97 ファーストラブ


 ナナちゃん…… いったい何処に!?


 ユウが最初に向かったのは門であった。


 走って来るユウを見た門番は、先に声をかける。

 

「ユウさん…… もしかしてまだ見つからないでごじゃるか?」


「知ってるの!?」


「皆、入れ代わり立ち代わりここに探しに来てるでごじゃる。だけど、ナナちゃんは来てないでごじゃるよ」


「ありがとう!」


 礼を言って再び走り始めたユウは、自然とプロダハウンへ向かっていた。



 プロダハウンについたユウは、一気にスタジオまで走って行く。


「ナナちゃーん!」


 だが、そこにはナナの姿は無かった。


「はぁはぁはぁ、落ち着け!」


 そう自分に言い聞かせたユウは、ナナの行き先を考え始める。


 ここにいないとなれば一体何処に……

 駄目だ、僕よりもナナちゃんに詳しい皆が探しても見つからないのに、僕に解るはずもない!?


「あああ、どうしよう!?」


 どうして、どうして言い合いなんてしたんだ僕は!? 

 ナナちゃんが、ナナちゃんが言ってた事に間違いは無いじゃないか!

 作詞が出来ないばかりに、次に進めてなかったんだ!

 だから、だからナナちゃんの言う通り毎日毎日同じ練習ばかり……

 それに、シンに言っていけないって教えて貰っていた事まで言ってしまって!?

 それでナナちゃんをだけじゃなくて、少女達みんなを傷つけたんだ!?


 僕が悪いんだ! 僕の、馬鹿!


 両手で髪の毛を掴み、頭を抱え込み自分を責めるそんな中、何やら微かな音がユウの耳に聞こえた。



 ……風?


 その音は、スタジオの窓の外から聞こえていた。


 

「ガサッ、ガサ、ガサガサ」



 外の暗闇から聞こえる音に驚いたユウは、ゆっくりと窓へと近付いて恐る恐る覗き込む。


 ……何も、何もない。

 やっぱり風か……


 下に降りて来たユウは、プロダハウンに鍵をかけた後、再び走り始める。

  

 何処へ、次は何処へ行こうか!?


 通りに出たユウは、そう悩んでいたが、一つ気がかりな事があった。

 それは、さっきスタジオに居る時に外から聞こえてきた音。


 辺りを見回すと、草木は動いておらず、昼間とは違い風は嘘の様に静かだ。


 ……もしかして!?

  

 プロダハウンへ引き返したユウは、建物の裏へ早歩きで向かう。


「ガサ、ガサガサ」


 到着すると、前方の暗闇から音が聞こえていた。


 ユウは深呼吸をした後、音のする方に向かって声を出す。


「……ナナちゃん」


「ガサッ」


 声をかけた瞬間、音は止む。


「ナナちゃん…… そうだよね……」


 ユウは呼びかけながら、音のしていた方へゆっくりと歩みを進める。

 

 すると、そこには…… 暗闇の中に、ナナが立っていた。


「ナナちゃん……」


 ユウと視線が合ったナナは、目を逸らし俯く。


「よっ、良かったぁナナちゃん」


「……」


「本当に…… 本当に良かったぁ……」


 心から安堵したユウの言動は、ナナの胸に響き、俯いたまま唇を噛む。


「ナナちゃん、ごめんなさい」


「……」


「ナナちゃんの言う通り、同じ練習ばかりで」


「……」


「僕がっ、僕が作詞出来なくて、それで毎日同じ練習になってたのに」

   

「……」


「それなのにぃ…… ナナちゃんに痛いところ突かれてしまって、それに謝るどころか、逆に物を買ってあげたとか、上から目線な事まで言ってしまって……」


「……」


「本当に、本当にごめんなさい」


 必死で謝るユウをナナは見詰めている。

 ユウに会ったら、素直に謝ろうと思っていたナナは、その姿を見て、考えていた謝罪の言葉を失ってしまう。


「……もう」


「え……」


「もう、いい」


「けど……」


「うちも…… うちも悪かったから…… だからもう……」



 数十秒の沈黙が続き……



「……うん」


 返事を聞いたナナは、ユウに背を向けて再び草を掻き分け始める。


「ガサガサ」


「あっ、アンクレット……」


「うん。確か、この辺りだと思ったっぺぇけど、見つからないっペぇ」


「僕も! 僕も一緒に探すよ」


 そう言うと、ユウも草や枝を掻き分け始める。


 ナナはそんなユウの後ろ姿を見ていた。






「ナナー!? 返事をせい! どこかの!? ハァハァハァ」


 村の中を走りながら、大声でナナの名を叫ぶロスの目に、ピカワンが映る。


「ピカワン!」


 ナナの祖父ちゃん……


「ナナは! ナナは何処だの!? ハァハァハァ」


 ロスのその質問に、ピカワンは答える事が出来ない。


「おらんなったのかの!? 正直に言え!?」


「門番は…… 村の、村の外には出てないって…… 壁に開いていた穴は、シン達が前に塞いでいるし…… だから村内に……」


「何処を探したかの!?」


「心当たりがある所は全部、皆で手分けして……」


「ハァハァハァ、それでも見つからないのかの!?」


 ピカワンは項垂れる。


 ……何処へ、いったい何処へいったんかのナナ!?






