70 結束



「うっ、うーん……」


 寝苦しそうな声をあげた後、ユウはゆっくりと目を開ける。


 ……そうか、考え事していたら、知らない間に眠っていたみたいだ。


「今何時?」


 頭の中に、自然に何の苦も無く16時08分と浮かぶ。

 

 もう16時過ぎてるのか……

 

 ユウは、上半身だけを起こし、部屋の中を見回す。

 

 シンはまだ、戻ってないみたいだ。

 何しているのだろうか……


「ふう~」


 ……結局色々考えてみたけど、これといって何も思いつかないし、よく分からない。

 普段の僕じゃないみたいで、本当に疲れた……


 この時ユウは、床に目を向ける。


 何を考えている、まだ初日じゃないか……


 そう思いながら、ユウは床に落ちているヴォーチェを拾う。


 けど…… 僕に出来るのかな……


 異世界人たにんとの密な交流、そして、芽生え始めたシンへの不信感で、ユウは疲労感を感じていたが、これはまだまだ序曲である。




 ユウが目を覚ました同じ頃、レティシアの部屋に、主だった副村長派の職員が呼ばれていた。

 その職員達を前にして、レティシアは口を開く。


「心苦しいですが、訃報をお伝えしないといけません。副村長が今朝、お亡くなりになったそうです」


「ええ!?」 「副村長が!?」 


「どういうことですか!?」


 驚きを隠せない職員達の中には、レティシアに詰め寄る者も居た。


「落ち着いてください。副村長は、新街道で魔獣に襲われ、警護も含め、生存者はいないそうです」


「魔獣…・・」 「魔獣に……」

  

「恐らくですが、既に警備の方々が、処理を済ませていると思います。村人には、私から発表いたします」


「死んだ…… 副村長が……」


 レティシアの態度から、副村長の死が嘘ではないと感じ、職員達は呆然としている。


「あなた達が、私に嫌悪感を抱いているのは承知です。ですが、お互い村を思っての事だと、私は解釈しています」


「……」


「どうしても私のしようとしている事に協力できないのであれば、通常の業務だけを行ってください。他の職員達には伝えておきます」


「……」


「ただ、協力して下さるのなら、歓迎いたします。私達の最終的な目的は、同じなはずです。このイドエの為に……」


「……」


 職員達の中に返事をする者はなく、全員が無言で村長室を後にした。





「副村長の死が、これから先、どのような影響を及ぼすかな?」


 シンは、シャリィの部屋でこれからの打ち合わせをしていた。


「影響は小さくないだろう。当然だが副村長は、レティシアのしようとしている事に強く反対していた。今回の事を止めさせる為に、わざわざ出向先から村に戻ってきていたが、レティシアを誘拐しようとしたため、私が村から追い出した」


 その言葉を聞いたシンは、瞬時にシャリィに目を向けるが、直ぐに逸らしてしまう。


「……」 


 シャリィは、副村長とレティシアの会話は、約束した通り話すつもりはない。


「レティシアは今回の件が失敗した時、副村長に村を託し、再び山賊達が支配する村に戻すつもりだったのだろう」


「……シャリィに追い出させ・・・・・、副村長を村から遠ざける事によって、保険を確保していたが、それは今回の死で消えた。つまりこれで村長さんは、出し惜しみをしなくなる」


「……そういうことだ。さっそく明日、レティシアから同行を頼まれている」


「そうか…… 悪いけど、最初に話をした通り、村長さんの頼みは出来るだけ聞いてやってくれ」


「あぁ、分かっている」


 副村長が反対していたのなら、村人の中には副村長派も必ず居たはずだ。副村長が死んだ事で、そいつらはどう動く……

 大人しく村長に鞍替えする者、副村長の意思を継ぎ、妨害工作してくる者、反対派をまとめる者、そして中立か…… 


 山賊も居なくなり、副村長が死んだ今、後ろ盾を失った副村長派の妨害の線は薄いと思うが…… もし、副村長を崇拝しているような奴が村に居れば、個人でも何かをしてくるかもしれない……

