72 辛酸


 

 シンとユウは、ピカワン他二人の者を連れ、プロダハウンの外壁で作業をしていた。


「皆でこれを引っ張るぞー」


「分かったっペぇ―」


「フォワ!」


 そこに居た全員で、窓を塞いでいる太い蔓を引っ張るが、呼吸が合わず力が伝わらない。


「ちょいちょい、待て待て。皆で引っ張るタイミングを合わせるんだ。3でひっぱるぞ、いいな。いくぞー、1、2、3!」


「ブチブチ、バキバキバキ」


 激しい音を立てながら剥がれたのは、蔓の絡まった木の枝。

 まるで、地に張る根の様にプロダハウンの外壁に張り付いている。


「よーし、これでここの窓は開くだろう。ユウ頼む」


「うん」


 シンに呼ばれたユウは、窓に手を当て鍵言葉を唱える。


「どうだ、開くか?」


「鍵は開いてると思うけど…… か、硬い」 


「どれどれ」


 ユウに代わりシンが窓に手をかける。


「ぐぐぐぅ、かてーなこれ。うーうう」


 唸り声を出しながら、窓を開けようと力を込める。


「おりゃ!」


「バリバリバキ」


 シンの掛け声と共に、音を立てながら窓が開く。


「ふぅ~、やっと開いたな~」


「……」


「開いたっペぇ!」


「フォワ~」 


 フォワは、まるで自分が開けた様なドヤ顔をして頷いている。


「あー、風が入って来たねクル~」


「うん、クルクル~」


 十数年間淀んでいた空気が、宙を舞っている埃と共に、窓から扉へと流れてゆく。


「よーし、次の窓に行くぞー」


「行くっぺぇ行くっぺぇ」


「フォワ~」


 その後、苦戦しながらも他の窓を開けていき、残るは最後の一つ。


「ん~、この窓だけ高い位置にあるな?」


「だっぺぇあ~」


「フォワ~」


 最後の窓は、2階の窓の様な位置にある。


「ユウ、指輪を貸してくれ」


「う、うん」


 シンは指輪をはめてから木に登り、枝を伝って窓にたどり着く。

 そして、窓に触れ鍵言葉を唱えると、指輪を外してユウに向かって落とした。


「ユウ、落とすぞ」


「うん」


 下で落ちてくる指輪を待ち構えていたが、上手くキャッチする事が出来ず、お手玉をして地面に落としそうになってしまう。


「フォワ!」


 地面に落ちそうになった指輪を、フォワが見事にキャッチした。


「フォワやるっぺぇ」


「ナイスっぺぇフォワ!」


「フォワ~」


 フォワは満面の笑みを浮かべ、ユウに指輪を渡した。


「……ありがとう」


「フォワ」


「気にすんなって言ってるっぺぇ」


「……」 

 

 木の上からシンが呼びかける。


「おーい、この蔓を引っ張ってくれ」


「これっぺぇ?」


 ピカワンは蔓を何本かの束にして掴み、二度三度引っ張る。


「それそれ」


「分かったっぺぇ。皆いくっぺぇよー。1、2、3!」


 窓を覆っている蔓が剥がれてゆく。


「いいぞー、次はこっちも頼む」


「フォワ~。フォ、フォ、フォワ!」


 フォワの賭け声に合わせ、蔓を引っ張る。この時ユウは、少し離れてその様子を見ていた。

 足場が悪く、木や雑草が生い茂っている為、蔓を引っ張る場所は狭く、ユウの入るスペースはない。だが、手伝わない理由は、それだけではなかった。


「……」


「うっ、ううー」


 木の枝にまたがった不安定な状態で力を込めるシン。

 姿勢が悪いため、力が伝わりにくい。それに直ぐに気付き、窓枠に手ではなく、足をかけ力を入れる。


「ブチブチバギ」


 蔓と木の枝が千切れ飛ぶ。


「よーし開いたぞ! これで最後だな」


「流石っペぇ~」


「フォワ~」


「あんなにまだ蔓が付いていたのに、凄い力っペぇ」


 そこに居た少年達は、機転を利かせ、足で窓を開けたシンを褒めていた。



 ……うん? この窓の部屋は……



 シンは開けた窓から部屋を覗いてみるが照明が点いていない。窓の周りには木が複雑に生い茂っており、光を遮っている。窓を開けた事によって、蔓が外れ、枝が不安定になっている事もあり、それ以上進めず室内がよく見えない。