「……雲の切れ間から、月明かりが射してきたっペぇ」


「うん、さっきより明るくなってきたね」


「ガサ、ガサ」


「もっとこっちの方かな……」


 二人で必死になって探していたが、雨粒を乗せた草木は視界を狂わせ、ナナのアンクレットは見つからずにいた。


 ……月明りで明るくはなったけど、逆に雫が反射してよけいに見えにくい所もある。


「ナナちゃん、また月も隠れたから今日は諦めて、明日、明るくなってから……」

 

「……嫌だっペぇ」


「え……」


「見つかるまで、うちは探すっぺぇ」


「で、でも…… もう21時越えているし……」


「時間なんて関係ないっぺぇ。見つかるまで探す」


 必死でアンクレットを探すナナをユウは見つめている。


「……うん、分かった」


 目を凝らして、再び草木を掻き分けて始めた時、ユウはある事に気付く。


 ん、これは……


「……ナナちゃんこれってもしかして?」


「どうしたっぺぇ?」


 ユウの視線の先には、いくつもの自然石が真横に並んでいた。


「……石っぺぇ?」


「うん! さっきから気になっていたけど、これってもしかして……」


 ユウは屈んで石に耳を近づける。すると……


「……やっぱり、ここから音が聞こえる!?」


「水の流れる音っぺぇか?」


「うん! これ、溝だ。側溝だよ。この石は溝の蓋なんだ」


「……本当っぺぇ。耳を近づけると、ここから水の流れる音が、大きく聞こえてくるっペぇ」


 その時、ナナは気付く。


「この中に落ちたっペぇ!?」


「この石の蓋、所々だけど隙間が……」


 もしかして、大雨で石の隙間を埋めていた土や葉っぱが…… そして偶然そこに……


「今日の大雨で、普段流れていない溝に水が流れたっペぇかぁ……」


 これだけ探して見つからないとなれば、蓋石の隙間から溝に落ちた可能性もある……

 それなら、大雨で水量が増したこの溝は……


「流れて行ってしまったっぺぇか、あのアンクレット……」


 ナナは、アンクレットを窓から投げた事を後悔していた。


 うちが外に投げたばっかりに、よりによって…… もう、無理かも……

  

 ナナが諦めかけたその時……


「うーーん、よいしょー」


「……何してるっぺぇ?」


「蓋を…… この石の蓋を剥して…… うーん…… 中を、中を探してみよう!」


「……」



 ナナは、必死で石を動かそうとしているユウに温かい眼差しを向けている。



「うーん、重い。うーーーー、動けぇーーー」


「……手伝うっペぇ」


 ナナも一緒になって手を貸すが、蓋にしている自然石は、長い年月の経過もあり溝と一体化して動かない。

 それに、表面には苔の様な物が生え、手が滑る。


「うー…… 無理っペぇねぇ。びくともしないっぺぇし、滑るっペぇ」


 その時、ナナの手が滑って石から離れる。


 痛っ!?


 急に手を離したナナを見て、ユウが声をかける。   


「どうしたのナナちゃん?」


「ちょっと滑ったっぺぇ、何でもないっぺぇ」


 そう言われ石に視線を戻したユウは、隙間を見た瞬間に何かを思いつく。


「……そうだ! 棒だよ、棒!」


「それでどうするっぺぇ?」


「木の棒を隙間に差し込んで体重をかけて、てこの原理を使おう! えーと、手ごろな棒はっと……」


 ユウはちょうど隙間に差し込めそうな木の枝を見つける。


「あったあった、良い感じだこの枝!」


 拾った枝の先端を石の隙間に差し込み、体重をかける。


「うーーーん」


 だが、いくら力を込めても石は動かず、ユウが枝に全体重をかけたその瞬間!?


「バギッ!」


 木の枝は重さに耐えきれず折れてしまった。


「大丈夫っぺぇか?」


「あいててて。うん、大丈夫」


 うーん、良い考えだと思ったけど、枝が細すぎたか……

 けど、これ以上大きいと、隙間には入らない……


「もっと丈夫そうな枝を探してくるよ」


 ユウはそう言って、建物へと近付いていく。


 確かこの辺りにシンとシャリィさんが切った大量の木の枝が……


 残念ながらその枝の山は、既に少年達によって片付けられており、一本も落ちていなかった。


 ……ない。あんなに沢山積み重ねてあった枝が一本もない。

 あー、あった!? でもこれは細すぎる。

 今日の風で折れた枝かな?

 こんなのは、駄目だ……


 ……もしかすると、プロダハウンの中に使える物があるかもしれない。


 鍵を開け中に入ったユウは、明かりを点け使えそうな物を探し始める。

 だが、何も見つける事が出来ず、入り口に戻って来ると……


「ん、あの棒……」


 目に映った棒を、急いで手に取る。


「やったぁー! 金属だこの棒! 凄い、ピッタリの、理想の棒だ!」 


 だけど…… こんな所に金属棒なんて立てかけていたっけ?

 まぁいいや、今はそれどころじゃない。

 

「ナナちゃん、あったよ、ピッタリの棒が!」

  

 使える物を見つけた嬉しさから、夢中になって走って行くユウの後姿を、見つめている人物がいた。


「ほら見て! これなら折れることは無いよ!」


「……よくそんな物があったぺぇねぇ」


「うん! 兎に角やってみるよ、見てて」


「分かったっペぇ」


「いくよー」


 蓋にされている自然石の隙間に差し込んだ金属の棒に、ユウは再び体重をかける。

 すると、先ほどは枝が折れてビクともしなかった石は、ゆっくりと動き始めたかと思えば、一気に裏返しになって溝から剥がれる。


「外れたっぺぇ!」


 途中から急に軽くなった勢いで、ユウは地面に転がっていた。


「あいてて」


「大丈夫っぺぇか」


「うん、平気」

 

 ユウはそのまま這うように溝に近付き、地面に掌をついて石が外れた所から覗き込むが、暗くてよく見えない。

 だが、その時ちょうど雲の切れ間から再び月明かりが漏れてくる。


 あっ、見えた! そんなに深くないし、思ったよりも流れている水も少ない。月明かりさえ出てくれれば探せそうだ!?


