71 疑念

 

 夜明け前の暗い中、村長宅に明かりが灯る。

 数十分後、レティシアは邸宅から外に出て門へと歩いて行く。

 見上げると、そこには美しい朝焼けが現れ始めていた。


 シャリィが宿屋から外に出ると、歩いて来ていたレティシアと目が合う。レティシアのその姿は普段と違い、まるで男装の様な服を着ている。


「おはようございますシャリィ様」


「おはよう」


「申し訳ありません。お待たせして……」


「気を使う必要は無い。まだ約束の時間より早い」


 シャリィは、約束の時間より15分早く来たレティシアの気配を感じ、外に出て来たのだが、レティシアは、シャリィが自分を待っていたと勘違いしていた。


 足を止め言葉を交わした後、二人は門に向かい歩き始める。




「ううっ、朝はちょっと肌寒いな」


「そうでごじゃるか? 息をするのが楽で気持ち良いでごじゃるよ」


「まぁな~。それよか聞いたか? 10日に一度賃金を貰えるらしいぞ!?」


「聞いたでごじゃる」


「あ~、このまま一生ただ働きだと思っていたから、本当に嬉しいね~。賃金貰ったらヨコキの店にまっしぐらだな」


「元気でごじゃるね~」


「あったりめーよ! 毎日だってできらぁ!」


 二人の会話が弾んでいる時、シャリィとレティシアがやって来る。


「ご苦労、門を開けろ。外に出てくる」


「は、はい! どうぞ、どうぞお気をつけて!」


 門番の一人は、一瞬にして体を丸め、シャリィに向け頭を下げる。

 もう一人は、言われた通り、直ぐに門を開けた。


「ご苦労様です」


「ごじゃる!」


 怯える門番の横を、シャリィとレティシアの二人は、花の様な可憐な匂いを残し、旧道の奥へと消えて行った。


「あ~、二人共良い女だな~」


「村長ならまだしも、シャリィ様をそのように表現するのはやめるでごじゃる。その言葉で、首が飛ぶかもしれないでごじゃるよ」

 

「そうだけどよ~。良い匂いがしたな~」


「それには同意ではごじゃるが、やめろと言ってるでごじゃる」


「別に、これぐらいならいいだろうがよ~。ウヒウヒ、あの大きな胸を後ろから鷲掴みにしてよー」


「やめるでごじゃる!!」


 門番の一人は、キレた。


「うぉ、そんなに怒るなよ~」


「巻き込まないでほしいでごじゃるよ」


 その時、二人が歩いて行った方角から、魔獣の断末魔が聞こえてきた。


 門番の二人は、目を見開き、怯えた表情でその方角に目を向ける。


「……」


「……お、おお、お前の言う通り、こういう話は良くないな」


「そ、そうでごじゃるよ」


 二人はしばらく沈黙するが、一人の門番が再び口を開く。


「……しかしよ」


「何でごじゃるか?」


「二人で、こんな時間に何処へ……」


「それも口に出さない方が良いでごじゃろう。誠にまだ死にたくないでごじゃる」


「そうだな、俺達二人だけの秘密にしておこう」


「それが良いでごじゃる。聞き分けの良い男は、ヨコキの店でサービスされるでごじゃるよ」


「本当かそれ!?」


「知らないでごじゃるけどね~」


「なんでい!?」


 この後、二人は真面目に門番の仕事をこなした。



  

「グガオォォォ」


 ヒグマの様な巨体の魔獣が、シャリィの剣によって倒され、地響きに似た振動をレティシアは感じていた。


 凄い…… こんなにも大きな・・・魔獣を一瞬で……

 前に来た時は、魔法で魔獣との距離を保つしか方法は無かったのに……

 

「この先か?」


「は、はい、このまま真っ直ぐに……」


 旧道から森に逸れ、二人は道なき道を進んで行く。

 レティシアは、何度も何度も辺りを伺い、キョロキョロとしている。


 このルートからは、誰も通った形跡がないみたい。今のところ、来ていないように思えるけど……


 レティシアのスピードに合わせて歩く事20分、二人の行く手を遮るかのような絶壁が見えてくる。


「あそこです」


 そう言ってレティシアが指差した先には、洞窟の入り口が見て取れる。

 周囲を確認するレティシアをよそに、シャリィは一人洞窟の中に入って行く。

 するとそこには、数十匹の魔獣がシャリィに対し、唸り声を上げている。


「グォオオオ」 「ゴルルッルゥ」


 凹凸の激しい岩場の為、足元のおぼつかないレティシアが、やっとの思いで洞窟の入り口に達したその時には、全ての魔獣が既に倒されていた。


 まさか…… 私が入り口に達するまでの間に倒してしまうなんて……    

 レティシアは驚きのあまり、その場に呆然と立ち尽くしてしまう。


「行くぞレティシア」


「は、はい」


 シャリィの声で我に返り、後を付いて行くが、直ぐに声をあげる。

 