「シン、もう昼っぺぇーよ」


 時計を持っているピカワンから声がかかる。


「……ようし、皆とりおつ~。モリスさんの食堂に行って、好きな物を食べてくれ。今日は午後も掃除するから食べ過ぎないようにな」


「うぉー、今日も腹いっぱい食うっぺぇーよー」


 ふふふ、食べ過ぎるなって言ったばかりなのに。


「おぅ、食え食え!」


「フォワ~」


 ピカワンは、室内の掃除をしている者達にも時間を告げる。


「クルクル、クルね、いっぱい掃除したよ~。だから飲み物も欲しいの~」   

「ねー、クル頑張ったねー。お姉ちゃんもクルと同じ飲み物飲むよー」


「やったー、お姉ちゃんと一緒嬉しいー。クルクル~」


 余程昼食を楽しみにしていたのであろう、無言で急ぎモリスの店に向かう者も居た。


「フォワ!」


 フォワがその少年に気付いて追いかけて行くと、他の少年少女も後に続いて走って行く。


「急がないとフォワに全部食われるっペーよ」


「おらが1番っぺぇ!」


「クル、行こう!」


「クルクル~、うん!」


 皆が賑わっているが、ナナとリンに笑顔はない。

 そして、他の者の様に走ったりする事無く、ゆっくりとモリスの店に向かって行った。

 

「ユウ」


「何?」


「先にあいつらとメシ食っててくれ。俺は午後の為に、掃除の進み具合を確認したいからさ。ああっと、一応鍵を貸しておいてくれるか?」


「……うん」


 シンに指輪を渡したユウは、一人遅れモリスの食堂へ向かった。

 

 昼食に遅れるのは自分一人で良いという考えから、ユウを先に行かせたのだが、その気配りもユウには届いていない。

 


 また一人で何かするつもりなのかな……



「シン」


 自分だけになったと思っていたシンを呼んだのは、ピカワン。


「ん、ピカワンどうした? 早くいかないと昨日の俺みたいに好きな物食えなくなるぞ。ハハハ」


「……いいっぺぇ、何か残ってる物を食うっペーよ。あそこのは何でも美味しいっペぇから。それより何してるっペ?」


「今日は午後も掃除して貰うから、その為の確認さ」


「……おらも手伝うっペぇーよ」


「そうか。じゃあ、まだ掃除出来てない場所を確認してくれるか?」


「分かったペーよ」


 二人でプロダハウンに残り、チェックし始める。


 えーと、ここは終わってる。こっちも……

 ふふ、俺とユウが外で作業していた間も、皆真面目に掃除してくれたみたいだな。

 この奥はっと…… ドア……


 舞台袖の奥にあるドアを開けようとするが、開かない。


 ん? 鍵がかかっている。プロダハウンで良いのかな?

 

 鍵言葉を唱えるとドアは開き、そこに現れたのは階段。


 ……暗いな。


「ベナァ」


 そう唱えてみたが、照明は点かない。


「まいったな……」


 光の届かない暗闇の中、シンはゆっくりと足元を確かめる様に階段を上ってゆく。


 たぶん、最後の窓の部屋は、この上だな……


 階段を上りきると、再びドアがある。

 そのドアにも鍵がかかっており、鍵言葉を唱えてドアを開けると、先ほど開けた窓から光が差し込んできていた。

真っ暗な階段からすれば、木々が遮る木漏れ日も、明るく感じる。

 シンはまるでその光を眺めるかの様に、ゆっくりと部屋に目を向けた。


 この部屋は……


 その部屋は、片面が鏡張りになっており、元の世界の演劇などの練習をするスタジオと同じ作りになっていた。



「これはこれは、練習にはもってこいの部屋だな」


 

 部屋を見回していると、入って来たドアとは対角の方向に、もう一つのドアがあるのに気づく。


 埃を巻き上げない様に、そうっと歩いて行きドアをに手をかけるが、開かない。再び鍵言葉で開けると、そこにはまたしても階段。

 だが、先ほどとは違い、今度は下へと続いている。


 ……どうしてこんな造りに? 


 窓からの光が、かろうじて届く階段を降りて行くと、更にドアが見えて来た。

 そのドアも鍵言葉で開けて部屋に入ると、沢山の棚の様な物が薄っすらと見えるが……

 先ほどのスタジオの部屋で光に慣れたシンの目は、暗闇では働かない。


「ベナァ」


 やはり照明は点かない。


 しかたないので、目が慣れるまでしばらく待っていると、少しずつ見えてくる。

 

 ここは…… 倉庫か?