 魔法で妨害される事も念頭に置くべきか……

 そう仮定するのなら、申し訳ないが、副村長派をしばらく監視する必要がある……

 と、言っても、人手が足りない。

 メンディッシュに頼むか…… いや、後から来たとは言っても、あいつは村人同然。村人の監視に、村人を使うのは間違っている。そんな事が明るみに出れば、疑心暗鬼から俺達がしようとしている事も、それに村自体も崩壊しかねない。

 妨害されたその時に、対処するしかないのか……

 後手後手になると、村の復興に遅れが出る。

 遅れだけならいいが、もしかするとそれ以上の事に……


 俺達が来たことによって、既に崩壊が始まっていると感じている村人も多いだろう。それならいっそのこと、やはりメンディッシュに……

 だが…… 妨害が必ずしも悪い方に転がるとは限らない……


「……」


 思索するシンを、シャリィは黙って見詰めていたが、答えを催促するかのように口を開く。


「副村長に付いていた奴等をどうする?」 


「……放っておく」


 シンの答えに、シャリィは少し間を置いて確認する。


「……それでいいのか?」


「あぁ……」


「分かった」


「何時だ? 17時半か…… もうユウが起きているかもしれないから部屋に戻るよ。後で晩メシ一緒に行こう」

 

「そうしよう」


 シンはシャリィの部屋を後にし、自分の部屋に戻って行く。


「コンコン」


「ユウ、入るぞー」


「うん」


 シンはドアを開け部屋に入ると、ユウに気付かれない様に床に目を落す。

 そこには、落ちていたはずのヴォーチェが無くなっていた。


 シンはユウが眠っていた時、一度部屋に戻っている。

 そして、床に落ちているヴォーチェを見つけると、ユウを起こさない様に部屋を後にしていた。


「あ~、疲れたな今日は?」


「そうだね」


「怪我で全然身体を動かしていなかったから、体力がガタ落ちだよ」


「そういえば、怪我もう治ったの?」


「あぁ、シャリィの話だと、まだ完治ではないみたいだけどな。今日も掃除でだいぶ動いたけど、たまーに軽い痛みを感じる程度で、ほとんど気にならないよ」


「良かった」


「ありがとう。そろそろ晩メシ行こうか?」


「そうだね、行こう」


 二人は部屋を後にし、シャリィを誘って食堂へと移動した。

 

 ユウは、シンに対する不満や、悩みを口にする事は無かったが、その態度はいつもと違い、ぎごちない感じであった。


 無論、シンもそれを感じ取っていた。






「ばあちゃん、腹減ったペぇ」


「減ったぺぇあ~」


 お昼にモリスの店でたっぷり昼食を食べた二人だが、食べ盛りのピカワンとピカツーは、夕方にはもうお腹を減らしていた。


「もうちょっと待っての~」


 祖母は、二人に優しく返事をした。


 夕食を待っているピカワンとピカツーの前を祖父が横切ると、ピカワンは顔を逸らす。

 祖父は山賊達の使いっパシリをしていたピカワンを良く思っておらず、普段から二人に会話はない。

 バンディートに殴られ、顔を腫らしている話を祖母から聞いた祖父は、自業自得だと一蹴するほどであった。


 祖父は祖母の元に行き、二人に気付かれない様、小声で話しかける。


「……冒険者は二人に何をさせているか聞いたかの?」


「劇場の掃除をしたみたい……」


「……掃除?」


「明日はプロダハウンの掃除をするって……」


 プロダハウンを……

 そうか…… 村を昔の様にとは、文字通り、この村で演劇を復活させるつもりか……

 馬鹿たれが! いくら掃除をして使えるようにしても、この村で公演をしてくれる劇団なんぞおるものか!? そんな子供騙しの無駄な事を考えおって……

 