「うん、この調子で剥せる石は全部剥そう」


「分かったっぺぇ」


 ユウとナナは、協力して石の蓋を剥していく。まるで、今日のわだかまりが無かったかの様に……

 

 二人はいくつもの石を順調に剥していくが、残念ながらアンクレットは見つからない。

  

 そして、一際大きな石の蓋を見たナナは……


「……」


 やっぱり、ここに落ちていたら流れて行ってしまったかも知れない……

 本当に、本当に馬鹿な事をして……

 

 再び諦めかけていたナナだが……


「ナナちゃん、この石は大きいから一緒に体重かけてくれる?」


 ユウは、諦めていなかった。


 暗闇の中、棒を差し込む位置を探しているユウの後姿を、ナナは見詰めている。 


「……うん」

  

「ここが良さそうだ。いくよ」


「うん」


 二人は一本の棒に寄り添う。


「くうー」

「うぅ」


「動いてる動いてる」


「頑張ってて」


 そう言ったナナは手を離し、先ほどの折れた木の枝を拾う。


「ぐぅー」

 

 一人になったユウは、体重に加えて力も込め、石を浮かせた状態を必死でキープする。

 ナナは素早く開いた隙間に枝を差し込むと、それを見たユウは力を緩める。


 すると、ナナの差し込んだ木の枝によって石の蓋は浮いた状態で止まる。

 

「はぁはぁ、ありがとう!」


 ナナちゃんが良い判断してくれた。いくら二人がかりでも、一回ではこの大きな蓋は剥せなかった。

 次はこっちに棒を刺して……


「ナナちゃん、またお願い」


「うん」


 二人は再び棒に寄りそって体重をかけ力を込める。


「ううう」

「うー」


 大きな石は、ナナの差し込んだ枝を支点にして動き始める。


「ううう、もう少し!」

「うう、うん!」


 動いている石を見た二人は、目一杯力を込める。

 

 すると……


「ガコッ」 


 何やら音が聞こえた瞬間、二人は勢い余ってそのまま地面に転がる。

 


「いててて」


 ユウが目を開けるとそこには…… ナナの顔が目の前にあった。  

 えっ!?


「……」

 

 ユウとナナの視線は、まるで繋がっているかのように離れない。


「……」


 ナナの瞳を見つめているユウは、胸の鼓動を感じる。


「ドクン、ドクン、ドクン」




「……っぺぇ」


「……えっ?」


「……重いっぺぇ」


「おも? あー!?」


 ナナの言葉で、ユウはすぐさま離れる。


「ごっ、ごめんなさい!」


「……いいっぺぇ。別にわざとじゃないのは分かってるっぺぇ……」


 二人はぎこちなく起き上がる。


「……い、石は外れてるっぺぇか?」


「あっ……」


 ユウは溝に目を向ける。すると……


「う、うん、外れてるよ」


 その言葉でナナも溝に目を向け確認をする。


「そんな大きな石を良く剥せたっペぇね」


「うん、本当に…… そうだね」

 

 二人はしゃがみ込み、溝の中に目を凝らすが良く見えない。

 

 ナナが夜空を見上げると、厚く黒い雲が月を隠しているのが見える。

  

 あっ、切れ間が…… 

 

 雲の切れ間から月が現れたのを確認したナナは再び溝に目を向ける。


 するとそこには、流れる水の中で、石に引っかかっているアンクレットが見えた。


「あっ、あった!」

「あっ、あったっぺぇ!」

   

 二人は同時に声を出した。


 ナナが手を伸ばそうとすると、ユウが手を伸ばすのを見えて自分の手を止める。

 ゆっくりと慎重に手を伸ばすユウの横顔をナナは見詰めている。


「……」


 ユウが流れる水の中に手を入れると、アンクレットが一瞬動いたのを見て手を止める。

 それ以上動かないのを確認したユウは、再びゆっくりと手を近付ける。ゆっくりと……

 そして……


「取れたぁ! 取れたよナナちゃん!」


「うん! やったっぺぇ!」


「良かったぁ、本当に良かったぁ」


 安堵の声をあげたユウは、掌に置いたアンクレットをナナに差し出す。


 差し出されたアンクレットを見た後、ユウの顔に目を向ける。

 

 その表情を見て笑みを浮かべたナナは、視線をアンクレットに向けて手に取る。

 そして、もう二度と無くさない。まるでそう伝えるかのようにギュッと握り締める。


「……ありがとう」


「いっ、いいえ、元はと言えば僕が悪かったから…… だから……」


「あ、あのね……」


 ナナが何かを伝えようとしたその時……


「フォワ~」


 遠くから、ナナを探すフォワの声が聞こえて来た。


「あっ、フォワ君だ!」


 そうだ、皆ナナちゃんを探していたんだ、すっかり忘れてた。


 ユウがフォワに向け声を出そうと思った時、ナナは自分の手をユウの手に重ねる。


 驚いたユウはフォワに呼びかける事を止めてナナに目を向ける。    

「……なっ」


 ナナは無言でユウの手を握り歩き始める。

 それはまるで、フォワから逃げるかのように……


「なっ、ナナちゃんどっ、何処へ……」

 


 ナナちゃんの手…… 柔らかい……



 ユウの問いかけにナナは答える事無く、ただただ、ユウの手を引き歩き続ける。



 ユウとナナが去った後、石の蓋を剥すために使用した金属の棒を手に取る者の姿があった。



 あちこち彷徨った二人が行き付いた場所は…… 誰も居ない野外劇場であった。


 舞台の真ん中に座ったナナの隣で、ユウは立ったまま呆然としていた。

 それというのも、ここに来るまでの途中、ナナを探す少年達の声が何度も聞こえていたが、ナナはそれらを全て無視してここに来ていたからだ。


 立ったままのユウに座れとナナは繋いでいる手を引っ張る。

 促されたユウがゆっくりと座るとナナが口を開いた。


「ふぅー、疲れたっぺぇね」


「う、うん」


 しまった!? 元はといえば僕のせいで今の様な状況になっているのに、うんなんて返事して良かったのかな!?