 この部屋には、パンパンに膨らんだ大きな袋、布の掛けられた物や、それに演劇で使用したと思われる小道具などが、棚や床に放置されていた。


 なるほど…… 演劇に必要な物を保管している部屋か。

 大切な物を置いているから、わざわざスタジオを通らないとたどり着けない様な造りになっているのかもしれない……


 この部屋は、村長さんと話をしてから掃除しよう……


 シンは、スタジオから保管室に通じているドアに鍵をかけた。


「ふぅ~」

 

 奥の部屋から戻って来たシンは、ナナに掃除を頼んでいた椅子に目を向ける。

 すると、意外にも奇麗に埃を払った椅子が丁寧に並べて置いてある。


「……」


 椅子を見つめているシンに、ピカワンが声をかけてくる。


「床は殆ど掃除出来てるみたいだっペぇ。壁とか天井はまだ埃だらけっペぇけど」


「おっ、そうか。高い場所は危ないから俺がやろう」


 午後からはスタジオ部屋と、俺が落とす壁や天井の埃の掃除、それに引き続き床の掃除もして貰って…… 兎に角、明日から使う室内を重点的に掃除しないとな。

 椅子以外にも大切な物があるかもしれないから、落ちている物は捨てずに隅にまとめて置いておくか……

 それと、人手が余れば、外の雑草と蔓…… それは男に任せよう。

 生い茂っている木の伐採は、道具を揃えてから明日以降にやれば問題ない。


 鳶の棟梁だったシンにとって、段取りを考えるのは普通の事であった。


 幸いスタジオみたいな部屋は2階だ。明日以降俺達の作業している音や声が聞こえても、さほど気にならず練習出来るだろう。


「高い所は大丈夫っぺぇぁ?」


「おっ!? なーんだその心配は~。さっきも華麗に木に登っていたのを見ていただろ? それに俺は鳶の棟梁なんだぜ~」


「トビのとう……って何だっペぇ?」


「高い場所で作業をする為の足場を組む仕事さ」


 あっ、しまった!? 

 ピカワンは話しやすいから、ついうっかり喋ってしまった……


「ふ~ん、シンはシューラになる前は、そんな仕事してたっペぇ」


「あ~、まぁな。わりぃけど、内緒にしててくれよ。俺は女にモテるためシューなんとかになり、過去を捨てた男だからな」


「……全然意味が分からないっぺぇ。ふふ、ふはははは」


 シンはわざと意味不明な事を言って笑って誤魔化す。


「あはははは、さてと、役場にでも行ってくるか」


「まだ食堂には行かないっペぇか?」


「後で行くよ。先に役場に行って梯子でも借りてくるよ」


 と、言っても天井は高いからな……

 梯子の届く範囲の壁しか埃を払えない…… それに、どの程度の梯子を借りれるのか分からないし……

 長い竹でもあれば、先に何かつけて天井の埃を払うけどって……


 シンは天井を見上げている。


 それでも、この天井の高さまでは届かないだろう。あー、足場組みてーなーって、シャリィはどうやってあんな高い場所にある照明を直したんだ?

 まさか…… 魔法で飛べるのか?


 シンはシャリィが飛ぶ姿を想像してみたが、何故か初めて宇宙に行って無重力状態に苦戦している宇宙飛行士の様なシャリィを想像してしまう。


「プッ!」


 その想像した姿があまりにも滑稽で、思わず吹き出してしまった。


「何が可笑しいっペぇ?」


「いや、何でもないよ。ちょっとな」


「……んあ?」


「ピカワン、先にモリスさんのとこでメシ食って来いよ。俺も後で行くからさ」


 鍵はかけないでいいだろう。出来るだけ窓も扉も開けた状態で埃を飛ばしたいからな。

 シャリィがこの村に居る事が広まってから、犯罪の話を聞かなくなったとモリスさんが言っていたから、まあ大丈夫だろう……


 シンはプロダハウンを出て、役場の方向に向かって行くが、少し距離を空けてピカワンもついて来ていた。

 気づいたシンが振り返ると、ピカワンは照れくさそうに口を開く。


「おらも行くっペぇ」


「ふっ。あぁ、ついてこい」


 その言葉で笑顔になったピカワンを見た後、再び前を向くと、シャリィがこちらに向かって歩いて来ていた。


「おぅ、シャリィとりおつ! 今からメシか?」


「あぁ。二人は何処に行っている?」


「役場に梯子でも借りに行こうと思ってよ」


「……何の為にだ?」


「何の為って、覗きする為とかじゃないからな。プロダハウンを明日から使いたいから、高い場所も掃除しようと思って」


 シンは、シャリィ様に信用されてないっペぇか……


「それなら問題ない。私が今からやっておく」


「えっ!? まぢで?」


「あぁ、先に昼食を済ませて来い」


 ……もしかして飛ぶのかな!?