 会話を終えたピカワンの祖父は、これから夕食だというのに、出かけて行ってしまう。


 ……相手は最高ランクの冒険者だ。

 わし達では、太刀打ちできない。

 何としても村長あの女を降ろし、再び副村長に村を任せ、ガルカス達を呼び戻す……





「あ~美味しかったぁ。ありがとうモリスさーん」


「それは良かったです。まだおかわりありますよ」


「いや~、もう満足です。ほら、こんなにお腹出ちゃって」


「あらまぁ。ふふふふ」


「あはははは」


 食べ過ぎてぽっこりしたシンの腹を見たモリスとジュリが笑う。


 その時ユウは、二人に合わせて愛想笑いをしていた。


「さてと、まだ早いけど部屋に戻って寝るか! 流石に初日は疲れちゃったよ」


「うん、そうだね……」


「じゃあモリスさん、ジュリちゃんありがとう。おやすみなさい」


「はい、ありがとうございました。おやすみなさい」


「おやすみなさいシンさん、ユウさん」


 ジュリも、シンとユウにおやすみの挨拶をする。


「ジュリちゃんおやすみ~」


「おやすみなさい」


 三人は、食堂を後にし、部屋に戻って行った。


「……ねぇお母さん」


「どうしたのジュリ?」


「ユウさん元気なかったね」


「……シンさんも言ってたでしょ。初日だから疲れてたのかな」


「そうかな……」


「片付けしたら早いけど店を閉めようか。お昼が大変だったからお母さんも疲れちゃった」


「うん、そうしよう」


 この日、モリスの食堂の明かりは、普段より早めに消えた。





 その頃、ピカワンの祖父はある家を訪ね、ノックもせずいきなりドアを開ける。


「おーい!」


 その声に気付き、一人の老人が出て来た。

 彼の名は、ドリュー・ロス。

 レティシアに信用ならんと告げ、最初に部屋から出て行った老人である。


「スピワン…… わしも訪ねようと思っていたところだ」


「そりゃちょうど良かったのう。実はの……」


「待て待て、外で話そうかの」


 ドリューは、ピカワンの祖父、スピワンの話を遮る。


「分かった」


 二人は外に出て、誰も居ない空き家に入って行く。


「スピワン、驚かんでくれの」


「どうしたんだの?」


「副村長が…… 死んだ」


「ふ、副村長が!?」


 スピワンは、その言葉で驚愕している。


「い、いいったい、どうしてだの!?」


「新街道で魔獣に襲われたそうだ……」


「魔獣に……」


「それが、どうやら朝早くに、イドエに戻って来ておったそうだ」


「何しにだの!?」


「当然、村長あの女を止める為だの……」


「失敗したと言う事かの…… だがの、わしらに一言も無く村から出て行くなど、どういうことだの?」


「それだの…… 何故そんなに急いで村から出て行った…… そして、その帰りに魔獣に襲われるなんぞ、出来過ぎておる」


「魔獣に襲われたというなら、それなりの証拠があるんかの!?」


「わしもさっき職員の一人から聞いたんだがの、襲われたのは朝方で、現場には警備も来ておって、検証も全て終わっとるそうだ」


「警備の検証が終わっとるのなら、疑いようがないのかもしれんのう……」


「じゃが、腑に落ちん。旧道の奥ならまだしも、新街道で魔獣に襲われるなど…… それに副村長は、普段から警護の連中も連れておったはずだの。それなのに、全滅するなど…… どれだけ強い魔獣に出会ってしまったんだ……」


「副村長が死んだのなら、誰があの女を止めるんだの……」


「……明日の朝、副村長の死が本当なのか確かめに、職員がストビーエに向かうらしい。それで事実と確認できたのなら…… わしらがやるしかないの」


「そうだの……」


 二人の表情は、深刻な表情へと変化していく。


「スピワン、そっちの用事は何だの?」


「あの女は、どうやらこの村で演劇を復活させるみたいだの。プロダハウンの掃除を孫達にさせるそうだ」


「プロダハウンを……」


「今日はあの野外劇場あなの掃除をさせとったらしい」


「穴の!? あの女…… わしらの神経を逆なでさせてくれるのう」


「そうだの…… この村で演劇を復活させる、それがあの女の狙い」


「はん! もう少しかしこい女だと思っておったが、そんな子供騙しな事でこの村を……」


「まったくだのう……」


 二人は少しの間、沈黙する。


「それなら…… わしらがする事は簡単だの。あの女を無視して、絶対に協力せんということだの」


「そうだの、そうだの。そうすれば、仮に演劇を復活させても意味は無いの。結局あいつらだけでは何もできん」


 ドリューは、スピワンの言葉で二度三度と頷く。


「よし、二人で手分けして、皆に報告に行こう」


「そうだの!」


 副村長の死は、村の老人達の結束を、更に強めていく事になっていく。

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