 もしかしてここは、全然疲れてないって返事をしないといけなかったのでは!?

 

「みんなが何処にでも居てうちを探してて、ここに追い込まれたっぺぇ。ほんと、疲れたっぺぇ」


 疲れたっていうのは、そっちの事だったのか……良かった。

 だけど…… 皆心配してナナちゃんを……


「なっ、ナナちゃん。皆しん」


 ナナはユウの言葉を遮る。


「分かってるっペぇ。今度皆には謝っておくっペぇ。だけど今は少しだけ、もう少しだけ、ここで休むっペぇ」


 そう言うとナナは繋いでいたユウの手を離して舞台で寝っ転がり、厚い雲に覆われた夜空を見つめる。


 あっ…… 手を……


 ナナに握られていた手を見つめるユウ。


 ナナちゃんの手…… あの柔らかい感触が、まだ残っている……

 あー!? 僕の手が凄く汚れている。地面に手を付いたりしていたから……


 ユウはそんな汚れた手を握って貰い、ナナに申し訳なく思っていたその時、雲の切れ間から月明かりが射す。


 えっ!?


「……血?」


 まさか…… 


「ナナちゃん!?」


「なっ、何っぺぇ!?」


 ユウの大声に驚くナナ。


「手を! 手を見せて!」


 自分の左手を握っていたナナの右手を掴む。


「痛っ!」


「あっ、ごめんなさい!」


 目を凝らした見たナナの掌には、真っ赤な血がついていた。


「こっ、れどうしたの!?」


 手の痛みと同時にナナは体を起こす。


「あー、たいしたことないっペぇ。石の蓋を剥す時に滑って切れたっぺぇ」

 

 その言葉を聞いたユウの瞳に、ジワジワと涙が溢れ始める。


「……もしかして、なっ、泣いてるっペぇかぁ!?」


「うぅぅ、ごめんなざい! ぼぐぅが、ぼきゅのせいで、ナナちゃんの指摘が図星すぎて、それでぇ、それで、そのせいで怪我までさせて、ううぅぅ、本当にごめんなさぁいぃぃうう」


「……」


「シューラなのに医療魔法も使えないしぃ、ごべんなじゃい、うううぅ、ひっく」


 怪我したナナの手を両掌で優しく包み込み、泣きながら謝っている。


 ナナは、そんなユウを見つめている。


「……そんなに謝らなくていいっぺぇ。怪我はそのうち治るから気にするでねぇっぺぇ」


「ナナちゃん!」


「な、何だっペぇ?」


「ナナちゃんにも約束するから! うぅぅ」


「何をだっぺぇ?」


「僕は、僕は凄い冒険者になって、怪我とか直ぐに治すから! 約束するから! ひっくひっく、うぅ」


「……だぁー、もう泣くでねぇっぺぇぁ!」


「うぅぅ」


「大丈夫って言ってるっぺぇ! いい加減に泣き止むっペぇ!!」


「うぅ、うん」


 ユウはナナの手をそっと離し、汚れている服で涙をぬぐい始める。



 ……涙の代わりに今度は泥が付いたっペぇーよ。ったく、子供みたいっペぇね。



 ナナは再び舞台で寝転ぶ。


「雲が晴れてきたっペぇーよ」


「えっ?」


 そう言われて、ユウが夜空に目を向けると、先ほど迄と比べ、雲の切れ間が多くなっていた。

 

「本当だ…… 隙間から星が見える……」


「……そうやって上を向いていたら首が疲れるっペぇーよ」


「……うん、そうだね」


 そう返事をした後、ユウも舞台で横になるが、ナナに気を使い少し距離を空けて寝転ぶ。

 すると、横になった事で緊張の糸が切れたかのように、身体の疲労感が幾分か楽になるのを感じる。


 あー、ふぅ~気持ちいい……


 心が落ち着いて来たユウは、改めて夜空を見つめる。


 雲のスピードが速くて、もう殆どなくなっている。

 ……それにしても、この世界は星が凄く綺麗だ。

 元の世界の東京ではありえないほど綺麗に見える……

  

 その思いが、言葉になって現れる。


「星が…… 綺麗だね」

 

「……そうっぺぇ? いつもと同じっぺぇーよ」


 しまったっぺぇ…… 相槌を打てば良かったのかな……

 また反抗してしまったのかも……

  

「僕のね……」


 ユウが続けて口を開いた事で、ナナはホッと胸を撫で下ろす。


「僕が育った場所は、星がこんなにも綺麗に見えなくてね、それで本当に綺麗だなって思って……」


「……そうっぺぇかぁ。何処だっペぇそれ?」


 ……しまった。育った場所とか、余計な事言ってしまったかも!?