「シャリィ様、ここです」


 ……やはり動かされていない。

 洞窟入口の周囲も、人が通った形跡は無かった。

 もしかしてバルカスは……


 その場所は、入り口からまだ光の届く範囲で、地面には何やら人為的に大きな石を積み重ねたものが見えるが、レティシアが指を差しているのは、そこから数メートル離れた一つの岩。


 セキュリティーはいつ居るのか分からない魔獣、カモフラージュで積み上げた石……

 そして本命は離れた場所にある岩とはな、ずいぶんと幼稚な隠し方をしたものだ。

 ……この辺りの事情を汲めば、これでも問題は無いのだろうがな。


 レティシアは手袋を付け、必死で岩を退かそうとするが、当然のことながら動くはずもない。


「ふっ」


 そのレティシアを見て、シャリィは軽く微笑んだ。


「どいていろ」


「はい、申し訳ありません」


 シャリィが大岩を取り除くと、そこにはいくつもの革の袋が現れた。


「いくらある?」


「恐らくですが…… 億はあると思います」


「そうか……」


 レティシアは、革の袋を見つめている。


「裏金を作り、横領していたのは、副村長だけではありません。私も、バルカスと共にこのお金を……」


 レティシアは神妙な表情で語り始めた。


「私を信頼してくれている数名の職員と共に、収穫と製粉の誤差を悪用し、小麦粉の量を改ざんしておりました。そして、その小麦粉をガルカスが裏で流す。このような…… こんな簡単な手口ですのに、数年間一度として疑念を…… 見せられた・・・・・事はありません」


「……」


 領主の財産を横領するなど、この世界でその罰は死罪である。

 レティシアは、村長室でシャリィにその金の存在を匂わせた事で、この件に巻き込んだ。

 シャリィがその事実を知った途端、レティシアを拘束する可能性もゼロではなかった。副村長の時とは違い、レティシアは今、シャリィと相互関係にある。この場合、見ないふりをすれば、シャリィにも罪が及ぶかもしれないからだ。

 だが、レティシアは、拘束されない確信に近いものを感じていた。

 それは、どの様な事情があれ、イドエに関わるという事は、何か傷を持っている証であると思っているからだ。

 レティシアは、その傷がシャリィの言動から、シンとユウではないかと予想していた。

 特に、最高ランクの冒険者のシューラだというのに、頼りのないユウを見て、強くそれを思い起こさせていた。

 しかし、まさか二人が異世界人だとは、予想だにしていない。


「イドエがいくら放置されているとはいえ、領主様の財産を掠め取り、何の処罰も無いどころか、職員を使う事で、噂程度この話は漏れているのに、調査もされていないなど…… この事も、私の想像が確信へと変わる、大きな要因となりました」