 すげー見てみたいけど…… ここは任せておこう。


「じゃあ、すまないけど頼む」


「あぁ」


 シンは思い出した事があり、プロダハウンへ向かうシャリィを呼び止める。


「あっ!? ちょっと待ってくれ!」


 シンはシャリィの元へ駆け寄る。


「舞台袖の奥にドアがあってさ、鍵は開いてそこから2階にあがれるんだけど、その階段の照明が点かないんだ…… それと部屋も点かないかも」


「恐らく何かの理由で別になっていたのだろう。そこも直しておく」


 別…… 電気回路的な感じか?


「それと、その2階の部屋から下の部屋に行く階段のドアは鍵を閉めておいた。どうやら大切な小道具とか置いているみたいでさ」


「確認はするが荷物には触らないようにする」


「頼むよ。村長さんと話をするまで、出来るだけそのままにしておこう」


「分かった」


「ああっと鍵は?」


「大丈夫だ」


 シンとピカワンは、シャリィに任せモリスの食堂へ向かった。





 役場では、協力金について話し合われており、協力金の金額は、日一律1500シロンと決まった。


 1500シロン…… 殆どの村人は小麦で生計を立てている。

 収入の平均は月6万シロン。休みを覗いて、単純に20日で計算すれば日3000シロン。

 村人の稼ぎの半分……

 けど、ガルカス達を相手に商売していた連中からすれば、少な過ぎて確実に不満が出る金額……

 

 双方に不満を持たせて良い事などあるはずない、そう思えるけど……

 村長、協力金は悪手なのでは……


 村長派の職員の心配は現実となる。

 反村長派の職員は、いち早くこの情報を村に広める。


 ヨコキの売春宿では。


「1500シロンだってぇ!? ガキのお小遣いじゃないんだよ。ふざけてるね~」


 ヨコキが誰かと話しているのを、娼婦達は物陰から覗いていた。


「ねぇねぇ、ママ怒ってるよ」


「やだやだ、近寄らないでおこう」


「うん」  


 酒場でも。  


「バカらしい! 一食分のメシ代じゃねーかよ!? おい! 明日からガルカス達を探しに行くぞ!」   


「へい」 


 

 そして……



「ドリュー、聞いたかの!?」


 そう問われると、小さく、ゆっくりと数度頷く。

 

「日に1500シロン…… 村人の稼ぎの半分ぐらいだの」


 確かに村人からすれば多いの。だがの~、わしが思っていたよりはだいぶ少ないの……


「1500シロンでは、村から出て行く奴等も多いだろうのう」


「そうだの、あいつらの稼ぎからしたら、少なく感じるだろうの」


「……村に残ってくれと言っとったくせに、こんな金額じゃ矛盾しておるの」


村人わしらに配慮したのかもしれんがの、両方が納得する数字など、ありゃせんの!」


 その通りだの…… 


 村に残って警備をしている連中に、今まで通り賃金を払うそうだが、恐らく今回の払う金額と合わせても、居なくなったガルカス達に払っていた浮いた金で賄えるだろうの。

 わしはてっきりどこぞに隠している金を使うと思っとったんだがの……

 そして、その金を村人にも配る…… と……


「のう、ドリュー。本当にこの村を変えたいなら、まず村人に金を渡すべきだと思うがの? あの女は、何を考えておるんだの……」


「……」


 わしもそう思ったけどの…… 金を隠しているというのは所詮噂かの……

 だがの、もし金を隠しているのが事実なら……


 まさか…… あの時の様に!?


 ドリューは一瞬、拳を握り締める。


「ドリューよ、村長あの女の味方をしてる冒険者は、最終的に何がしたいんかの? まさかと思うがの、今更領主様が裏で……」


「何がしたいのか分からんがの。だがの、領主様の意向じゃないのは確かだの。もし領主様がこの村の復興を望んでいるのであれば、こんな回りくどい事する訳が無いの。もっと簡単な方法はいくらでもあるの」


「そうだの。分からんのう、分からんのう……」


「ああ、分からんの」


 二人の老人は、俯いて考え込んでいる。


「だがの、一つ言えることはの…… ギリギリギリ」


 ドリューは、話の途中で歯を食いしばる。

 

「冒険者だけは、絶対に、絶対に信用してはいかんということだの……」


「ああ、分かっとる…… それだけは、分かっとる」


 その時ドリューの固く握り締めた拳は…… 


 震えていた


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