「え、えーとね、ウースっていうところなんだ」


「ウースっぺぇ? うちは、村外そとの世界の事をあまり知らないから、それが何処なのかも分からないっぺぇ」


 いや、実は僕も分からなくて……


「良いところっぺぇか?」


「うっ、うん」


 困った…… 何とか、話を誤魔化さないと……


「あっ!? あそこの星、他の星と比べると、ひときわ輝いているね!」 


 そう言って夜空に指をさす。


「……あー、あの三つの星っぺぇ? あれ? あの星の事を知らないっペぇか?」 


「……うん」


 有名な星なのかな? うーん、口を開けば開く程ど壺にはまっている感が……


「あの星々はアマーレっていうっぺぇ」


「アマーレ?」


「そうっぺぇ、本当に知らないっぺぇね」


「うーん、僕の村では有名じゃなかったかな……」


「繋げると綺麗な三角に見えるあの星にはおとぎ話があるっぺぇよ」


 星におとぎ話……


「へー、どんなお話なの?」


「聞きたいっぺぁか?」


「うんうん、凄く凄く聞きたい」


 おとぎ話で異世界の文化に触れられるなんて! これは本当に聞きたい……


「しょうがないっぺぇ。泣き止んだら教えてやるっぺぇーよ」


 うっ!?


「も、もう泣いてないよ!」


「フフフフ、冗談だっペぇ冗談。だけど、うちだけ話をするのは嫌っぺぇ」


「えっ?」


「アイドルの話を聞かせるっぺぇーよ」


「アイドルの?」


「そうっぺぇ。前に聞かされた時はうちが勘違いしたり、良く理解出来なかったりしたっぺぇ。改めて話を聞かせてくれたら、うちも話すっペぇ」


 前…… ナナちゃんが刃物を出した時…… 

 そうだね、改めて聞いてほしい。


「アイドル…… アイドルはね、僕の夢なんだ」


「夢?」


「うん! 何もかも上手くいかなくて落ち込んでいた時、偶然アイドルに出会ってね」


 アイドルのことを語り始めたユウは饒舌になり、声も少し高くなる。


「アイドルはね、僕みたいな人にも生きる活力を、人生において大きな楽しみを与えてくれる、そんな存在だよ!」


 僕みたいな人?


「ふ~ん、よく分からないっぺぇねぇ。唄って踊っているだけっぺぇ?」


「うーん、何て言えばいいのかな~」


 ユウは言葉を選んでいる。


「歌と踊りは一つの手段であってね、それが全てじゃないんだ」


「手段?」


「うん。アイドルの目的は人々を幸せにすること」


「幸せに……」


「うん! そう、沢山の人を幸せにするのがアイドルなんだ!」


 やっぱりよく分からねぇっぺぇ…… けど…… ずいぶん楽しそうに語るっぺぇねぇ……


 笑みを浮かべ、夜空に輝く星の様な瞳でアイドルを語るユウの横顔を、ナナは見詰めていた。


「それでね……」


 そう言って首を傾げると、ナナは優しい目でユウを見ていたのだが、その見慣れないナナの眼差しをユウは勘違いしてしまう。


 あっ、駄目だ!? ナナちゃんが呆れている……

 ちょっと熱く語り過ぎちゃったかな……

 

 また否定されると、言い返して喧嘩になってしまうかもしれない……

 うう~、言葉を選ばず思いっきりまだまだ語りたいけど、ここは我慢しよう……

 

「つっ、次はナナちゃんの番だよ」


「もう終わりっペぇか?」


「うっ、うん」



 もっと、もっと聞きたかったっぺぇけどね……



 終わらせて良かった…… やっぱり呆れていたみたいだ……


 

 二人の気持ちはすれ違う。



「分かったっペぇ、次はうちの番だっぺぇね」

 


 そう言って笑みを浮かべた後、ナナは星を眺めながらおとぎ話を語り始める。





「ハァハァハァハァ」


 うん? あれは…… もしかして……


「シャリィ!?」


 ナナを探しているシンの目に、野外劇場を見つめるシャリィが映っていた。


「ハァハァハァ、戻っていたのか? 実はな、ナナちゃんが……」


 シャリィはシンを見ていた視線を野外劇場の舞台に向ける。

 それに釣られたシンが野外劇場に目を向けると、月明かりに照らされた舞台で寝転がるナナとユウが見えた。


「ハァハァ、良かった。ユウが、ユウが見つけてくれてたのか、ハァハァ」


「……」


 安堵の表情を浮かべたその時、シンを呼ぶ声が聞こえてくる。


「シーン! シンだっぺぇ!? ナナは居たっペぇかぁ?」


 振り向くと、少年達が数人走って来ていた。


「あーっと、ちょっとちょっと、静かに、静かに!」


「ん? どうしたっペぇ?」 


 シンは無言で舞台を指差す。


「……ユウ君が見つけてくれてたっペぇかぁ?」


「良かったっぺぇ。おら、皆を探して報告してくるっペぇ!」


「おらも行くっぺぇーよ」


「おらも!」


 数人の少年達は、ナナの無事を報告しに方々へと散って行く。


「ったく、人騒がせぺぇ」


「……あぁ、けど」


「けどどうしたぺぇ?」



 見つけるべきユウものが、見つけた様だ……



 シンは優しい目をして舞台で寝転ぶ二人を見ている。


「いや、何でもない」 


「……シン」


「ん、どうしたレピン?」


「明日は午前から練習するペぇ。いいぺぇか!?」

 