 レティシアは一人ではなく、信用しているとはいえ、職員をも使い、幼稚な不正を意図的にする事で、自分の考えが正しいのか、命を賭け証明していたのだ。

 そして、来たるべき日の為に、裏金を作っていた。


 一人では来られない場所にこの金を隠すのを同意したのは、ガルカスは自分を置いて逃げないという自信があったという訳か……


「フッ」


 シャリィは思わず笑みを浮かべてしまう。


「恐らくですが、ガルカスは再び村に戻る気なのでしょう。村を追われたのに、この資金に手を付けていないのが、その証拠になります」


「それなら、奴等の事は気に留めておこう」


「……シャリィ様から支援して頂いた5千万シロンは、お返し致します」


「……返す必要は無い」


「しかし……」


「今のイドエに、資金はいくらあっても困るものではないだろう。今回の事は、この金額で賄えるのか、それもやってみないと分かるまい」


「はい……」


「それに…… 私にとっても、返してもらわない方が都合が良いのでな」


「えっ?」


「すまない、こちらの話だ」


「……分かりました。シャリィ様からの支援金、大切に使わせて頂きます」


「必要なら金の出所は、私だと言って貰っても構わない」


「お気遣い、感謝の限りでございます」


 レティシアは膝をついた。


「村へ戻ろうか」


「はい」


 大金は、シャリィがインベントリに回収し、村へと運んだ。



 ……これで金で動く者の心配は無くなった。

 だが、問題は金で動かない連中をどうするかだ……






 村に戻ったシャリィと、モリスの食堂で朝食を済ませたシンとユウは、小麦畑の警護に行ったシャリィと別れ、プロダハウンへと向かっていた。

 シンはいつもと変わらぬ陽気な感じであったが、ユウに笑顔はない。

 それどころか、プロダハウンへと向かう足取りは、決して軽いものでは無かった。

 

「あいつら、今日は遅刻せずに来るかな?」


「どうかな……」

 

「そうそう、明日からは、あの子達を男と女の子に分けようと思ってる」


「分ける?」


「あぁ、男は引き続き俺と野外劇場の掃除など、雑用をしてもらう。女の子達は、プロダハウンで、いよいよアイドルの始動だ。頼むぞ、ユウ」


 夢の一つだったアイドルのプロデュース。

 だが、ユウに喜びはなく、真っ先によぎったのは不安で、特に、ナナの事を強く感じていた。


 元の世界なら、アイドルへの憧れから、自らなりたい者も多いが、アイドルが存在しないこの世界では、全くと言って良いほど話が違う。

 相手は、アイドルになりたい者でもなく、ユウが自ら選んだ者でもない。勝手に押し付けられたのだ。

 ユウはその様に認識していた。


 明日から僕一人であの子達と……


「この村の為には、少しでも早い方が良いからな」


「……そうだね」  

 

 ユウの言葉には覇気がなく、少し俯いている。


 やるしかないのかな……


「おっ! いるじゃんもう!」


 シンの声で顔を上げてみると、全員の姿がそこにあった。


「おー、皆おはよう!」


 シンのテンションは明らかに上がっており、嬉しそうに声をあげた。それに釣られ、ユウも挨拶をする。


「おはようございます」


「おはようっぺぇー」


「フォワー!」


「おはようっぺ」

 

「クルクル、おはよう」


 昨日とは違い、シンとユウの挨拶に、殆どの者達が返事をする。

 だが、やはりナナは明らかに不満げな態度をとっており、リンと二人で別の方を向いている。


 シンは、女の子達の様子が違うのに直ぐに気付いた。


 昨日までに比べると、かなり清潔になっている。

 バニとビンツ石が役に立ったみたいだな……


「ようし、さっそくこの建物の掃除をしよう。ユウ頼む」


「……うん」


 ユウは、扉に手を当て鍵言葉を唱えた。


 ギギギと音を立てながら開く扉を見て、歓声があがる。


「うぉぉぉっぺぇ」


「初めて見るっペぇ、魔獣の住処の中~」


「フォワ~」   

 

「どうなってるっぺぇ……」


 ナナとリン以外の全員が中の様子を伺おうとしている。


「ベナァ」


 シャリィが直してくれた照明を灯すと、中の様子が目に飛び込んできた。


「おおお、ひろーい! っぺぇ!」


「フォワフォワ!」


「すげーっぺぇー」

 

