様な気がして、黙っている事に決めた。



 剣の持ち主さん、ごめんなさい……



 静かになった食堂で、俯いて何かを考えているシンをバリーは見詰めている。


 うふふふ、安心してシン。何があっても、あちきが解決してあげるわ。


 そしてもう一人、ピカワンもシンと同じ様に何かを考え込んでいた……





 同日の夜……


 いつもの様に遊びに来ていたブレイが帰宅した後、ヨコキはキャミィに声をかける。


「キャミィ、急いで準備しな。お客が待っているよ」


「……はい、ママ」


 少し返事が遅れたキャミィの後姿を、ヨコキは無言で見詰めている。


「……」

 

 そして、そんなヨコキをウィロは見ていた。


 ……ママ






「ドンドンドン」


「だれかの!?」


「おらっぺぇ、ピカワンっぺぇ」


 ピカワンか……


 ロスがドアを開けると、そこにはピカワンが一人で立っていた。


「……ピカワン」


「なんだっぺぇ?」


「冒険者に何か言われてここに来たんかの?」


「違うっペぇ。シン達は関係ないっぺぇ」


「……」


 玄関で誰かと会話をしている祖父にナナは気づいて見にやってくる。


「ピカワンっぺぇか? どうしたっぺぇ?」


「ちょっと話があるっぺぇ」


 そう言われたナナは、祖父のロスに目を向ける。


「冒険者に頼まれたんじゃないのなら別にかまわん」


 そう言って奥へと下がって行った。


 ロスが見えなくなるのを確認したナナは、外に出て玄関のドアを閉めピカワンに問いかける。


「急にどうしたっぺぇ?」 


 ピカワンは答えず、神妙な表情で俯いている。


「……本当にどうしたっぺぇ?」



 昼間は変わった様子はなかったっペぇのに…… あっ!? もしかして、フォワの剣の事だっペぇか?



「実は…… 村長さんが……」


「えっ!?」


 ピカワンの口から予想だにしていなかった人物を聞いて驚く。

 そして、レティシアの現状をナナは知ってしまう。


「……村長さんが」 


「……そうっぺぇ。まるで、病人みたいに……」


「……」


 ピカワンは自分達の祖父の言動がレティシアを苦しめているとナナに伝えようか迷っていたが、結局口にする事が出来なかった。

 だが、ナナも口にはしなかったが、その原因が自分の祖父、ロスにあるのではないかと考えていた。


「シンやシャリィ様に頼りっぱなしじゃなくて、おら達にも何か出来る事はないっぺぇかと、あんな村長さんを見てからずっと、ずっと考えていたっペぇけど……」


「……何も思いつかなかった」


「……うん、情けない話だ」


 二人はしばらく無言になった後、ナナが口を開く。


「ピカワンは今までも人知れず村の為に出来る事をやっていた、自分を責める必要はないよ。うちだって、そう言われても何も思いつかないし……」


「……ごめん」


「何が?」


「村長さんの事は誰にも言わないでおこうと決めてたけど、やっぱり言った事でナナを苦しめている……」


「……いいよ。後から知れば知るほど、もっと…… もっと苦しんだ……」


 この後、話は何の進展もないまま終わり、ピカワンは帰って行ったが、ナナは直ぐに家の中には入らず外で佇んでいた。



 ……村長さんが苦しんでいるのは、今だけじゃない、ずっとずっと苦しんでいる。



 あの時…… あれから、ずっとずっと……



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