「ふっ、そうだな。そうし……」


 シンがレピンに返事をしている最中、突然怒号が聞こえてくる。

 その声の主は、ドリュー・ロスであった。


「お前ら!! ナナを! ナナに何をしたのかの!? ナナは何処かの!?」


 ロスさん……


「ロスさん、落ち着いてくれ。ナナちゃんは無事だ」


 シンは両手を上下にゆっくりと振るジェスチャーを加えながら、ロスに落ち着くように促す。


「何をして何処におるのか聞いておるのだがの!?」


「頼むから声を荒げないで落ち着いてくれ。ナナちゃんは舞台で寝転がっているだけで無事だ」


「寝転がっておるだと!?」


 ロスはシンの後方を覗き込むかのように目を向ける。


「……ナナ! 隣におるのは誰かの!?」


「ユウだよ」 



 これだけ心配させておいて冒険者と二人きりとはの……



「……ナッ」


 ロスが大声でナナの名を呼ぼうとした瞬間、シンがその言葉を遮る。


「ロスさん」


「何だの!? ナナは連れて帰るからの! 文句は無いの!?」


 ロスの迫力に驚いたレピンは、黙ってその様子を見ている。

 そして、シャリィも無言でシンとロスのやり取りを見ていた。


「申し訳ないけど、少しだけでいい。時間をくれ」


 シンのその言葉で、ロスは更に大声を張り上げる。


「何を言うとるのかの!? わしがナナを連れて帰るのは、何か罪になるのかの!?」


「いや、そういう訳じゃなくて……」


「お前達の言う事を聞く義理なんぞ無いの、ふざけるなの! この人殺し共め!」



 人殺し……



 その時、遠くからシンを呼ぶ声が微かに聞こえてくる。


「シーン」


 その声は、ナナが居た事を聞いて駆けつけて来たピカワン達であった。 



「ロスさん…… 兎に角頼む」


「お前なんかにの、頼まれても知った事じゃないの!?」


 ロスはシンの制止を無視して、舞台へ向かおうとする。


「ロスさん!」


 シンはロスの前に回り込む。そして……


「お願いします」


 なんとシンは…… 雨でぬかるんだ地面に土下座をして深々と頭を下げた。


「なっ!? 何をしとるのかの!?」


「お願いします。二人に、少しだけで良いから、二人に時間を…… お願いします!」


 この世界の一般的な礼法では、身分などが上の者に対し立ったまま軽く俯く程度に頭だけを下げる作法と、片膝や両膝を地面に付き、深々と頭を下げる作法が一般的であり、たったまま腰を折り深く頭を下げたり、土下座をするという作法は無い。


 その為、ロスには滑稽に映っていたかも知れないが、シンの動作の意味は通じていた。


「……そんなおかしな頭の下げ方をされてもの、関係無いの!!」


「お願いしますロスさん、お願いします」


 シンは額や前髪までもを、ぬかるんだ地面にめり込ませるほど頭を下げ、必死で懇願している。


「うるさいの!」


 ロスが再びナナの元へ行こうとしたその時、レピンがロスの行く手を阻むかの様に土下座をする。


「なっ!? レピン…… な、なにをしてるのかの?」


「……おらからも、頼むぺぇ。ナナに、ナナに時間をくれぺぇ」



 レピン…… お前はの……


 

 シンの土下座を軽んじていたロスだが、レピンのその姿を見て歩みと怒号を止める。 


「……」


 そこにナナが見つかった事を聞いて駆けつけたピカワン他数名の少年達が到着する。


 シン…… レピン……


 ロスに対して土下座をしている二人を見たピカワンも真似をしてロスの前で座り込む。

 

「ピカワン、お前まで何だの……」


「……ロスさん、お願いします」


 ピカワンの姿を見た他の少年達も、次々とぬかるんだ地面に座りこみ頭を下げ始める。



「くっ……」



 そこに続々と他の少年達も駆けつけて来る。


「ナナのジーちゃんがいるっぺぇって、何してるっぺぇ皆?」


「……分からないっぺぇけど、おら達も真似するっぺぇ!」


 遅れて駆けつけて来た少年達は、訳も分からないままピカワン達の真似をして地面に腰を下ろし頭を下げる。


 正座を出来ない者はあぐらの様な形で頭を下げ、中にはこの世界の礼法にのっとり、片膝をついて頭を下げている者もいる。 



 皆……


  

 そんな少年達に目を向けたシンは、再びロスに懇願する。


「お願いしますロスさん、二人に少しだけでも時間を…… お願いします」


 シンの声に少年達も後に続く。


「お願いするっペぇ」


「そうっぺぇ」


「よく分からないぺぇけど、頼むっペぇ」


 

 この時ロスは、シンでもピカワンでもなく、レピンを見つめていた。


「……」


 無言でロスが立ち尽くしていると、最後にフォワが一人で現れる。


「……フォワ?」


 ロスと頭を下げている少年を幾度か見た後、フォワも他の少年達と同じ様に地面に座り込み頭を下げた。


「フォワ~~」


「……」



 そんな中、ロスは変わらずレピンを見つめている。


  

「……ピカワン」


「何だっペぇ?」


「ナナを…… 責任をもって、家に送ってくれるかの?」


「うん、分かったっペぇ! 絶対におらが送るっペぇ!」


 ピカワンの声を聞いたロスは、一度舞台に寝転んでいるナナに目を向けた後、無言で去って行った。



 ……ロスさん、ありがとう。


 