 殆どの者達が開いた扉の元に集まり、驚いた様子で室内を見ている。


「舞台あるっぺぇーよー」


「本当っぺぇ、本当っペぇー。魔獣の住処は舞台だったぺぇ!?」


「埃がすげーっぺーよー。ハ、ハ、ハークションっぺぇ!」


「フフッ」


 シンは興奮している少年少女を見て微笑んでいる。


「今日は、この中を集中的に掃除しような。明日からは、女の子達がアイドルになる為にここを使う」


 ……アイドル。確か、この前も……


 ナナはその言葉に反応する。


「シン、アイドルって何だっペぇ?」


 ピカワンが質問をする。


「おっ、それはな……」


「なんだっぺぇ?」


「ユウに聞いてくれ。アイドルの責任者はユウだからな」


「フォワ~」


 そう言われたピカワンは、ユウに質問をする。


「ユウ君、アイドルって何だっペぇ?」


 ピカワンの質問に答えようとしたその時、ピカワンの隣に立っていたナナがユウの視界に入る。

 ナナは、睨むような目つきでユウを見ていた。

 その視線で、ユウは委縮して俯いてしまう。


「あ…… アイ……ドルって言うのは……」


 その後の言葉が続かなかった。


「……」


「……いいっぺぇ、そのうち分かるっぺぁ。シン掃除をするっぺぇ。また道具を探すっペぇかぁ?」    


 様子のおかしいユウを見兼ねて、ピカワンは、場を流した。


「いや、道具は……」


 シンが口を開くと同時に、昨日のうちにシンが運んで外に置いていた道具にフォワが突っ込んで行く。


「フォワ!」


「おらも見つけたっペぁ!」


「いや、待てって、今日は隠してないから!」


「クルクル、クルも見つけたよー」


「クル偉いね~」


 少年達は、道具を取り合っている。


「だからちょっと待てって!?」


「フォワフォワフォワ~、フォワ!!」


「おらが全部見つけたって言ってるっぺぇ」


「そらそうだよ、隠してないもん!」


「ププッ」 「あはははは」 「うふふふ」


 賑やかで、笑いにあふれた、心地よい時が流れる。




「皆、ホコリが凄いからこれを巻いてくれ」


 シンはそう言うと、鞄から人数分以上のタオルの様な物を出してきた。



 また僕に黙ってそんな物を用意していたのか……



「流石シンだっペぇ、気が利くっペぇよ~」


「クルクル、クル似合う~?」


「うん、凄く可愛い。似合ってるよクルー」


「クルクルクル~」


「フォワフォワフォワ~」


 フォワは、おらの方が似合っていると言っていた。


「ようし、始めるぞ~」


 その掛け声で、殆どの者がシンの後を追い中に入って行ったが、ナナとリンは、やる気がなさそうに、ゆっくりと掃除道具を拾っている。

 そしてその後……


「ドン!」


 その様子を、扉の前で立って見ていたユウに、ナナがわざと肩をぶつけてから中に入って行った。


 よろけたユウは、転びはしなかったが、俯いて顔を上げず、プロダハウンに入って行くナナの足元を目で追う事しかできなかった。


「うしし」


 それを見ていたリンは、笑いながらユウの前を通って行く。


 

 なんだよあいつら…… あんな子達が、アイドルになれる訳ないじゃん!

 やっぱりシンは、シンは間違っているよ……



 昨日の朝までは、罰を恐れて不安を抱えていた少年少女達は、そんな事を忘れ、楽し気に仲間達と話しながらも掃除をしている。

 そんな中、ピカワンがシンに声をかける。

  

「シン、この古い椅子とかは捨てるぺぇ?」


「おぉっと、わりぃ、言い忘れていた」


「なんだっぺぇ?」


「その椅子は、村長さんの大切な思い出の椅子なんだよ」


「村長さんの?」


「あぁ、小さい頃、この椅子に座って、演劇の練習を見ていたみたいだぞ。演技の真似をしていたら、俳優達が隠れて見ていて、拍手をしてくれたって教えてくれたよ」


「村長さんが……っぺぇ……」

  

 その話には、珍しくナナも耳を傾けており、リンとの話を中断して、シンとピカワンを見ていた。


 シンはその視線に気付いており、椅子を持って殆ど掃除に参加していないナナの所へ歩いて行く。


「ナナちゃん、この椅子と、他の椅子の掃除も任せていいかな?」


 ナナは、睨みつけるような目でシンを見た後、目を逸らし無言のまま、だるそうに椅子についているホコリを掃い始めた。


 それを見ていたユウは、ナナに対する嫌悪感を更に強める。


 ふん、僕には意味も無く体当たりをするくせに、シンの言う事は聞くんだ…… 

 どうせシンがイケメンだからだよね……

 はいはい、僕は背が低いし、ブサメンですよーっだ!

 そんなイケメンとかそうじゃないとかで差別するような子は、絶対アイドルをしちゃ駄目なんだ!

  

 この時ユウは、悪意を込めた目で、ナナを見ていた。




 レティシアは、村長室で椅子に座り、考え事をしている。

 それは……


 あのお金に手を付けず、私に何の連絡も寄こさない……

 いくらシャリィ様がこの村に居ても、誰かを通じて連絡ぐらいなら出来るはずなのに……


 もしかして、もしかしてガルカスは……



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