 シンは心の中で、ロスに礼を述べた。

 そして……


「皆、ありがとう」


「足が痛いっペぇ!」


「シンの足はどうなっていたっペぇ!? 折れてたっペぇ?」 


 正座に驚いている少年がいる中、フォワが口を開く。


「フォワー、フォワフォワフォワー」


「ん?」


「何の遊びをしていたのか聞いているっペぇ」


「……ふっ、ふふっ」


 それを聞いたシンは吹き出してしまう。


「まっ、兎に角皆帰るっペぇ。ナナは見つかったっペぇ」


「ぞうっべぇ、がえるっべぇ」


「フォワ~」


「……皆、本当にありがとう」


 帰ろうとする少年達に向け、今度は腰を曲げて深々と礼を述べる。


「……」


「……変なポーズっぺぇ、プフフフ」


「こらっ、笑うなっペぇ。シンに悪いっペぇ。プフ」


「凄い角度でピタっと止まってるっぺぇーよ!?」


「フォワー、フォフォフォフォフォワー」



 他の少年達が笑いをこらえる中、フォワは大声で笑っていた。



「あのさ、お礼って訳じゃないけど、明日は朝昼晩と三食全部モリスさんの食堂に食べに来ないか? もし良いなら朝から来てくれ」


 その一言で全員がどよめき立つ。


「やったぺぇー、朝からモリスさんの料理が食えるっペぇ!」


「行くっペぇ、行くっペぇ。早起きして行くっぺぇ」


「女の子達にも伝えてくれるか?」


「分かったっぺぇ~」


「フォワ~」


 少年達は笑顔でその場を後にし始める。


「レピン」


 最初に頭を下げてくれたレピンを呼び止め、改めて礼を言う。


「ありがとうレピン」


「……約束通り明日は朝から練習するペぇよ」


「あぁ、そうしよう」


 レピンは笑みを浮かべた後、去って行った。


 その後、その場に残ったのはシンとピカワン、そしてシャリィの三人であった。


 シンはシャリィに目を向けた後、舞台で寝転ぶユウとナナに目を向ける。


 ……何の遮る物がないこの場所で、あの二人は何もなかったかの様に変わらず寝転んでいる。

 ロスさんの怒号も、俺達の声も、まるで聞こえていないみたいに……


 シンはそう思いながら再びシャリィに目を向ける。


 恐らく…… シャリィが何らかの魔法を使って声を、音を遮断していた…… 誰にも気づかれる事無く……



 シャリィは無言でユウとナナを見つめている。

 

「……俺達は少し離れて二人の話が終わるのを待っていようか?」


「それがいいっぺぇねー。二人きりにしてあげるっペぇ」


「そうしよう……」


 やっと口を開いたシャリィと二人は、その場から離れた。

 





「あの三角の星を良く見ると右下にある青い星が1番大きいっぺぇ?」


「うん、大きいね」


「あの星は王子様っぺぇ」


 王子様……


「へぇー」


「そして隣の赤い星はお姫様。そして上のピンク星は二人の最愛の子」


「うんうん」


「むかーし昔の古いお話です。小さな国の王子様は兵を率いて魔族討伐に向かいました。しかし魔族は強く苦戦を強いられ、撤退するしか残された道はありませんでした」


 魔族はやっぱり強いのかな……


「いざ撤退し始めると魔族の攻撃は激しさを増し、王子様の軍はバラバラになってしまい、兵は皆殺されてしまいました。一人になった王子様はインフェルノを彷徨さまよい続けます」


 インフェルノ……


「一人になった王子様は偶然出会った魔族のお姫様に助けられ、数週間かけて案内してもらい逃げる事が出来たのです。

 二人の別れが近付いた時、長く険しい道を共に過ごしてきた王子様は、お姫様を愛してしまっているのに気づいてしまうのです」


 

 ……ふふ、僕達の世界のおとぎ話と似てる。



「王子様は魔族のお姫様に自分の領土で一緒に暮らそうと言いました。

 魔族は人間の領土では暮らせません。恐ろしい迫害を受けるからです。けど、お姫様は悩みました。その理由は、お姫様もまた王子様を心から愛していたからです」


「うんうん」


「お姫様は王子様と人間の領土で一緒に暮らす決心をします。

 でも、魔族のお姫様を連れてお城に戻って王位を継ぐわけにはいきません。そのため王子様は一人でこっそりお城に戻り、弟に全てを告白し、王位をゆずり田舎に小さい家を建てそこに二人で暮らし始めました」



 ナナちゃんの声が…… 心地いい……



「人と魔族には子供が生まれないはずなのに何故か二人には可愛い子供が生まれ、幸せな日々を過ごします。

 この幸せが永遠に続くと思われていたある日のこと、王子と魔族のお姫様の住む家に軍隊が向かってきます」


 軍隊が……


「弟は兄に代わり、王の死後王位を継ぎ新しい王となっていました。

 兄が信頼し全てを打ち明けたその弟が裏切ったのです。

 欲を持たず慎ましく暮らしていたのに何故なのでしょう。

 その理由は…… 新しい王は子供を恐れたのです。

 決して生まれるはずのない人と魔族の間に出来た子供を。

 その子供が、いつの日か人類に大きな災いをもたらすかも知れないという妄想を抱いてしまい、自分と同じ血が流れている兄の子を殺す決意をしました」


「……」


「三人の住む家に火が放たれ、殺されてしまったと思われていましたが、焼け跡には1つの死体もありませんでした。

 何人かの兵達が言いました。燃え盛る炎の中、夜空に向かい青と赤とピンクの3つの光が登って行くのを見たと。

 それはまるで、地上から空に登るあべこべな流れ星の様だったと。

 王子様と魔族のお姫様、そしてその子供はお星さまになって永遠に幸せに暮らしました。むかーし昔の小さな国のお話です」


 おとぎ話が終わってもユウからの感想の言葉はない。


「この辺りではあのアマーレに恋人同士で愛を誓うの。永遠の愛をね」

 

 返事の無いユウに目を向けると……


「すぅー、すぅー」


「フフ、寝てるのユウ君・・・


 両手を大きく広げ、大の字になって眠っているそんなユウにナナは怒る事も無く、ただ寝顔を見つめる。


「……」



 うち…… うち…… もしかして……


 

 深く考え込むような表情をした後、頬を赤く染めたナナはコロコロと転がり、ユウとの距離を詰めていく。 

 そして、大きく広げているユウの左腕に自らの頭をゆっくりと置いた。



 ……お願い。起きないで……



「すぅー、すぅー」


 寝息を確認したナナは、閉じていた目を開けてユウの寝顔を間近で見つめる。



 そう、うちは…… 


 

 どうして…… 何処に…… いつから惹かれてしまったのかな……

 シューラのくせに弱くて、情けないやつなのに……


 この時ナナは、先ほどの言葉を思い出す。


 

 ナナちゃんにも・・約束するから、僕は凄い冒険者に……



 いったい、誰と約束したの……



 ナナは悲し気な表情を浮かべ俯く。

 そして、再びユウの寝顔を見つめた後、瞳を閉じて泥の付いた頬に口づけをしてアマーレに誓う。



 

 ゆっくりと起き上がったナナは、眠っているユウに別れを告げる。



「じゃあねユウ君。また明日……」 




 その場を後にして歩いているナナは、前方に何者かが立っているのに気付く。



 誰だっペぇ? もしかして…… シャリィ様?



 シャリィはナナに魔法を使う。


「えっ!?」


 ナナの服と身体は、ほんの数秒で汚れを落とし乾く。


 すっ、凄い…… まるでバニ石とビンツ石を同時に使ったみたいに……

 それにこのスピード……


 驚くナナにシャリィは声をかける。


「手を見せてみろ」


「は、はい」


 怪我をした手を差し出すと、シャリィは医療魔法をかける。


「大丈夫だ。直ぐに良くなる」


「……ありがとうございます、シャリィ様」


 シャリィに礼を述べたその時。


「ナナ見つけたっペぇ!」


「何処行ってたっぺぇ、心配したっペぇ」


「リン、ピカワン……」


「早く帰るっペぇよ。送って行くっペぇ!」


「そうっぺぇそうっぺぇ」


 多くを語らないリンとピカワンだったが、幼馴染のナナには分かっていた。

 恐らく、自分の為に待っていてくれていたのだと。


「うん! 帰るっペぇ」




 その頃ユウは……


「ユウ、起きろよ」


 ……駄目だ、全然起きる気配がない。


「しかたないな……」


 シンはユウの上半身を起こすと、自分の背中に乗せる。


「よいしょっと」


 おんぶをしたユウの寝顔に目を向ける。


「さあ、宿に戻ろう」

  

 

 

 

 村の外では……


「ハァー、ここも大丈夫だな! いいぞ、何処も崩れてない。さてと、そろそろ戻るか」


 役に立つ所を見せたい一心で、畑への道が崩れていないか確認しに来ていた門番が帰路につこうとしていたその時!?



「ガゴォロロロロオォォ」



 茂みから聞こえてくる独特の唸り声を耳にする。


「ひっ、ひぃ! やばい!」


 まっ、魔獣だ! この辺りの魔獣は退治したはずだろ!?

 どうしてこんな村近くに!?


 茂みから姿を現した魔獣は、闇に溶け込むかの様な黒い体毛に覆われ、異形な雄ライオンの様な出で立ちをしている。

 その姿を見た門番は腰を抜かし、雨でぬかるんだ地面に座り込む。


「あーああああ、俺の人生終わった……」  


 よりによって、ネコ族の魔獣とはな……

 逃げられなーい、死ぬしかなーい、つまりおしまーい。


 魔獣は生きる事を諦めた門番にゆっくりと近付いてくる。

 

 唇が届く程の距離まで詰めて来た魔獣を目の当たりにした門番は小便を漏らす。


「ジョバァァァ」


 あーあ、昨日二発ゲットした一発を残さず使っておけばよかったな~。

 股間が、股間が暖かい。まるでナレリーちゃんの中みたいだ…… さようなら、ナレリーちゃん……

 俺の、心の彼女よ……


「グゴォォォ」


 大きく口を開けた魔獣を見た瞬間、門番は強く目を閉じる。


「……」 



 ……あれ? もしかして俺もう死んだ…… 



 そう思っている門番に、声をかける者が現れる。


「いつまで座っているの~?」


「へっ!?」


 そっと目を開けた門番の前に、魔獣を倒したバリーが立っていた。   

 

「危なかったわね~」


「……う、ううー」


「うん? どうしたのかしら?」


「うわあああああ」


 門番は泣きながらバリーの足にしがみ付く。


「あばりがどう、ぼんどにあがりどう」


「分かったから泣き止みなさいって、くっさ! オシッコくっさ! ちょっと離れてよー」


「うばぁあああああ」


「何あちきの股間に顔をうずめているのよ!? ちょっと気持ちいいわ~」


 死を感じた恐怖で身体が硬直した門番は、強く抱きしめたバリーの足を離すことは無い。


「あうばばぁ、あうわばばぁー」


 ババァ!? 面白い泣き声ねって……


「……もしかして、わざとその気にさせているつもりなのかしら? うふふのフゥーって、くっさ! 何を飲むとこんな臭いになるの!? くせー!」



 黒く厚い雲は彼方へと遠ざかり、夜空には数多の星が輝いていた。


      

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